モンスター・アーカイブ   作:Synuchus

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時間ができたので書きました。複数人の戦闘描写は難しい。


第三話

番人の咆哮は渦中へ向かう先生達にもはっきりと届いていた。一度それを聞いたことのある先生が真っ先に反応する。

 

 

「"……今の声、やっぱりあの怪物か"」

 

「チッ、離れてるっつーのに体にビリビリ響いてきやがる。それとそこら中に転がってるオートマタの残骸、どっかで見たような……」

 

 

ネルはまだ見ぬ強敵の気配に武者震いをしつつ、先ほどから路上に転がっている残骸達に既視感を覚えた。

 

 

『ドローンでも映像確認が取れました。……これが件の怪物……。それに、ゴリアテがここまで……』

 

ヴェリタスのドローンが怪物の姿を補足したらしい。その異形と周辺状況を見たヒマリが息を呑む。それから、ネルの疑問に答えるように言葉を続けた。

 

『……機械の残骸達はデカグラマトンの預言者、ケセドの軍勢で間違いありません」

 

「あ?デカグラマトン?」

 

『C&Cの皆さんにはあまり詳しい情報を伝えていませんでしたか。簡潔に言うと、暴走した「ハブ」と同質の存在です。ケセドは虚妄のサンクトゥム攻略戦であなた方も対応していましたね』

 

「ああ、なるほど。道理で見覚えがあると思ったぜ。数ばかり多くて鬱陶しかったな」

 

ヒマリの説明に得心がいったようで、ネルは当時「色彩のケセド」と衝突したことを思い返す。

そこに、エイミが現在の状況を整理するように言う。

 

「ちょっと前までケセドと怪物が戦ってたみたいだね。……怪物の方が勝ったのかな」

 

「"……"」

 

 

それはつまり──各学園の武力集団が総力を上げて撃退可能である預言者をたった1体で打ち破ったことになる。

先生はその事実を重く受け止めた。これは"反則"の域かもしれない。いざとなれば「大人のカード」を切ることも考えなければ。

自然と緊張し表情が強張るが、生徒達にあからさまな不安を悟られるわけにもいかない。無理矢理表情を戻して平静を保った。

 

 

『……最初にもご説明しましたが、プランBは不確定な憶測を元にした作戦です。成功する保証はどこにもありません。それに、皆さんの身の安全も……』

 

「部長……」

 

 

情報・準備不足な上に、自分の選択が人の命を左右する事態──いや、そうした状況は過去にだってあった。そうではない。様々な特異現象に対処してきたヒマリだからこそ、今回の件にこれまでと異なる表現し難い不安を覚えていたのだった。

 

 

「……」

 

 

普段は超が付く自信家のヒマリが不安を吐露したことで、場に少しの沈黙が訪れる。

 

 

「ハッ──だからどうした?」

 

 

だが、ネルがそれを破って挑発的な笑みを浮かべた。全員の注目が一斉にネルに集まるが、本人は気にする素振りもない。

彼女はさらに続けて「天才サマがらしくねえぞ」と敢えてヒマリを煽るような態度を取る。

 

 

「今更尻尾巻いて逃げるなんて性に合わねえ。……分の悪い賭けでも上等だ」

 

 

他のC&Cメンバーは一瞬呆気に取られていたが、すぐにネルの意図を理解してそれぞれ同調していく。

 

 

「リーダーの言う通りだよ。今できることを最大限やらなくちゃ」

 

「ええ。相手がなんであろうと、全力で任務に当たらせていただきます」

 

「私も、少しでも可能性があるならそれに賭ける」

 

 

彼女達の言葉に、沈黙を保っていた先生も勇気を貰う。

そうだ。怖気付いている暇はない。このような困難は過去にも乗り越えてきた。今回も生徒と自身の選択を信じればいい。

 

 

「"ヒマリ、この作戦の責任は私が負う"」

 

「"みんなは絶対無事に帰す。そしてモモイを助けよう"」

 

 

ヒマリとその場の全員に優しく、しかし力強く先生は宣言した。

 

 

『C&Cの皆さん、それに先生……』

 

 

