「ごめんもう一回説明お願い。頭がついてこない・・」
頭を抱えるのは奏官の麟佳。その前には二人の女性。
「おいおい。事実をそのまま言っただけだぜ?なら何度でもいってやる。」
青髪をサイドテールで纏め、槍をもつ方天画戟は再度説明を行う。
「俺は鍛錬の為に主君の許可をとって、しばらく山に篭ってた。」
「そこはちゃんと覚えてる。溶岩流れる火山地帯だから胆が冷えたよ。」
「厳しい環境は体を強くするんだぞ?そして鍛練の最中、巨大な竜と戦ったんだ。」
「胆が冷えたパート2。そこまでは大丈夫。うん…大丈夫…。」
「で、そいつと戦った後にその竜が巨大な女になった。」
「はいそれ。どゆこと?」
「どういう事も何もなぁ?」
方天が目をやった先には一人の女性。灰色の髪は肩に届く辺りまで下ろし、ライオンのたてがみの様にボリューミー。服は着ておらず、筋肉質な褐色の肌が晒されている。腕と脚は大黒柱のように太く、黒い甲殻が鎧のように覆われている。括れた腰から伸びる尻尾は大木の様に太く頑強。そのどれもが強烈な一撃を放ち、半端な攻撃ではびくともしないだろう威圧感を放っている。体の大きさも規格外で、胡座をかいているのに方天より大きい。立てば5mはあるだろう。
「儂がその竜とゆうておるじゃろう?」
鍛える為に火山の麓にやって来た方天画戟。荷物は食料を入れた大きな鞄と神器の槍。麓には緑豊かな森林があるが、上に行くにつれて岩肌が目立ち、火山活動で冷え固まった黒い岩や溶岩が見える。山頂辺りからは白い煙が立ち上り、溶岩が吹き出ている場所もある。
「すげぇな・・火山地帯。上の方はここの比じゃねぇほど暑いだろうなぁ。だが、だからこそ鍛えがいがある。」
方天はそんな火山の山頂に向かって登っていく。そして2時間ほどたった頃、水分をとり体を休めていた。辺りの景色は一変し緑は無く、土や岩肌ばかりになったが平坦な場所のため体を動かしやすい場所である。少し離れた所には溶岩が流れるため、気温は40度を優に超えている。
「ふぅ~、水大量に持ってきて良かったぜ。汗ダラダラで服が貼りつきやがる。さて、今日はここで素振りと筋トレするか。」
普段と異なる気温、気圧、足場は方天画戟の動きを制限する。しかし彼女の適応力は徐々に制限を突破していく。晩、鍛練を終える頃には呼吸は整い、いつもとほぼ変わらないコンディションであった。
「さて、今日は川辺まで降りてから休んで、明日も一つ上に行くか。ん~、風は意外と涼しいな。だが上に行ったらそうもいかねぇだろうな・・。」
翌朝早朝に目が覚めた方天画戟は朝食をとり、噴煙と溶岩が吹き出る山頂付近まで一気に登った。しかし、キル姫の運動能力と生命力を持ってしても疲労はかなりのもの。火口が見える岩場で腰を下ろす。
「あ゙ぁー、暑い~。オティヌスのあれでも飲むか。んぐんぐ…冷たいが美味くはねぇな…。さて、もう少ししたら動くか。」
オティヌス特製の白いドリンクを飲んだ方天画戟の体は熱に強くなり、体力を回復させる。十分に体を休めた所で移動しようとしたが異変がおこる。
「グオオオオオオ!!」
「咆哮・・!?火口からか?何だよあれは・・。」
声の主を求め火口付近に目をやると溶岩から黒い物体、いや巨大な竜が現れた。上から見ているため正確には分からないが小屋を押し潰せそうなほどはある。身体中に大きなトゲがあり、大木のような尻尾は歩く度大地を削る。特に目を引いたのは下顎から伸びる人の身体よりも遥かに巨大な二本の牙。文字通りの怪物。人智を破壊する力をもつ存在だ。しかし、方天画戟の口元は恐怖と期待が入り混じり笑みとなって現れていた。
「溶岩から出てきやがった・・全身鎧の竜か?この距離でこの威圧感・・覇王のようだ。相手してみてぇな・・♪」
巨大な怪物を前に怖じ気付く事無くむしろ闘志を燃やす方天画戟。その気配に気づいたのか、竜は方天画戟のいる方に向き、巨大な手足で火口から登ってくる。
