モンスター・アーカイブ   作:Synuchus

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自分が何を書いてるんだか分からなくなってきています。


第六話

暴風雨の中、睨み合う棘竜と鋼龍。

舞台の中心は怪物二頭。そこに割って入れる者はこの場に存在しない。先生を含む人々はその行く末をただ眺めるしかなかった。

 

緊張を破り、先に仕掛けたのは棘竜だ。

 

放たれたのは棘だらけの体を活かした全力の突進。脅威的な瞬発力により一瞬でトップスピードに達した竜の体は小さな標的なら簡単に押し潰してしまうだろう。

 

対する鋼龍は後ろに跳び、空中に逃げることでそれをギリギリ避けた。高架橋の上は龍にとって狭く逃げ場が少ない。飛び立つのは当然の選択だ。

 

突進を外した棘竜は鋭い足と翼の爪により急ブレーキを掛け、その勢いのまま体の向きを半回転させた。さらに飛翔して逃れた標的を視界に捉えると首を回し、大きな火球を放つ。

その発射速度は早く、鋼龍が空中で姿勢を整えるよりも前に直撃した。

 

衝撃と鋼の体表を焦がすほどの熱量を感じた龍は、しかし墜落はしない。元より耐えられる範疇ではあるが、最大まで解放した風の鎧が火球の威力を減衰させていた。

 

一方の棘竜は攻撃の手を緩めない。初撃が効かないと見るや、すぐに続けて二発目の火球を放った。

だが鋼龍は既に姿勢を制御しており、それはひらりと避けられてしまう。

 

鋼龍はそのまま空中から反撃に出た。息を軽く吸い込み左右の地面に吐き出したのは二つの風の塊。

それらは着弾するとそれぞれ小規模な竜巻となって動き、斜めから挟むように竜を襲った。

 

目眩し程度の威力に過ぎないが、棘竜は不可解な軌道を取る竜巻に気を取られ視線を動かす。

 

──これが鋼龍の狙いだった。

 

その隙に繰り出されたのは、滑空強襲による蹴り。

迎え撃つ、あるいは避ける選択肢を潰された棘竜は激突を受ける他なく、その巨体は悲鳴を上げながら大きく転がった。

 

棘竜の興奮は圧倒的な運動性能と引き換えに血管の膨張で甲殻の守りを弱める。

しかし、この程度で退けられるならば鋼龍の好敵手足り得ない。

 

興奮は痛みも塗りつぶす。

棘竜は蹴飛ばされた勢いを利用して強引に体勢を立て直し、そのまま突進へと繋げた。

 

鋼龍は慌ててブレスの構えを取るが迎撃は間に合わず、辛うじて両前足で棘竜の頭を上から押さえつける。

だが、その勢いを止めることはできない。

じわじわと押し込まれた竜の頭角は上体は起こしたことでガラ空きになった腹部に突き刺さった。

龍はその痛みに呻き、思わず力を抜いてしまう。

 

棘竜はその隙を逃さない。

そのまま鋼龍の体を持ち上げると、一気に背後へ掬い投げた。

 

力なく宙を舞った巨体は重力に従うまま地面へと叩きつけられる。

とりわけ重量のある鋼龍にとって自重によるダメージは深刻だ。腹に傷を受けたことも重なり、満足に受け身を取ることもできない。

 

よろりと立ち上がった鋼龍の体は、物理的な影響以上の不調を訴えた。

末端の痺れと、代謝の異常が生じ、繊細な風の制御が乱れる。

 

鋼龍を蝕むモノの正体は、腹の傷から血中に入り込んだ強力な毒だ。

棘竜の全身の棘や火球ブレスに込められているそれは、相手の体の自由を奪い命を削る。

 

毒を持って、風を制す──形勢は棘竜に傾いたと言っていいだろう。

 

そうして、動きの鈍った宿敵に棘竜が追撃を浴びせようと動き出した時。

複数の断続的な低音が遠くから近づいて来た。

 

聞き慣れない音に、棘竜は足を止めて振り返る。

 

視線を外した相手に対し、鋼龍はこれを好機と見た。

すぐさまその場から離陸。

それは反撃の布石ではなく──撤退だ。

 

毒により半ば強制的に力を抑えられたことで、鋼龍の興奮は収まりつつある。つまり、これ以上の戦闘は不利との判断を下すことができていた。

相手がその動きに気付き再び視線を戻した頃には、既に手が届かない位置まで上昇している。

 

棘竜は睨み付けるだけでそれを追跡しなかった。

この種は空中戦は不得手であり、元より好戦的ではない。敵が去るなら追う理由もなかった。

 

 

『先生、ヴァルキューレの部隊が到着しましたよ!』

 

