モンスター・アーカイブ   作:Synuchus

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初投稿です。
まだ導入部分で続くかどうか未定。
設定ガバは多いかもしれません。



とある青春の怪物録
第一話


ミレニアム自治区の外には、現在のキヴォトスを凌ぐ技術によって作られた建造物が多数立ち並ぶ地域が存在する。居住者はおらず、風化しつつあるその様子から単に「廃墟」と称されることが多い。とある天才清楚系病弱美少女ハッカーに言わせれば、「キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道」とのこと。

 

残存した警備システムや崩落、あるいは社会を混乱させるようなオーバーテクノロジーの発掘を危惧してか、連邦生徒会によって公には立ち入りどころか調査研究すら禁止されている。そのため「廃墟」の全容を知る者はおらず、近隣のミレニアム学園の生徒を中心に色々な噂が立てられていた。例えばキヴォトスを破壊し得る兵器が眠っているとか、今もひとりでに動く兵器工場があるといったようなありきたりなものだが、最近になって新たな噂がそこに加わったという。

 

それはミレニアム自治区から「廃墟」に進入してすぐに見えるとある廃ビルの中に「()()()()()()()()()()()()」があるというものだ。ただそれだけの噂ではなく、「時たまその扉が開くことがあり、その中に入ると世にも恐ろしい目に遭う」という尾鰭もついている。

 

 

『〜てことなんだよ!先生も行ってみない?』

 

 

とある生徒とのモモトークのやり取りで、先生は「廃墟」探索に誘われた。

 

───この混沌に満ちたキヴォトスで生徒達を導く大人たる役割を持つ好青年で、連邦生徒会直属の超法規的機関であるS.C.H.A.L.Eに所属する。

 

そう言えば格好もつくが、仕事の大半は各自治体からの要請に基づく事務作業だ。エナジードリンクとコーヒーが欠かせず、日に日に目元に増えていく隈に悩まされる日々。

今日も今日とて早朝から書類の山をかき分け、PCと睨めっこしていた先生にとって生徒からの個人的なお誘いは仕事から逃げる……もとい息抜きの時間でもあった。

 

加えて「廃墟」は危険地帯。先生の知る限りでも未だ動き続ける警備兵や「無名の司祭」の遺産、それにデカグラマトンの一柱である「ケセド」が潜んでいる可能性がある。これらの脅威がある場所に生徒達だけで行かせるという判断はできない。

 

すっかり行き慣れた経路を使って先生がミレニアム学園ゲーム開発部の部室前に到着したのは昼前の頃だった。慣れた動作でドアをノックすると元気な返事が返ってくる。部屋に入ると見慣れた光景だ。服と雰囲気以外は瓜二つな双子の少女、それから長い黒髪の少女がテレビゲームの画面に齧り付きながら声を掛けてくる。

 

 

「あ!先生やっと来た。もー遅いよ!」

 

 

開口一番文句を垂れたピンクの服装の元気な少女こそ、今回先生を誘ったゲーム開発部シナリオ担当こと才羽モモイだ。

 

 

「こんにちは。ごめんなさい先生。お姉ちゃんとアリスちゃんが行くんだって聞かなくて」

 

「先生!今日もアリスの冒険に付き合ってくれますか? なんだかすごいレベルアップの予感がします!」

 

 

落ち着いた雰囲気の緑の服装の少女は、モモイの双子の妹でゲーム開発部イラスト担当の才羽ミドリ。謝罪を述べつつも先生に会えた嬉しさを隠しきれていない。そしてゲームリスペクトの独特な言い回しを使う長髪の少女は天童アリスだ。どうでもいいことだが、床に到達するほど長い彼女の髪はゴミを巻き込まないのか、先生は地味に気になっていた。

 

互いの挨拶もそこそこに、ひとまず3人のゲームプレイが終わってから今日の本題に入る。

 

 

「"それで、新しいゲーム開発のヒントになるかもしれないから噂を確かめたいってことだっけ?"」

 

「そうそう!さっすが先生は話が早いね!」

 

「アリスはウワサのクエストを受注したいです! それにあの場所ならアリスやケイにも関係あるかもしれません!」

 

「アリスちゃんはともかく、お姉ちゃんはただ遊びたいだけでしょ」

 

「そ、そんなことないって。今回は真面目に考えてるんだからねっ」

 

 

アリスの言う「ケイ」には彼女の特殊な出自が絡んでいる。

アリスは「廃墟」に眠っていたAL1-Sという侵略用アンドロイド兵器であり、ケイというのは彼女のサポートAIだった。最高のゲームが作れるという「G:Bible」を探す過程でゲーム開発部に発見されたアリスは、それを発端とした騒動の最終盤に侵略を開始しようとするケイと袂を分かった。

