物語の山場を無理に作ろうとしたら、雑な曇らせみたいになってしまった。
スリリングな冒険を終えた翌日、先生はミレニアム自治区内のビジネスホテルで朝を迎えた。
十分寝たにも関わらず体は重く頭も少しぼんやりしているが、昨日の疲労分くらいは取り返しただろう。それに今日はミレニアム学園で用事がある。生徒達を待たせる訳にはいかないと、先生は冷水で顔を洗って気合いを入れた。
あれからミレニアムに帰還する途中、気絶していたユズは先生の背中で無事に目を覚ました。なお、少なからず憧れのある男性に背負われているという状況を理解したユズは真っ赤に照れてしまった。そしてそれを指摘した他の部員達から話が盛り上がり、自治区に着く頃にはいつものゲーム開発部の雰囲気が戻っていた。
ゲーム開発部と別れた先生はその足で特異現象捜査部に立ち寄り、例の部屋や怪物についての情報を持ち込んだ。部員二人は快く受け取ってくれたが、先生の疲労困憊な様子に気付くと、「こちらである程度情報を整理するから、今日はもう休んで明日改めて来い(意訳)」と言って先生を追い出してしまうのだった。
先生は二人に気遣わせてしまったことを反省しつつ、厚意をありがたく受け取ってその日は近場のホテルで一泊していた。
支度を終えてホテルをチェックアウトした先生は、特異現象捜査部の部室へ向かう。
部室はミレニアム外郭地区にあり、迷路のように複雑な道を進まないと辿り着けない。以前は他の多くの部活と同様にミレニアムタワーに部室があったのだが、セキュリティ強化のため移設されていた。
既に何回も通っている先生は道を迷わず、部屋の前に立った。ノックしようとすると、それより前に中から「どうぞ」と声がかかる。カメラかセンサーの類で来客が分かるようだ。
先生が扉を開けると、一人の生徒が目の前に立っていた。
「"エイミ、おはよう"」
「おはよう、先生。昨日はよく眠れた?」
「"うん。昨日はごめんね"」
「気にしてないよ。それより部長が待ってる」
先生を出迎えたのは和泉元エイミ。異能と呼べるレベルの暑がりで、常に上着をはだけさせた危険な服装をしている。先生もその格好に見慣れてはいたが、先ほど唐突に視界に入った時は久々にドキッとしてしまった。
先生は内心の動揺を悟られないように挨拶を返すと、一緒に部屋の奥へ進む。
「お待ちしていましたよ、先生」
「"おはようヒマリ"」
壁一面のモニターが目立つ部屋の奥から、近未来的な車椅子に乗った少女が微笑みかけた。彼女は明星ヒマリ。この特異現象捜査部の部長にして、自称超天才病弱美少女ハッカーである。盛りすぎな異名を自称するだけの高い能力があり、「全知」というミレニアム史上3人しかいない学位の持ち主でもある。
特異現象捜査部はヒマリとエイミの二人のみで運営されている少数精鋭の部活だ。キヴォトスに潜む危険因子を探るべくミレニアムの生徒会長によって直々に設立され、文字通り「科学的に解明しがたい特異な現象」を対象に調査研究を行う。現在は主にその因子の一つと目される「デカグラマトンの預言者」の動向を追っている。
「"昨日はいきなりごめん"」
「元より特異現象に対処するための組織ですから。ましてミレニアムの高嶺の花たる天才美少女ハッカーの私が、新たな謎を前に逃げ出すはずもありません」
「それよりも……生徒の模範となるべき先生が自分の体調管理もできないようではいけませんよ?」
「"はは……、返す言葉もない……"」
高すぎる能力で問題行動を起こして先生に説教されることもあるヒマリだが、今は立場が逆転していた。
「先生へのお小言はここまでとして、本題に入りましょうか」
ヒマリがそう言うとメインモニターの画面が切り替わり、昨日先生とゲーム開発部が侵入したビルが映し出される。
「先生やゲーム開発部の皆さんが入ったというこの建物ですが、昨日頂いた資料の通り『次元接続システム研究開発機構第一試験場』で間違いないようです。ミレニアムの資料室やデータベースにも僅かながら関連する情報が見つかりました」
「『次元接続システム』というのは空間的な距離を無視して物体を移動する技術、端的に言うとワープに近いものだそうです。ですが、研究は失敗……いえ、