「”あ、ああ……”」

 

 

アロナの声が呆けていた先生の思考を引き戻した。接近する重低音の正体は救助隊だったらしい。

空を見回してみれば、列車前方側の空に四機のヘリコプターの姿がある。

 

 

「きゅ、救助だ!」

 

「助かった!」

 

 

それに気付いた乗客達はこの場にまだ怪物がいることも忘れ、ただ安心と歓喜の声を上げるのだった。

 

 

 

  

───────────

 

 

 

 

ヘリは先着隊だったようで、その後も続々と救助部隊が到着した。 

 

鋼龍がD.U.郊外に飛び去って消息を絶つと、程なくして天候は回復。当初の予報通り晴れ間が広がり始めている。

 

高架橋は怪物二頭が暴れた影響で見るも無惨な状態だった。鉄道の復旧には時間が掛かることだろうが、このような物損は日常茶飯事。さほど大きな問題ではない。

 

それより悲惨なのは人的被害だ。

先生の背負っていた男性を含め、重軽傷問わず多数の怪我人が医療機関へと搬送されていった。そして正確なところはまだ不明だが、現時点で確認された死者はなんと15人。

 

銃撃戦や爆発程度ではまず死人が出ないキヴォトスにおいて、これは()()()()()()なことだった。

 

 

「”………”」

 

 

先生はバラバラに砕け散ったオートマタの前で手を合わせ、黙祷する。

 

ここに赴任してから彼が背負った死は、プレナパテス(並行世界の自分自身)ただ一人。

救世主でも絶対者でもない凡人の先生では、他人の死まで背負うことはできない。他人の悲しみや苦しみに寄り添うことはできても、死者には寄り添えない。

 

故に。できるのはただ悼むことだけ。

せめてこの瞬間だけでも、目の前の死者が生きていたことに思いを馳せる。彼は救助活動を手伝う傍ら、そうして手が届かなかった者達に向き合っていた。

 

 

「え、もしかして……先生?」

 

「”……やあ、ミヤコ”」

 

 

背後から掛けられた聞き覚えがある声に振り返ると、そこにいたのはミヤコだった。

 

 

「”──ってことでね。私もこの列車に乗ってたんだ”」

 

 

先生はここまでの経緯をミヤコに語った。

彼はそもそも「廃墟」の怪物の情報共有をするために連邦生徒会に向かっていた。遅かれ早かれRABBIT小隊にも協力を仰ぐつもりだったので特に隠す必要はない。

 

 

「そうだったのですね……」

 

「考えるべきことが多いですが……まずは、本当にご無事で何よりです」

 

「”……うん。それで、ミヤコこそどうしてここに?”」

 

「……はい。私達の方も色々とありまして──」

 

 

ミヤコの方も先生に話しておくべきことがある。

巨大な虫の出現から、天候の急変と未確認生物の襲撃。連邦生徒会とヴァルキューレに掛け合い、急遽部隊を立ち上げたこと。自分達はヘリが破壊されてしまったので先着隊には間に合わなかったことなどを事細かに報告していく。

 

 

「おーい、ミヤコ! ……って先生!?」

 

「え、先生じゃん!」

 

「………こ、こここ、こんにちは」

 

「”お疲れ様、サキ、モエ……”」

 

「”……ミユ、どうかしたの?”」

 

 

丁度話に区切りが付いたところでサキとモエ、ミユの三人も合流してきた。

しかしミユの調子がおかしい。どうも普段以上によそよそしく、落ち着かない様子である。

 

 

「あ、あの……あ、あれ、大丈夫、なんですか?」

 

 

そう言って彼女が目を向けたのは横転した列車の手前、コーンで簡易的に立ち入り制限された先。

大きな体を丸めて動かない──棘竜。

 

邪毒の竜はなんと現れた時と同様にその場で眠ってしまったのだ。救助隊や乗客達を完全に無視して微睡む姿に鋼龍と激闘を繰り広げた時のような凶暴性は感じられない。

 

 

『巨大生物の状態を観測。脈拍、呼吸のパターンから推測するに、眠りは深いと思われます』

 

「”……私も詳しくは分からないけど、少なくとも今は大丈夫みたいだね”」

 

 

プラナの分析も受けて、先生はひとまずミユの不安を和らげるように答えた。

 

とはいえ、あの生物が潜在的に危険な事実は変わらない。

まして棘竜の性質を知らないこの世界の人々からすれば、いつ起爆するか分からない爆弾のようなもの。

 

 

「せ、先生がそう、言うなら……」

 

「”…………”」

 

 

ミユの信頼が見える言葉に、先生は少しだけ後ろめたさを覚えた。

 