一度は決裂したアリスとケイだったが、キヴォトス全土を巻き込んだアトラ・ハシースの箱舟占領戦の過程で和解。ところがその直後にケイはアリスの代わりとなって身を削り、今では僅かな残滓らしきデータを残すのみとなってしまった。

 

元々アリスとケイの眠っていた「廃墟」なら、ケイと再び会う手掛かりが少しでも見つかるかもしれない。そうした思いがあるからか、アリスはいつも以上に積極的に見える。

 

モモイの方も言葉に出してはいないが、きっとケイのことも考えている。普段の言動こそ奔放に見えるものの、周囲のみんなのことをしっかり見ている姉気質もあるのだ。

 

ただ遊ぶ口実が欲しいだけであれば別の提案でもしようと思っていた先生だが、ここは一緒に行ってあげるべきだろう。

 

 

「"うん、分かった。じゃあ準備しようか"」

 

「やった!!」

 

「アリス、急いで所持品の整理をします!」

 

「全くお姉ちゃんは……。先生、今回もお願いしますね」

 

 

「廃墟」に行く方針で各々動き出したところで、部室のロッカーからパーカーを着込んだ赤毛の少女が顔を覗かせた。

全員が一斉にそちらに振り向く。

 

 

「あ、あの……。わたしも行きます……」

 

 

彼女はこのゲーム開発部部長、花岡ユズだ。ある事情から極度の人見知りかつ出不精で、お気に入りのロッカーに閉じこもっていることが多い。先生や他の部員から忘れられているわけではないのだが、危うく置いてけぼりを食らうと思って出てきたのだった。

 

いつものパーティーメンバーが揃ったところで、先生達は「廃墟」に向けて旅立つ。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「到着しました!クエスト攻略開始です!」

 

 

「廃墟」の入り口に着くなり、アリスは元気よく声を張った。

 

彼女がカバンの如く軽々と肩掛けしているのは、通称「光の剣:スーパーノヴァ」。巨大かつ超重量のレールガンだ。「外」よりも頑丈で力の強い者が多いキヴォトスだが、それでもこれを手持ち武器にできる人物は限られる。アンドロイド故か驚異的な身体能力を誇るアリスだからこそ扱える代物である。

 

アリスに限らず、キヴォトスの住人にとって外出の際に銃火器を携帯することは常識だ。体の頑丈さのせいか、「外」の世界における殴り合いの喧嘩よりも軽いノリで実力行使に出る者が多い。当然ながらモモイやミドリ、ユズも例外ではなく、それぞれ銃を所持している。

 

さて、立ち入り禁止区域である「廃墟」だが、意外にも自治区を出て簡単に侵入できる。連邦生徒会長が失踪した今、連邦生徒会は労力を割いて立ち入り制限を実行する余裕はない。さらにミレニアムは密かに「廃墟」を調査したがっている側ということもあり、規制など事実上ないようなものだ。

 

噂の「開かずの間」は「廃墟」のミレニアム側から入ってすぐ見えるビルにあるという話だ。周囲を見回すが、ビル自体はそこかしこにありどれを指しているのか分からない。総当たりでは日が暮れてしまうだろう。

 

しかし他にどうしようもないため、とりあえず近場の崩落の危険が少なそうなビルから巡ることに決めた。連邦生徒会の置き土産である警備ロボットに気を付けつつ、慎重に進む。

 

外観が残っていても、内部が崩れている等で中を探索することのできないビルが多い。結局今に至るまで一向はなんの手掛かりも得られないままだ。最初は意気揚々としていたパーティに手詰まり感が漂う。

 

と、そこでモモイが何か思い出したように口を開いた。

 

 

「あっ、そう言えばなんだけど、噂の廃ビルは屋上にでっかい電波塔があるって聞いたような」

 

「お姉ちゃん、それを先に言ってよ……」

 

「今思い出したんだから仕方ないじゃん!」

 

 

モモイによって分かりやすいヒントを得た一向は、先ほどまでの苦労が嘘のようにそれらしいビルの下に到着していた。かなり大きく、キヴォトス中心地のD.U.でもあまり見ない規模の建物だ。窓ガラスは割れているものの、内装は比較的綺麗に残っており、エントランス奥に正面受付や複数のエスカレーターが見える。表札は外れた跡があり、少なくとも外から何のビルかは分からなかった。

 

早速全員で中へ突入していく。入り口の自動ドアのガラスは既に割れており、侵入は容易だ。

 

 

「ちょ、ちょっと怖いかも」

 

 

