いや〜、秋だね。
気づけば蝉の声は遠くに去り、朝の風は少しだけ冷たく、夕方の空はやけに茜色。暑くもなく、寒くもなく、外を歩いても数分で生命の危機に陥らない、そう……人間がようやく人間らしく暮らせる季節が到来したのだ。
秋になると、人は油断するらしい。さっきなんか、露店の焼き栗屋さんが店先で堂々と昼寝していた。火はついたまま、網の上では栗が弾けてポンッ!と爆ぜているのに本人は夢の国。
煙だけが社畜のように働き、店主は秋空の下で安らかに寝息を立てていた。
これが秋の魔力というやつか。見てはいけないものを見た私はそっと通り過ぎるつもりだったのに、その香ばしい匂いが鼻腔を強襲してくる。結果──気づいたら栗を3袋買っていた。買い占める勢いだったが理性が寸前でブレーキを踏んだ。えらい、私。
「秋といえば?」というアンケートを取れば、必ずと言っていいほど上位にくるの「食欲の秋」って言われるじゃん?私に言わせれば春夏秋冬ぜんぶ食欲なんだけども。
とはいえ秋には秋の品がある。芋、栗、南京。穀物も果物も脂がのり、甘味は深まり、香りは熟していく。じんわりと身体に沁みる、あの優しい甘さ。私はあれが好きだ。洋菓子よりも、たとえば
スイートポテト、マフィン、モンブラン、大学芋、羊羹、蜜芋サンド、甘納豆、芋けんぴ。
これらを、熱めの濃くて苦いお茶で流し込む快楽と言ったらもう……文明だよね!文明人として文明を味わって置かなければ秋がすたるってもの。
紅葉にはまだ早いけれど、空は高く澄み、日中には夏の残り香があり、夜には冬の気配が忍び寄ってくる季節。
そんな境界の季節に私は出会ってしまったのだ。
買い物袋を片手に歩いていた道端で、ふと目が合った。
そこに転がっていたのは、まるで玉ねぎを豪快に育て間違えたような、奇妙な根っこ植物。
躊躇なく捕まえた私は、早速秋の味覚とすることにした。
──チュリネの栗きんとん(10個分)
ゆりね……1個
栗の甘露煮……5個
砂糖……大さじ3
塩……ひとつまみ
「これは、多分百合根かな?」
捕まえた動く植物をしめて?まずは上についている葉の部分と根塊を切り離す。
「葉っぱは……もぐり。うまり。にがいけど、にがいけど、お茶に出来そう。乾燥させて作ってみよ」
根の部分は水で洗い、外側からやさしく1枚ずつはがす。途中、むきづらくなったら足を切り落とし、さらにはがす。水で洗い、汚れを落とす。
本来
念のための補足だけど、野生のユリ根は普通に毒なので、本来は食べてはいけない。今回野生っぽいけど、私は自己責任でやっているので真似したい人はスーパーで買ってください、絶対に。
切り分けた百合根は、ひたひたの湯で茹でる。火力は中火、竹串を刺してすっと通るくらいがベスト。食感でいうと、じゃがいものホクホクに近い。
「水気を切って、熱いうちに潰す」
マッシュします。
熱いうちじゃないと上手く潰れないからね。
「塩と砂糖をまぜて、10等分する」
生地がまとまったら、均等に十等分する。ラップを敷き、百合根の生地を広げ、二等分に切った栗の甘露煮を中央にのせる。あとはラップごと包み込んで絞る──和菓子らしい「茶巾絞り」の形に整える。
「よし、これで十個。形になってきた」
あとはもう食べるだけ。
「お気に入りのお茶を入れて」
──いただきます!
「栗が美味しい…………」