「!?、来やがった!開けたとこまで逃げねぇと戦えねえ。」
荷物を手に取り、平らな岩場までかけ降りる方天画戟。離れた岩影に荷物を置き、槍を持って竜を待ち構える。が、竜の姿は見えない。
「消えた?いや、気配はある・・。」
周囲は大きな岩と赤熱した岩の床、そばを流れる溶岩流。気配を探っていると大きな地響きが起き、地中から何かが来ているのを感じた。そして方天画戟を狙い済ましたかのように、彼女の真下の岩が砕け巨大な頭が彼女を突き上げる。振動で察知した方天画戟は槍で防御するも圧倒的な力で岩盤ごと吹き飛ばされる。
「がぁ!?くぅ、いい挨拶だなこのやろう。」
地中から出てきた竜の全貌が明らかになる。その巨体は25mのプールに入りきりそうも無い程巨大。背中にある大きなトゲを合わせると高さは10m近くあるだろうか。尻尾は大木の様に太い。何より火山を掘り進んで来たということは、鎧のような甲殻は溶岩に負けない強度を持っている。そして強度は防御力にも攻撃力にも反映される。タフな方天画戟といえどただでは済まない。
「グガアアアアアアア!!!」
「何て馬鹿デカイ声だ!?なっ、あぶねぇ!」
対決の開幕代わりの咆哮は大気と大地を震わせる。その衝撃の強さに周囲の岩は砕け散り、刺激された溶岩が吹き上がる。
「やってくれるなぁ。今度は俺の番だ!」
竜に向かって駆け、頭に槍を振り下ろす方天画戟。竜はそれを噛み付き迎撃しようとする。
「正面から当たるかよ!」
巨大な牙を横に避け空いた横顔に槍を振るうが硬い甲殻に阻まれ、表面を切り裂くだけに終わった。
「ちっ、切れねぇな。あの巨体の下には入りたくねぇから殻の間に槍を刺すしかねぇか。」
竜は振り上げた腕を叩きつけて追撃するが巨大な体故に予備動作も大きくなる。その腕を足場に方天画戟は背中に飛び乗り槍を刺す。
「ここも硬ぇな。なら何度でもやってやる!」
竜の背中に乗り槍を振るう方天画戟。折り重なる槍の攻撃に甲殻は少しずつ削れる。竜も無抵抗ではなく方天画戟を振り落とす為に体を揺らし、地面に倒れ込み、咆哮をあげるが方天画戟は背中にしがみつきながらも槍を止めない。
「───!!」
「あ、あぶねっ!」
揺り動かすだけでは落ちないと判断した竜は背中を地面に押し付ける様に倒れ込む。予兆を察知できた方天画戟は背中から飛び降り、体勢を建て直されるまでにダメージを与えるために甲殻の薄い体の内の部分を頭体尻尾に向かって駆け抜けながら切りつけていく。外殻よりは強度は落ちるもののそれでも十分な強度があり、血を滲ませる迄に留まる。後ろまで駆け抜けた後、振り返ってもう一往復しようとしたが竜は大木の尻尾を振り上げて凪ぎ払う体勢に入る。
「近すぎて避けらんねぇ!?いや、飛び越える!」
迫り来る尻尾に対して方天画戟は跳躍しながら槍を叩きつけ跳び箱の様に飛び越えて見せる。しかしそれを予期していたかのように、竜は振り向きながらその巨大な口で噛み付きに来る。
「なんのぉ!」
方天画戟は着地と同時に竜に向かって走りだし、牙の軌道の下側をスライディングで通り抜ける。
「ゴアアア!!」
体をはい回る小さな存在を押し潰す為、竜は後ろ脚だけで立ち上がり、その巨体で下にいる方天画戟に向かって倒れ込む。立ち上がる動きで察した方天画戟はすぐに飛び退くが衝撃に少し飛ばされる。
「痛~、あんなの食らったらぺしゃんこだぞ?他のも直撃はしたくねぇな・・。」
「ガアァ・・。!」
首を引っ込めながら息を吸う竜。威嚇の咆哮をすると思われたが様子がおかしい。四肢と尻尾を大地に食い込ませて巨体を支え、引いた頭を押し出しながら咆哮をあげ・・・。
「■■■■■■!!」
否!大口から放たれた咆哮は荒れ狂う嵐となって大地を抉り、不可視の巨大な砲撃となって方天画戟に向かう!理解不能な攻撃に初動が遅れた為、不完全な防御の体勢を強大な風圧の暴力は容易く吹き飛ばす。