「この世界の中ではなく、世界の外部と接続してしまった。それも、並行世界などではありません。キヴォトトスやその外とは根本から異なる……異世界とも言うべき場所に」
「本来の目的でないとはいえ、到達した技術は一級品どころではないはず……。施設はどうして破棄されたのでしょうか。いやそもそも……」
「部長、脱線してる」
解説しながら自分の思考に沈んでいくヒマリに、エイミが待ったをかける。
「……失礼しました。とにかく、あの施設は異世界と繋がるゲートのようなものと理解していただければ」
「"なるほど。じゃあ私達が見た部屋や怪物はもしかして"」
「ええ。先生のご想像の通り、異世界から来たモノと推測できます」
先生の考えにヒマリは首肯した。すると、エイミが疑問を呈する。
「でも、あそこは電気が通ってないんでしょ?どうしてまだ異世界と繋がっているの?」
「一度繋げてしまえば、システムの補助が無くても永続するのかもしれません」
ヒマリは「あくまで根拠の無い想像ですが」と補足しつつ、エイミに返答した。
実験場があの部屋に置換されただけで未だ異世界に繋がっているとは限らないのでは、と考えた先生だが、あることを思い出す。それは「光」だ。あのビルの地下は真っ暗で、日光が差し込む余地はなかった。にも関わらず怪物のいた部屋の中は明るかったのだ。
そして、先生は少々恐ろしい想像をする。
「"……仮にヒマリの考えが合っていたとすると、あの部屋からさらに別の怪物が現れるかもしれないよね"」
繋がっている異世界の怪物があの一匹とは限らない。
「そうですね……。ただ、次元接続システムは旧時代の失われた技術です。非常に悔しいことですが、この天才美少女たる私やリオの力を持ってしても解析・再現は困難を極めるでしょう」
「最悪施設ごと破壊するという手段もありますが、それで何が起きるか全く予想が付きません」
「ウトナピシュティムの本船が残っていればやりようがあったのでしょうが……、無い物ねだりはできませんね」
天才を自称するヒマリだが、自分の能力の限界も正しく認識している。不可能と言い切らないのは強がりに近い。そして、ロストテクノロジーに造詣の深いミレニアムの生徒会長、調月リオでも難しいという。こうした問題に直接対応可能であると思われる超高性能演算機、「ウトナピシュティムの本船」も先の戦いで失われてしまっている。
「じゃあ簡単なことだね。もし怪物が出てくるなら、その度にどうにかしようよ」
そこに、エイミがシンプルな対症療法を提案する。
「ふふっ、エイミの言う通りです。確かに難しく考える必要はありませんでしたね。ねえ、先生?」
「"うん……そうだね。疲れのせいかちょっとネガティブな想像をしがちかも"」
今は悲観的な想像をしていても仕方がない。エイミの言葉にヒマリは微笑し、先生も自省しつつ表情を和らげた。
それに、まだもう一つ重要な議題が残っている。
「それでは、先生方が見たという怪物についてですが……」
ヒマリが怪物に話を移そうとした時、先生の携帯が着信音を鳴らす。「"ちょっとごめん"」と言って先生が携帯の画面を覗くと、相手はミドリだった。モモトークでなく電話とは珍しい、と思いつつ先生は着信ボタンをタップする。
「"もしもし、ミド『先生!!お姉ちゃんが!!お姉ちゃんが……!!』」
電話に出るなり先生の耳にミドリの悲痛な声が突き刺さった。ただ事ではない様子だ。
「"ミドリ、落ち着いて。何があったの?"」
『……!!……ごめんなさい……先生」
先生は優しく、しかしはっきりした声で諭すようにミドリを落ち着かせると、事情を聞き出した。
───────────
──モモイが意識を失った。
ミドリからそんなことを聞いた先生は居てもたってもいられなくなった。先生がその旨をヒマリとエイミにも話すと、2人とも同行するという。3人は会議を中断し、ミレニアム自治区内の大病院に急行した。
長身なオートマタの受付に病室を聞くと、何やら内線で呼び出しを行う。すると歴戦の看護師といった風体の小柄な犬の獣人がやってきて、3人を案内した。
