モンスター・アーカイブ   作:Synuchus

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思いつくままに書いてるのでそのうち色々破綻しそうです。


第五話

その日、D.U.地区の子ウサギ公園はある災難に見舞われていた。

 

 

「もう、なんなんですかこの虫!?」

 

「くそっ、こんなのサバイバルの教本では見たことないぞ!?」

 

「ひゃぁぁぁぁ……みんな食べられちゃうんですぅぅ!!」

 

「どこの新型ロボかと思ったら生き物なのこれ!?」

 

 

テントが立ち並ぶ広場で巨大な虫を相手に格闘する4人の少女達。

 

単に「巨大な虫」といっても、そのサイズは彼女らと同等以上はある。黄褐色の外骨格に、昆虫らしい3対の長い脚と2対の翅。トンボかハチのような頭部。

 

数十頭の集団で突如として現れたソレら──ランゴスタは大きさに似合わない俊敏な飛行速度で獲物に迫り、腹部の毒針で仕留めにかかる。

 

一方で獲物側の少女達も只者ではない。

各々の服装は青いセーラー服を基調として、胸部アーマーやニーパッド、ホルスターなどを装備した本格的な武装。騒ぎつつも、慣れた手つきで銃を扱い次々と虫を撃墜している。

 

それもそのはず。彼女達は特別な訓練を受けたSRT特殊学園の1年生、RABBIT小隊だ。

SRTはD.U.においてヴァルキューレ警察学校では対処しきれない重大事件を解決するべく、連邦生徒会長の主導で設立された学園だった。ところが肝心の生徒会長失踪後、立場が宙ぶらりんになった結果は閉鎖。

 

ほとんどの生徒がヴァルキューレに編入する中で、理想を諦められない小隊の4人は反発した。

彼女達がこの公園を占拠しているのも元々は抗議の一環だったが、紆余曲折の果てに現在は公的に駐屯が認められている。

 

そんな彼女達は今日も通常通り訓練や整備を行おうとしていた。

ところが突如として公園の林から巨虫の大群が現れ、襲われてしまっていた。

 

 

「まずは囲まれた状況を打開しましょう!」

 

「公園入り口方面へ突破します。RABBIT2、先行お願いします!」

 

 

白い長髪を揺らし、大きく声を張ったのは小隊長である月雪ミヤコ。

作戦立案と戦闘指揮は彼女の役割だ。予想外の事態であっても即座に体制の立て直しを図る。

 

 

「了解!」

 

 

ミヤコ、もといRABBIT1が真っ先に指示したのはボブヘアに鉄帽が特徴的なRABBIT2──空井サキ。

小隊は全方位を囲まれているが、公園入り口側は虫の数が少ない。基本に忠実かつ優秀なポイントマンである彼女なら、群れに穴を開ける程度造作もないだろう。

 

 

「ら、RABBIT4、弾切れですぅぅ!!」

 

 

先ほどから悲鳴を上げている黒い長髪の少女はRABBIT4──霞沢ミユだ。

おどおどした態度に似合わず指折りのスナイパーである彼女だが、その役割ゆえに大量の敵に囲まれるような状況は不得手。それでも狙った目標には全て当てていたが、とうとう弾切れを迎えてしまった。

 

 

「RABBIT3もちょーっと余裕なくなってきたかも〜!」

 

 

おさげと丸メガネが特徴のRABBIT3──風倉モエ。

彼女はオペレーターと電子工作を担当しており、訓練は積んでいるものの直接戦闘の経験は浅い。手持ち武装もとっくに弾倉が空になった拳銃のみであり、端的に言ってちょっとどころではないピンチ。

 

普段はニヤニヤとして余裕な彼女だが、今は流石に焦りを見せている。

 

 

「私がカバーします! RABBIT3、4は私の後ろへ!」

 

 

ミヤコが対抗手段を失ったミユとモエを背に前へ出る。ちょうど反対側にサキがいるため、二人を挟んで守る形になった。

 

 

「虫の数は十分減らした! RABBIT1、指示を!」

 

「把握しました! RABBIT2を先頭に総員このまま突っ切ります!」

 

 

一方のサキは目標方向の虫をマシンガンで着実に撃ち落とし、遂に群れに穴を開ける。

当然そのチャンスは逃さない。小隊長のGOサインを受け、全員が走り出す。

 

撃ち漏らした数匹が彼女らを追うが、殿を務めるミヤコが的確に処理した。

結果として、全員がランゴスタの包囲網を無事に抜ける。

 

 

「もう少し距離を空けたら群れに閃光弾を投げ込みます!」

 

「RABBIT2も同時に投げてください。タイミングは私が3カウントでお伝えしますので」

 

「了解だ!」

 

 

