モンスター・アーカイブ   作:Synuchus

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早くモンスター出したいのに周辺の話ばかり。


第四話

連邦生徒会が設置したらしいオートマタは既におらず、ケセドは退けられ、怪物も追ってくる様子はない。結果として、先生達が「廃墟」から脱出する間に何ら問題はなかった。

 

だが、無事に帰れたからといって安心することはできない。モモイを助けるという最重要任務は終わっていないからだ。そもそも「壊毒」を手に入れるのは大前提であり、ここから特効薬を作製しなければならないのである。

 

行きよりも短時間でミレニアムに帰還した先生達はそのままヒマリの案内を受け、ミレニアムタワー内にある研究施設に向かう。

 

辿り着くと、いつの間に部室から出てきたらしいヒマリ本人がその施設の扉の前で出迎えた。

 

 

「皆さん、まずはご無事で何よりです」

 

 

そう言うヒマリは少し安堵の表情を見せると、早速部屋の中へ先生達を案内する。厳重に管理されていることが伺える両開きかつ二重の扉を抜けると、所狭しと並ぶ長机やドラフトチャンバー、精密機器が彼らの目に入る。中には各々の作業をする生徒の姿もあった。

 

 

「既にお伝えした通り、ここは主に生物・化学系の実験を執り行う部屋になります」

 

「まずは、採取したサンプルをこちらへ」

 

 

ヒマリに促された先生とアカネはそれぞれサンプルの入った容器を近くの大型低温保管庫に納める。それを確認すると、ヒマリはこの後の流れについて説明を始めた。

 

 

「『壊毒』はキヴォトスには存在しなかった物質。正攻法の科学的アプローチでは特効薬の作製に数ヶ月はかかるでしょう」

 

「それではとても間に合いません。そこで……」

 

「ぼく様の出番ってわけなのだ!」

 

 

そう得意げに言いながら、ちょうど機材で死角になっていた位置から誰かが飛び出してきた。

その人物は銀の長髪と大きなネズミの耳が目立つ少女だった。服装は無骨な実験室とはミスマッチな青を基調とした薄手の旗袍で、その肩にはネズミとハムスターの中間のような小動物を乗せている。

 

突然癖のある人物が登場したことに顔を見合わせるC&Cとエイミの面々を他所に、先生はその少女に声を掛けた。

 

 

「"こんにちは、サヤ。今回は来てくれて本当にありがとう”」

 

「礼には及ばないのだ。人の命がかかってるって話だし。それに、未知の毒なんてものが扱えるなら研究者としても黙っていられないのだ」

 

「おっと、自己紹介が遅れたのだ。ぼく様は山海経高級中学校2年、錬丹術研究会の薬子サヤなのだ!」

 

「あとこっちはネズ助!」

 

 

サヤの自己(とネズ助の)紹介に対してその場の生徒達も軽く挨拶を交わす。

 

彼女こそ薬と聞いて先生が真っ先に思い浮かべていた生徒だった。普段はトラブルを起こしがちで問題児よりだが、薬学における実力は天才と言って差し支えない。

 

錬丹術研究会で作られる薬は一般的なものと異なり、よりオカルティックな効能を持つものが多い。サヤが追い求めている「不老不死の霊薬」や、人間を文字通り若返らせる「若返りの秘薬」はその最たる例だ。そうした点も考慮し、先生は「廃墟」に発つ前に彼女に事情を説明して「壊毒」の特効薬作製を依頼していた。

ちなみにミレニアムの施設は最新技術を扱う関係で部外者の出入りに厳しいが、今回は緊急の案件ということで特例措置が取られている。

 

 

「”ところで、あの2人は?”」

 

「メイとキンならミレニアムの新薬開発部と一緒に機材の準備に取り掛かっているのだ」

 

 

メイとキンはサヤと同様に錬丹術研究会所属の生徒である。2人ともトラブルメーカーなサヤに愛想を尽かしている面があるが、共に快く依頼を引き受けてくれていた。彼女達に加えてミレニアムの案内役兼協力者として薬学系の部活も助けに入っているようだ。

 

 

「──というわけで、特効薬作製は錬丹術研究会と新薬開発部の皆さんの共同で行なっていただくことになりました」

 