発破をかけられたヒマリは一度瞑目して一息吐く。そして決心がついたのか、言葉を続けた。

 

 

『……ありがとうございます。未知を前に自信を無くすなど、確かに私らしくありませんでした』

 

『「全知」の学位を持つ眉目秀麗な超絶天才病弱美少女ハッカーであり、ミレニアムに咲く一輪の高嶺の花かつ澄み切った水、そしてこの世に舞い降りた天上の星たる私こと明星ヒマリが、全力を持ってサポートいたします』

 

「いつも以上に肩書きがごちゃごちゃでよく分からないよ、部長」

 

『この私が奮起したのですから、相応の名乗りは当然でしょう!』

 

「えー。うーん……」

 

『何が不満なのです!?』

 

 

ヒマリは無事にいつもの調子を取り戻した。エイミはそれを確認する意図もあって、あえてツッコミを入れたのだろう。元気に言い返してくるヒマリを見てその表情は僅かに柔らいでいる。

 

 

「……よく分からねーが、覚悟ができたってんならさっさと行くぞ」

 

 

ネルは若干呆れつつも、先に進むことを促した。

 

一向は具体的な作戦内容の擦り合わせを行いながら怪物の元へと向かう。ドローンからの情報によれば、怪物は先ほどその場を動いていないらしい。こちらに気づいてわざと待っているなどということはないだろうが、追いかけ回す手間が省けて好都合だ。

 

──プランBとは怪物の討伐作戦である。

 

モモイが毒に侵された原因は「あの部屋で転んだ」ことだというのは推測できた。では毒はどこにあったのか。当然ながら部屋に張っていたという氷の上だ。

ヒマリは「氷が毒になる」というエイミの突飛な発言からある仮説に思い至っていた。

 

それは例の部屋内部の氷が毒そのもの、あるいはその媒体となっているのではないかということだ。

 

同じく部屋に侵入した先生や他の部員に症状が出ていないことについてはいくつか理由が考えられる。

血中に直接入ることで初めて毒性を得るのか、空気中には毒が飛散していなかったのか、それともモモイが転んだ場所が不幸にも毒の量が多かったのか、いずれかは分からない。

 

もう一つ、考察を深めるための情報があった。それは怪物と氷の関係だ。

先生の主観ではあるが、あの部屋の冷気の中心は明らかにあの怪物だったという。加えて、ヒマリは先ほどドローンで怪物を観察した際に、怪物を中心に霜が舞っていることを確認した。さらに、破壊されたケセドの軍勢は部分的に凍結し、鋭い氷柱が突き刺さっているものも見受けられた。

したがって、あの怪物は冷気や冷却された液体を扱うものと見て間違いないだろう。

 

ここまでを統合すると次のように推測できる──あの怪物が扱う氷に毒がある、つまりは怪物自身が「壊毒」を保有している。

 

そこでヒマリが立案したのがプランB。

怪物が毒を持つ可能性があるなら、シンプルにその体を調べてしまえば良い。

生け獲りが理想だが、ケセドを撃退する戦闘力を鑑みるに極めて困難だろう。仮に上手くいったとして、ミレニアムに運び込んだ後に暴れ出されたりすれば目も当てられない事態が起きる。

そもそもそんな怪物を野放しにしておくのは危険という事情もあり、基本的には駆除を目指すこととした。

 

本来ならば入念な事前調査と準備をした上で挑むべき案件だが、モモイの容態は一刻を争う。

ここまで来た時点で引き返す選択肢は無い。

 

 

『……では、よろしいでしょうか』

 

「ああ。いつでも行けるぜ」

 

「"うん、私も大丈夫"」

 

「準備万端」

 

 

大通りの裏路地、怪物まであと200 mほどの地点にネル、先生、エイミの3人はいた。

ヒマリの最後の確認に3人は返事を返す。アスナ、アカネ、カリンの3人は別働隊として配置についている。

 

 

『こっちもいつでも行けるよ!』

 

 

通信越しに聞こえた声は、別働隊のリーダーを務めるアスナのものだ。

それを聞いたヒマリは一旦瞑目して静かに深呼吸すると、はっきりと告げる。

 

 