ミヤコの作戦は単純だ。

囲まれた状況を脱すれば、群れは隊を一直線に追いかけるだろう。そこで一網打尽にする算段である。

もちろん全ての個体を巻き込むことは不可能と思われるが、多勢に無勢な状態を打破できれば良い。

 

 

「閃光用意! カウントいきます!」

 

「3……2……1……!」

 

「おりゃっ!」

 

 

ミヤコとサキの二人が振り返り、迫り来る虫の群れにそれぞれ1つずつ閃光弾を投げ込む。

 

衝撃音と一瞬の眩い閃光。

完璧なコントロールで飛んでいったそれらは狙い通り空中で炸裂した。

 

RABBIT小隊は預かり知らぬことだが、ランゴスタは強い光に弱いという性質がある。

つまり──閃光弾はミヤコの想定以上の結果をもたらした。

 

 

「あれ、全部落としちゃった?」

 

 

拍子抜けしたようにモエが呟く。

小隊が伏せていた目を開けると、眼前には全ての個体が地面に落ちて痙攣している様が広がっていた。

 

 

「……成功、したようですね」

 

「とりあえず、こいつらが起きる前にやっちゃうか……」

 

 

即席作戦は大成功したが、虫はまだ気絶しているに過ぎない。

サキは彼らが復帰する前に「処理」することを提案する。

 

 

「こ、これ全部ですかぁ……?」

 

「「「……」」」

 

 

しかし、ミユの言葉にサキも含めた3人は沈黙することとなった。

冷静になったこともあり、無抵抗の大型生物を撃ち殺すのに若干の躊躇いを感じてしまったのだ。

 

彼女達は特殊部隊と言えど「意識して対象を撃ち殺す」機会など無いに等しいキヴォトスの住人。

襲ってきたモノを撃ち落とすのと、動かないモノを淡々と撃つのでは結果が同じでも感触が違う。

害虫駆除の延長として割り切ろうにも、その常識外の大きさが認識を邪魔してきた。

 

 

「……無理な参加は求めません。私だけでもやります」

 

 

ミヤコはそれを飲み込んで「処理」の判断する。

対処が遅くなれば元の木阿弥だ。他の隊員に配慮はするが、リーダーである自分が逃げることは許されない。

 

 

「まあ、言い出したのは私だしな……」

 

「気は進まなけど仕方ないよね」

 

「わ、私も頑張ります」

 

 

3人もミヤコだけに押し付けることはしない。

少しモヤモヤとしたものを抱えつつも結局全員でランゴスタの「処理」を行うこととなった。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

広場に置かれた複数のドラム缶からパチパチと火が立つ。

放置して腐らせるわけにもいかないので、資料として残す分以外の死骸は荼毘に付す。

 

 

「……ようやくひと段落ですね」

 

「他にいないとも限りませんし、手早く昼食を取って公園と近隣を捜索しましょう」

 

 

少数なら銃を持つ一般人で対処可能な範囲だが、人を襲う生物であることに変わりはない。

ミヤコの出した方針に全員が頷いた。

 

 

「それにしても、ちょっと美味しそうな匂いしなーい?」

 

「あ、言われてみれば……」

 

「……私は食べませんからね」

 

「わ、私もちょっと……」

 

 

虫を焼いたことで周囲にはエビやカニに近い香ばしい匂いが漂っている。そして昼前で空腹なことも相まっての、モエとサキの呟き。

この後の流れを察したミヤコとユズは先手で拒否した。

 

なお、未知の生物を食べるのはリスクが高いということで結局実行はされなかった。

 

後始末を終えた4人はタープの下で食卓を囲む。食事はコンビニから譲り受けたレトルト食品だ。

公園生活を開始した当初はまともな食事もできなかった彼女達だが、今は働きが認められたこともあり地域住民やコンビニ等からの恵みがある。

 

 

「あの虫、本当になんだったんだろうな」

 

「サキでも知らないとなると、一般的なものではなさそうですが……」

 

「そもそも……どこから来たんだろう……」

 

「いくつか取ってあるからね〜。ミレニアムにでも送ってみようか?」

 

「あわよくば最新兵器とトレード……くひひ」

 

 

会話の内容は虫の正体について。

とはいえ彼女達は生物の専門家ではないため、話し合って何かわかるというものでもない。

モエ個人の思惑はともかく、研究者の多いミレニアムを頼るのが良い案に思われた。

 

 

「ミレニアムか。あんまり面識はないけど…」

 

 

D.U.と地理的に遠いこともあり、小隊とミレニアムに交流はない。

シャーレの当番、晄輪大祭、スランピアでの作戦などを通じて生徒の顔見知りがいないことはないが、いきなり巨大な虫の話をしても混乱されるだろう。

 

 

「先生に間に入って頂けば良いのでは?」

 

「あ、その手があったな」

 

