ラックス教条   作:平井純諍

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はじめに

はじめに

 はるか昔、2615年に亡くなったノビリス•ラックスは、複雑な現代を生きている私たちに何をもたらしてくれるだろうーーーこの問いはコトリプロジェクト『ラックス教条』を始めるときの最大の課題であり、現代を語る鍵でもあった。

 ラックスは「自然の中に邪神が仕掛けた罠があり、その罠をできるだけ被害を少なく解除する」ことに76年間の生涯をかけた。イアス高等呪術研究所の同僚Y•レニートは「ラックスこそ最大級の呪いを解こうとした男」と表現している。取材を通して、陰のある彼の苦悶の中に自由を見い出そうともがき、彼がよく使う〈邪神〉という言葉の重みも明らかになっていった。私たちはラックス自身の『言葉』と、世界に散らばるラックスを知る人物達の共通項を手掛かりに基礎調査を続けた。ラックスの言葉の本当の意味を知るためには、呪術の知識だけでは足りなかった。彼の人生経験や世界観を含めた「人間ラックスの理解」はもちろん、同時に彼を生み出した異世界の呪術や持ち込まれた思想の理解も必要である。無謀なルポルタージュを始めてしまったかもしれない、と思い始めた。

「なぜ邪神は生まれなかった赤子に宿るのか。これこそ私が永遠に理解できないことだ」

「呪いを理解する事は無念さを理解する事だ」

 

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 理解することを目標に試行錯誤を繰り返し、本の骨子が少しずつ見えた。ラックスを徹底的に解体する事は、あの忌まわしい事件から100年近く経つという時代そのものを考える手掛かりになる。

 異世界にルーツを持つファラ人商人の家庭に生まれ、二つの最大クラスの呪いを経験し、自らを〈居場所なきロマ〉と称した。

 

ロマ……移動型民族の事。異世界から来たというルーツへの皮肉か。

 

ミクロックの迫害から逃れる為にドラゴン族に亡命し、親戚をネルソネーラで亡くした。

 

ネルソネーラ……異世界人強制収容所。

 

最も成功した呪術理論「不生誕の災厄」を、ティオルト•バハムの人事院に勤めながら個人で発見した。クロスナッツ領人にとっては、彼の水子の理論から闇の呪物が開発され、間接的ではあっても2605年の嘆きの領地にコトリバコを生み出したことは忘れることはできない。術後は呪物の解除運動、異世界政府構想を唱えたが、自らを自嘲的に呪物の根源であるリョウメンスクナと見なした。一生を通して愛したのはアルベル、ラピスの文学作品。思考に疲れた時はティオーナ産のコーヒーを淹れた。組織に属しながらも組織を嫌い、呪物を扱うファラ人というだけで迫害を受けた。孤独な呪いの生みの親。彼の一生は現代を生きる我々に課題を突き付ける。

 ノビリス•ラックスという一個人の中に多くの問題が含まれている。魔法を持って生きる現代人にとっては、呪物の問題と関わらないわけにはいかない。私はこうして100年以上前の人物を掘り起こし、既存の枠を取り払い彼をもう一度甦らせるように挑戦を始めた。

 

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この仕事の最も大きな支えとなったのは、『鏡の中の鏡』『椅子』で知られる闇の画家エーガー•ファロスである。ファロスは光の文明を批判し、闇にこそ人間の本質があるといい、焚書されていく呪物の過去を知るべきだと考えている。ファロスはラックスを呪物の〈聖者〉であり〈殉教者〉だと捉えている。

「ラックスは、呪いと世界を矛盾なく説明できるという確信を持っていました。その信念は、彼が呪いを解除しようと全生涯をかけて挑んだ最凶の呪いコトリバコに現れています。しかし、現実と呪いを結びつけるということを要請する行為が一つの全体主義システムになり得ます。魔法歴史家は闇の魔法使いエリオと当時の王都正教会の争いを近代の闇と光の衝突と捉えます。しかし私は二つの全体主義システム同士の衝突と考えます。全体主義システムの特徴は生の矛盾に耐えられず、どちらかを排除したがることです」

 ファロスの光の文明への批判は、私の取材としての緊張と鋭角的な視点を与えてくれた。現代社会はハイマジック、環境と魔法、禁術……あらゆる魔法の成果である。闇の頂点にラックスはいる。そこが殉教者とファロスは言った「殉教者というのは命を犠牲にしてそれぞれの世界システムの正しさを立証する人。特に全体主義には、このような人間が必要です。正教会においても闇の魔術においても、呪物的世界観においても同じなのです」と。

 呪物史上最大の産物は「コトリバコ」と「リョウメンスクナ」である。ラックスは両者の研究に深く関わっているが、コトリバコもリョウメンスクナも呪物にするべきではなかったと反対し続けた。特にリョウメンスクナは王国が隠蔽した事件に深く関わっており、政治に利用された。更に呪物は政治利用されただけでなく同胞を殺されるのに使われた。自分の研究が大量の人を殺すのに使われた。呪いから真理を読み取ろうとしたラックスは自己矛盾に苦しんだ。

晩年のラックスは、いつもこう呟いた。「私は自分と国家を信じる事はできない」と。

 

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こうして、私たちは光の文明を謳歌しているがその陰には滅された歴史がある事を知らなければならない。光と闇の衝突から革命をめぐって、さまざまな評価と意味づけがラックスにスティグマされていく。この革命は呪物にとどまらず、魔法、ルーン文字、人間全体に及んでいる。私は巨大で深いラックスという闇を掻き分けて進んでいく。

     

              作家 平井純諍

 

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