最初の威勢はどこへやら。最前のアリスの少し後ろを進むモモイは、愛銃を抱えて小声でそう漏らす。当然電気は通っておらず、今日はどんよりとした曇りということもあって外からの光も少ない。人気のない空間には割れた窓ガラスを踏む音が嫌に響く。

 

ユズは先生の服の裾をそっと掴んでおり、ミドリも気にしていないように見えて先生の側を離れない。先生はそれを微笑ましく思いつつも、いつ警備ロボットが現れてもいいように周囲の警戒を怠らない。

 

アリスだけが唯一、楽しそうにニコニコしながら先を進むのだった。

 

まずはビルの内部構造を把握する必要があるということで、一向はその情報がありそうな正面受付へと向かう。

 

先生は正面受付の机上に一冊だけポツンと紙の資料が置いてあることに気付く。()()()()()()()()()その資料の表紙から、このビルが「次元接続システム研究開発機構第一試験場」という名の研究施設であることを把握する。

 

「次元接続」という単語を見て、先生は自然と先の出来事を思い返す。並行世界からの侵攻。あらゆる要素が紙一重でギリギリだった。少しでも噛み合わなければ自分は今この場に立っていなかったかもしれない。

 

先生がそうして身を引き締めながら資料のページを捲ると、ビルの見取り図が目に入った。この建物にはどうやら地下があるようだ。上階は資料保管室や執務室、食堂などになっており、地下は大型の実験場のようだ。次の行動を決めるため、先生はパーティーに声をかける。

 

 

「"ここ、地下があるみたいなんだけど。みんなは上階と地下のどっちに行きたいかな?"」

 

 

受付の周囲を各々漁っていた4人は手を止めて先生に注目すると返事を返す。

 

 

「アリスは地下に行ってみたいです。地下ダンジョンは王道展開です!」

 

「地下の方が面白そうだし、アリスにさんせー!」

 

「私は先生とみんなの行きたい方でいいですよ」

 

「わ、わたしもみんなに合わせます……」

 

「"じゃあ、地下に行ってみようか"」

 

 

ということでパーティは地下に向かう方向で纏まった。見取り図によれば地下へ行く手段はエレベーターか階段のみらしい。エレベーターは当然動いていないので、階段を使って地下1階の実験場を目指す。

 

 

「移動中のロード画面を体験したらこんな感じなんでしょうか……」

 

 

階段の道中、アリス微妙な例えをしつつコメントする。階段の構造はよくある踊り場を挟んで折り返すタイプのもので、照明がなく真っ暗だ。当然全員がライトを点けている。

 

絶妙に長い階段をしばらく進むと、踊り場の先の道が現れた。ようやく到着したようだ。

 

実験場へ続く道も半ばに差し掛かったところで、先生は明らかに気温が下がったのを感じた。

 

 

「うっ……なんか寒い?」

 

「?」

 

 

体温調節機能に優れるアリスは気づいていないようだが、モモイは少し狼狽えていた。ユズは先生の裾を掴む力が強くなり、ミドリは思わず肩を抱く。

 

「凍りついた開かずの間」の噂。アリス以外の全員がそれを想起した。

 

少し緊張した雰囲気の中そのまま暗く狭い道を進むと、視界が開けて広い空間に出る。実験場のエントランスらしいその空間をライトで照らすと、左手には人間用のエレベーターと機材を運び込むための巨大な業務用エレベーターの扉がそれぞれ目に入った。

 

続いて右手を照らすと全員が息を呑む。それは明らかにビルの壁ではなかった。

 

そこにあったのは石を切り出したような材質の灰褐色の壁とその中央の両開きの扉だ。

扉は7~8 mはあろうかという巨大なもので、木材を金属枠で固定した古風な作りをしている。その様子は近未来的な実験施設とは全くのミスマッチだった。

 

それ以上に先生達の目を引いたのはその扉の状態だ。扉の外側はライトの光を反射してキラキラと光っている。離れた位置からでも明確に凍りついているのが見てとれた。

 

 

「ほんとにあったー!!」

 

「ウワサはホンモノでした!それにボス部屋の入り口みたいです!」

 

モモイは寒さなど忘れてテンションを高調させ、アリスもそれに同調した。二人とも走って扉の前に向かっていく。

 

「ホントだったんだ……」

 

「……!」

 

「"……"」

 

 

ミドリとユズも驚きを隠せない様子だ。先生は何か考え込みながらも、ミドリとユズを伴って先に行った二人を追う。

 

 

「ひゃあ、冷たいなあ」

 

「モモイ見てください。こんなに大きい氷が取れました。クエスト達成の証拠になるかもしれません!」

 