 

このような状況の場合は先生が頼りになる。

ミヤコの指摘を受けたサキは、早速先生に一報を入れようとした。

 

 

「あれ、雨……?」

 

 

と、そこでミユがふと呟く。

同時にポツポツとテントに水滴がぶつかる音が聞こえ出したかと思えば、あっという間に本降りになってしまった。

 

 

「ありゃ? 今日は一日降らないって予報見たけどなあ」

 

「まあ予報はあくまで予報ってことだな」

 

「で、この後はどうする?」

 

「……仕方ありませんね。この勢いなら直に弱まるでしょうし、各々備品の浸水に注意して待機しましょう」

 

 

悪天時の野外作戦は不足の事態が起きやすい。

当然そのような状況を想定した訓練も積んでいるものの、緊急の案件でないならば避けた方が無難である。

従って、巨大昆虫探しは雨が止むのを待ってから行うことになった。

 

 

「えーっと、どれどれ……」

 

「ちょうどD.U.の一部だけ雲がかかってるみたいだね」

 

 

モエが手元の携帯端末で雨雲の動きを調べ、他の3人にその画面を見せた。

 

そこにはD.U.地区の雨雲の位置、および降水量が昇順に青、緑、黄、赤で表現されている。

シラトリ区、そして郊外の子ウサギタウンやシャーレ付近まで数百平方キロメートルが雲で覆われているが、逆に周辺地域にはほとんどそれが見られない。

表示画面の時系列を過去のものに巻き戻すと、D.U.の直上に雨雲が形成され始めたのはつい30分ほど前だということも分かった。

 

大都市のヒートアイランドが関係したゲリラ豪雨などと、それらしい説明が付きそうな天候だ。

ミヤコの言う通り長くても数時間で止む類だろう。

 

──だが、それは通常の自然現象であればの話。

 

モエが端末を引っ込め、さてと食事を再開する。

その時だった。

 

小隊で最も感覚に優れるミユの耳が雨ではない異音を拾う。

それは何かが風を切るようなもの。

 

 

「?」

 

 

ミユが音の方向に耳を傾けたその直後。

轟音と共に後方のテントごとタープは吹き飛ばされた。

 

当然その下が無事で済むはずもなく。

破損したテーブルや椅子、巻き上がった泥水が宙を舞う。

 

RABBIT小隊も例外ではない。

彼女達は受け身を取る余裕もなく、ガラクタと共に雨に濡れた芝の上を転がることとなった。

 

 

「ぐ……何、が……」

 

 

腹這いで地面に横たわる形になったサキは何とか体を起こす。

体は痛むが動けないほどではない。

 

フラフラと立ち上がった彼女は惨状を目にする。

タープがあった周辺は地面が捲れ上がり、備品やその残骸が散乱していた。

 

何かが爆発したような状態にも関わらず、不思議と火薬の形跡は見られない。

 

 

「(敵襲か……!?)」

 

「(そうだ、ミヤコ達は……!)」

 

 

状況に理解が追いつかないが、ハッとして他の隊員の姿を探す。

 

 

「みんな……無事、ですか……」

 

 

すると、少し後方から息を切らしたような声が聞こえた。

思わず振り返れば、ミヤコが体を起こそうとしているのが見える。

 

 

「い、生きてます……」

 

「なんとかね……」

 

 

その近くにはモエとミユが仰向けに転がっており、モエは右腕を掲げて無事を知らせていた。

ミユも意識ははっきりしているようだ。

 

 

「っ大丈夫か!」

 

 

そうしてサキが3人の介抱に向かおうと駆け出した時。

上空から一際強い風が吹きつけた。

 

小隊は各々の姿勢のまま何事かと宙を見上げる。

 

そこにあったのは──黒い影。

明らかにヘリコプターなどではない。

1対の巨大な翼を羽ばたかせ、四つ足に刺々しい頭と細長い尾を持つ巨大生物。

 

 

「────!!!」

 

 

公園の上空を舞うように飛ぶソレから、奇妙な声が響いてくる。

金属が擦れるような、風が強く吹き抜けるような音。

 

アレは何だ。

何処かの生体兵器か、それともスランピアで戦ったような不可思議な存在か。

 

正体など分かるはずもなく混乱する4人だが、一つだけ確信めいたものがある。

アレが自分たちを吹き飛ばしたものに違いない、と。

 

そしてその確信は的中する。

 

影は地上を見下ろすように顔を向けた。

身構える小隊だが、視線の先は彼女達ではない。

 

首をもたげて息を大きく吸い込むような動作。

そして吐き出されたのは無色透明の弾丸。

 

圧縮された巨大な空気塊は大気を、雨を裂き地上へと到達する。

その先にあったのは小隊が降下作戦で愛用しているヘリコプター。

 