『プランB改め──怪物討伐作戦、開始します』

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

怪物は目立つことなど全く意に介さない様子で、大通りの中心に無防備に座り込んでいた。

ケセドの軍勢を相手取った後にも関わらずその余裕は崩れない。

 

そこへ、猛烈な勢いで人影が突っ込んでいく。

 

 

「あらおらぁッ!!余裕ぶっこいてられるのも今の内だぞバケモンッ!!」

 

 

ミレニアム最強、美甘ネル。彼女が得意とするのは超至近距離でのインファイト。

最初から出し惜しみは無しだと、真っ先に敵の懐へ飛び込んでいく。

そしてその姿を怪物が認識するよりも早く、ネル持つ二丁のサブマシンガン「ツイン・ドラゴン」が火を吹いた。

 

ドガガガッと高密度に放たれた銃弾が怪物の頭を叩く。不意を打たれた上に、感覚器官の密集する頭部を攻撃されたこともあってかその巨体がよろめいた。

 

だが、対象は全くの無傷。弾はほとんど弾かれているようだ。それを見たネルは悪態を吐きつつ一旦離脱する。

 

 

「チッ、硬すぎんだろ!何でできてんだよ!」

 

 

休息を邪魔された怪物は即座に戦闘態勢に入った。力を溜め込むように体を少し縮めると、後脚で立ち上がりそれを解き放つ。

放たれたのは膨大な冷気と、爆発音かと思う程の咆哮。

 

後ろに大きく飛び退いたネル、そして彼女に追いついてきたエイミと先生にもその冷気と衝撃が届く。

 

 

「っるせえな!」

 

「っ、耳が裂けそう。けど温度はいい感じ」

 

 

ネルは銃を持ったまま左手で片耳を抑えた。エイミも一瞬身を竦めたが、強烈な冷気を浴びて呑気な感想を漏らす。

 

 

「"ネル!大丈夫!?"」

 

「問題ねーよ。……それより、先生はもっと距離を取った方が良さそうだぜ」

 

 

真っ先に生徒の身を案じる先生に、ネルは前を見たまま逆に忠告した。

今、彼我の差は20 m以上ある。だが巨大な怪物の間合いは小さな人間とは比べ物にならない。軽く飛びかかってきただけで、一瞬でその距離は縮まってしまう。ヘイローのあるネルとエイミはともかく、肉体的な守りの弱い先生は簡単に挽肉と化すだろう。

 

 

「"分かった。上手く邪魔にならないようにする"」

 

 

先生はネルの正論に素直に従う。生徒は心配だが、自分が足を引っ張っては元も子もない。

それにこれは銃撃戦ではないのだ。シッテムの箱の防御もどこまで保つのか分からない。

先生は怪物を刺激しないようにゆっくり大きく後退すると、斃れたゴリアテの後ろに身を隠す。

 

 

「"アロナ、プラナ。お願いしていいかな"」

 

『先生、待ってました!このスーパーアロナちゃんに任せください!』

 

『アロナ先輩。はしゃぐと無駄にエネルギーを消費しますよ。……先生、何なりとご命令ください』

 

 

シッテムの箱を起動し、OSの2人に話掛ける。2人に頼むのは戦況のモニタリングだ。

箱には周囲の状況を正確に把握する機能が備わっている。戦闘は素人だった先生が複数の生徒を指揮してこられたのは、この機能のおかげと言っても過言ではない。

 

一方のネルとエイミは先生が隠れたのを尻目に、怪物と真正面から睨み合う。

ここからどう動くべきか。

下手に近付いて物体が瞬時に凍りつくほどの冷気を浴びせられれば、ネルと言えど無事では済まない。エイミの方は特異体質から低温に高い耐性を持つが、それも過信は禁物である。

 

数秒の膠着を破ったのは怪物の側だった。来ないのならばこちらから叩き潰すと言わんばかりに、その体躯からは想像もできない瞬発力でネルへ飛びかかる。

 

巨体が再び地面に着くと同時にバゴンッとアスファルトが砕け散り、同時に噴出した冷気が氷を形成する。

ネルはそれをギリギリまで引き寄せた上で、斜め後方に大きく飛んでみせた。相手の動きの後隙を狙って攻撃する算段だ。

 