意図せずとはいえ、あの存在を呼び出したのは自分の「大人のカード」。カードが怪物を呼び出した根本的な原因は分からないが、()()()()()()()()は今なら何となく分かる。あの時咄嗟に願った奇跡は、きっと「自分が生き残る」ことだった。

 

それは自分が「先生」である以前にただの「生物」に過ぎないことを自覚させられたようで──。

軽い目眩のような感覚に、先生は眉間を押さえる。

 

 

「……先生、お疲れのようですね」

 

「まあ無理もないよな。私達みたいな訓練はしてない一般人だし」

 

「”あはは……、情けない大人でごめんよ”」

 

「あ、いや、別に嫌味じゃないからな!」

 

 

ミヤコとサキはそんな彼の姿を疲れから来るものだと思ったらしい。

先生もひとまずその会話に乗っておく。「大人のカード」含め、整理できていない心の内をここで生徒に打ち明けるのは憚られた。

 

 

「てか、なんで先生はここにいるのさ?」

 

「”……ああ、そうだった”」

 

 

モエの疑問に、先生はまだ三人に事情を伝えていないことを思い出した。「”ミヤコにとっては同じ話になってしまうけど”」、と前置きしつつ「廃墟」の怪物に関する一連の出来事を彼女達に説明する。

 

 

「……」

 

 

三人は最初こそ各々にリアクションを取っていたが、話が進むにつれ真剣な表情に切り替わっていった。

 

 

「”──そういうわけで、RABBIT小隊のみんなにも力を借りたいんだ”」

 

「”もちろん大きな危険が伴うから、選択は自由だよ”」

 

「……私はもちろん協力するぞ。これで動かないならSRTの存在意義が問われるしな」

 

 

先生の協力依頼に対して、最初に意思表明したのはサキだった。襟元を正すように鉄帽の位置を調節し、僅かに笑みを浮かべて先生の方を見返す。

 

 

「私も構わないよ。いつもの任務より火力を振るえそうだし……くひひ」

 

「わ、私もやれます。怖くないかと言えば、嘘になりますけど……」

 

 

それに続き、モエとミユも同様に協力の姿勢を示した。二人は良くも悪くもいつも通りである。

 

 

「決まりですね。もちろん私も併せて、RABBIT小隊は全面的に助力します」

 

 

全員の意思を確認したミヤコは迷いなく自分も含めて承諾する。信念、恩義、信頼──自分の「正義」に沿うならば断る理由はどこにも無い。

 

 

「”四人とも、ありがとう”」

 

「以前先生の指示ならなんでも従う、と言いましたからね。当然のことです」

 

「”え、うん……”」

 

 

誇らしげな様子でどうも冗談には聞こえないミヤコの言葉に、先生はやや反応に困った。

 

 

「……で、先生は連邦生徒会に行く道中だったんだろ。ここは私達に任せて早く向かった方がいいんじゃないか?」

 

「”……そうするよ。リンちゃ……会長代行も待たせちゃってるしね”」

 

 

リーダーに若干呆れの目線を向けたサキに促され、先生はこの場を彼女達含む救助隊に任せることにする。実際のところリンは事件の緊急対応に追われて忙しいだろうが、待ち合わせの時間を過ぎているのもまた事実だ。

 

ただ一つの懸念は、この場で眠る竜。

先生はそこへ視線を向けると、「どうか起きて暴れ出さないように」とただ祈るのだった。

 

 

 

  

───────────

 

 

 

 

「……なるほど、今日の騒ぎにも色々と合点が行きました」

 

「以前なら理解が追いつかなかったでしょうが……。『色彩』の件もあってか、私も大分順応したようです……」

 

 

落ち着いた、それでいて若干の疲れを感じさせる女性の声が室内に響く。

やたらと広い会議室で先生と座って向かい合うその主こそ、連邦生徒会長代行の七神リンだった。

 

先生から事のあらましを聞き終えた彼女は濃藍色の長髪を背に流し、縁無しメガネを外して眉間を揉む。

 

 

「”夜も遅いし、問題ばかりだし、なんだか申し訳ないね”」

 

「いえ、別に先生のせいではありません……。立場上仕方のないことです」

 

 

外はとっくの昔に暗くなっている。

連邦生徒会長の失踪に始まり、大企業カイザーの侵攻や「色彩」の襲来、元防衛室長のクーデターなど相次ぐ大事件によって、連邦生徒会は大きく揺らいだ。その上で今回の件となれば、ただでさえ余裕の無い運営が混乱するのは必然。現在のトップであるリンが日を跨ぐ前に解放されたのはある意味奇跡と言っていい。

 

 

「……元SRTのRABBIT小隊、でしたか。彼女達がヴァルキューレとの連携に率先して協力してくださったのは本当に助かりました」

 