「あ」と誰かが溢した直後、巨岩すら砕く圧縮空気がそれを打ち壊した。

 

轟音と同時にプロペラがひしゃげ、フロントは割れ、機体は大きく歪んで横倒しになる。

引火こそしていないが、もう使い物にならないなのは誰の目にも明らかだ。

 

 

「……」

 

 

小隊はスクラップと化した機体を眺めて呆然とするしかなかった。

例えるなら、突然の事故や災害に遭って感情が追い付かないような感覚。

 

一方の元凶たる影は彼女達には一瞥もくれず、軽く旋回するとD.U.中心地の方向へ飛び去っていった。

 

 

「……」

 

「……街が、危ないかもしれません」

 

 

いつまでも放心しているわけにもいかない、と立ち上がりながらミヤコが懸念を述べる。

 

あの生物が何故公園を攻撃したのかは分からない。

だが仮に街で暴れたのならば、その危険性は先ほどの巨大昆虫の比ではないだろう。

 

 

「ヴァルキューレと連邦生徒会へ通報しましょう」

 

「それから怪我の手当と……準備を整えてあの未確認生物を追跡します」

 

「……通報は当然として、追跡したところで具体的にどうするんだ?」

 

「私たちの装備と戦術だと正直あんなのは専門外だぞ」

 

「私もサキと同意見。機材壊されたのはムカつくし危険なヤツなのも分かるけど、色々難しくない?」

 

 

ミヤコの提案にサキとモエは疑問を呈する。

SRTの仮想敵は企業の警護、傭兵やテロリストだ。

相手がゴリアテや戦車などを持ち出すことまでは想定していても、あくまで対人・機械であることが前提。

謎の巨大生物の対処法など教えられている訳がない。

 

先の戦いで相手取った恐怖のミメシス「色彩のシロ&クロ」の時は、一騎当千のゲヘナ風気委員長たる空崎ヒナや、レールガンを持つアリス、見た目にそぐわない強力なロボット「アバンギャルド君」が共闘していた。

そうした大火力に欠ける上に、ヘリ(そもそも今のような荒天で運用は難しい)も壊された中でできることは限られている。

 

 

「……はい。それは分かっています」

 

「ですが、私たちには市井の人々を守る責務があります。未確認生物そのものをどうにかできなくても、避難誘導や救助活動は可能です」

 

「ミヤコちゃん……」

 

 

ミヤコの意志は固い。

SRTは実態故に思考が戦闘に寄りがちだが、その根本の理念は平和と秩序を守ることにある。

彼女達は何も敵を打ち倒すだけの存在ではないのだ。

 

 

「……ああ、それはミヤコの言う通りだな」

 

「ま、そうなるよね〜」

 

 

そう言われれば敵わないと、サキとモエは顔を見合わせて苦笑した。

二人とももとより及び腰だった訳ではない。

できることがあるのならばやりたいという気持ちは同じだ。

 

そうと決まればと、RABBIT小隊は早速動き始める。

若干蚊帳の外だったミユは準備に向かう3人を追いかけつつ、空を見上げた。

 

 

「(なんだか、雨風が弱まったような……?)」

 

 

相変わらず分厚い雲に覆われた雨天ではあるが、彼女は多少それが収まったように感じていた。

まるであの生物が嵐の中心であったかのような──。

 

 

「ミユ?」

 

「あ、だ、大丈夫」

 

 

立ち止まってぼんやりしてしまったミユだが、怪訝に思ったミヤコから声が掛かったことで意識を現実に戻した。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

おおよそ時を同じくして、先生は連邦生徒会本部のあるサンクトゥムタワーへと向かっていた。

 

シャーレからは30 kmほど離れているため移動は鉄道だ。満員ではないが、悪天候のせいか車内はいつもより人が多い。

席に座れなかった先生はドアの脇に背を預けながらシッテムの箱を操作する。

 

駅に着いた頃にはリンからの返信がきていたらしい。

曰く、「いきなり大音量で通知が鳴って心臓に悪かった」とのこと。どうやらアロナとプラナは結構な力技で気付かせようとしたようだ。

幸い相談の時間は作れるそうなので、感謝と軽い謝罪、到着予定時刻を送っておく。

 

彼は端末から目を離し窓の外を眺める。

 

 

『お前も、生徒共も、そこの傍観者気取りも。生命ある者ならば精々足掻くことだな』

 

 

赤衣の言葉を思い返す。

 

空を覆う分厚い雨雲はこれからのキヴォトスの行く末を暗示しているかのようだ。

そういえば、エデン条約のあの時も曇天だった。

 

ネガティブな考えをしがちなのは天気のせいだろうか。

先生は軽く息を吐くと、意識的に考えを切り替えた。

 

 

「(”RABBIT小隊のみんなは大丈夫だろうか”)」

 

