貴族メル・ゼナ   作:一般通過龍

6 / 20
6

キュリオはヤノシュの村からマチューシャの村に入った輩を確かめるために自身を襲ってきた片翼三メートルの大鷹を馬にしてマチューシャの村に向かっていた。

地上を走るのと大鷹に乗って天を翔けるのは、かくも差が生じるのか。一分足らずにキュリオは目標を見つけたのだ。キュリオは対象の頭を噛み潰せと大鷹に命令を下した。

だが大鷹が降下した瞬間に虚空を縫って、途方もない長大な槍とメル・ゼナの噛生虫キュリアが襲いかかったのだ。

 

断末魔の悲鳴を挙げながら地上に墜落した大鷹の身体の下から這い出てきたキュリオを待っていたのはキュリアを従えたブロージュ伯爵だった。

 

「あなたは・・・」

 

「腹空かしの鷹がそんな健気な真似をするはずもない。おぬし、ヴァルキュアの七人のひとりだな」

 

「さて、何のことで?」

 

キュリオはとぼけた

 

「Dとメル・ゼナがヤノシュの村から戻るのをカバーし、追撃を食い止めるつもりで待機しておったが、早々に一匹かかったとみえる。昼に来いなどとさもしい手を使いおって。━━いま、この夜に、貴族と戦う勇気があるか?わしはブロージュ伯爵だ」

 

 

 

 

身の丈三メートルの巨人というべき大きさの貴族相手である。よほど巨心臓の持ち主でも、心臓麻痺を起こしかねない。それが、朱色の長衣をまとった説教師は怖れげもなく、ブロージュ伯爵と会話した。

 

「ご丁寧にかたじけのう存じます。ヴァルキュアの七人の刺客のひとり――キュリオと申します」

 

「どんな技を使う?」

 

「企業秘密でして」

 

「はっはっは」

 

と巨人は大笑した。遠慮のない笑い声である。

 

「面白い男だな。だが、自らヴァルキュアの名を出した以上、生きては帰れんぞ」

 

「それは、こちらの台詞かも知れません」

 

 

キュリオが返答した瞬間、ブロージュ伯爵の右膝が上げるとずんと地べたを踏みつけた。ひとすじの線がキュリオめがけて走った。途中でそれは左右に開いて、巨大な亀裂となってキュリアと共にキュリオを襲った。

 

「ひっ!?」

 

心底から恐怖の叫びを絞り出して、キュリオは横へ跳んで逃れた。その足下にもうひとすじの亀裂が口を開け、キュリアごと彼を呑み込んだ。

勝利を確信した巨人の眼が、満足げに細められたのは、キュリオの身体が胸のあたりで止まったからである。亀裂はそれ以上広がらなかったのだ。

低い吐息をついて、伯爵は軽々と宙を跳び、大鷹のかたわらに着地した。無造作に長槍を抜き取り、穂についた鷹の血をひと舐めする。両眼が血のかがやきを帯びはじめる。

 

「生の食事は久しぶりだ」

 

舌舐めずりする唇からは、すでに二本の牙がのぞいている。

 

「さっきは鷹だけを狙った。色々、訊きたいことがあってな。おまえたち七人のうち、四人の技はわかった。もうひとりも想像がつく。おまえを含めてあと二人――どのような技を使う?それから、もうひとりの風貌は?名は何という?その裂け目とキュリアはわしが停めた。ひと踏みでおまえを呑み込んで吸い尽くしてしまうぞ。地の底でノシイカになるのが嫌なら、とっとと白状せい」

 

「もうひとりに関しては、何も申し上げることはございません」

 

とキュリオは答えた。静かな声である。それが伯爵の怒りをかきたてた。

 

「ですが、私の術に関してなら、少々お目にかけてもよろしゅうございます。この亀裂とキュリアを止めたのは、伯爵、あなたではございません」

 

それを聞いたブロージュの顔が怒りでどす黒く変わった。小さな絨毯ほどもある足が地を叩いた。

 

その耳に、「およしなされ」とキュリオの声が聞こえたのである。亀裂は震え、わずかに広がったきり、そこで停止した。そしてキュリアは亀裂で作られた地の底に落下した。両手を踏んばり、キュリオは死の淵から脱けた。奇妙なことに、伯爵は次の攻撃をかけなかった。彼は眼を閉じ、顔をしかめて、頭痛持ちのような苦悶の表情をつくっていたが、キュリオが亀裂から脱出するのとほとんど同時に、後方へ跳躍したのである。しかも、何を思ったか、長槍を地面に突き立て、両手で耳を押さえたのである。

 

「ほう、私の説教術を見破りましたか。さすがは貴族だ。ですが、それでは何もできませんな。達磨の状態で滅びていただきましょう」

 

キュリオは何をしたのか、ブロージュ伯はどうなってしまったのか。何ひとつ不明のままで、朱色の説教師は長衣の内側から重そうな山刀を取り出した。道なき道を行く旅人や巡礼僧にとっては、立ちふさがる森を切り拓き、獣を斃すための必需品である。

 