行き先は個室型の集中治療室だった。看護師に促されるままに、手を消毒して部屋に入る。
「あっ、先生……。それにヒマリ先輩とエイミちゃんも……」
ミドリが先生達に振り返る。その顔は泣き腫らしたせいか真っ赤になっていた。病室にはアリスとユズもおり、共に沈痛な面持ちでモモイの顔を窺っている。先生はそんなゲーム開発部の面々に近付くとしゃがんで目線を合わせ、優しく話しかけた。
「"みんな、何があったのか……詳しいことを聞かせてもらえるかな"」
「う、うぅ!!!」
ミドリが再び決壊して先生に泣き付く。とても話のできる様子ではない。それを見兼ねて、ユズがポツリと話を始めた。
「今朝から……モモイは体調が悪そうで……」
「本人は熱はないから平気だって言うけど……みんな心配して、部室で看病してたんです」
「でもその後どんどん悪くなって、苦しそうにしだして……、『ヘイロー』にヒビが入って……。それで……それで……動かなくなっちゃって……」
ユズも最後は嗚咽混じりになって要領を得なくなったが、先生は大体の事情を把握する。
「"ユズ、話してくれてありがとう"」
「"……ヒマリ。キヴォトスではこういう病気、あるのかい?"」
ミドリとユズの背中を摩りながら、ヒマリに問い掛ける。振り返った先生の表情は、どうにか人に向けられるように感情を噛み殺したものだった。ヒマリは先生の内面を察しつつ、努めて冷静に答える。
「……。私は医学専門ではありませんから、無いとは言えませんが……。こんな症状は今まで聞いたことがありません」
すると、ガラッと扉を開けて病室に誰かが入って来た。
ややふくよかな体型のオートマタで、風体から医師だということが分かる。挨拶もそこそこに、医師はモモイの状態について説明しだした。
「端的に言いますと、モモイさんの症状は『毒』によって引き起こされているかもしれません」
「"毒、ですか?"」
「ええ。モモイさんの血液からごく僅かに異常な物質が検出されました。私も長年医者をしておりますが、全く初めて見るものです。」
「この毒はキヴォトスの住人が持つ、特殊な抵抗力……外からの物理的衝撃に対するものも含みますから、仮に『防御力』とでもしましょう。それを全く無くしてしまっているようです。意識がないので今は確認できないのですが、『ヘイロー』にヒビが入ったというのはこれを反映しているのかもしれません」
「どういった作用機序かは全く不明ですがね」、と付け加えつつさらに医師は言葉を続ける。
「この毒は『防御力』を無くすだけでなく、身体機能を徐々に低下させています。モモイさんは極めて危険な状態です。このままでは、持って3日と言うところでしょう。当然、私たちの方でも手は尽くしますが……」
「"……"」
医師の宣告に先生は遂に言葉を失くす。ヒマリもエイミも何も言わず目を伏せた。ミドリもユズも聞こえているのかいないのか、ただ泣くばかりだ。
「嘘、ですよね……。モモイは、モモイは目を覚ましますよね……?」
先ほどまで黙り込んでいたアリスが今にも泣きそうな顔で先生と医師に縋る。
パーティメンバーが、大切な友達であるモモイが死ぬ。
モモイはゲームのキャラクターやAIではなく、息をしていて温かい生身の存在だ。ケイとは状況が違う。そこにコンティニューのコマンドはない。ミレニアムの優秀であろう医者、「全知」たるヒマリ、絶望的な状況でも導いてくれた先生すら現状を打開する方法を持たない。アリスの高度な頭脳でなくとも簡単に理解できることだ。
だが———これまでに学習してきた「感情」がその現実を拒否していた。
沈黙と泣き声のみとなった部屋に、バタバタバタッと廊下を走る音が聞こえてくる。そのすぐ後、ガンッと乱暴な音を立てて扉が開かれた。
「モモイッ!!!」
「え、ちょ、ちょっとあなた、院内はお静かにっ、というか落ち着いて……!」
必死な様子で病室に入ってきた青髪ツーサイドアップの少女を、医師が慌てて宥めにかかった。だが少女は止まらない。肩を掴んだ医師をそのまま力任せに引き摺り、床に伏せるモモイの横までやって来る。そして人口呼吸器が繋がれたモモイの顔を見るなり、顔を押さえてその場に泣き崩れてしまった。