「ふーふっふっふ。ぼく様にかかれば解毒薬程度ちょちょいのちょいなのだ!」

 

「山海経の天才、薬子サヤ。私の耳にも時々入ってくる名前です。ふふ、期待していますよ?」

 

「えっ、なんでこの人こんなに偉そうなのだ……?」

 

「"あはは…”」

 

 

分野違いの天才に対するヒマリなりのリスペクトらしき言葉にサヤは素で困惑した。なお先生は内心「君も十分偉そうだよね?」と思ってしまったが、口には出さず曖昧に笑う。

 

 

「……畑違いで待つしかねえってのは歯痒いが、頼んだぜ」

 

 

凡そ話が分かったところで、ここまで静観していたネルがサヤに歩み寄りその右手を差し出す。自分達ができることは既に終わった。ならば、後はそれを次に繋げる人物に託し、信じるしかない。

 

 

「あ、リーダーが素直だ!」

 

「う、うるせえな! 人にモノ頼むんだからこんくらい当然だろ!?」

 

 

アスナの指摘にネルは振り返ると少し顔を赤くしながら捲し立てた。

 

 

「私達からも、是非ともよろしくお願いいたします」

 

 

ネルに続いてアカネがそう述べると、アスナ、カリン、エイミもそれぞれサヤに向き直る。

 

 

「”じゃあ、サヤ。改めてお願いするよ。他のみんなにもよろしく伝えておいて”」

 

「あ、えーっと、とにかく任されたのだ!」

 

 

最後に先生の言葉がかかる。

初対面を含む複数人に見つめられて少し気恥ずかしさを感じたサヤだったが、ネルの手をしっかり握りつつ返答するのだった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

特効薬に関して段取りがついた先生達は医療機関で検査を受けた。全員特に大きな異常は見つからず、各々が一安心する。

一行はそのままモモイのお見舞いに向かった後、ゲーム開発部を初めモモイとその周辺に交流がある人物に限り対面で経緯を説明した。混乱を避けるためにも、怪物の存在を含めた詳細はまだ全体に公表しないという判断だ。

 

その翌日、ヒマリ、エイミ、先生の3人は今後の対応について協議するべく、再び特異現象捜査部の部室へ集まった。C&Cの4()()は緊急性が低いとはいえ中断している任務があるため、先生達とは既に別れている。

 

 

「では、例の怪物への対処について「私は悲しいです」」

 

 

ヒマリが話を始めようとしたところで、被せるように発言した人物がいた。

 

 

「……」

 

「……」

 

「”……”」

 

 

その一言で全てを察した3人が気まずそうに沈黙する。

机の下からぬるっと現れた4人目。それは身に纏うメイド服にいくつもの仕込み武装が見て取れる、金髪の少女だった。

 

 

「昨日は重要任務を早めに達成して戻ってきたら、先輩方も先生もいらっしゃいませんし、皆さんどこか暗い様子ですし」

 

「いろいろ聞いて回ればなんとモモイが入院したというではありませんか」

 

「これは大事件です。にもかかわらず、私にはすぐに連絡がなかったのですが?」

 

 

少女はずい、と身を乗り出して淡々と言葉を紡ぐ。ほとんど無表情のままだが、その場の3人には不満の感情がはっきり伝わった。

 

彼女はC&Cの5人目にしてコールサイン04、飛鳥馬トキ。

元々はセミナーの会長である調月リオの付き人として、C&Cのメンバーにすら存在を秘匿されたエージェントだった。現在はリオの失踪に伴ってその役が解任され、引き続きC&Cに所属しつつ、特異現象捜査部の調査にも積極的に協力する人員になっている。

 

先生はヒマリと共にひとまずこれまでの経緯を説明することにした。

「廃墟」に出現した怪物、モモイ入院の原因、特効薬の作製──断片的に聞いてはいただろうが、多くの情報を一気に受け取ったトキは少し考える素振りをした。

 

 

「……なるほど。事情は大体把握しました」

 

「私は重要度の高い任務を先輩方と別で請け負っていましたし、連絡が来てもすぐには向かえない。まして、最近できた友人の入院ともなれば下手な連絡は任務に支障を来たすかもしれない、と」