 

「もう一度ど頭にぶち込んでやるよッ!!!」

 

 

怪物が再びネルを捉える前に、頭部に向けて二度目の連射。それも初手で撃ち込んだところとほぼ同じ位置。一点に集中した衝撃は甲殻の耐久を超え、その奥に弾丸を届かせた。

 

番人が僅かに唸り声を上げる。

 

 

「弾が通った……!」

 

「無敵ってわけじゃねえみてえだな!」

 

 

ネルは僅かな睨み合いの間に怪物の体を観察し、そこで甲殻の所々に傷やヒビ、出血痕があることに気づいていた。

おそらくケセドとの戦闘によるものだろう。簡単ではないが、それらを狙うことでダメージを与えられるかもしれない。

 

攻撃を受けた怪物は警戒の度合いを少し上げる。

敵の位置を確認した怪物は軽く息を吸い込むと、近い位置にいたネルに向けて直線の氷ブレスを放った。

 

その速度は先ほどの飛びかかりよりも遥かに早いが、横方向への範囲は狭い。

ネルの圧倒的な動体視力はそれすら捉え、横に軽く飛ぶことで余裕を持って避ける。

 

怪物はただ避けられただけで終わらせはしない。ブレスを吐き続け、避けたネルを追いかけるように首を振った。

その先にはエイミもいる。最初から意図してかは不明だが同時に巻き込むつもりか。

 

追ってくるブレスを走って引き離したネルは急に怪物に向き直ると大きく体を縮める。そして地面を砕く勢いで怪物に向かって一気に自分の体を射出した。

 

いきなり飛び込んできたネルに対応すべく、怪物はブレスを止めて迎え撃つ体勢を取ろうとする。

だがネルが到達する方が断然早い。

 

 

「おせえッ!!!!」

 

 

二丁の銃に括り付けられたチェーンを両手に素早く巻き付け、右手を力強く握る。神秘が迸る右拳を飛んできた勢いのまま大きく振り、怪物の鼻先を上から殴りつける。砲弾以上の速度と威力が乗ったその打撃は、ドゴンッと鈍い音を立てて怪物の頭殻にヒビを入れた。

 

 

「まだまだぁッ!!!!」

 

 

彼女の攻勢はまだ終わりではない。

怪物の眼前に着地したネルはそのまま膝を落とし、左手に力を込めて握る。そして怪物が予想外の衝撃から復帰するよりも前に、その小さな体を勢いよく上へ向けて飛ばした。地を砕きながら放たれる顎を狙ったアッパーカット。先ほどと同じ鈍い衝撃音、同時に甲殻が砕ける軽い音が響く。

 

それは番人の脳を大きく揺さぶり、一時的な前後不覚状態を作る。生徒の中でも最高峰に近いネルの身体能力は確かに怪物に届いた。

 

ネルのあまりに滅茶苦茶な反撃にエイミは一瞬見入る。だが、すぐに頭を振って思考を戻した。今はこちらが攻撃し放題だ。

正面からではネルを巻き込んでしまうため、怪物の後ろへ回る。愛銃の「マルチタクティカル」は比較的貫通力の低いショットガンだが、それでも少しは削ってくれるだろう。

 

怪物がふらつく様子を見たネルは、銃を抱え直してその頭を徹底的に撃ち続ける。殴りつけた反動で腕を中心に痺れを感じてはいるが、気合いで無視した。

 

 

「(完全に崩すつもりで殴ったってのに、立ったまま目を回しやがるのか)」

 

 

怪物にはキヴォトスの住人ですら一撃で殺しかねない本気の拳をぶつけたはずだ。人智を超えた存在とはいえ、その耐久には舌を巻くしかない。

 

 

「お待たせー!!」

 

「少々時間が掛かってしまいました。申し訳ございません」

 

 

怪物が隙を見せる中、その場にアスナとアカネが駆け付けた。アスナの方は何やら中身の詰まった一つの大きな袋を抱えている。

 

 

「即席の爆弾だよっ!」

 

「たくさん物資が転がっていましたので。しっかり有効活用させて頂きました」

 

 