「"……ユウカ"」
彼女は早瀬ユウカ。ミレニアムの生徒会にあたるセミナーの会計担当で、その立ち位置故か「冷酷な算術使い」などと揶揄されることもある。だが、実際はかなり情深い性格で、ゲーム開発部には特に目をかけている人物だった。
不安定な精神状態のゲーム開発部、そしてユウカの乱入によって病室は収集の付かない状態になってしまう。面会時間も過ぎ、全員がある程度落ち着いた頃にはもう日が傾き始めていた。
最終的にユウカやゲーム開発部の3人の方は後から来たセミナーの書記、生塩ノアに連れられて学園へ戻った。不安定な彼女達を放っておくのはかなり心苦しいことだが、先生はノアを含め信頼できるミレニアムの生徒に任せることにした。生徒、友人同士だから通じることもあるだろう。
その後、先生と特異現象捜査部の2人は再び部室へと向かった。部室の資料台を囲む3人は重苦しい空気のまま会議を再開する。
「……先生、モモイを苦しめてる毒だけど、何か心当たりはない?」
沈黙を破ってエイミが質問した。
モモイは昨日の冒険の後から今朝まで、ほぼミドリと一緒に行動していたという。その間に毒を受けたのならば、ミドリにも症状が出ているか、何かそれらしい出来事があったはずだ。それに全く未知の毒というのも奇妙な点である。
だが、先生には一つだけ思い当たることがあった。
「"……そういえば、モモイはあの怪物がいた部屋で転んだんだ。もしかしたら、その時に傷口から毒が入ったのかも"」
「異世界の物質に我々にとっては猛毒になるものがあったということでしょうか?」
「"どうだろう……。もしそうなら、あの部屋に入った私やミドリ達に症状が出ていてもおかしくないよね"」
「部屋の中は氷が張ってたんだっけ。モモイはそれで擦りむいたんだと思うけど。……異世界なら氷が毒になるなんてこともあるのかな……?」
「……!」
エイミの何気ない言葉にヒマリは少し思い至ったことがあるようだが、それは一旦秘したまま総括する。
「なんにせよ、その凍った部屋というのが気になります。そこで例の毒を大量に発見できれば、特効薬の開発ができるかもしれません」
「ただ、上手くいったとして製薬は間に合うのか……。ミレニアムの技術を疑うわけではありませんが……」
「"……薬に関するプロなら、1人心当たりがある。声を掛けてみるよ"」
憶測混じりの前提の元ではあるが、モモイを救える可能性が僅かに見えてきた。
「さすがの人脈ですね、先生。彼女は持って3日とのことですが、いつ容態が急変するか分かりません。未知の毒、いえ『壊毒』とでも名付けましょうか。準備を整え次第、これを探しに行くべきです」
「"ヒマリの考えに賛成するよ"」
「私も同じく」
全員の意見が纏まった。たとえ小さな可能性でも見逃す訳にはいかない。長考している余裕もないと、ヒマリは即興の作戦を2人に伝える。
「件の部屋に向かうにあたり、例の怪物による妨害の可能性があります。相手の手の内は強大な冷気を伴うこと以外分かりません。エイミと先生の2人では戦力不足でしょう」
「そこで、超強力な助っ人としてC&Cを呼ぶことにしました。彼女達ならば、怪物の気を引き続けるくらいは可能なはずです。オペレーターも私1人では足りませんね。チーちゃん、もといヴェリタスにも協力を要請しておきます」
「それから、これはエイミの発言から思い至った推測ではあるのですが……」
モモイ救命に向けて、各々の準備が始まる。今すぐにでも「廃墟」に突入したいところではあるが、照明の無い真っ暗な環境下での作戦は非常にリスクが高い。短い時間の中で万全を期すためにも、作戦決行は翌日午前6時となった。
───────────
日が昇り始めた「廃墟」は戦場に変わろうとしていた。
白色の大群が道を突き進む。
小型ミサイル搭載ドローンに、銃器を装備したオートマタや箱型のスイーパー。巨大なガトリングガンと大砲を搭載した大型無人機、「ゴリアテ」の姿も見える。
機械の軍勢による終わらないパレード。これこそデカグラマトンの一柱たる「ケセド」の力。自身の脅威となる存在を認知した「慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者」は侵攻を開始する。