「え、アリスそれ持って帰るつもりじゃないよね!?」

 

「あ、確かに氷系アイテムは持ち帰るまでに溶けてしまいます……」

 

 

モモイはペタペタと氷に触れ、アリスは扉に沿って板状になった氷の一部を毟って見せつける。噂を証明した証として持って帰ろうとしたらしいが、流石に無理がある。

 

 

「"証拠にするなら、扉の写真を撮ったらどうかな"」

 

「あ!そうですね。折角なので全員で撮りましょう!」

 

 

先生の提案にアリスが乗って、扉を背にして全員で証拠写真を撮ることになった。アリスが携帯端末のカメラを構え、自撮り風で全員が写るように調節する。互いの表情はよく見えないほど暗いが、そこはミレニアム製品。暗闇の中でもはっきりした写真を撮ることができた。

 

アリスは撮った写真の扉を見てふと気付く。

 

 

「あれ?これはなんでしょう?」

 

 

その声に反応して全員が携帯を覗き込んだ。

「ひっ」とユズが小さな悲鳴を上げる。ミドリも何かに気づいたようでやや顔を顰めた。

 

 

「何? 何のこと?」

 

「"これのことかな"」

 

 

まだよく分かっていないモモイを見て、先生が画面に指を指す。それは扉の左右に施されたペイントのようだった。扉の左右上から左右下に向かって引かれた非対称で朱色の太い線。まるでこちらを睨む鋭い眼光のようにも見える。

 

指摘されてようやく気づいたモモイはすぐに振り返ると、現実の方の扉全体を下からゆっくりライトで照らす。すると写真に写ったものと同様に、その模様がはっきりと現れた。周囲が暗く模様自体が暗色であることもあってか、今まで誰も気づかなかったらしい。

 

 

「な、なーんだ。すこーし気味が悪いけど、ただ変な色塗ってるだけじゃん!」

 

 

最初は少々気圧されたモモイだが、すぐに強がりを言ってみせた。たしかにモモイの言う通りである。ただ目のようにも見える模様が塗ってあるだけで、なんてことはない。モモイの言葉にユズもミドリも少し安心を覚えた。

 

 

「"………"」

 

 

そんなモモイを尻目に先生は少し考え込んでいた。

 

今目の前にある明らかな異常。この古風な壁や扉の先は本当に実験場なのだろうか。謎のペイントはともかく、なぜ扉が凍りついているのか。冷却設備の故障の線は考えにくい。電気が通ってないことは明白だからだ。

 

 

「……生!先生ってば!」

 

 

先生はそこまで考えてハッとした。

モモイが声をかけてきている。

 

 

「"ごめんねモモイ。どうかした?"」

 

「この扉さ、開くかどうか試してみない?」

 

「"えっ"」

 

 

すっかり調子を取り戻したモモイの提案に先生は呆気に取られた。

 

 

「いやだってさ、噂は凍った扉があるだけじゃないんだよ?ほら、扉が開くって話があったでしょ」

 

「"確かにそうだけど、扉に入ったら世にも恐ろしい目に遭うんじゃなかった?"」

 

「えー何?もしかして先生怖がってる?」

 

 

モモイにそう揶揄われるは少々、いやかなり癪に障らないこともない先生だが、ここは大人として諭す。

 

 

「"そうじゃなくて、もしその噂まで本当だったらと思うとモモイ達が心配なんだ"」

 

「ふーん?でも先生がいるなら安心だよね」

 

「"ぐっ"」

 

 

普段から生徒達に自分を頼りにするよう言っている先生にとって、それを利用されると少し弱い。少し小賢しいモモイであった。

 

 

「もうお姉ちゃん。あんまり先生を困らせないでよ」

 

 

すかさずミドリから先生へ助け舟が入る。しかし先に進むことを否定まではしない。

そして先生は最強の刺客を忘れていた。

 

 

「アリスもクエストを完遂したいです!心配しなくても大丈夫です。例えどんなエネミーやトラップがあっても、モモイもミドリもユズも弱い先生もアリスが守ります!」

 

 

純粋なロボ娘が(暗くてはっきり見えないが)キラキラした瞳で訴える。ナチュラルに先生だけ弱い呼ばわりされているが、事実としては何も間違っていない。「外」から来た先生は、生徒達の神秘……不思議な力の源であるヘイローを持たず、生徒同士では殺し合いにならないような銃撃戦でも致命傷だ。先生の持つ力として一応「シッテムの箱」や「大人のカード」があるが、それも万能ではないか、おいそれと使えるものではないのだ。

 

意欲ある生徒の意思を先生の一存で曲げるのは本望ではないし、ユズも静かなものの判断を任せて拒否まではしていないようだ。コレはもう仕方がない、と先生は腹を括る。

 