「何せ、連邦生徒会では対策本部の立ち上げにすら時間がかかっていたものですから……。改めてお礼を伝えたいところです」

 

「”ミヤコ達が……”」

 

 

聞いていた以上の小隊の活躍に先生は感慨深いものを感じた。先のクーデターに連なる出来事を経てまた一段と成長したらしい。

 

 

「本題に戻りますが、学園を越えた対策組織を発足するという方針については賛成です」

 

「今回はオペレーターを中心に集めた『箱舟攻略戦』の時より、現場で動く人員に力を入れる必要がありそうですね」

 

 

リンが右手を顎に当てながら述べる。

先生によれば「廃墟」の怪物はミレニアム最強の生徒を含む二つの特殊部隊が彼の指揮下にあってなお下せない上に、虚妄のサンクトゥムタワーの守護者でもあった「ケセド」を単騎で退けているという。そんな存在に対抗するには強い戦力を多数集めなければならない。

 

 

「”……今日現れた二体のこともあるしね。できるだけたくさんの学園に声を掛けたい”」

 

「”まずはゲヘナとトリニティかな。ここに限らないけど、基本は私個人で話を通すのが手っ取り早いと思う”」

 

「では、そのように。一応連邦生徒会からも各校の生徒会組織へ通達しておきます」

 

「”もちろん私の名前を使ってもらって構わないよ”」

 

 

連邦生徒会の力が弱く信用も薄い現状、強大な学園の協力を得るには先生が出向くのが適している。特に三大校であるゲヘナとトリニティを始めとした主要学園には先生との親交が深い生徒も多く、良い返事が期待できるだろう。

 

 

「……それから、『赤衣』を名乗る男についてはどうされますか?」

 

「罪状どころか戸籍も何もありませんので、公的に指名手配などはできませんが……」

 

「”深入りすると何をしてくるかも分からないし、今のところは警戒に留めるしかない、かな”」

 

「……歯痒いですが、仕方ありませんか」

 

 

ゲマトリアと同様に赤衣の男を直接叩くのは現状難しい。そして既にことが起きてしまった以上、それで事態を終息させられる保証もなかった。あるいは、呼び出された怪物達の特性について聞き出すことも可能かもしれないが、正攻法で捕らえられるような存在とも思えない。

 

 

「ふう……」

 

 

区切りがついたところで、リンは一息付くと椅子に深く背中を預けた。

 

 

「”お疲れさま、リンちゃん”」

 

「誰がリンちゃんですか。……でもまあ、ありがたく受け取っておきます」

 

 

二人の間では半ばお約束になったやり取り。先生の軽い呼び名に言葉こそ否定的な態度を見せるが、リンの表情は少し和らいでいた。

 

 

「明日からはまた一段と忙しくなりそうです。お互い気を引き締めていきましょう」

 

「”うん、そうだね……”」

 

「……あの、何か?」

 

 

少し視線を落としてやや歯切れ悪く答える先生。その様子を怪訝に思ったリンは、つい問い掛けた。

 

 

「”ああ、ごめん。態度に出ちゃったか”」

 

「”でも、リンが気にすることじゃないよ”」

 

「……はあ、先生。それで私が納得するとお思いですか?」

 

 

先生は気まずそうな笑みを浮かべながら再びリンと目を合わせると、そう誤魔化す。だが当然ながらリンがその程度で引き下がることは無かった。

 

 

「”まあ、そうだよね……”」

 

「”生徒に話すのは、本当は避けるべき内容なんだろうけど。少し、聞いてくれるかい?”」

 

「ええ、もちろんです。その、お力になれるかはわかりませんが……」

 

「”ありがとう”」

 

 

観念した先生は自嘲的な雰囲気を感じさせつつ、ゆっくりとその心情を語り出す。

 

 

「”……今日はキヴォトスに来て初めて、多くの人が亡くなる現場に遭った”」

 

「”覚悟がなかった訳じゃない。並行世界の私やシロコに出会って、()()()()()()が起きる可能性は十分に知っていたさ”」

 

「”でも、目の前で人が理不尽に死んでしまうのは……やっぱり耐え難いものだね”」

 

 

先生はそこで言葉を区切って、懐から一枚のカードを取り出した。黙って話を聞いていたリンはそれに視線を向ける。

 

 

「クレジットカード……?」

 

「”うん、その認識も間違ってはいないよ”」

 

「”私はこれを『大人のカード』と呼んでいる”」

 

 

そうして先生がリンに説明したのは『大人のカード』が持つ理外の力と代償。シッテムの箱やクラフトチェンバーといったオーパーツを知るリンでも、それは驚くべき代物だった。しかし、思い返せばプレナパテスとの決戦時に先生が使っていた力もこれに該当するのかと、冷静に納得もする。