 

先生が彼女達と出会って間も無い頃、一度大雨で酷い有様になったことがあった。

流石に今は色々と天候対策をしているだろうが、テント生活では限界もある。

 

一応代表してミヤコに連絡しておこうと、再び端末を取り出そうとする。

 

そうしてふと、窓の向こうの空に動くものが見えた。

 

 

「(”あれは……”)」

 

 

最初は鳥かとも思ったが、遠近を考えると大きすぎる。

徐々に此方に近づいてきているようで、それはより鮮明に見えるようになった。

 

一言で表すなら、ドラゴン。

そう認識すると同時に、「廃墟」の怪物の事が頭を過ぎる。

 

 

「(”まさか!?”)」

 

 

ドラゴン──鋼龍はよりによって先生の乗る号車の直上に到達すると、滑空して急降下した。

第三軌条方式により架線の無い線路は容易にその侵入を許してしまう。

 

激突するように屋根に着陸した衝撃で車体が大きく揺れ、緊急停止のブレーキが掛かる。

車内ではあちこちから悲鳴と驚愕の声が上がる。

 

先生は手すりに捕まり、姿勢を低くすることでどうにか耐えた。

だが当然全員が危険を回避できる訳ではなく、何人かがバランスを崩して転倒している。

 

 

「いたた、こ、腰が……」

 

「”大丈夫ですか!”」

 

 

先生の前に立っていた猫の中年男性は、床に腰を打ってしまったようだ。

 

すかさず助けに入る先生だが、そこで再度車体に衝撃が走る。

鋼龍は軽く飛び上がり、前両足を叩きつけるようにしてその自重を再び車両にぶつけていたのだ。

 

鋼鉄の巨体が二度も激突した車体は耐久を超え、屋根には大きな穴が穿たれた。

 

 

「──!!」

 

 

そして響く咆哮と、穴から吹き込む雨風。

これにより車内のパニックは決定的なものとなる。

 

 

「ひいいいい!!」

 

「おい、押すなよ!」

 

「ドアコック早く開けろ!」

 

 

腰を抜かしてその場で動けなくなった者。

非常用ドアコックを操作する者。

逃れるのに必死で別の号車に向かう者。

状況に耐えかねて泣き出す者。

想定外すぎる事態に乗務員も対応できていないのか、緊急アナウンスは流れてこない。

 

 

「”背中へどうぞ”」

 

「ああ、ありがとうございます……!」

 

 

混乱の中、先生は転倒した猫の男性を背負った。

流石に焦りが募っているが、相手を不安にしないよう努めて冷静に振る舞う。

 

 

「おい開いたぞ!」

 

「こっちもだ!」

 

 

そうしている間に車両のドアが開き、乗客達は我先にと外へ飛び出していく。

他の号車で同様に脱出した人々も合流したことで、高架橋の上はたちまち人の波ができた。

 

列車上の鋼龍は軽く首を回し、列車の前方あるいは後方へと逃げていく有象無象を眺める。

数匹ならいざ知らず、多数のそれらが発する叫声は酷く耳障りだ。

 

──なら掻き消してしまえばいい。

 

四つ足から上体を起こし、空気を大きく吸い込んで風のブレスを放つ。

それは列車の前方へ逃げた人々の先頭集団を容易に吹き飛ばすと同時に、着弾点には巨大な竜巻を形成する。

あらゆるものを飲み込む風の暴力を前に乗客達は次々と巻き上げられていくしかなかった。

 

鋼龍はまだ攻めを続ける。

次に標的としたのは列車後方へ走る者達だ。

 

バックジャンプで離陸するとくるりと反転。

そして空中で軽く体を起こし、助走を付けることによる滑空強襲。

その速度で逃げる人々に容易に追い付くと、鋼の体で引き潰しながら線路上へ着地した。

 

退路を塞がれたことで、無事だった人々は足を止めざるを得なくなる。

 

 

「も、もうこれしかない!」

 

 

頑丈さに自信があるのか、なりふり構わなくなったのか、一部は柵を乗り越え高架橋から飛び降り始めている。

 

 

「う、うわああああ!!!」

 

「バカやめろ!」

 

 

そうしなかった者の内、一人の生徒が突然サブマシンガンを鋼龍へ向けて乱射した。

近くにいた屈強なオートマタの男が止めにかかるが一歩遅い。

 

 

「お、俺も!」

 

「やっちゃえ!!」

 

 

それに触発されたのか、彼女に続いて数人が各々の銃火器を龍の背後へ撃ち込んでいく。

 

対する鋼龍は全く動じず。

彼らの銃弾は金属音と共に全て弾かれてしまっていた。

対人基準の銃弾など、鋼の甲殻の前には豆鉄砲以下でしかない。

 