 

「"分かった。扉が開くか試してみよう。ただし、もし開いたら私が先に中を覗くからね"」

 

 

肉体の強度を考えれば先生が先行するのは非常に危険なのだが、一連の流れのせいで少し意地を張ってしまった。万が一の時はシッテムの箱による防御があるとはいえ、言った直後に少し反省する先生であった。

 

5人は両開きの扉の前に近づくと、左扉にモモイとアリス、右扉にミドリとユズ、そして先生という配置でゆっくり扉を引く。扉は凍結しきっていなかった故か、それとも生徒の力のおかげか、ちゃんと動き出した。ザリザリと床を擦る音と、扉の金具がギシリと軋む音とが響く。

 

 

「おおっ、開きそうじゃない!?」

 

「クエスト達成は目前です!」

 

 

少し開いた扉の隙間から、より冷たい空気が流れ出してくる。それと同時になんと薄く光が漏れてきた。扉が頭一つ分ほど開いたところで先生が合図を出し、一旦開くのを止める。

 

 

「"じゃあ、ちょっと中を見てみるよ"」

 

 

全員が無言で頷いた。先生は手持ちライトをポーチにしまうと、意を決して隙間から扉の中を覗き込む。

 

暗闇に目が慣れていた先生は少し目を細めた。中は想像していた以上に広い空間のようで、80 m四方はあるだろうか。特に光源らしきものはないが、何故か薄明るくライト無しで部屋全体が見渡せる。部屋全体に厚い氷が貼っていて不明瞭ではあるが、内装は外側と同様に石造りに見える。

 

 

「"中は冷凍庫みたいになってるけど、他に何もなさそうだね。あとなんでか明るいな"」

 

「えー、本当に?」

 

「うーん、宝箱とか怪しいオブジェクトはないんでしょうか?」

 

「はあ」

 

 

振り返った先生の報告にモモイとアリスは興味津々といった様子で、ミドリはそんな二人に呆れ気味だ。扉を開けてさらに寒くなったせいか、ユズはミドリに寄り添って震えている。

 

 

「"モモイとアリスも覗いてみる?"」

 

「見る!」

「見たいです!」

 

 

先生は二人と交代して扉から離れると、寒そうなユズに自分の上着を羽織らせた。

 

 

「あ、先生。ありがとう…ございます」

 

「"どういたしまして。それにしても、まさかこんなに寒いとは思ってなかったよ"」

 

「……」

 

 

少し照れながら礼を述べるユズに先生は苦笑しながら返す。隣のミドリはなぜかほんのちょっとだけ不満気だが、先生はそれに気付かない。生徒の気持ちにできるだけ寄り添う先生でも、細かな乙女心までカバーするにはまだ経験が足りないようだ。

 

一方、アリスとモモイは隙間の両脇から覗き込んでじっくりと中を観察していた。

 

 

「むむむ、本当に何もないのかな」

 

「もしかすると何か仕掛けがあるのかもしれません」

 

「じゃあいっその事中に入ってみようよ」

 

「賛成です!」

 

 

扉の先に進む方針を固めていた二人に、先生が声をかける。

 

 

「"そう言うと思ったけど、本当に何があるか分からないから気を付けて"」

 

「分かってるって!」

「了解です!」

 

 

そう言うや否やアリスは右側の扉を両手でむんずと掴み、そのままズズッと引きずって全開にしてしまった。そして同時に扉の隙間から漏れていた光が大きく外を照らす。

 

 

「"……さすがだね"」

 

「アリスは勇者ですからっ!」

 

 

当事者を除く全員が驚く中、辛うじて先生がコメントするとアリスは得意気に返事した。そのパワーにはもう見慣れたものではあるが、分厚く大きな扉を一人で軽々引く姿は流石にインパクトが強い。最初に扉を開ける時もアリス一人で十分だったろうなとその場の誰もが思った。

 

全開になった右の扉からアリスとモモイを先頭に全員で中へ入っていく。

 

その時、入り口付近だけ不自然に影が落ちていることに誰も気が付かなかった。

 

 

「"床も凍ってるから滑らないようにね"」

 

 

先生が軽く注意しつつ、一向は部屋の中ほどまで進んだ。完全に氷に覆われているせいか入り口から見た時は気づかなかったが、反対側にも同様の扉があるのが見えた。

 

 

「ねえ、向こうにも扉があるよ!」

 

「今度こそ何かあるに違いありません!」

 

 

アリスとモモイは小走りに駆け出す。

 

 

「ぷぎゃっ!」

 

 