 

 

「”私が戦える訳ではないし、自分の信念や代償も相まって使う機会は少ないんだけどね”」

 

「簡単に振りかざせないのも納得の力ですね……」

 

 

問題解決に大人のカードを乱用すれば生徒達はいずれ先生を絶対視し、畏怖や依存をしてしまうだろう。方向性が違うとはいえ、それではかつて力で学園を支配したゲマトリア、ベアトリーチェと同じ末路を辿ることになる。

 

 

「しかし、先生の悩みとそのカードにどういった関係が?」

 

「”……さっき言えなかったことなんだけど”」

 

「”今日現れた二体目の怪物。あれはこのカードが……いや、私が呼び出したものなんだ”」

 

 

確信に迫るリンの疑問に答えた先生の姿は、普段とはまるで別人。罪を告白する罪人かのようだった。

 

 

「”たぶん、カードは私の『生きたい』という願いに反応した”」

 

「”……その時は必死で考えも纏まらなかったけど、今はとても怖くてたまらない”」

 

「”私そのものがキヴォトスに、ここに住む人々に、何より大事な生徒達に危害を加える存在になったんじゃないか、ってね”」

 

「……」

 

 

リンとて先生が完璧な存在でないことなど理解していたが、それでもここまで弱る姿を見るのは初めてだった。告白の中身よりもまずそこに衝撃を受けてしまい、咄嗟に言葉が出てこない。

 

 

「”……カードは破棄しようと思う。こんな危険物を持っておけない”」

 

「本当に……、いいのですか?」

 

 

リンの確認も当然のことだ。怪物達への最終手段に限らず、現状「大人のカード」ほど緊急時のジョーカーになり得るものはない。

 

だが、原始的な生存欲求は先生が「生物」である限り決して失くすことはできないもの。今後戦いの最中で先生がそれを感じる瞬間など無数に訪れるだろう。カードを持ち続けるということは、その度に死に直結しかねないくじ引きをさせられるということでもある。

 

 

「”そもそも、もう正常に使えないような予感もあるんだ……”」

 

「…………」

 

 

その言葉を最後に、二人の間に沈黙が訪れる。広い部屋の中に響くのはカチカチという秒針の音だけ。

 

 

「”……ごめん、やっぱり私の中で解決する話だったよね。でも、聞いてくれて少しスッキリしたよ”」

 

「”明日も早いだろうし、今日はもう解散しようか”」

 

 

余計な心労を与えてしまったと、先生はリンを気にかけて──いや、逃げるように立ち上がった。

 

 

「……まったく、取り繕うのが下手ですね」

 

「普段の人たらしな態度はどこにいったんですか?」

 

「”え……”」

 

 

だが、リンは彼を逃さない。彼女の少々辛辣な言葉によって先生の体はその場に縫い留められる。

 

 

「見慣れない様子に少々戸惑ったことは認めますが……。私の話はまだ終わっていませんよ」

 

「ほら、そこに座って下さい」

 

 

有無を言わせないリンの様子に先生は従わざるを得なかった。

 

 

「”あの……、リン……?”」

 

 

促されるまま再び腰を降ろして顔を合わせると、落ち着いた深い青の瞳が先生の方を真っ直ぐに見据えていた。先程までと同じ状況だというのに、彼はどこか緊張してしまう。

 

 

「……先生を根源で苛むのは誰かを救えなかったことでも、危険に晒したことでもなく──自分に対する疑念なのではありませんか?」

 

「”……っ”」

 

 

リンの推測は図星だった。

先生は動揺を隠せない。その様子を分かっていながら、彼女は言葉を続ける。

 

 

「神でも救世主でもなく、他人に寄り添う大人──等身大の人間であるという自覚がありながら、『大人のカード』という特別な力の暴走……」

 

「……先生はきっと、自分が引き起こした結果に責任が取れない可能性を考えてしまったのですよね」

 

「ひたむきに生徒を思う貴方のことですから、戦えない自分に変わって私達が尻拭いをするような状況もさぞ心苦しいことでしょう」

 

「”……………”」

 

「”……君の、言う通りだ”」

 

 

先生は俯いたまま呻くように呟いた。彼から弁明できることは何もないし、する気もない。

 

先生は子どもの苦しみを見ていられないだけでなく、それを自ら肩代わりすることに喜びすら覚える異常者だ。そんな人物が不可抗力的とはいえ、「生きたい」という願いの代償に生徒に命の危険すらある責任を負わせようとしている。自己矛盾により自信を失うのは無理もないことだった。

 

 

「……………」

 

 