しかし抵抗の意思だけは届いたのか、鋼龍は後方を流し見ると後ろ足を軸に体を回転させて向き直った。

 

 

「──!!」

 

 

愚かにも反撃した者達に威嚇を返す。

 

 

「ひっ!」

 

「あああ!!」

 

 

睨まれる形になった乗客の多くは恐怖で硬直するか、来た道を逃げ戻ることとなった。

 

 

「くそ、仕方ねえ!」

 

 

先ほど生徒を止めようとした男は腹を括ると、担いでいたロケットランチャーを構える。

対人で効果が無いなら、対戦車を試すまで。

 

サイトを覗いて狙いを付けたのは鋼龍の頭部。後方噴射など気にしている余裕はない。

 

 

「これでも喰らえ!」

 

 

そうして発射された弾は、狙い通り頭に直撃する。非常時かつ悪天候の中で命中させたのはベテラン傭兵の実力と運によるものか。

 

 

「──!?」

 

 

頭部に強い衝撃を受けた鋼龍は上体を仰け反らせて後退する。それはここ(キヴォトス)では初めて感じる痛みだった。だが、龍からすれば何度も味わってきた程度のものでもある。

 

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 

軽く頭を振っただけで体勢を戻した標的に、男は諦め混じりに呟くしかなかない。

加えて不運なことに、慣れない地でストレスフルな龍は極めて短気だった

 

 

「────────!!!!!!」

 

 

鋼龍は後ろ足で立ち上がると天に向かって絶叫する。

さらに同時に全身から吹き出した暴風が、龍を中心にまるで鎧のように渦巻く。

 

この場の風を支配下に置いているかのような異様さに、オートマタの高度な電脳が最大級の警鐘を鳴らす。

その機能があるならば冷や汗を流していたに違いない。

 

──龍がゆっくりと首をもたげて息を吸い込む。

 

勇敢な鉄人が最期に見たのは、動線上の線路とコンクリートを砕きながら真っ直ぐ迫る黒い風の塊だった。

男と周囲を粉砕してなお止まらない空気塊は列車まで到達。最後尾車両を巻き込んで破壊し、大きく跳ね上げて横転させた。

 

当然、その衝撃はより前方にも伝わっている。

 

 

「”っ!”」

 

「ひぃぃ……!」

 

 

猫の男性は恐怖で先生の背中に強くしがみ付く。

遅れながらも脱出した先生達は、前方にも後方にも逃げることができず立ち往生していた。

 

高架橋は控えめに言って地獄の様相だ。

豪雨と強風、龍の猛威に逃げ惑う人々。

 

力のない先生は人一人を助けるので精一杯で、それもこのままでは守り切れなくなるだろう。

 

 

「(”もうやむを得ない、けど……”)」

 

 

先生は「大人のカード」を切るか逡巡していた。

カードの基本的な効果は「強力な力を宿した生徒の似姿を時空間を超越して召喚する」というもの。

多数の乗客を庇う必要がある状況での指揮は困難を極めるだろうが、躊躇する段階はとっくに過ぎているはずだ。

 

だが一方で、背中の男性ごと死地に飛び込むのは危険過ぎる。

ここに安全な場所など無く、混乱する乗客達に預けようにも聞き入れて貰えるとは思えない。

そして何よりも、自分が助ける選択をしたにも関わらず他人に押し付けるのは責任を放棄するようなものではないのか。

 

普段の先生を知る者からすれば、らしくない葛藤に思えるだろう。生物として抗えない恐怖と焦燥は冷静な判断を鈍らせてしまっている。

 

 

『先生! 連邦生徒会から事態の把握とヴァルキューレ出動の発表が出ています!』

 

『編入した元SRT生を中心に大部隊を編成した模様。到着まで5分弱と予想されます』

 

 

沼に嵌りかけた先生だったが、懐からアロナとプラナの声がしたことでハッとした。

彼女達によればもう少しで救援が来るらしい。

 

 

「”……二人とも情報ありがとう”」

 

『大変な事態だというのにお役に立てず、すいません……』

 

『プラナちゃん……』

 

「”いや、いいんだ。無力感を感じているのは私も同じだからね”」

 

 

この状況に歯噛みしているのは彼女達も同じだ。先生は何もできないと気落ちするプラナを気遣う。だが同時にその言葉は彼自身に対する慰めでもあった。

 

 

「あの、どうされました?」

 

「”あ、いやお気になさらず……”」

 

 

背負った男性から訝しげな声が掛かる。

アロナとプラナの声が先生にしか聞こえていない関係上、側から見れば虚空に向かって会話をした異常者だ。気が触れたと思われたかもしれないが、先生は雑に誤魔化した。

 