 

「理解はしますが、私はC&Cです。自分の感情と任務を割り切るぐらいはできますし、それを見せてきたつもりです。私は信用できませんか?」

 

「”……気遣いのつもりが逆にトキを傷つけていたみたいだ。本当にごめん”」

 

 

トキは理解はするが、それはそれとして心情的に良くないと言う。

C&Cであることに自負を持ち、自分の感情を出せるようになったトキの成長を喜ぶ一方で、先生はそれに応えるように謝った。

 

 

「私も思慮が足りなかったようです。トキ、申し訳ございません」

 

 

プライドの高いヒマリでもこればかりは素直に謝罪する。「トキを置いていく」という結果ではあの女(リオ)と同じ。緊急時とはいえ、彼女はその判断をしてしまった自分を恥じた。

 

 

「……申し訳ありません。流石に最後の方はちょっとしたジョークです」

 

「二人のお気遣いはしっかり受け取っております」

 

「なかなか演技派なんだね」

 

 

そういう感情が全く無いではないが、やり過ぎた冗談だったと反省したトキは雰囲気を変えようとした。ここまでのくだりを眺めていたエイミはなんともズレた方向に感心している。

 

一方の先生とヒマリは流石に面食らったようで、ポカンと口を開けてしまった。

 

 

「”な、なら良いんだけど……”」

 

「全く、言うようになりましたね……」

 

「ふふ。まあ、おあいこというやつです。ぴーすぴーす」

 

 

トキはなぜか勝ち誇ったような様子だ。

一転して空気が弛緩したが、本来の目的を忘れてはいけない。

 

 

「こほん。……それでは、気を取り直して本題と参りましょうか」

 

「トキも参加して頂けますよね?」

 

「当然です。ここからはお役に立てなかった分以上にお付き合いいたします」

 

 

今度はトキも含め、改めて本来の話題に戻る。

 

 

「”あの怪物をどうするかだよね”」

 

「ええ、先生のおっしゃる通りです」

 

「特異現象と呼んでいいほどの強力な毒と冷気を操りながら確かに生物でもある。神秘に溢れるキヴォトスとはいえ、前例のない存在です」

 

「デカグラマトンかそれ以上の脅威として認定し、その動向の監視と対処に当たるべきでしょう」

 

 

ヒマリが怪物に積極的な「対処」を行うべきだという自身のスタンスを述べる。

当然ではあるが他の全員もその姿勢に同意した。怪物が危険なのは既に知るところであり、仮に「廃墟」から移動した場合の被害は想像に難くない。

 

 

「問題はその対処を具体的にどうするか、ということですが……」

 

「アレ、かなりどころじゃない強さしてるよね。温度は快適なんだけどな」

 

「私は直接戦闘していないのであくまで想像になりますが……。ネル先輩を含むC&C、特異現象捜査部に先生までいて歯が立たないとなると、少なくともミレニアムの戦力で正面から討伐するのは困難かと」

 

 

トキの分析は的を得ている。あの場に揃っていたのはほぼミレニアムの最大戦力に近い。仮にトキが加わったところで焼石に水だっただろう。ケセドを撃退している点も数を揃えればどうにかなる相手ではないことを示唆している。

 

 

「エンジニア部に強いメカでも作ってもらう?」

 

 

エイミの提案は一見突飛だがバカにはできない。ミレニアムが誇るエンジニア部の開発品は謎機能を除けば兵器として見ても強力無比なものが多い。ただ強い兵器を作れという依頼なら彼女達は突っぱねるだろうが、今回は事態が事態だ。快くとまではいかないまでも協力的な姿勢を取ってくれる可能性が高い。

 

 

「エイミの案は確かに魅力的です。ですが、強力な兵器となるとミレニアムや連邦生徒会の規則に掛かってしまう懸念があります」

 

「それにセミナーやミレニアム全体が同意したとして、他の学園もそうであるとは限りません」

 

 

