夜も更け閑散とした廊下、いまだ光の灯る部屋から漏れ出てくるのはライトの光源と嬉々快活な笑い声。その部屋の中では、それはもう凄絶な戦いの真っ只中であった。
「おやぁ~? 晴信ぅ、もうダウンですかぁ?」
ケタケタと楽しげに笑いながらソファーへ腰掛け、手にしている真っ赤な盃を傾ける彼女こそ上杉謙信。そんな彼女は自室へ戻ったことで気を緩めたかったのか、先ほどまでの戦装束ではなくラフな現代風の装いへと姿を改めていた。
「抜かせ。お前こそ、ペース落ちてんぞ」
その隣で一升瓶から御猪口に酒を注ぎ、挑戦的な鋭い瞳で謙信を睨み付ける彼は武田信玄。先の脱出(?)劇のままに謙信の部屋を訪れ飲み比べとなり、その負けん気の勢いそのままに酒を喉へ流し込む様は彼女に勝るとも劣らぬ酒豪っぷりだ。
「にゃははは、やはり美味い酒は誰かと呑むに限ります。まぁ流れで仕方なく……し、か、た、な、く、晴信と呑む羽目になりましたが存外、楽しめますねぇ」
「存外は余計だ阿呆。しかしまぁ、なんだ…その、ちぇいてぴらみっど姫路城、だったか。西洋の城の上に砂漠の民の王墓が刺さり、その上に姫路城が顕現した、って……それは悪い冗談か悪夢の類いだろ」
「いやぁ、私も記録で見ただけなんですが壮観ですよ。何せ各々が城だけあって大きさは言わずもがな、それが横並びどころか縦に積み上がるとか笑うしかありません」
生前のアレやコレやの思い出話から始まり、サーヴァントとなってから知り得た知識や経験、話題が尽きることはない。当初の飲み比べ云々、「今夜は寝かせん」、「足腰立てなくしてやる」とは何だったのか。
「これからは、俺も巻き込まれるかもしれんのか…」
心底いやだ、と信玄が表情を曇らせた。ただでさえ先日"超五稜郭"というトンデモ建造物を目の当たりにした上、自身がソレを受け止めてしまった事実が、『"ありえない"ことは"ありえない"』と叫びながら追いかけてくるのを感じたが故だ。しかし、そんな彼の心配などどこ吹く風、謙信は横に座る彼との距離を詰め笑い飛ばす。
「なぁに、その時はぁ、斬るなり、焼くなり、壊すなりぃ…すれば良いのです。何なら私の宝具でズバーッ、っとぉ…」
「城を斬るとは大口…でもないか、お前ならやりかねん…っと、酒が切れた」
そこで信玄は、御猪口に酒を注ごうと瓶を傾けるが中身が無くなったことに気付く。この瓶も机上に散らばる"残骸"、謙信が譲り受けた一升瓶だけでなく「どうせ足りんだろう」と信玄が持ち込んだ酒の瓶、缶などの一部と化してしまったらしい。
「酒が無いなら、勝負は引き分けだな。俺は帰るぞ」
発端が飲み比べがどうのと言っていたのを思い出した信玄は、これ幸いと何度目かの"お開き"宣言。酒が底をつく度に信玄の「引き分けだ」という停戦提案に、謙信の「逃げるんですか?」という特大煽りが繰り返され決着は延びに延び。どうせ言っても聞かんだろう、と予想していた彼だが今回は様子が違った。
「………あ?」
「……んにゅ…すー……」
ふと気付けば、謙信は意識を手放し寝息を立てていた。先ほど距離を詰められた直後に寝落ちたのだろう、肩に頭を載せ無防備に全体重を委ね眠る彼女の規則的な呼吸を間近に感じた信玄は妙な感覚に襲われた。
「はぁ…あれだけ煽っといて寝るのかコイツ…」
どうせ謙信は寝落ちしないだろうと決めつけ、飲み比べなんて引き分けで雑に終わらせればいいと思っていたのが裏目に出た。まさか彼女が先に寝てしまうとは夢にも思わなかったし、直前に「引き分けだ」と言ってしまった手前、たとえ謙信が覚えていなくても、もう信玄に"勝ち"はない。
「本当にコイツは、人の予想を軽々と飛び越えてきやがる……いや、思えば初めからだ。信濃の連中に唆されて川中島まで大軍を率いて殴ってくるわ、こっちの陣に単身で突っ込んできて斬り掛かってくるわ、無茶苦茶な奴だった」
信玄の脳裏を過ったのは、初めてーーーーを見た時の記憶。
大軍を率いて先頭を突っ走ってくる、とんでもない威圧感を放つ化け物じみた"人"。斬り伏せ、突き崩し、吹き飛ばし、まるで放たれた矢のように強固な自陣を正面から削ってくる彼女の様に、信玄はーーーた。血を浴び、土と泥にまみれ、それでも光の灯らぬ瞳を爛々と輝かせる様は本当に、ーーーと感じた。
「……んぅ……」
「……ッ…」
遥か過去の記憶、もはや記録でしかない光景を打ち消したのは謙信の身動ぎだ。信玄の肩に載せられていた彼女の頭がズルズルと腕を経由し、膝まで落ちる。図らずも膝枕のような体勢になってしまったが、起こすのも忍びない………というより、起きたら再び地獄の飲み比べ再開だ、むしろ起こすわけにはいかない。そう結論付けた信玄は、あえて今の状況を甘受することにしたようだ。
「とはいえ、やはりお前は"変わった"な。あの頃から人であるに違いはないが、そうだな……"人間らしくなった"」
起こさぬよう気を付けながら、信玄は眠る謙信の前髪を鋤く。飲酒のせいか若干ではあるが血行が良くなり紅潮している彼女の頬を指背でなぞると、くすぐったそうに眉先を寄せ表情を変えた。その反応が、まるで小動物のようで、信玄も不意に綻んでしまった。
「静かにしていれば、ただの小娘だな。その方が……ッ…!?」
言いかけて、信玄は咄嗟に口を紡ぐ。『いま俺は、何を言いかけた?』と自問自答、先の記憶を思い返していたせいか、それとも"人間らしくなった"彼女に当てられたか、いくら考えても自分が溢しかけた失言の真意は分からないまま。
「…………ああ、そうか」
と、そこで信玄は気付く。そう、彼は自分自身が浴びるほど酒を呑んでいたことを思い出した。酔っていたなら仕方ない、不倶戴天の天敵に対して世迷い言を溢しかけたのは酒のせいだ、そうに違いない。
「そうだ、酔っていたからだ。でなければ、俺がコイツに………やれやれ、これは明日に響くな。こんな時は寝るに限る」
そうと決まれば、と信玄は目を閉じた。しかし、視界を閉ざしたせいで彼の膝に温かく柔らかい"何か"を鮮明に感じたが、気のせいだと自分に言い聞かせ無視を決め込んむ。先ほどーーの頬を撫でた指が妙に熱いのも、気のせいだ。
『…ああ、そうだ。気のせいだ…俺が、コイツに…』
やはり酔っていたのだろう、目を閉じると瞼の重みが増してきたのを信玄は感じる。徐々に迫り来る眠気に抗うようなことはせず、指先に残る熱も忘れ、妙にザワつく胸中をーーで誤魔化し、彼は意識を手放した。
『サーヴァントって、酒で酔うことあるぅ?』って書いてて思ったけど知らん、私は悪くない(逃避)