対するは天廊の番人、ドゥレムディラ。
廃ビルの屋上よりこちらを狙う軍勢を睨み付け、悍ましい呻き声を持って迎えた。それとともに放出される膨大な冷気により、空気中の水蒸気が霧を超えて霜に変わる。
ロケットランチャーを構えたオートマタが一斉に弾を発射したことで、戦いの火蓋は切って落とされた。
計算されたブレの少ない弾は番人に向けて正確に飛ぶ。番人はそれらを軽く飛翔することでひらりと避けた。着弾と爆発音。廃ビルの屋上は瓦礫の山に変わる。
空中に飛び出した番人は翼を広げ、恐るべき速度で機械軍勢の中心に降り立つ。脆くなったアスファルトは番人を中心に陥没し、哀れ下敷きとなったオートマタ数機がゴミに変わる。
仲間が壊れたところで、感情のない機械は恐怖を覚えない。周囲のオートマタはサブマシンガンを構えて発砲し、大量のスイーパーが餌を見つけたアリのように敵に殺到した。
それに対し、番人は四肢で持って軽く飛び、体を力強く地面に叩きつけることで対応した。同時に強力な冷気が放出され、地面から氷の槍が針山のように飛び出す。隆起したアスファルトはスイーパーを軽く弾き飛ばし、氷の槍がオートマタを貫く。サブマシンガンの一斉掃射など、番人の堅牢な甲殻を持ってすれば意識して対応する必要すらない。
番人の猛攻は止まらない。オートマタの集団に飛び掛かると、その右腕を大きく振り下ろして叩き潰す。続けて、番人はそのまま叩きつけた右腕を起点に大きく体を回転させる。大木のような尾が遠心力を伴い、それに巻き込まれた機械達は種別無く破壊された。
番人が一時的に周囲を一掃した今、後衛は前衛を巻き込まずに攻撃可能だ。後方のオートマタ部隊が一斉に構えたロケランを発射する。最初よりも距離が近いために番人の回避は間に合わず、その体に全弾が命中した。
爆煙で敵の体が隠れるが、機械達は攻撃の手を緩めない。次々に着弾していく。爆発音に混じって番人が呻き声を上げた。
その直後、白い何かが真っ黒な煙を真っ直ぐに突き破る。それは激流のような速度で放たれた極低温のブレスだった。着弾点にいたオートマタ達は瞬時に凍結し、それと同時に衝撃でバラバラに吹き飛ぶ。
煙が晴れて健在の番人が姿を現す。その体は対戦車弾の直撃を複数受けたにも関わらず、甲殻に傷が付いたのみ。だが、怒りを誘発するには十分だったらしい。
「ーーーーーー!!!!!」
後脚のみで立ち上がり、大気を震わす大咆哮を放つ。その翼からジェット噴射のような勢いで後方に強烈な冷気が放出される。近寄るスイーパーは一瞬にして凍りついた。
ケセドにとってここまではまだ予測の範囲内。無策で軍勢を特攻させていたわけではない。
狙うのは圧倒的物量を対処させることによる消耗。ケセドの長所を最も活かした作戦だ。コストの低いオートマタ、ドローン、スイーパーを最優先で大量製造し、怪物へぶつけ続ける。単体戦力としては軍勢中最高のゴリアテを最後方に待機させており、消耗を確認した時点で一気に投入する手筈である。
───────────
番人とケセドの戦闘が中盤に差し掛かった午前7時ごろ。
先生とエイミ、それにC&Cの面々は予定通り「廃墟」に突入する。
その道中から今に至るまで、一向の元には爆発音や衝撃音が届いていた。
「モモイのやつが倒れたとか、異世界の怪物だとか毒だとか聞いて爆速で任務から帰ってきたと思ったら、次は何が起こってやがる?」
メイド服にスカジャンを羽織った柄の悪い少女、美甘ネルはそう吐き捨てた。小柄な体格から侮ってはならない。彼女はC&Cのリーダーを務める、ミレニアムの最高戦力である。
C&Cは「Cleaning & Clearing」の略称で、表向きは奉仕活動を行う通称「メイド部」。だがその実態は、潜入捜査から要人救助、敵対組織との正面戦闘まで対応するミレニアムの抱える武力集団だった。
C&Cは別任務中であったものの、ヒマリが協力を願い出るや否や即行でミレニアムに蜻蛉返りしてきた。モモイ及びゲーム開発部の面々とは浅からぬ交友関係がある。それに同じ学園の生徒の命が掛かっているとなれば、緊急性の低い別任務を中断する大義名分としては十分だ。