2人はスクラップと化したケセドの軍勢を使って、爆弾を現地調達していた。アカネは見た目やその所作に反して爆発物ジャンキーな一面がある。これを思い付かないはずがなかった。

 

 

「2人とも!!これ投げるよ!」

 

「おりゃー!!」

 

 

アスナがと数十キロはありそうな爆弾の詰まった袋を怪物に向かって豪快に放り投げる。

展開が早いが、ネルとエイミも作戦は事前に聞いている。2人は慌てることなく怪物から大きく距離を取った。

 

 

「カリン、今です」

 

 

唯一この場に姿を見せていないカリンは狙撃手だ。数百メートル先の廃ビルで彼女のスナイパーライフル「ホークアイ」の銃口が光る。

アカネの合図により放たれた弾丸は、怪物に袋が到達するのと同時に正確にそれを撃ち抜いた。

 

ドカンッという巨大な爆発音と同時に強烈な衝撃波と爆風が周囲を襲う。

瓦礫は吹き飛び、近隣の廃墟に残っていた窓ガラスは全て割れ、爆心地は真っ黒な煙で覆われた。その威力はゴリアテの主砲にも匹敵、あるいは上回っていたかもしれない。

 

 

「("みんなは、怪物は……どうなった?")」

 

 

爆発の衝撃は十分に離れていた先生の元まで届いていたが、シッテムの箱と遮蔽物のお陰で大きな問題はなかった。

おそらく平気と分かってはいても生徒達が心配だ。それに怪物の状態も気になる。そうして先生はゴリアテの陰からゆっくり顔を出した。

 

真っ先に視界に入ったのはその場にいた生徒達4人。煙や煤で汚れてはいるかもしれないが、全員特に問題ないように見える。

無事を確認した先生はひとまず安心すると、その先──怪物のいた爆心地に目を向ける。

 

黒煙はまだ立ち上っているものの、視界は徐々に良くなっていく。

生徒も先生も油断なく目を凝らす。

 

 

「っ!避けろ!!」

 

 

真っ先に気付いたのはネルだった。爆心地から煙を突き破って鋭い氷柱が無数の銃弾のように飛来する。

咄嗟のことではあったが、さすがは戦闘には慣れたC&Cと特異現象捜査部。4人全員が姿勢を低くすることでそれらを避けた。

 

それよりもこの状況が意味すること。それは怪物が健在であることに他ならない。

全員が怪物の規格外さに驚く暇もなく、続けて届く咆哮。

加えて力強く羽ばたいたのか、莫大な冷気を伴う風が戦場の黒煙を全て吹き飛ばした。

 

ひび割れて陥没したスファルトの中心に怪物の姿がはっきりと確認できる。

 

甲殻は一部が欠け、滲んだ血は焦げ、翼膜には多少の傷が見受けられる。怪物は表面上無傷ではなかったが、たったそれだけで済んでいる。

ネルの打撃により目を回した中、完全に無防備な状態で爆発を受けたにも関わらずだ。

 

怪物はネル達を睨みつけながら、軽く体を揺すって降りかかった瓦礫や灰を落とす。

爆発は痛打を与えるに至らずとも、怒りを誘うには十分だったようだ。

 

全員に緊張が走る。怪物の纏う雰囲気が明らかに変化した。

誰もがそう感じた直後──じわり、と怪物の全身から毒々しい濃紫色の液体が滲み出る。

 

次第に量を増すその液体は、いつの間にか怪物の足元に浅い沼を作った。

その場で軽く飛んで羽ばたけば、体を覆うほどの量の液体が全身から霧状に噴出し空気中に拡散する。如何なる力か、怪物から少し離れた位置にも複数の沼が出現しては柱のように立ち昇って消える。

 

変化は液体の出現に留まらず、怪物の姿にも見受けられた。

頭部から首にかけて氷らしき結晶が甲殻のように生え揃い、手脚の爪もそれに覆われて白く、より厚みがある。五叉に分岐した熊手のような尻尾の先端は展開。不気味な赤褐色の目元には光が増し、体には血管とは異なる謎の赤黒い模様が浮かぶ。

 