「何だ!?ぐあああああ!?」
数十メートルも吹き飛ばされ岩壁に激突することで停止するが、背中から激突したため肺から空気が無理矢理吐き出され、一時的な呼吸困難に陥り視界が定まらない。
「げぼっげほっ!はっ、はっ、はぁ~。何が起こったんだ?」
動けない方天画戟だが、竜は既に彼女に走り出していた。この大質量、激突するだけで常人は命を落とす。ふらつきながらも回避しようとするがその手に槍は無い。辺りを見渡すと竜のいる前方の地面に突き刺さっていた。
「クソッ、間に合うか!?」
目の前の死に向かい走り出す方天画戟。槍にたどり着き、彼女の手が地面から引き抜いた時には、竜が振り上げた腕を下ろし始めていた。
「ゴアァ!!」
「ぐぅ!?くぁぁあ!?」
振り下ろされた腕を槍で必死で受け止める方天画戟。その足元の岩盤は重量で亀裂が走る。
「クッソ!?重てぇ・・!!」
軋む手足、骨は懸命に体を支え、筋肉は喚きながら力を出し、神器の槍はそれらを竜の腕に伝える。そんな抵抗を無慈悲に踏み潰そうと徐々に竜は力を強める。寧ろ一気に最大出力を出さないせいで遊ばれているのかと錯覚する。
「ぐっ、コイツ!舐めやがって!?」
必死に食らいつく方天画戟だが、先に限界を迎えたのは彼女でもなく、竜でもなく。
バゴンッ!
「何ぃ!?あがあ゙ぁあ゙あ!?」
支えていた岩盤だった。
踏み場を失った方天画戟は力を出し切れなくなり岩盤ごと潰され、竜は彼女を踏みしめる。
「っ!まだ、終わってねぇぞぉ!!」
潰されながらも腕と脚で押し返そうとする方天画戟。傷だらけだが、闘志は消える事無く燃え上がる。
彼女の膂力に押し返され始める。竜は目の前の獲物を全力で叩き伏せる為に大きく息を吸う。
「 またあれか!?くっそ腕をどけねぇと!?」
咆哮の大砲を放つための息を吸い終え、狙いを定める。発射する直前、腕が退けられ立ち上がった竜の口から死が見える。
「一か八か、跳べぇ!?」
方天画戟は逃げることをせず巨体に向かって飛び出す。先程いた後方には砲撃が放射。その衝撃で吹き飛ばされ竜の脇を通り抜ける。それを見た竜は体と首を捻り、なんと砲撃を薙ぎ払ったのだ。咄嗟に防御したが方天画戟はその衝撃に身動きが取れない。動けない方天画戟に止めを刺すべく大口を開けて口に納めようと食らいつく。槍をつっかえ棒にして口が閉じるのを防ぐが竜は呑み込もうと首をもたげて揺らしている。方天画戟は槍にぶら下がる形になり、足下には肉の牢獄へと続く入り口が広がっている。槍を足場にすれば逃げられるがその場合攻め手を失う。だがこのまま耐えていてもいずれは呑み込まれる。打開策を必死に考える方天画戟だが、それを嘲笑う様に竜の蠢く舌でなめ回され、全身に唾液がまとわりつく。
「味見か?・・ヒリヒリしやがる。ひっ!?、どこに舌入れてやがる!?」
方天画戟が美味しいのか、舌で執拗に弄ばれ、唾液で包まれる方天画戟。数分にわたって味見をされた後、ついにその時が来る。舌に巻き取られた体は引きずり込まれ、槍を手放してしまう。摩擦のない方天画戟は滑り落ちていき、噛み砕く事無くゴクリと呑み下す。口に残された槍は吐き捨てられる。方天画戟を胃に落とした竜はその場で横になり休み始めた。
「むぐっ、んー!、ぷはぁ!?呑み込みやがったなあの野郎・・!吐き出しやがれぇ!」
胃に落とされた方天画戟は胃壁を殴って抵抗するも傷はつかず、竜はなにも反応しない。それどころか刺激された胃は食べ物を消化しようと動き出す。ゴポッ…ゴポ…と音を鳴らしながら分泌された酸性の胃液が服を溶かし始める。
「溶けてる!?。キツイ一撃でさっさとぶち抜くしかねぇな・・。」
残された時間を悟り、短期戦を試みる方天画戟。狭い胃の中で脚を踏ん張り、より力を込めて胃を穿つ!