すっかり小さくなった大人の姿を見て、しかしリンの表情に侮蔑や憐れみの色は無かった。彼女は少し逡巡しつつも、再び言葉を紡ぐ。

 

 

「先生。一応聞いておきますが、別に逃げる気はないのですよね?」

 

「”……それは当たり前だよ。たとえ生徒に顔向けできなくても、このまま投げ出すなんて無責任なことはしない”」

 

「……なら、ならそれでいいのではないですか」

 

「”え?”」

 

 

少し呆れ気味なリンの言葉に、先生は思わず惚けた返事をしてしまう。

 

 

「責任の取り方の話ですよ」

 

「先生は苦悩を抱えながら、それでも進もうとしていらっしゃいます。……私には、既にご自身で答えを出しているように見えるのですが」

 

「”……これで、本当にいいんだろうか”」

 

「それは誰にも分かりません。……ですが、少なくとも私は先生を信じていますし、貴方の周りの生徒もきっとそうです」

 

 

先生は自分の抱える問題から目を背けてはいない。「責任を取る」ための力など、その姿勢だけで十分。後はその心延えを持って、現実問題に対処すればいい。目の前のリンはもちろん、協力してくれる人は大勢いる。

 

──行動がブレていないなら、後は気の持ちようだけだ。

 

顔を上げた先生はリンをしっかりと見返す。

 

 

「”…………そうだね”」

 

「”リンが、みんなが信じてくれる自分を──まだ信じてみようと思う”」

 

「”ありがとう”」

 

 

礼を述べるその表情には、いつもの人当たりの良い笑みが浮かんでいる。

心が完全に晴れたわけではない。それでも、生徒の信頼を裏切らないのが先生だった。

 

 

「ふう、大丈夫そうですね」

 

「”世話の焼ける先生でごめんよ”」

 

「全くです」

 

 

二人が微笑を返し合ったところで、ピロンと携帯端末の通知音が鳴る。互いに端末を取り出すが、連絡が来ていたのは先生の方だったらしい。

 

その内容を見た先生は目を見開く。

 

 

「”………!”」

 

「どうされました?」

 

「”……慌ただしくてごめん。今からミレニアムに向かわなくちゃいけなくなった”」

 

「ミレニアム……まさか、怪物に何か動きでも?」

 

 

「ミレニアム」と聞いたリンはまさに今日の報告にあった「廃墟」の怪物を想像して身構えたが、先生は首を振る。

 

 

「”いや、そうじゃないんだけど──できたらしいんだ”」

 

「”特効薬が”」

 

 

 

  

───────────

 

 

 

 

D.U.からミレニアム自治区まではかなりの距離がある。深夜営業のタクシーを使った先生が総合病院に到着したのは、ほぼ早朝と言っていい時間だった。

 

 

「先生、お疲れさま」

 

「”こんばんは、エイミ。いや、もうおはようかな?”」

 

「まあどっちでも良いんじゃないかな。それより、こっちだよ」

 

 

エイミがエントランスで先生を出迎え、挨拶もそこそこに中へ案内する。静かで薄暗い院内を進み、行き着いた先は──モモイのいる病室。

 

 

「先生を連れてきたよ」

 

『どうぞ』

 

 

先導するエイミが扉をノックすると中から落ち着いた男性の声が聞こえる。返事をしたのは生徒ではなく担当医らしい。それに従って扉を開くと、蛍光灯の灯りが廊下を照らした。

 

エイミに続き、先生も眩しさに目を細めつつ入室する。部屋の中にはオートマタの担当医、サヤ、ヒマリの三人の姿があった。

 

 

「ああ、シャーレの先生。先日ぶりですね。どうもお疲れ様です」

 

「”お世話になっております。そちらこそお疲れ様です”」

 

「先生、こんな時間に申し訳ないのだ」

 

「”サヤこそ、夜更けまでお疲れさま”」

 

 

まず担当医とサヤが先生に声を掛けてきた。職業柄どちらとも慣れているのか、この時間でも特に眠そうな様子は無い。

一方のヒマリは壁際に車椅子を寄せて寝入っていた。その姿を見たエイミはスタスタとそちらに向かっていく。

 

 

「部長、起きて。先生が来たよ」

 

「むにゃ……はっ!」

 

 

案の定、エイミはヒマリを揺さぶって起こした。状況を把握したヒマリは、少し赤面しながら先生の元へ近付いてくる。

 

 

「”お疲れさま、ヒマリ”」

 

「こほん……ええと、先生こそ。……まずは深夜に御足労いただきありがとうございます」

 

「”いや、良いんだ。生徒の頼みだし、何よりモモイが心配だからね”」

 

「……ありがとうございます」

 

「それでは気を取り直して、私の方から現状をご説明します」

 