しかし案の定と言うべきか、モモイが凍った床に足を取られて派手に転んでしまった。

 

 

「モモイ、大丈夫ですか?」

 

 

アリスが床に這いつくばるモモイの横にしゃがみ込む。少し後ろから歩いてきた先生達3人もモモイの介抱へ向かう。

 

 

「もう、せっかちなんだから」

 

「"モモイ、ケガはない?"」

 

「あ、ちょっと擦りむいたっぽい。痛いし冷たいし最悪!」

 

「絆創膏、持ってたかも…」

 

「"ユズ、これも使って"」

 

 

ユズは先生からアルコールテッシュを受け取ると、それで血の滲むモモイの右膝を軽く拭き取って絆創膏を貼った。銃撃戦でも死なない頑丈なキヴォトスの住人だが、治りこそ早いものの日常で普通の怪我を負うことがある。先生からすれば実に不思議なことであるものの、世界のルールが()()なのだと無理矢理考えて納得していた。キヴォトスには真面目に考え出したらキリがないことが多いのだ。

 

 

「ユズも先生もありがとう!」

 

 

謝意を述べるモモイに先生は手を差し伸べて立つのを手助けしようとする。

 

しかし、モモイは座って先生を見上げたままの姿勢で固まってしまった。

 

 

「"モモイ?"」

 

「あ、え、アレ……何……?」

 

「"アレ?"」

 

 

怪訝に思った先生がモモイに声をかけると、何故か動揺した様子で話した。モモイの視線は先生を超えて、入り口側の天井の方へ向いているようだ。それに気づいたモモイ以外の全員もそちらへ顔を向ける。

 

そこで見た情報を脳で処理する前に、ソレはパーティーの目前に飛びかかってきた。ズドンという衝撃音と共に床の氷にヒビが入る。立っている全員が思わずバランスを崩しそうになるのを耐えた。

 

———ソレは巨大な異形の怪物と言う他なかった。似ているものを挙げるならば、創作に登場するドラゴンだろうか。

 

太く逞しい四肢を持ち、一対の大きな翼にはまるで網目状にガラスを張ったような翼膜。体全体は青紫色の分厚い甲殻で覆われており、体や手足に入る透き通った白いラインが目立つ。大木のように太く厚い尾は先細り、その先端には枝分かれした冠のような突起が備わっている。

 

今まさに一向を睨みつけているソレの頭部はどの動物にも例え難い。突き出した鼻先と顎の突起に、頭の後方にはコウモリの翼のシルエットを切り出したような板状の角が二対見受けられ、裂けて半開きになった口からは獰猛さを感じさせる無数の牙が覗く。そして何よりも、鼻から目元に走る不気味な朱色のラインが見る物の恐怖を引き立てる。

 

あまりの急展開と怪物の放つプレッシャーによって、先生達もモモイと同じくその場に硬直してしまった。

 

 

『先生!大丈夫ですか!?』

 

『解析……該当データ無し。不明な存在です。今すぐ退避を推奨します、先生』

 

 

シッテムの箱が危険を察知して起動する。その中から先生に呼びかけたのはシッテムの箱を司る人格を搭載した超高性能AI、アロナとプラナだ。彼女らの声は先生だけに聴こえるような指向性を持っているためか、怪物や生徒達がそれに反応することは無かった。

 

呼びかけで我を取り戻した先生はすぐに脳をフル回転させる。

 

正体は分からないが、とにかく危険であることは見てとれる。そして情報が何も無い中で下手にこの怪物に挑むのは悪手だ。隙を見て逃げることを第一に考えなければならない。

 

今すぐに全員に声をかけて部屋から脱出したいところだが、ちょうど一向と入り口の間に怪物が陣取っている。走って横を素通りさせてくれるなんてことはないだろう。

 

怪物を見据えたまま、刺激しないよう小声で生徒達に声をかける。

 

 

「"みんな私の声が聞こえていたら、小声で返事をして"」

 

「「はい」」

「う……うん」

 

「は、はひ」

 

 

ちょっと苦しそうなユズを気にかけつつ、全員からの返答を確認した先生は一息吸うと続けて指示を出す。

 

 

「"落ち着いて聞いて。アレはまだこっちを警戒してるみたいだ。刺激を与えないようにここから出たい"」

 

「"まず、アリスはモモイを慎重に立たせてあげて。それと皆なるべく怪物から目を逸らさないように"」

 

 

指示を受けたアリスはすぐにモモイを助け起こしに掛かる。ゆっくり慎重に。

 

 

「モモイは立てました」

 

「"よし。モモイ、動けそう?"」

 

「うん、全然大丈夫だよ」

 

 