そんなことよりも重要なのは、救援までまだ5分弱()掛かるという事実だ。

先生の体感では龍が列車を襲ってからこの惨状が作られるまでに5分と経っていない。

下手をすれば救援が到着する前に壊滅してもおかしくないだろう。

 

先生の悪い想定を他所に状況は刻一刻と動いていく。

 

目の前の虫を一掃した鋼龍が次に目を付けたのは、列車の方に逃げ戻った者達だ。

前方の竜巻は未だ壁となって立ち塞がっており、龍は後方に回ったことで図らず挟み撃ちの形になっている。

その結果として、無事な乗客達はその間に集まっていた。

 

鋼龍は獲物を追い詰めるように前方へ向かってゆっくりと歩み始めた。

外敵をじっくり痛ぶるような意図ではなく、先ほど受けた攻撃(対戦車弾)を警戒してのことだ。

怒りの中にあっても罠を避ける程度の冷静さは保たれている。

 

迫る龍に対し人々が取る選択は様々だった。

前方へ逃げるか、柵を乗り越え飛び降りるか、車体の下や陰に隠れるか。

 

そして中には、龍に銃口を向け立ち向かう者達もいた。

しかし、そんな必死の抵抗は虚しくも風の鎧に防がれ甲殻にすら届かない。

 

真正面から多数の銃弾を浴びてなお無傷の龍だったが、不意に立ち止まる。

続けて行うのは、首を持ち上げて息を吸い込む動作。

 

たったそれだけで、絶望的な雰囲気が場を支配する。

鋼龍は風の暴力で直線上の全てを吹き飛ばすつもりだ。

 

 

「(”このままじゃ……!”)」

 

 

先生の焦りは最高潮に達していた。

シッテムの箱による防御の範囲は先生を中心に精々周辺1メートルにも届かない。

障壁が全力で展開されれば背中の男性までは守れるだろうが、他の乗客は見殺しになる。

 

奥歯を噛み締めた先生は、ただ()()()()()()()()()()()

 

そして、いざ風が吐き出される直前。

 

──先生の胸の内ポケットに忍ばせている「大人のカード」が突如熱を持って輝き出し、その光が周囲を一瞬で飲み込んでいった。

 

 

「!?」

 

 

鋼龍を含めたその場の誰もが謎の発光に戸惑う。視界に何も映らなくなるほどの光量にも関わらず不思議と眩しさは感じられない。

 

 

「”何、が……?”」

 

 

「今度はなんですか!?」と男性が背中で喚いているが、状況に理解が追い付かない先生の耳には遠く聞こえた。

 

原因が自分の持つ「大人のカード」であることは何となく分かるものの、これまでに今のような発光が起きたことなど無い。

そもそもこのカードは明確で強固な意思があって初めて使用が可能になる。先ほどのような刹那の思いだけで暴発する代物ではないはずだ。

 

 

『せ、先生! 今の高エネルギー反応は!?』

 

『状況確認中…………っ!』

 

『先生、正面です……!』

 

 

事態は当然シッテムの箱にも伝わっていた。

いつも平坦なプラナの声には珍しく分かりやすい動揺の色が見える。

 

 

「”正面────”」

 

 

言われるがままに前を向くと同時に、光が薄れていく。

 

 

「”────は?”」

 

 

そして、ソレを見た先生は唖然とするしかなかった。

他の乗客達も同様にその一点を見つめている。

 

一車両分程度の距離が空いた鋼龍と人々の間。ちょうどその空間に存在している巨大な異物。

 

簡潔に表現するなら刺々しい塊──いや、明らかに生物だった。

植物のような緑色の鱗と重厚な甲殻は如何にも頑丈そうで、その上に生え揃った鮮やかな紅色の棘が怪しい魅力を放っている。

太い後ろ足と前足が翼になっているシルエットは鋼龍とは大きく異なるものの、爬虫類やドラゴンを連想させる点では共通だ。

 

先生の視界からは全形がいまいち把握できなかったが、それは体を丸めて横たわっているため。

微かに上下する体はその生物が眠っているらしいことも示唆している。

 

巨大生物がもう一体。それも寝ているという理解不能な状況。

 

 

「(”カードが……?”)」

 

 

先生は胸の内ポケットに視線を落とす。

あの生物は発光の後に出現した。つまり、「大人のカード」が呼び出したということなのだろうか。

 

 

「────!」

 

 

鋼龍は出現した存在を視界に入れるや否や反射的に跳んで後退する。

謎の発光に加えて、突如目と鼻の先に物体が現れたことへの驚きがそうさせていた。

 

そうして次に取ったのは最大限の警戒。

姿勢を低く保ち、いつでも仕掛けられるよう目前の存在を見据える。

 

この生物には見覚えがあった。

元いた地において単純なパワーヒエラルキーの上澄みに位置する鋼龍であっても全く油断ならない好敵手。

 