 

時々サヤが補足を入れつつヒマリが語るところによれば、完成した特効薬は既にモモイに投与したとのことだった。ちょうど先生が連絡を受け取り、ミレニアムに向かっている間だったらしい。これはモモイの容態が一刻を争うものであり、時間を気にしていられないという事情による。

 

 

「──それに併せて先生をお呼びした理由ですが……」

 

「念には念を入れて、先生に患者を確認して欲しいのだ」

 

「ぼく様の薬は完璧、といたいところだけど。急いで作ったし未知の毒だしで、万が一ということもあるのだ……」

 

「”でも、私がどうやって?”」

 

「……先生の持つオーパーツ──シッテムの箱であれば可能ではないかと」

 

 

天才たるサヤでも特効薬の効果を保証できない。しかし強力無比な観測機器でもあるシッテムの箱であれば、実際に作用しているか把握できる可能性がある。

 

 

「”……なるほど”」

 

『それくらいならお安い御用です!』

 

『お任せください』

 

「”やってみるよ”」

 

 

聞くまでもなく、アロナとプラナの肯定が先生の耳に届く。それを受けて了承した先生はカーテンを開け、モモイが伏せるベッドの横に立った。

 

 

「(”モモイ……”)」

 

「”これで良いのかな……?”」

 

『バッチリです!』

 

 

呼吸器が取り付けられ、静かに目を閉じるモモイの顔からは何も伺えない。先生はシッテムの箱を取り出し、彼女の胴部へ近付けた。

 

 

『モモイさんの体内を解析……』

 

『「壊毒」による神経障害や臓器不全の影響は──軽減されているようです』

 

『プラナちゃんの言う通りです。このまま安静にしていればきっと意識も回復するはずです!』

 

 

数秒と経たずに解析を終えた二人が伝えたのは吉報。先生は自然と強張っていた肩を撫で下ろし、小さく「よかった」と溢した。

 

 

「シャーレの先生、どうでしょうか……?」

 

 

少し後ろで様子を見ていた担当医が尋ねた。彼もまた、医者として何もできないと歯痒い思いをしていた一人だ。三人の生徒達も同様に、心配そうな視線を先生へ向けている。

 

 

「”……特効薬は、ちゃんと効いてるみたいです”」

 

「……!」

 

 

振り返った先生が報告した結果に他の全員がほっと息を吐いた。時間帯や場所も相まって、大袈裟な喜びよりも乗り越えた安堵感の方が勝つ。

 

危機が去ったとはいえ、まだモモイが目を覚ました訳ではない。先生達は後のことを一旦担当医に任せ、事情を知る他のミレニアム生達へ報告に向かうことにした。

 

彼らがエントランスを出たところで、周囲が明るくなり始める。

──夜明けの時間だ。

 

 

  

 

───────────

 

 

 

 

自然の摂理を覆し、常に桜の花が咲き誇る地──百鬼夜行連合学園。

紛争により数多の血が流れたのも今は昔。現在は古くから伝わる独特な伝統を活かし、観光業が盛んな自治区である。

 

観光について特筆すべきは「お祭り」になるだろう。

特に自治区のシンボルである巨大な桜の神木の周辺地域では、定期的に様々なお祭りが開催されている。そうした祭りの一環として今まさに準備が執り行われているのが「百鬼夜行灯籠祭」だ。

 

この祭りは20年前を最後に廃止されて以降、ただ人々の記憶から薄れて行くだけのはずであったが、「色彩」の襲来により状況は変わった。百鬼夜行も他の地域の例に漏れず大きな爪痕が残り、未だ完全復興の目処は立っていない。

 

灯籠祭はかつての内戦で傷付いた人々の心を癒すために立ち上げられたと伝えられる。自治区の沈んだ空気を憂いた者達はそれにあやかり、祭りの復活によって再び活気が戻ることを期待していた。

 

しかし、一種の儀式である「お祭り」は希望や活気だけでなく──時に良からぬモノも呼び寄せてしまうのだ。

 

 

「ああ、見えます、見えますよぉ。百鬼夜行が燃え盛る様が!」

 

「見ていてくださいコクリコ様。手前の百物語(かいだん)、ここに刻んで見せましょう」

 

「イヒヒッ!」

 

 

例えばそれは、百鬼夜行の現在の形態を認めない極悪非道とも、人々を惑わす魑魅魍魎とも形容される怪談家集団の一角。

 

 

『あのクズどもがッ!!! 小生だけのキャンペーンに割り込み(ネタバレ)しやがって!!!』

 

『こ、今度隙を見せてみろ……叩き潰してやるからなッ!!』

 

『ハア……ハア……と、とりあえず落ち着かなくては……』

 