これで全員がすぐ動き出せるようになった。刺激を与えないように、銃火器には

 

 

「"じゃあ、次。姿勢を低くして、私に合わせてアレを見たままゆっくり動いて"」

 

 

そう言うと先生は怪物からゆっくりと5 mほど後ろに距離を取る。生徒達も指示通り合わせて動いてくれたようだ。怪物は目立った動きは見せていない。

 

 

「"そのままアレの右脇を回ろう"」

 

 

全員が怪物に顔を向けたまま、少しずつ少しずつ右へ向かっていく。怪物も首を動かして一向に視線を合わせてくる。

 

側面に回ったことで分かったが、怪物の全長は目測で20 m前後あるだろうか。先生がこれまでに対峙したデカグラマトン「ビナー」と比べればまだ小さいものの、威圧感はそれを軽く上回っている。

 

極大の緊張の中、先生達はどうにか怪物の右を回り込んで扉の間近に来ることができた。怪物は後ろに回り込んだ標的に合わせ、今度は体ごと向き直る。そして同時にバサリと翼をはためかせた。風圧で床の霜が舞って双方の視界を白く染める。

 

今がチャンスだ。

 

 

「"みんな。私が合図したら扉を抜けて階段の方に走るんだ"」

 

 

そう言うと先生はポーチから再び手持ちライトを取り出し、部屋の奥に思い切り投げ込んだ。少しの間を置いてカツンという乾いた音が響く。

 

先生の狙い通り、怪物は音に反応してその発生源に振り向いた。

 

 

「"行って"」

 

 

声は張らず、あくまで静かに合図を送る。生徒達が指示通り走り出すのに合わせて先生も一気に駆け出した。

 

全員無事に扉を抜けて階段の方へ向かう。後ろで怪物がこちらに再び向いた気配がする。だが扉を出て階段までは20 mも無い。部屋からの光で、当初は暗かった視界も良好だ。

 

最も身体能力の高いアリスが一番手に階段へ続く狭い通路に飛び込んだ。続いてモモイ、ミドリ、ユズそして最後に先生もそこへ入っていく。全員が通路に入り半ばまで進んだところで一旦立ち止まる。ここまで来れば体の大きいあの怪物は物理的に追ってこれないはずだ。

 

 

「はあ、はあ、なんなのアレ!?死んじゃうかと思った!」

 

 

堰を切ったように息の上がったモモイが言う。

 

 

「はあ、ふう……アレが、噂の"世にも恐ろしい目"ってやつだったのかな?」

 

「アレは裏ボスです……!間違いありません!」

 

「はっ……はっ……」

 

「"……とりあえず、みんな無事かな"」

 

ミドリは息を整えつつ噂について指摘する。そしてある意味で平常運転なアリスと、顔面蒼白のまま浅く呼吸をするユズ。先生は全員の無事を確認した。

 

だが、一安心するにはまだ早かったようだ。

 

 

「ーーーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

擬音化し難い大音量が件の部屋の方から響き、建物が大きく軋む。間近で聞いていたなら本能的に耳を塞ぎ床に転がることになったであろう、全身が総毛立つ恐ろしい咆哮。

 

 

「ぎゃああ!」

 

「きゃああ!」

 

モモイとミドリは悲鳴を上げて互いに抱き合う。

 

「うわーん今度はなんですか!」

 

「……かひゅ」

 

「"ユズ!"」

 

 

慌てるアリスを横目に、限界を超えて意識を手放したユズを先生が抱える。

 

ここは怪物の手が届かなそうとはいえ、気絶者も出てしまった。即刻ビルから出るべきだろう。先生はそう判断すると、ユズを背負って生徒達に指示を出す。

 

行きには長く感じた階段を一気に通過して地上まで戻ると、エントランスを抜けて一直線にビルの外へ向かう。幸いその間には何事も無かった。

 

外に出たことで、一向は今度こそ安堵した。晴れてこそいないものの雲が薄くなっていて来た時よりも少し明るい。時間は午後3時を回った所だった。

 

緊張の解けたモモイとミドリは互いに背中合わせでアスファルトに座り込む。先生も背負っていたユズを一度降ろし、彼女に貸していた上着を枕にして寝かせると自分もその隣に座った。アリスもユズを心配してか、先生の近くに腰を下ろしてきた。

 

 

「ユズには無理をさせてしまったでしょうか。それにクエストは無事に達成できましたが、アリスやケイとは関係ありませんでした……」

 

「"あんな目に遭ったのはアリスのせいじゃないよ。ケイのことだって、見方を変えれば『噂は関係ない』ことをアリス自身が確かめられたんだから、十分な進歩になるさ"」

 

 