「何らかの戦闘が行われているのは確かですが……、実際この目で確かめないことには分かりませんね」
「報告にあった怪物が暴れているのではないか?」
ネルに言葉を返した一見温厚そうなメガネの少女は室笠アカネ。続いて褐色肌でクールな雰囲気を纏う少女、角楯カリンが怪物の破壊活動の可能性を指摘した。
「うーん、その怪物が暴れてるのは合ってると思うけど。なんだろう、さっきからものすっごい嫌な予感がビンビン……」
自身の不吉な勘を訴えたのは一之瀬アスナだ。状況故か普段の快活で人懐っこい雰囲気は少し抑えられている。
彼女達3人もC&Cのメンバーであり、ネルに及ばずとも一般の生徒を超える戦闘能力を誇る。なお、通称「メイド部」の名の通り全員がメイド服着用だ。これは歴とした正装であり、それぞれの戦闘スタイルや好みに合わせてカスタマイズされている。
「"……アスナがそれだけ言うなら、本当に気を引き締めないとね"」
アスナの直感は異能の域にあるといっても過言ではなく、ほとんど的中する。その彼女が「ものすっごい嫌な予感」と言うからには、最大限の警戒をする必要があるだろう。
『まずは最初の作戦通り、全員で例のビルへ向かってください。音の方はヴェリタスのドローンに確認させます』
戦闘音が気になるが、例のビルとは距離が離れている。それが怪物であれば御の字だ。目下最大の障害を無視することができる。
結果から言えば、一向は何事もなくビルの地下に入ることができた。
だが──その先の光景は全員の想像と期待を裏切った。
先生とゲーム開発部の入ったはずの
遺跡のような石造りの壁は、ビルの内装と同様に薄汚れた無機質な白い壁に変わっている。凍結した巨大な扉は跡形も無く、機材を運び込むための大型シャッターと等身大の出入り口があるのみ。
あの部屋は幻だったのか。先生は一瞬でもそんなことを考えてしまった。
『報告にあった部屋ではありませんね……、これは……異世界との繋がりが、途絶えている?』
ドローンで様子を見たヒマリがそう推測する。先生やゲーム開発部が嘘をついていたわけでも、集団幻覚を見たわけでもあるまい。ヒマリは彼らが撮影したという、加工の痕跡が無い扉の写真データを確かに確認している。
C&Cのメンバーは何が何やらといった様子で顔を見合わせた。職業柄多くの情報から短時間で状況判断する能力に長けた彼女達だが、今回の件はあまりに突拍子がなさすぎる。これまでの経緯を知ったのがつい数時間前ということもあり、まだ完全に理解が追いついているわけではなかった。
なんにせよ、例の部屋の中で壊毒を採取するという作戦は失敗した。だが、ここで諦めることはできない。
「部長。プランBだね」
『ええ……、致し方ありませんね。プランBに移行します……先生?」
「"…………ごめん、ちょっと考え事。それじゃあ、行こうか"」
プランB──それはヒマリのある憶測を元にした、部屋で壊毒を採取できなかった時の次善策だ。
ヒマリはプランBへの移行を宣言しつつ、難しい顔をする先生を怪訝に思って声をかける。彼は何か考え込んでいた様子だが、すぐに切り替えた。
───────────
──機械の軍勢と番人が衝突してから既に1時間が経過した。
番人は未だ健在で、軍勢は大きく数を減らしている。ケセドには誤算があった。それは番人のスタミナ量を見誤ったことだ。ただ大きいだけの生物であればとっくに枯渇しているはずだった。
それから、軍勢が破壊されるスピードも尋常ではない。軍勢は無限ではない。元々旧時代の軍需工場運営用AIであったという所以で、溜め込んだ資材と製造効率からそう見えるに過ぎないのだ。このままでは補給が追いつかず、番人の相手がままならない。
ケセドは判断を迫られる。
怪物は昨晩突如として「廃墟」に出現し、工場付近にまで進出してきた。本体のAIは防御機能を持つが戦闘力はほぼ皆無だ。万が一怪物が工場に侵入し、本体に到達されれば簡単にスクラップと化すだろう。その憂いを断つために積極的な排除を選択したが、結果は無駄に資源を消費しただけ。相手を消耗させるつもりが、こちらが消耗している。