ヒマリはエイミの考えを肯定しつつも、実行する場合の障害が多いことを述べる。

銃火器が許容されるキヴォトスとはいえ、開発・保持できる兵器には制限がある。加えて強力な兵器を保持するとなれば他の学園とのパワーバランスに影響してしまう。学園のトップが不祥事を起こした上に不在の今、他組織との無用な軋轢を生むのは避けたいところである。

 

隠蔽してしまうという手もあるが、各学園・企業の諜報機関は優秀だ。どんなルートで尻尾を掴まれるかわかったものではない。

 

 

「”なら、他の学園との協力が安牌かな”」

 

「”あまり振りかざしたくはないけど、超法規的なシャーレの権限もあるわけだし”」

 

 

先生の言うように、S.C.H.A.L.Eの強力な権限は学園や連邦生徒会のしがらみを越えて問題解決をするためにあると言っていい。実際、記憶に新しい虚妄のサンクトゥムタワーやアトラ・ハシースの箱舟戦では先生を中心として主要な学園の協力体制を構築できた実績がある。

また、仮に学園として動けない場合でも、先生と太い交流を持つ生徒については個人的な協力が見込める(錬丹術研究会との協力もこの範疇にある)。

 

現状他校やそこの生徒にとって怪物はミレニアムの地方災害でしかないが、ドローンの記録映像がその脅威を示す十分な証拠となるだろう。

諸々の事情や条件を加味した場合、先生の案が最善と言える───そう判断したヒマリが話を纏めにかかる。

 

 

「私は先生の案に賛成です。エイミとトキはいかがですか?」

 

「特に異論はないよ」

 

「私も賛成します。他学園の協力が得られるのであれば心強いことでしょう」

 

 

エイミとトキからも反論は無く、怪物の対処は他学園に協力を要請するという方針で纏まった。

 

 

「”決まりだね”」

 

「”じゃあ、ここからは私の仕事だ。一旦D.U.に戻って、連邦生徒会に報告しようと思う”」

 

「”そこから最低でもトリニティとゲヘナには声を掛けるはずだけど、詳しい動きが決まったら知らせるよ”」

 

 

方針が固まったところで先生は早速動き出す。怪物が「廃墟」外に出るとも分からない状況だ。行動が早いに越したことはない。

 

 

「私たちはヴェリタスと協力して怪物の動向を監視しつつ、弱点等が無いか探ってみます」

 

「先生、よろしくお願いしますね」

 

「”うん、そちらこそ”」

 

 

現在も「廃墟」にはドローンを自動で飛ばしており、ヴェリタスの部員がそれを定期的に確認している。ミレニアム側もただ待つだけではなく、後に備えてやれることはやっておくつもりだ。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

挨拶もそこそこにミレニアムを後にした先生は、連邦生徒会に向かう前にシャーレのオフィスに立ち寄る。決して放ったらかしになっている通常業務を処理するためではない。確かめたいことがあったのだ。

 

コンコンコン、とビジネスの場で聞くような丁寧なノックが3回響く。

 

───待ち人はすぐにやってきた。先生は自分のデスクに座ったまま「どうぞ」と入室を促す。

 

 

「失礼します。お久しぶりと言ったところでしょうか、先生」

 

「クックック、初対面の時とは構図が真逆ですね」

 

 

部屋に入ってきたのは生徒でも、獣人でも、オートマタでもない。

 

背格好はビジネススーツを着た普通の男性だがしかし、その真っ黒な頭と裾から覗く手がそれを否定する。

顔にはっきりした目鼻口はなく、右目と口の位置に謎の白光が漏れる亀裂があるに過ぎない。さらには頭部右側を中心には黒い煙が常に大きく立ち上り、空中に溶け出している。

 

胡散臭い笑いも含めてあからさまに不審人物の登場だが、先生は至って冷静だ。

 

 

「”やあ、黒服”」

 

「”……呼び出しに応じてくれたのは感謝しているよ”」

 

 

普段生徒に話しかける時とは違う、やや固く緊張感のある声色で先生はその異形「黒服」に挨拶を返す。

 

彼は「ゲマトリア」と呼ばれる謎の組織に所属する研究者で、先生と同様に「キヴォトスの外」からやって来たという。なお、「黒服」とは容姿からそう呼ばれている渾名に過ぎないが、本人曰く気に入っているらしい。

 