そうして準備は終えたと言わんばかりの怪物は生徒達へ飛びかかっていった。

 

 

『……生!!大丈夫ですか!?』

 

 

眼前の異常な光景に目を離せなかった先生だが、アロナの呼びかけがその意識を現実に引き戻した。

 

 

「"っ!"」

 

「"アロナ、プラナ、怪物がどんな状態かわかる?"」

 

 

怪物は如何にも危険そうな様子だが、具体的なことは何も分からない。ハッとした先生は状況を把握すべく、端末の2人に問い掛ける。

 

 

『今プラナちゃんと調べてます!』

 

『解析完了……これは……!』

 

 

先生が問うより前に状況把握を開始・完了したプラナが、驚きの声を上げた。

 

 

『未知の生物が分泌した物質……極めて危険です。少なくとも先生では迂闊に近付いただけで昏倒してしまうでしょう』

 

『即刻シッテムの箱の障壁組成を変更。通す空気を可能な限り清浄化します』

 

『アロナ先輩。いいですね?』

 

『もちろんです、プラナちゃん!』

 

 

やはりというべきか、あの液体は危険なものらしい。それに対応して2人はシッテムの箱の守りに変更を加える。

 

 

「”2人ともありがとう”」

 

「”もしかして、あれが『壊毒』なのかな”」

 

『先生の推察通りです。あの物質は才羽モモイさんの体から検出されたモノと100%一致しています』

 

「”やっぱり。でもそういうことなら……!”」

 

 

怪物は本気を見せていなかった。それは絶望的な事実だが、逆に希望も見えた。

ヒマリの推測は正しく、やはり怪物が「壊毒」を有していた。

怪物が惜しげもなく体外に出し続けているあの液体の採取が叶えば、モモイの救出に大きく近づける。

 

怒った怪物を掻い潜る必要はあるが、ネル達であればやってくれるはず。怪物本体の対処はモモイを救ってから改めて考えればいい。

戦闘はいつも生徒頼りなことに少し不甲斐なさを感じながら、先生は即行で作戦を立てる。

 

 

『みんな、聞こえるかな!無理に返事はしなくていい!』

 

『今怪物が出してる液体が「壊毒」らしい!』

 

『それを採取したいから、今から指示を出すよ!』

 

 

先生は通信を繋げると、怪物の猛攻に耐える前線の4人に気を使いつつ指示を飛ばし始める。

 

 

『ネル、エイミ、アスナは怪物をその場から大きく動かすように引き付けて!』

 

『アカネは3人の後ろに付いて、怪物を引き離せたら隙を見て地面の液体を採取!カリンはそのまま前線のカバー!』

 

『ヒマリは前線のモニタリングに集中して!私はアカネが離脱したらそっちに付く!』

 

 

4人のうち近接戦に特化したネルとエイミ、アスナは前線に残し怪物を大きく動かす。この場にいないカリン、ヒマリもそれぞれ怪物に集中してもらう。一方でアカネのみを離脱させ、怪物を遠ざけた後に地面に残る毒液の採取を任せる算段だ。プランAのこともあり、アカネ(と先生)は毒物を採取するための器具も携帯している。

 

 

『お前ら、やるぞ!!』

 

『『『了解!』』』

 

『うん…!』

 

『なるほど……承知しました』

 

 

先生に大きな信頼を置く生徒達は指示を理解すると即座に動きを変えた。

 

 

「オラオラッ!!」

 

 

最も怪物の近くで立ち回っていたネルが大きく距離を取りながら銃撃で挑発する。

 

怪物は大きな動きをとったネルに目を付け、大地を砕きながらそちらへと突撃した。

巨体に見合わない素早さでネルに追いつくとまず右腕を叩きつける。それに続く左腕。最後には体全体での押し潰し。それらと同時に本体以上の範囲で襲いかかる衝撃、撒き散らされる毒と氷の混合物までネルは辛うじて避けてみせた。

 

特に打たれ強い体を持つネルとはいえ、未知の毒に対してどこまで耐えられるか分からない。擦り傷すら気を付けなければならない状況下でインファイトが得意なネルは戦いにくさを感じていた。人並外れた戦闘センスで対応してはいるが、このままではジリ貧だ。