「御免!」

 

と彼は叫んで巨人めがけて投げた。それはものの見事に貴族の心臓を貫いたのである。ブロージュ伯爵の顔が月光の下でみるみる青白く変わった。両眼から光が失われると同時に、皮膚は艶を消し、乾いた河底のように、おびただしいひび割れが生じた。それが剥がれ落ちるや、巨人の全身は大量の塵となって衣裳から吹きこぼれ、風のない大地にうず高く積み重なった。

 

「死亡確認」

 

とつぶやいて、キュリオは村の方へと眼をやった。こうなるとわかりきっていたような気負いのない態度であった。味気ないといってもいい。これが大貴族ブロージュ伯を斃したものの行動だろうか。いや、そもそも、彼はどうやってブロージュ伯を斃したのか。

 

「もう追っても無駄でしょうな。敵のひとりを斃したことでよしとしますかな。後はDと貴族メル・ゼナと公爵夫人――三人とはいえ、血も凍る敵だ」

 

見くびってはいないが、しかし、絶対の自信に揺るがぬ声であった。彼は飄々たる足取りで大鷹の死骸に近づいた。

キュリオは鷹の顔の前で身を屈めた。夜気に低いつぶやきが流れた。たくましい羽搏きが地上から舞い上がったのは、二分ほど後であった。大鷹だ。瀕死の大鷹がふたたび天を翔けはじめたのである。しかも、見よ、その背にしがみついているのはキュリオではないか。そして来た時と同じ猛スピードで鷹の姿は見えなかった。

 

しかしキュリオは一つ見逃したことがあった。亀裂の下からメル・ゼナのキュリアが這い出てきてブロージュ伯爵であった灰に集まりつつあることを。

 

 

 

ガリオンの谷で貴族の科学が作り出した神と呼ばれるシグマという名前のメカニズムを祈りという説教で蘇らしたキュリオは必死に恐怖に似た思いを胸に避難していた。

ガリオンの谷間――ここで何が行われたのかは、ヴァルキュア様も教えては下さらなんだ。あの方の考えは我らには到底理解できぬ。この星を破壊することとて、気まぐれでやりかねぬ御方だ。あの方はただこう言われた。Dとメル・ゼナを斃すためにガリオンの谷を使え。“シグマ“に抹殺を命じろ、と。突如、キュリオは足を止めた。

道の前方に、三つの影が現われたのである。前からずっとそこに立っていたのか。いや、その先にある谷間の入口からやって来たのには違いないが、キュリオの眼には、世にも美しいその姿が、長い長い間、そこに立ちつづけていたように思われてならなかった。彼は足を止め、恭しく一礼した。

 

「お初におめにかかります。七人のひとり、説教師キュリオと申します」

 

「Dだ」

 

「メル・ゼナと申します。」

 

その声と美貌に、五千年の歳月を越えて、シグマという恐ろしいメカを甦らせた男は恍惚とうち震えた。

 

「Dとメル・ゼナだけではなく私も見ていただきたいわね」

 

かたわらの白いドレスの女が邪悪そのものの声で言った。

 

「私はミランダ公爵夫人。あなたが人間なら、それなりの礼儀をおわきまえなさいな」

 

「これは失礼を」

 

キュリオは一礼した。

 

「おめにかかれて恐悦至極に存じます」

 

そしてキュリオは自身の言葉を武器にせずに普通にD達と話をして疑問を抱いていた。何故自分はこんな話をしているのだろう?

眼の前の絶世の美貌を持つ者達との会話を終わらせたくないからか。私は彼/彼女の声をもう一度聞きたいのか。それは愚かだ。愚かな真似だ。見よ。求める話をしない者など不要だと、背筋を凍らす鬼気が告げている。D達が前へ出た。背骨が断たれるような幻痛を味わいつつ、キュリオは叫んだ。

 

「その先の中枢センターにいる。二人とも無事だ。やめなさい」

 

諭すように言った。駄目だ、と思った。声に真実味がない。動揺がそれを許さないのだった。斬られる!食い込む剣と爪の痛覚のビジョンを鮮明に意識したのは、D達が攻撃するより前だった。

 

だが死の一撃は打ち下ろされなかった。彼は眼を開け、頭上をふり仰いで安堵した。

 

「夢か」

 

黒衣のハンターと白い女貴族と赤と銀と黒が入り混じったゴスロリ服の美少女貴族は忽然と世界から消滅していた。安堵のあまりよろめいたキュリオの脳裡に、自分を叩き斬るべく迫ってくる二つの美貌が浮かんだ。ああ、その美しさ。一瞬、キュリオの胸の中を不可思議な感情がかすめた。それが、斬られたかったという欲望だとは、理解できなかった。

それは本当に夢だったのかも知れないとキュリオは棒立ちになっていた。

 

 

 

 

はぁ・・・ミランダ夫人だけではなくD様と離れ離れになりましたね。ブロージュ伯爵は討ち取ったとキュリオが言っていましたが、キュリアエネルギーを利用して蘇るでしょう。まあ、伯爵はキュリア抜きでも蘇ると確信できる不死性を持っていますがね。