先生が黒服と邂逅したのはキヴォトスに赴任して間もなく、アビドス高校からの救援要請に対応した時だ。詳細は省くが、そこである生徒の身柄を巡り対立して以降、先生とゲマトリアは度々衝突してきた。

 

しかし、根本で分かり合えないとはいえ、黒服個人と先生は完全な敵対関係にあるとも言い難い。

黒服は先生を気に入っている節があり、何度か問題解決の糸口となる情報提供をしたこともあった。一方の先生から見た黒服は気は抜けないが、生徒を助けるために利害が一致するなら協力も厭わない相手だ。今の密会もそうした両者の関係から成立している。

 

 

「いえいえ。礼には及びません」

 

「私としても先生にお伝えすべきかと思う事項がありましたので。おそらく先生の知りたい情報と関連していることでしょう」

 

「ああそれと。今回も対価は頂きません」

 

 

黒服は研究者以外に見た目通りのビジネスマンな側面も持ち、他人と関わる際は契約や利益と対価を重視している。以前も対価は要求されなかったが、その時は特例だと考えていた先生は少し拍子抜けした。

 

 

「”……じゃあ単刀直入に聞きたい”」

 

「”『廃墟』に現れた怪物。あれに君たちゲマトリアは関係しているかい?”」

 

 

先生は少し姿勢を崩して机の上で腕を組むと、黒服を真っ直ぐ見据え直す。

 

あの場にいなかった人物に怪物の話をしたところで、普通は逆に「なんのことだ」と聞き返されることになるだろう。しかし、黒服は普通の存在ではない。先生は彼なら確実に何かしらの情報を持っていると睨んでいた。

 

そんな先生の予想に応えるように、黒服は顎に右手を当ててながら話し出す。

 

 

「ふむ。その問いに答えるなら、薄く遠い繋がりはあるという程度です」

 

「分かりやすく申しますと、現在私たちが名乗るゲマトリアは関与していません」

 

「……私は以前『ゲマトリア』は過去に存在した組織から拝借した名だと述べました」

 

「”本来のゲマトリアは神を再現するAI開発を支援していた組織、だったかな”」

 

「ええ。それは現在のデカグラマトンの預言者たちに通じていますが───今回の件はそうした本流とは外れた話になります」

 

 

過去のキヴォトスには黒服の所属するゲマトリアとは異なる本来の「ゲマトリア」が存在した。それはキヴォトスの旧都心廃墟で行われていた「神の存在を証明、分析し、新たな神を創り出す方法」を研究する組織を援助する形で活動していたという。黒服に言わせれば、現在のデカグラマトンの預言者はそれらの組織の理念を受け継ぐ存在とのこと。

 

ここまでは先生も既知であるが、その旧ゲマトリアと怪物の出現にどういった関係があるのか。

 

 

「”本流から外れた……?”」

 

「はい。神を証明する方法は何もAIだけではありません。傍流でもさまざまな手法が開発されていたのです」

 

「その一つこそが次元接続システム。先生が訪れた廃墟の施設もその試験場の一つです」

 

 

話していないのに自分の動向が筒抜けなのは特に突っ込まず、先生は黙って先を促す。だが何か顔に出ていたのか、黒服からは「ククッ」と小さな笑いが漏れた。

 

 

「ここではないどこか。神やそれに準ずる存在は、この世界と別の時空間にいると考えたことはありませんか?」

 

「彼らはその可能性を検証するため、キヴォトスと別の時空を繋ぐ孔を穿つことにしたのです」

 

「神のもとへ向かいたかったのか、それとも神をこちらの世界へ招くのか。私も興味のあるところですが、結局彼らは失敗しました」

 

「”失敗?”」

 

 

黒服が語った内容は試験場の資料やそれを見たヒマリの解釈には無かった話だが、表向きには隠蔽されていたのだろう。

経緯は分かったものの、先生はある疑念を抱く。本当に次元接続システムの開発が失敗したのならばあの怪物がキヴォトスに現れているのはおかしい。

 

 

「先生が疑問に思われるのは当然です。では何故、と」

 

 