普段であれば余計な交戦は避ける相手だが、今の怒れる龍にとってその出現は刺激にしかならない。

よって、排除の判断は早かった。

龍は再びブレスの予備動作を取ると、躊躇なく目前の障害に射出する。

 

ゴオッと大気を裂く音の直後に衝撃。

巻き上がる瓦礫と雨水。

大胆にも眠る標的がそれを避ける訳もなく、風の砲弾は直撃した。

列車を破壊するほどの一撃を受けた生物は、しかし原型を保ったまま前に大きく転がる。

 

その近くで呆然としていた数人は緑の巨体に巻き込まれ、風の余波はそれより数十メートル離れた場所まで到達した。

先生や周囲の人々は吹き付ける風と水に思わず目を閉じるか、顔を逸らす。

 

再び正面を向いた彼らが見たのは、棘だらけの巨影がゆっくりと起き上がる姿だった。

 

太く力強い足でコンクリートの地面を踏み締め、棘付き棍棒のような尻尾と巨大な翼を引き摺るように持ち上げる。

鼻先に一際大きな角を持つその頭は、自身を叩き起こした鋼龍の方へと向けられた。

 

そして、激昂。

興奮によって膨張した血管が、体の節々を鮮やかに赤く染める。

 

 

「────────!!!! 」

 

 

上体を起こし、翼を大きく広げて放たれた咆哮は風圧のような衝撃波を伴って雨と塵を吹き飛ばした。

 

──棘竜エスピナス、覚醒。

 

 

 

 

───────────

 

 

 

 

怪物と怪物が今まさに衝突しようとしている場を見下ろすビルの屋上。

そこに一つの人影があった。

 

それは傘も刺さずに佇むコート姿の異形。

体は人型の男性だが首から上が無く、黒い靄がかかるのみ。両手には額に入った絵画を掲げている。

 

 

「学園と青春の物語は再び崩壊した」

 

「今回のソレはある意味で『色彩』を凌駕する脅威だ」

 

「──あの者が持つ『大人のカード』。我々では届かない奇跡の力すら強制的に塗り替えるとはな」

 

「そういうこった!」

 

 

叫ぶ顔のような恐怖を感じさせる絵画、フランシスが威圧的に語ると、その体たるデカルコマニーは力強く肯定した。

彼らはキヴォトスとこの地で起こる出来事を物語と認識・解釈し探求するゲマトリアの一員だ。

二人で一人──フランシスの前任であるゴルコンダに言わせれば、互いに「虚像」と「非実在」を象徴する相棒であり記号。

 

 

「『色彩』よりももっと根源から異なる世界の存在証明。そして本来関わることがあり得ない物語同士の交わり」

 

「悠長なことはしていられない。旧友(地下生活者)の解放は当初の予定より早めるとしよう」

 

「そういうこ「こんなところで独り言か。全くつまらんな」」

 

 

デカルコマニーの再度の肯定はこの場に現れた第三者の横槍により遮られた。

彼らが振り返ると、そこに佇んでいたのは赤い外套の男──赤衣。

 

 

「お前が『赤衣』か────ふむ、なるほど」

 

「……この荒唐無稽な物語(クロスオーバー)を成立させるための道具、舞台装置ごときが何の用だ」

 

 

フランシスは赤衣の姿を少し眺めると、何か得心したらしい。

そうして彼が「赤衣」という「記号」を解釈した結果は「道具」や「舞台装置」。

とても人間に対する評価ではないが、赤衣はむしろ口元の笑みを深くして答えた。

 

 

「ふははは!」

 

「お前が私をどう見るかに興味はない。『私』は『私』だ」

 

「…………」

 

 

わざとらしい嘲笑と共に解釈を一蹴されたフランシスは沈黙する。

特に怒りを覚えた訳ではなく、問答するには面倒な手合いと認識したためだ。

 

 

「おっと、失敬。ただの挨拶回りのつもりだったが──気が変わった」

 

「そうだな、まずは旧友(地下生活者)とやらの解放を手伝ってやろう」

 

「……どういうつもりだ?」

 

 

フランシスは素直に聞き返した。赤衣の意図が全く読めない。

 

 

「ふは、単純なことよ」

 

「お前はシャーレの先生を相手に物語を継続させたいそうだな?」

 

「その手助けをしてやると言っているのだ。かく言う私も、かの者には期待していてね」

 

「………………良いだろう」

 

 

物語は続くべきである(The show must go on)──。

色彩の襲来とその収束を経て、フランシスが掲げた宣言の一つ。それを見透かした言葉に、彼は渋々といった様子で提案を受け入れることにした。




大人のカードは死にました。
先生の「何か」を削らない代わりに、呼び出されたモンスターは制御できず消えないという特大リスクがあります。
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