 

 

「リーダー!」

 

 

だがそれは1人で戦うのであればという話。

追い付いてきたアスナが愛用のアサルトライフル「サプライズパーティー」を構えながらネルのカバーに入る。アスナの強みを活かせるのは異能レベルの直感とC&Cではネルに次ぐ身体能力を組み合わせた中〜近距離戦闘だ。特に直感は初見の相手である怪物との戦闘において有効と言える。

 

 

「ほらこっちこっち!」

 

 

アスナはあからさまに大きな声を上げつつ怪物の右横から弾をぶつける。弾は甲殻に弾かれて全く通っていないが、気が立った相手の意識をネルから逸らすには十分だ。

 

恐ろしい相貌でアスナを捉えた怪物は瞬時に飛びかかる。そのまま空中で体を水平に回転させると、大きく展開した尻尾で眼前を地面もろとも薙ぎ払いにかかった。

 

彼女の勘は後ろに退いて避けてはいけないと訴えている。だから怪物側に大きく飛び込むことでその下を潜り抜けた。

標的を外した怪物の尾は弧を描くように地面を抉り取り、その軌道を追うように広範囲に毒液混じりの巨大な氷塊が生成される。

 

 

「ふー、危ない危ない」

 

 

直感に従っていなければアスナは今頃尻尾を避けたところで氷塊の餌食になっていただろう。

しかしまだ安心はできない。怪物は体を回転させたことで、アスナは怪物側に飛び込んだことで両者は向かい合う形になっている。攻撃が避けられたことを認識した怪物は即座に息を吸い込み、直線ブレスを吐き出す体制に入った。

 

そこへ空を切ってきた弾丸が怪物の頭に命中する。

カリンの狙撃だ。怪物は頭部への対物ライフル弾直撃ですら大きな傷を負わない。しかし虚をつかれたことで攻撃を中断し、振り払うように頭を振った。

 

その隙を見たネルとエイミが挟み撃ちの形で怪物に向かっていく。

 

 

『狙いは外していないのに、全く理不尽だな……!』

 

 

一時フリーになったアスナはカリンの愚痴を聞き流しながらも思考を止めない。

怪物は想定を遥かに上回る強さで、こちらは怪物を削る火力が明らかに不足している。この状況で討伐は不可能だ。

だが幸いにも現状のミッション成功条件は壊毒の採取。アカネと先生のための時間稼ぎとその後の撤退のことだけ考えればいい。今のようにカリンの援護込みで3人でヘイトを分散していればひとまず耐えそうに思える。

警鐘を鳴らし続ける自身の感覚を抑えつつ、彼女は再び戦場に向き合った。

 

そうして4人が怪物を引き受けている間に、離脱したアカネは先生と合流する。

 

 

「ご主人様、お怪我はありませんか?」

 

「"平気だよ。ありがとう"」

 

 

緊迫した状況でもメイドのロールは崩さないアカネにも先生はもう慣れたものだ。互いの無事の確認もそこそこに、毒の採取のための準備をする。

といっても大掛かりなことはなく、ゴム手袋を二重に装着しピペットとガラス容器を取り出しただけ。危険性を鑑みれば防護服でも欲しいところだが致し方ない。

2人は怪物の破壊の跡へ足早に向かうと、地面に残る毒液を慎重に取り込んでいく。

 

場所は変わってミレニアム、特異現象捜査部の部室ではヒマリがドローンから中継される映像を真剣に見つめていた。

 

怪物は彼女の持つ生物の常識を塗り替えて余りある存在だ。強力な冷気と未知の毒を操り、ケセドを退けC&Cとエイミでも防戦一方な戦闘力。4つ足に1対の翼というシルエットは神話のドラゴンがそのまま抜け出してきたかのよう。

一体どんな環境であれば斯様な生物が生まれてくるのだろうか。

 

戦況から目は離さないまま思考の沼に嵌りかけたヒマリだったが、先生から通信が来たことで中断される。

 

 

『ヒマリ、こっちは無事に毒を採取できたよ』

 

『隙を見て撤退したいから、ルートの構築と誘導をお願いできるかな』

 