 

 

シグマが作り出した空間の穴に呑み込まれたメル・ゼナは四次元的に歪曲された異形空間の中で光速を遥かに超えた移動から繰り出されるパワーで無理矢理空間を歪ませながら呑気にそんな事を考えていた。

 

「よく、私の閉鎖空間を破れたな」

 

渋い男の声が言った。

 

空間を歪ませて出てきたメル・ゼナの前方にそびえる塔から、声はした。

 

「私の名は“シグマ“━━反陽子コンピュータだ。これから別の空間にいるDと並列にテストする」

 

幻実空間ファントム・リアルテイ・スペースで作られた果てしなく広がる赤茶色の荒野でシグマがテストとして作った救出対象のマシューやスーを模した敵をメル・ゼナは殲滅した。

 

「やめてくれ!」

 

「━メル・ゼナさん、兄さんを殺さないで!」

 

本人達そっくりの悲鳴や断末魔等をあげていく敵を無表情で殺していくメル・ゼナに対してシグマのコンピュータは絶句した。

 

「テストは終わりましたか?」

 

「おまえ達を抹殺する為のテストはまだ続行中だ」

 

メル・ゼナの問いかけにシグマはそう答えた。

 

シグマのテストは本当にしつこいですわね・・・そんなにテストを仕掛ける御方は全方位に嫌われますわよ。

まあD様が先にシグマを壊してくれますから適当にテストを突破して待つだけで問題ないですけど

しかしこの城中はもしかして・・・

 

荒野から懐かしい雰囲気を感じる城中に変わった世界を中心でメル・ゼナを待っていたのはメル・ゼナの優しき両親だった。

 

 

ごめんね、ヴァルキュアを止められなくて

まだ幼いお前にこんな運命を背負わせてすまなかった・・・

 

 

「両親も殺したか、だがその時のおまえはDよりは人間味がある表情をしていたぞ」

 

「触れてはいけないところを踏みましたね・・・スクラップにさしてあげますわ」

 

メル・ゼナの声には怒りの感情が明らかにこもっていた。

 

「そうか、残念だな。私はDの相手をしなければならない、故にこれをおまえの刺客にする。」

 

シグマがそう言った瞬間、メル・ゼナは宇宙空間に転移させられた。

 

 

 

 

 

我に返ったキュリオが成層圏に待機しているはずのスピイネの気配が遠くに行ったことに気づいた時、まさかの可能性を思い浮かべた彼は、端正な表情に哀れみと同情に似た色を宿らした。

 

「シグマの実験に巻き込まれるとは━━」

 

 

 

 

糸で全身を拘束されたメル・ゼナの目の前にいたのは蜘蛛のような細身の男だった。

 

 

「新生スピイネ様の新たな戦場にようこそ」

 

スピイネの糸は昔に起こったOSBと貴族の侵略戦争で発生した色々なスペースデブリや月や地球等の星に糸を張り巡らせて巨大な蜘蛛の巣を作っていた。だがヴァルキュア大公の刺客の一人と言えども太陽系に糸を張り巡らせる芸当が可能なのだろうか?

スピイネは本来は精々、月まで糸を伸ばすことが限界の成層圏を主戦場とする糸使いだったはずだ。

だが強くなった理由はスピイネ自身が明かした。それはシグマの実験に巻き込まれて改造されたというのが真相だった。

 

貴族は地球を飛び出して宇宙空間に出ると何故か弱点なしの完全な不老不死の究極生命体になる。どんな貴族でもそんな体質になるのだ。何故そのようになるのかは人類だけではなくOSBや当の貴族にも全然分からなかった。分かるのは神祖くらいだろう。

そんな状況の貴族を殺すのは絶対に不可能とも言える。だが今のスピイネには殺せるだろうという確信があった。

 

「こんないい女を始末するには忍びねえが浮世の義理だと勘弁してくんな。一瞬で殺してやるからさ」

 

スピイネは狂喜していた。圧倒的な力を得てどの刺客よりも強くなってヴァルキュア大公の一番の部下になったと思ったのもあるがあり得ない美貌を持つメル・ゼナを自らの手で殺せるからだ。

今の自分なら貴族を灰にすることなく死体を残せる。自分にそんな趣味はなかったがこの美少女貴族の死体をコレクションにしよう。その後はあの美しき黒衣のハンターも倒してDの死体もコレクションにしよう。

 

そう考えて邪悪な笑みで糸の上で小躍りしていたスピイネの顔は一瞬で崩れた。

 

「馬鹿な!今のおれの糸の拘束から抜け出せるのはあの御方くらいしかおらないはずっ・・・」

 

その言葉がスピイネの最後の言葉だった。いつの間にか脱出したメル・ゼナの翼によって脳から股間まで切り下ろされたスピイネの死体はメル・ゼナが地球に戻る際の大気圏突入の盾になって燃え尽きた。




キュリアとキュリオの似た文字で文章が紛らわしくなりましかね?

誤字脱字、アドバイスがありましたら報告よろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。