ここは大事をとって戦略的撤退しかあるまい。現工場を一旦破棄して怪物のテリトリーから大きく離れ、しばらくは息を潜めるべきだ。他の預言者に救難信号を送ったところで間に合いはしないだろう。
そう判断すると、命令を下す──製造ラインは全停止。現在地上に残る兵は本体撤退まで総力を持って時間を稼げ。
軍勢を相手にしていた番人は急に雑兵の行動が変化したことに気付く。オートマタ達はあからさまに距離を取り、あれだけ群がってきたスイーパーも遠巻きに牽制の発砲を行うのみ。
だが、番人のやることは変わらない。目の前の障害を全て排除するだけだ。巨大な翼で持って低空へ飛び上がると、軽く息を吸い込む。そして口から放たれたのは氷の弾丸だった。その速度と密度はマシンガンやガトリングにも匹敵するが、弾のサイズは桁違い。一発一発が複数のオートマタとスイーパーをまとめて消し飛ばし、ドローンを撃墜した。
氷の機関銃を浴びせ続けた後、大きな冷気と氷の塊を一発吐き出す。圧縮されたそれは着弾とともに急激に膨張。中心に居た機械達は氷漬けになった後に爆散する。その爆風に巻き込まれた者も大きく吹き飛ぶか、熱を奪われ機能を停止した。
数十分もすれば戦場となった「廃墟」の路上には機械の残骸が積み上がり、まさに死屍累々といった有様だ。動いている兵は残り僅かである。
そこへ、遂に後方で待機していたゴリアテ5機が現着した。
時間稼ぎは十分だ。本体は既に撤退している。だが、このまま敗走するのではケセドの預言者としてのプライドが許さない。せめて現状の最高戦力をぶつけて怪物の情報を多く得ようという魂胆だった。
横一列に並んだゴリアテ5機のガトリングが一斉に轟音を響かせて回転し、岩石も容易に削り取る弾丸が弾幕を張る。番人はそれを大きく上空に飛んで回避し、照準が追いつく前に中央のゴリアテに飛びかかった。
ゴリアテは二足歩行型の戦略兵器で、両腕にガトリング、頭部に戦車砲を持つ。そのため重心が上部に偏っており、お世辞にもバランスがいいとは言えない。20 m以上もある物体に正面から衝突されれば転倒は必至だ。
仰向きに倒れたゴリアテはアスファルトに叩きつけられる。これだけで故障するほど柔ではないが、起き上がるのに大きな隙を晒すこととなる。当然それを見逃す番人ではない。追撃として至近距離で冷気を浴びせ、その機体を氷漬けにしてしまった。
そこへ、すぐ左横のゴリアテが主砲の狙いを定める。倒れた機体はもう行動不能だ。巻き込むことを躊躇するはずもない。だが主砲が火を吹くより先に、直線状の氷ブレスが頭部ごとそれを吹き飛ばした。ブレスの勢いはそれだけで止まらず、さらに後ろのゴリアテにも直撃して破壊する。
残りのゴリアテは右に並んでいた2機。彼らは番人を正面に捉えながらそれぞれ左右に後退して射線を確保し、ガトリングをお見舞いする。ブレスの後隙に発射されたそれらは回避の余地がなく、番人の体を容赦なく叩いた。
さしもの番人もその衝撃に呻き声をあげて仰け反る。
これまでの小さなダメージが蓄積して脆くなった甲殻は所々削げ落ち、守りの薄い部分からは出血した。
だが、このまま斃れるはずもない。
弾丸の雨に晒されながらも冷気を口元に溜め込み、直前に吹き付けて巨大な氷塊を作り上げる。所詮は氷であり、数瞬で破壊されるが十分な隙にはなる。番人は氷を盾にすぐに上空へ離脱した。
氷のデコイで標的を見失ったゴリアテは掃射を一旦停止して周囲を見回す。
すると突然、片方のゴリアテの頭上から猛烈な勢いで氷の槍が降り注ぎ、その機体に突き刺さる。無事だったもう片方がその出所を探ると、それは上空からマシンガン状のブレスを放つ番人だった。
ゴリアテは慌ててガトリングの照準を合わせにかかるが、番人がこちらに向きを変える方が早い。結果、最後の1機も体全体を氷で貫かれて停止する。
──ケセドの軍勢は全て沈黙した。
これ以上の敵影が無いことを感じ取った番人は、地面に降り立つと勝利の咆哮を上げる。
三つ巴の戦いは難しすぎたんでケセドくんには先に退場してもらいました。
次話もある程度は書いてあります。