先生の疑問はそれを察した黒服が代弁した。

そこで一旦話を区切ると、彼は先生の机の前から歩き出した。静かな部屋にコツコツと革靴の足音が響く。

 

先を焦らすようなその姿を先生は胡乱な目で追う。

黒服はそのままガラス張りの窓際まで進むと足を止め、先生の方へ振り返った。

 

 

「……先日、私にとある人物からの接触がありました」

 

 

いきなり話が変わる。ここまでとの繋がりが見出せない内容に先生は少々困惑するが、黒服は構わず話を続けた。

 

 

「その人物は自らを『赤衣』と名乗りました」

 

「本名でないのは明らかですが、衣服繋がりである点には奇妙な縁を感じますね。ククッ」

 

 

黒服が唐突に語った「赤衣」なる謎の人物。ここで先生は黒服の意図を大方察した。

 

 

「”それで、その人が怪物に関係していると?”」

 

「ご明察の通りです、先生」

 

()は私とも先生とも異なるキヴォトスの外から現れた存在でした」

 

「さて、そんな彼と先生の言う怪物にどのような繋がりがあるのか───」

 

「そこから先は私自らが語ろうではないか」

 

 

黒服が核心部分に触れようとした直前、執務室内に太い男の声が響いた。明らかに先生でも黒服でもない第三者。二人はほぼ同時に声の主の方へ顔を向ける。

 

一体いつの間に入ってきたのか。

2人の視線の先に立っていたのは薄汚れた赤い外套を見に纏う長身の男だった。フードを深く被っているために顔は窺えないが、その口元には挑発的な笑みが浮かんでいる。

 

 

「クックック、これはこれは。早い再会となりましたね」

 

 

黒服はその人物を知っているようで、ネクタイを締め直しつつ声を掛ける。

先の発言も併せるならば、すなわちこの男は。

 

 

「”……あなたが『赤衣』?”」

 

「如何にも。初めてお目にかかるな、シャーレの先生」

 

 

警戒したまま問いかける先生に、赤衣は尊大な口調で返答した。こちらの素性は知られているらしい──先生はいつでもシッテムの箱を起動できるように身構えた。

他方で黒服は成り行きを見届ける姿勢に入ったのか、近くの椅子に座って静観を始めている。

 

2人の反応を眺めた男は、なぜか喜色を滲ませた様子で語り出す。

 

 

「まずは、お前の疑問に答えてやろう」

 

都合の良い舞台装置(次元接続システム)を使ってアレをこちらへ招き入れたのは何を隠そう、この私だ」

 

「……アレはそのままで稼働する状態ではなかったが」

 

本来起こるはずだった他次元からの来訪(とある科学の超電磁砲コラボ)。その事象を利用し、上書きさせてもらった」

 

 

正体不明の男による唐突なカミングアウト。

先生はあの廃試験場で覚えた違和感を思い出した。加えて「本来起こる来訪」など不明な点はあるものの、怪物が異世界の存在であることも確信する。

 

 

「”なら、ミレニアムに『開かずの間』の噂を流したのもあなたか”」

 

「その通り。前夜祭にしてはいささか派手すぎたかな?」

 

「流石の私もいきなり天廊の番人を引くとは予想外だったがね」

 

「”……一体、何のために”」

 

 

怪物を指すと思しき「天廊の番人」も引っかかるが、そんな危険な存在を招いた動機が見えてこない。先生は赤衣をさらに問い詰めた。

 

 

「愚問だな──私は強い生命の輝きを見たいのだよ」

 

 

答えになっているとは言い難いそれに先生は視線を鋭くするが、男はどこ吹く風といった様子だ。

 

 

「我々がどのように進化してきたか。教育者ならば当然知っているだろう?」

 

「環境、捕食者、同種、果ては個体の中でさえ起こる選択。生命の進化とはありとあらゆる争いの歴史に他ならない」

 

「故に。生の本質の一端は闘争にこそある」

 

「私はこの行き止まりの箱庭に、新たなる旅立ちの風を吹かせよう」

 

「我が原型たる世界の原則──すなわち、食うか食われるか」

 

「野生的で理知的、単純かつ複雑。ここに荒々しくも眩しい生存競争(モンスターハンター)を再現しようではないか!」

 

 