「……まずは一段落ですね。承知しました。前線の方にも通信を繋げます」

 

 

目的は達成した。であれば後は全員無事に帰還するだけ。

ヒマリは怪物と戦闘している4人にもその旨を伝えると、手早く安全なルートを模索する。

 

報告を受けたネル達も撤退の算段をつけ始める。怪物の相手を続けることに比べれば逃げるほうが遥かに簡単だ。

 

 

「視界を塞いでみる!」

 

「こういうのあまり使わないんだけど、持ってきて良かった!」

 

 

具体的な手段についてはアスナが真っ先に提案した。

彼女が取り出したのはミレニアム製の発煙弾。小型で携帯性に優れながら一発で戦車数台を覆い隠せる代物だ。

他3人の返事は待たない。自分の勘は全員意図を汲んでくれると言っている。

 

怪物は今はエイミに狙いを付けている。

エイミが怪物の突進を横に飛んで避けたタイミングで、アスナは助走をつけて発煙弾を思い切り投げつけた。

正確なコントロールで怪物の脇腹にぶつかったそれは機能通り白い煙幕を発生させる。

 

拡散した煙は一瞬で怪物の頭まで包み込んだ。視界が突然悪くなったせいか、動きが一瞬止まる。

 

全員がその隙を逃さない。エイミが煙幕に巻かれないよう距離を空けつつ走り出す。

ほぼ同時にカバーに入れる位置にいたネル、煙幕の展開を確認したアスナも同様に離脱を開始した。

 

 

「それではご主人様。少々失礼します」

 

「”えっ、ちょっ”」

 

 

遠巻きに状況を見ていたアカネはひょいと先生を姫抱きにすると、一番近い細い路地の入り口へ駆け出した。

いきなりのことに少し戸惑いを見せた先生だったが、舌を噛まないように口を噤む。

 

 

『みなさん、各々の端末に合流ポイントを共有しました。安全を確保したらそちらへ向かって下さい』

 

 

ヒマリの通信が届く。位置が離れたカリンはともかく、他の3人は無事だろうか。少々情けない格好ながら先生は真剣に生徒の身を案じた。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

「”とりあえず、みんな無事でよかった”」

 

 

先生がそう言ってほっと息を吐くと、エイミが微笑する。

 

 

「うん。先生もね」

 

 

結論から言えば合流ポイントには全員無事に集まることができた。

場所は倒壊の危険が低い建造物の一階ロビー。奥まった細い道の先にあり、怪物は物理的に侵入できない。

 

 

「……あのバケモン、こっちを追う気がなかったな」

 

「あー、たしかに。煙幕は効いてたけど……やけに簡単に諦めたような?」

 

『今もドローンで監視していますが……。多少周囲を警戒している程度ですね』

 

 

怪物はネル達を簡単に見逃したという。

現在も警戒態勢を取るだけに留まり、積極的にこちらを探すような素振りは見られない。

 

 

「あくまで生物のようですし、自衛以上の敵対はしないのではないでしょうか」

 

「ああ、なるほど……」

 

 

アカネの考察にカリンが何となく理解を示す。

C&Cも特異現象捜査部もシャーレの先生も実に多くの存在と戦ってきたが、推定野生動物の相手は初めてだ。今更ながらこれまでと勝手が違うと再認識する。

 

 

「まあ、向こうからは来ないってんならアレについて考えるのは後だな」

 

「”そうだね。早くミレニアムへ戻ろう”」

 

 

毒が手に入った以上、怪物は一旦後回しでいい。

ネルは怪物相手に歯が立たなかったことに思う所がないわけではないが、目的は見失わない。

当然ながら自分達のプライドより人命(モモイ)の救出が優先だ。

 

 

「私たちも毒を吸い込んじゃってるかもだしね」

 

 

アスナの言う通り怪物と接近戦をした4人は被弾こそしていないが、呼吸で毒を取り込んでいる可能性もある。念の為にミレニアムで検査が必要だろう。

 

 

『それでは、手早く「廃墟」を脱出するとしましょう』

 

 

話が纏まった所でヒマリが帰りの道案内を開始した。

 




戦い続けてたらBAD ENDでした。
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