『…………………』

 

『……しかし、学園都市……チート野郎(先生)……それにモンスター……?』

 

『新しいRULE BOOK(コデックス)異界からの介入(クロスオーバー)だなんて……なんと、なんと超高難易度な!』

 

『クズどもの言いなりになるのは癪、ですが……まあ、お、おもしろいじゃありませんか』

 

『……小生は小生のやり方でやるだけ。ヒヒッ、今回は一体どんな気付きを得られるのでしょうね……?』

 

 

あるいは、匿名の行人により解き放たれた、地下を這いずる多眼の悪鬼。

 

そして──。

 

百鬼夜行の外郭地区にある、特に名の無い山林。急峻な山々と豊富な水源が夜明けの太陽に照らされるさまは、まさに「陽昇る水景」とも呼ぶべき絶景である。

 

しかし、いつものようにその地が迎えるはずだった静かな朝は続かなかった。

突如としてバキバキと木々の折れる音が響き、鳥達が一斉に飛び出す。

 

 

「──────!」

 

 

周囲に響く重い声。その発生源は、小山のように大きな生物だった。

雄牛のように太短く力強い角、岩のように大きなコブを背中に二つ備えた重厚な胴体。何より特徴的なのは、ハンマーを彷彿とさせるような巨大な尾の先端だ。体長20メートルを優に越す緑の巨体──尾槌竜ドボルベルクは、ただ進むだけで大木を薙ぎ倒していく。

 

尾槌竜の前方に位置する一本の渓流は、百鬼夜行の中心地を通る大河川の支流の一つ。この地域では特に大きな川幅を誇る。

 

そんな川の畔には一頭のクマに似た動物の姿があった。が、しかしその大きさや様相は通常のクマとはかけ離れている。

背部や腕部を覆う刺々しい甲殻に、体を彩る青緑やクリーム色の体毛。そうして川に飛び込んだ化け物熊──青熊獣アオアシラは血走った目で好物の魚類を狙っていた。

 

そこから数十メートル離れた木陰では、狐とも蛇とも付かない生物が体を丸めている。

真珠のように白い鱗と頭と背中に備わる鰭の桜色がグラデーションを作り、美しくしなやかな肢体。そして四肢の一部と腹面を覆い、尾の先端を大きな筆のように形成する菫色の剛毛。不思議なことに、その体や周囲には洗剤のような白い泡立ちが張り巡らされていた。

まるで芸者を思わせるような海竜──泡狐竜タマミツネは未だ微睡みの中にある。

 

ざわ、と風が吹く。

泡狐竜の周辺にある泡がひとつ飛ばされた。宙を舞いさらに上流へ向かったそれは、バチリと電気の走る音とともに散る。

 

泡を割った正体は大きな昆虫だ。ホタルのような化学発光ではなく、発電によって光る世にも奇妙な虫──雷光虫は徐々に飛び回る数を増していく。数百では下らない虫の出所は川脇の洞窟の中だ。

 

洞窟の暗闇に青白い光の模様が現れる。その正体はさらに大量の雷光虫を引き連れ、陽の光の元へと歩み出た。

筋肉質で力強い四肢と尾。青い鱗を主に、体の縁を覆う黄褐色の甲殻と白い体毛。狼を彷彿とさせるシャープな顔付きと、頭頂部から前方に伸びる一対の角。

 

 

「───!」

 

 

王者の風格を感じさせる無双の狩人──雷狼竜ジンオウガは欠伸代わりの軽い咆哮を響かせ、縄張りの巡回に向かう。

 

テクスチャーが塗り替えられ、混じり合い、まるで元からそうであったかのようにモンスターが闊歩するこの地の上空。そこにかかる雲間を一瞬、巨大で奇妙なシルエットが横切った。

 

ざわ、ざわと風が騒ぐ。

物語を俯瞰する者達と()()()()を除けば、まだ誰も気付けていない予兆。少しずつ、着実に風は大きくなっていく。()を見つけるその時まで。

 

これより「百鬼夜行灯籠祭」を彩るは、百物語(かいだん)、死と苦しみの真実、さらには怪物達の夜行。

──致命的に捻れて歪んだその未来は、大預言者にすら見通せない。




<細かい補足など>
クシャルダオラ→撃退。錆びたらまた暴れるかも。
エスピナス→線路に放置。そのうち触れる。
ランゴスタ→D.U.では緑地に定着済み。
ドゥレムディラ→あまり広範囲を彷徨く性質が無いので、先生らが思ってるほどの危険性はない。
地下生活者→早く解放された。赤衣同伴のフランシスを阻止できず全てバラされて激怒。
百花繚乱第1章→シズコ、すまん。
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