赤衣は大仰に両腕を広げ、饒舌に自身の理念と目的を語った。

全く支離滅裂だ。先生はそう思うと同時に、この男の危険性を認識する。

 

 

「”正直、何が言いたいのかよく分からない”」

 

「”けれど。これ以上生徒達が傷付くのなら、私はあなたを許さない”」

 

 

先生の脳裏には苦しむモモイと悲しむミレニアムの生徒達が想起される。

真意は理解できないが、赤衣がさらに厄災をもたらすというのならば。生徒が不必要に苦境に立たされる可能性は到底看過できない。

 

 

「ふむ、『大人の責任と義務』というやつか。『先生』とはどこまでも役割に縛られた存在と見える」

 

「学園、青春、日常。そして、神秘、恐怖に崇高」

 

「なるほど。しかし、評価に値しない概念ばかりだ」

 

「お前も、生徒共も、そこの傍観者気取りも。生命ある者ならば精々足掻くことだな」

 

 

先生の剣幕に臆することはなく、赤衣は一方的な会話を続ける。思わぬ流れ弾だったか、黙っていた黒服もピクリと肩を揺らした。

 

 

「ククッ、これは手厳しい」

 

「以前もお伝えしましたが、やはりあなたと我々は相容れない。完全なる部外者に探求の場を荒らされてはかないません」

 

「ふ──もとよりお前達の理解と受容は求めていない。ここに来たのは物語に宣言を刻むために過ぎんよ」

 

 

赤衣はゲマトリアとも完全に決裂している。

彼らは悪辣な手段も厭わないとはいえ、あくまで求道者。ともすれば享楽主義者か単なる破壊者に思える存在と交わるはずもなかった。

 

少しの沈黙。

キヴォトスの多くと赤衣の在り方が相容れないことが明らかになった今、場の空気は一段と張り詰めている。

 

 

「……さて、この程度で十分か」

 

 

その緊張を崩したのは赤衣だった。一人だけ満足気な様子でその身を翻す。

 

 

「さらばだ諸君。再び生きて見えることを期待しているぞ」

 

「ふははははは!」

 

「”……”」

 

 

芝居がかった高笑いをしながら執務室を出ていく赤衣の男。その背中を先生と黒服は黙って見送る。

 

 

「……残念ながら私はこの場であの者に対抗する手段がありません。しかし、先生はよろしいのですか?」

 

「”『大人のカード』、か”」

 

「はい。何度か忠告してきた身ではありますが」

 

 

「大人のカード」は先生の持つ最大最強の切り札。普段は生徒を導くに留まる先生が、例外的に振るう不条理を覆す力。

 

しかし、そんな代物に代償がないはずもない。

それを知る黒服は、保身も含まれるとはいえ軽い判断での使用を諌めたことがある。が、今回ばかりは先手で使うべきではないかと言いたいらしい。

 

 

「”……正直なところ、少し迷ったよ”」

 

「”この選択は間違っているかもしれない。後悔するかもしれない”」

 

「”でも、まだ私も生徒達も自力で抗うことを諦めたわけではないよ”」

 

「”だからカードを使うべき場面はきっとここじゃない”」

 

「……なるほど。出過ぎた真似をしたようです」

 

 

結局先生は自身の信念に基づき、赤衣に対してカードを使う判断をしなかった。

その意思を聞いた黒服はあっさりと引き下がる。彼なりの線引きがあるのか、黒服は相手を言葉で誘導はしても強引な手段は取らない。

 

 

「先生。私も私で色々と対策せねばなりません」

 

「今回の件に関しては我々も可能な限り支援いたしましょう」

 

「フランシスやかつての追放者(地下生活者)は望み薄ですが、マエストロとは協力可能なはずです」

 

 

キヴォトス外部から来た共通の敵。

以前の「色彩」来訪と同様に利害の一致によって、黒服は先生への協力を申し出る。

 

 

「”分かった”」

 

「”ただし、生徒達に変な真似はしないように”」

 

「クックック。存じておりますとも」

 

 

その様子から「少なくとも今は」裏が無いと考えた先生は、釘を刺しつつその話に乗る。

現ゲマトリアで面識のあるフランシスやマエストロはともかく、「かつての追放者」とやらは先生にとって初耳だが、ひとまず聞き流した。

 