ユズやケイのことで少々気負いそうなアリスに、先生はそう慰めた。

 

落ち着いてきた所で、先生は先ほどの出来事について整理する。

 

あんな怪物は「外」はもちろん、キヴォトスでも初めて見た。デカグラマトンや複製(ミメシス)、あるいはペロロジラ(The Library of Lore)のような存在とは明らかに違う。アレは間違いなく自分と同じ生物だったと、不思議とそんな確信がある。

 

そして、怪物に付随する強烈な冷気と対峙したときに感じたプレッシャー。運よく逃げることができたものの、仮に戦闘になっていたら確実に無事では済まなかった。

アレがキヴォトスに解き放たれたら極めて危険なのは想像に難くない。あの時プラナが怪物の解析を試みていたことから、最低限の情報は得られているはず。ミレニアムに帰ったらその情報を「特異現象捜査部」に持ち込んで協力を仰ぐべきだろう。

 

それに、少し気になることがある。今回の話を最初に先生に持ち出したモモイに、先生はそれとなく聞くことにした。

 

 

「"モモイ、今回の噂って誰から最初に聞いたの?"」

 

「え、えーっと、クラス全体で少し話題になってたから、特定の誰かってわけじゃないんだけど」

 

「"じゃあ、それがいつ頃から流行ったかって分かる?"」

 

「うーん、いつだったかなあ」

 

「それなら本当につい1週間ぐらい前からですよ。噂は本当だったし、私たちより前に誰かがここに来たのかもしれません」

 

「"なるほど……、ありがとう"」

 

 

モモイが分からなかった部分はミドリが補足した。噂が一字一句本当だったということは、ミドリの言う通り自分達よりも前にここに来た人物がいるということだ。

しかしながら、そんな痕跡は無かったように思われる。仮に地下であの怪物を見たのなら、部屋の扉を閉めて帰る余裕があるだろうか。怪物が律儀に閉め直すとも考えにくい。

 

いや───1つだけ違和感を覚えるものがあった。

それは先生が正面受付で見つけた資料だ。風の吹き込む廃墟の机上にも関わらず、不自然に綺麗なままだった。つい最近誰かがあそこに置いたに違いない。

 

最初にここに来た人物がいたとして、その体験が噂として流れる理由はなんだろう。非現実的すぎて話してもただの噂とされたのか、あるいは……。

考えすぎかもしれないが、噂の出所について「ヴェリタス」あたりに探ってもらうべきか、と思う先生であった。

 

とにかく全員精神的にも肉体的にも疲労している。

早くミレニアムに帰って休息を取り、今後の対応を諸々考えなければならない。仕方がないが今夜も眠れなさそうだ、と考えつつ先生は再びユズを背負い直す。

 

 

───今日の冒険はここまでだ。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

先生達がミレニアムに戻ったその日の深夜。

 

静まり返った例のビル一階には強烈な冷気が立ち込め、床や壁面は凍りついていた。ここを棲家としていたネズミやゴキブリは逃げる間もなく、憐れ無様な氷塊と化して床に張り付いている。

 

唐突に業務用の大型エレベーターの扉が大きな音を立て、内側から吹き飛ぶ。

 

ポッカリ開いた入り口から霜や埃で真っ白になった空気が煙のように噴き出し、同時に爛々と真っ赤な目元を光らせる巨大な影が現れた。

 

ソレが羽ばたけば視界は晴れ、異形の姿を晒す。

 

部屋から外へ出たのは久方ぶりだと言わんばかりに身を震わせると、強靭な四肢を持ってエントランスへ一気に駆ける。そして軽く床を蹴ると、割れ残ったガラスや骨組みを薄皮のように突き破って外へ飛び出した。その勢いのまま大きく翼を広げて飛行すると、正面の別のビルの頂上まで一気に到達する。

 

頂上から周囲を眺めた怪物はここが元いた場所と根本から異なることを本能的に理解した。

 

だがそれだけだ。

怪物は郷愁の念など感じるような情緒は持ち合わせていない。今日縄張りを犯した矮小な存在を威嚇するに留めた理由も、先刻縄張りを破棄して外に出た理由も、圧倒的な余裕を持つ生物が故のただの気まぐれ。

 

月明かりも星明かりもない曇天の夜空を背に、冷気を撒き散らしながら咆哮を轟かせる。

 

とある世界の人間達から、怪物はこう呼ばれていた。

 

 

 

「天廊の番人」、またの名を———ドゥレムディラ

 

 

 

これより、「廃墟」は最強の番人によって支配されることとなる。




次回があれば多分ドゥレムディラvsケセドvs特異現象捜査部+C&Cになります。
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