たしか、あの日は……市場を何軒かはしごして、荷物も増えて、気力もそろそろ底を突いた頃だった。
汗は流れるし、靴の中は蒸れてるし、皮膚の表面に貼りついた気だるさが、ずっと湯のことばかり考えさせてくる。温泉……いや、もう少し気軽にスパでいい。湯気と汗と泡で、頭の芯までふやかしたい。そう思って足を運んだ。
はい。スパのお姉さんは、案の定でした。
受付にいたはずなのに、なんだかぺしゃんこで、影が薄くて。まるで干物のよう。
なんというか、スタミナが完全にどこかへ消失していた気配だった。
相変わらず軟弱……と思わず口に出しかけたけど、さすがに口を閉ざした。
やっぱさ、辛いものだよ。辛いものでもどう?一緒に食べに行かない?
唐辛子マシマシの麻婆豆腐だとか、舌が爆発する系のスープとか。
けど、お姉さんは無言で、でも全力で首を横に振ってた。あの、ぜったい拒否しますって感じのやつ。絶望に染まったあの顔を見て笑わないものだけが私に石を投げなさい。
じゃあ仕方ない。
辛味の炎ではなく、滋養の源を求めましょう。
ただ食べたいものを食べるのではなく、必要な補給物資を摂取することが、夏の生存ルール!
ニンニク? それは局所的すぎる。
豚肉? 長距離戦には不向き。
キムチ? 辛いものNGの人間には拷問。
つまり、正解はひとつしかない。
「うなぎの蒲焼しかあるまいよ!」
そこら辺を歩いていた紫色の蛇を捕まえながらそう言った。パワー!
──アーボの蒲焼(1人前)
うなぎ……………1尾
塩…………………………………少々
酒…………………………………小さじ1
みりん……………………………大さじ1
しょうゆ…………………………大さじ1
砂糖………………………………小さじ1
油(焼き用)……………………適量
「まずは捌くところから始めましょうか」
必要な材料は3つ。木製のまな板、目打ち、刃渡り20cm以上の包丁。
目打ちとはその名の通り目に打ち込む杭のことで、うなぎはヌルヌルしたり固定できないからしっかり目打ちをするんだけど。
……この紫色の蛇、デカイな。
というわけで目打ちの代わりに五寸釘よりもさらに大きい釘を建築のおっちゃんからいただいてきました。
「さて、首根っこから中骨に当たるくらいまで切れ込みを入れて、背をこちらがわに向けて目打ちを突き刺す」
うなぎには背開きと腹開きというものがあって、今回は背開きで行こうと思う。
地域によって違うんだよね。腹開きの西風と違い、東風は背中から開く。ちなみに背から開くのは昔の武士社会の名残だそう。どうやら切腹を避ける意味らしい。
「刃先を差し入れ、中骨の上面に沿って胴体を割き始める」
ギコギコはしません。
一度刃を入れたらスーーーーッ!
まぁ三枚おろしの中途半端みたいな感じよ。
背中だけに包丁をいれて、そのまま開く。アジの開きが想像図ね。
「内臓をひきちぎって取り除いて」
中骨も取り除くんだけど、シンプルに技術が必要なのでまぁ大雑把な骨だけ最初に取り除く。
うなぎやハモは小骨が多いからね。余談だけどハモは骨切りというこれまたすごい技術が必要。
「中骨を取り除いたら頭を切り離して、小骨を取り除く」
今回代用で使ってる蛇、明らかに大きいので小骨も大きい。エンヤコラと骨を抜き取ったら、ある程度はできた。
「しっぽを切り落として、ある程度の大きさに切り分ける」
本来のうなぎなら2分の1。
今回はでかいので何分の1かにします。
「さぁ!串だ!」
串は左右と中央の3本が基本。
「串は皮と身の間に打つといわれるけど、皮目ギリギリじゃなくて身を1、2㎜残すようにして打つのがコツ」
じゃなきゃ身が崩れちゃうからね。
さて、焼きに入ろう。
炭火の上で串を並べ、炭火焼きをしていく。
「焼く時間は正直……身の厚さとかで変わるから様子を見るとしかいえないよね」
焼き上がり。
ここで、胃もたれする人は焼きあがった身をサッと水に潜らせたりすると余分な油が落ちるからおすすめってどっかのうなぎ職人が言ってた。
私は面倒だし油食べたいからもちろんこのままだ。
「蒸し器にいれて……」
今回は肉厚だから20分くらいにしよう。普通のうなぎならこれまた厚み次第だけど10分くらいでいいでしょう!
あとは……。
「タレをかけて、焼いて、タレをかけて、焼いて、さらにタレをかけて、焼く……!」
くぅー!ツボに秘伝のタレとかで本当は焼きたい!
ご家庭では面倒なので蒲焼のタレを使うのがマストだよ。
目打ちがお手軽かはさておき、ね。
「あとは炊きたてご飯に蒲焼を乗せて余ったタレを回しかけたら」
──いただきます!
「ミリタリーコスプレで守られてるって感じの味」