 

「それでは。また近いうちにお会いしましょう」

 

 

用件が済んだ黒服も去り、シャーレの執務室には先生一人が残るのみとなった。

 

いつの間にか外は雨が降っている。

そこそこ勢いが強いようで、静かな部屋の中には雨風が建物を叩く音が響く。クロノスの天気予報ではD().()U().()()()()()()()()()()()()()()が、と先生は少し当てが外れた様子で窓の外を眺めた。

 

 

「(”連邦生徒会に報告することが増えてしまった”)」

 

「(”特効薬は間に合うと信じてるけど、モモイの容態もミレニアム全体も心配だ。早めに済ませておかなきゃな”)」

 

 

少し考えを整理すると、彼はシッテムの箱を起動した。

 

 

「”アロナ、プラナ。さっきの話は全部聞いてたかな?”」

 

「はい、もちろんです!」

 

「映像・音声記録ともに完璧に保存しています」

 

 

先ほどの会話の最中、結局先生が端末を操作することはなかった。

しかし箱のOSたる二人は完全な自律行動を可能とするAIだ。指示されるまでもなく、自分たちで考えて先生を補助しようとしていた。

 

 

「謎の人物、赤衣の追跡もやってはみたんですけど……」

 

「物理的な距離が離れると観測できなくなってしまいました。不可解なことに、存在が極めて希薄です」

 

「うぅ、スーパーAIの名折れです。ごめんなさい先生」

 

「”二人とも気にすることはないよ”」

 

「”むしろ、そこまでやろうとしてくれてありがとう”」

 

 

申し訳なさそうな二人だが、先生は優しく労った。

赤衣はオーバーテクノロジーなシッテムの箱をもってしても捉え難い存在だったらしい。

 

 

「”まあ、一旦そのことは置いておいて……連邦生徒会、いやリンちゃんにアポをとってもらえるかな?”」

 

「はい、おまかせください!」

 

「”文面は今から打ち込むよ”」

 

「了解しました。……入力待機中」

 

 

先生はアロナとプラナに連邦生徒会長代行、七神リンへの連絡を頼む。

普段なら業務に関する内容を個人宛てに送るのは気が引けるものの、今回は内容が内容である。重役であるリンは常に多忙であるため内容を見るのに時間がかかるかもしれないが、シッテムの箱ならば連絡を優先的に表示する小細工も可能だ(この点に関しては二人の裁量に任せた)。

 

ここで返事を待っているよりは向かったほうが早い。そう判断した先生は連絡の送信を確認すると、傘を手に取り足早にシャーレを出るのだった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

D.U.周辺の上空に不自然なほどピンポイントにかかる雨雲。

その中心では、明らかに航空機ではない黒い影が滞空していた。

 

シルエットはまさしく正統派なドラゴン。全身が鈍く輝く金属質な甲殻に覆われているにも関わらず、一対の翼を羽ばたかせるさまは不思議と重量を感じさせない。

 

この生物、ある世界で鋼龍クシャルダオラと呼ばれる──は現在混乱していた。

 

地上を眺めれば、天を衝く岩が多数聳える奇妙な地形が広がっている。さらに嗅覚は大気に含まれる物質の違和感を捉え、温感は先ほどまでいたはずの寒冷地との著しい差を体に伝えた。

 

動物として備わった感覚全てが()()()()()と訴えている。

 

自然界にほぼ天敵が存在しない故か普段は余裕すら感じられる鋼龍。

だが、慣れない環境に突然放り出された今は違う。そのストレスは着実にやり場のない怒りへと変換されていく。

 

そうなれば後は発散しかない。

より強い雨を、風を、嵐を呼びおこし、気が収まるまで目障りな存在を破壊するだけだ。

 

鋼龍は再び下界を睨みつけると、雲を裂き一直線に急降下を開始した。




時系列はカルバノグ2章後、百花繚乱1章前で、超電磁砲コラボと同時期。
謎の赤衣の男はブルアカ本編でいうゲマトリア的な立ち位置として便利なので導入。特に深い設定はありません。
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