昼寝でもしようかと思っていた竜だが、賑やかな胃袋に興味を示す。これまでも敵を丸呑みにすることは何度もあったが、ここまで良い反応をするのは初めてだった。しかし酸性の胃液、竜の高い体温、揺れ動く胃で消耗していく。拳の威力こそ変わらないが、胃を叩くペースが落ちていく。その様子に勝ちを確信したのか、または食後の腹ごなしなのか、竜は移動を始める。それは胃袋の方天画戟にも規則的な振動として伝わっていた。しかしそんな事は気にせず殴り続ける。この抵抗が終わるのは外に吐き出された時か手脚が完全に溶けてしまう時だけだ。無我夢中でどれだけの時間、暴れただろうか。環境に変化が現れる。
「壁が迫って・・ごぼっ!?」
胃の中の物を押し出すために胃が縮みだした為、たまった液体が方天画戟の呼吸を妨げる。
そして胃の上部から喉を逆流し始める。
「ガガ・・ガグッ・・グボォア!!」
胃液と共に吐き出された方天画戟。新鮮な空気を求めて大きく息を吸い込もうとするが、液体を飲み込んでしまいむせ返る。数秒のパニックの後、自分が川に吐き出されたと理解した。理由はわからないが取り敢えず出られたなら良いとして、まずは竜から距離を取りつつ呑み込まれる前に落とした槍を見つけなければならない。しかし山頂から離れたこんな所に槍があるわけがない。加えて蝕まれた身体に力が残ってる筈もなく、一歩踏み出した脚は地面を蹴り出すことなく転倒してしまう。それでも諦めず立ち上がろうとした時、視線の先に槍を見つける。しかしその持ち手部分は竜の前脚が踏みつけているので奪取は不可能。槍を落とした際に偶然竜の身体に引っかかっていたとしてもあまりにも整いすぎた状況だ。
「何のつもりだテメェ…。」
竜を睨みつける方天画戟。ただの怪物と思っていたが違う。コイツは理性だか知性を持ち、こちらの様子を見ているのだ。獣の中には獲物をただ狩るのではなく、玩具にして遊ぶ個体もいると聞く。それが今回にも当てはまったのだろう。つまり方天画戟はもはや戦いの相手でも食欲を満たす餌でもない。快楽を満たすための道具になってしまったのだ。そう思うと眼の前の竜の視線が悪意に満ちたものに感じてくる。今もこうして不機嫌な様子をご機嫌に楽しんでいるに違いない。そう思っていると怒りからか、動けなかった身体にささやかな抵抗が出来る体力が戻る。後先考えず、取り敢えず竜の鼻先に拳を叩きつける。
「────っ、ぃ!」
竜に伝わるはずだった衝撃はそのまま反作用として方天画戟の腕を逆流し、全身に広がっていく。よく考えれば槍でも効果が薄かったのに、素手で殴るなんて無謀すぎる。全身をゆっくり巡る痛みと己の馬鹿加減に呆れながら蹲る。竜から風が吹いてきたため、鼻で笑われているらしい。今度は蹴ってやろうかと思ったが、それより早く竜が軽い頭突きを繰り出した。歩行している人とぶつかった程度の衝撃だが尻もちをついてしまう。続けて竜はゆっくりと息を吸い始める。あの大砲を喰らえば体は粉々に砕け散るかもしれない。
「ゲォォェェェェプ!!」
「うぇ…、汚ねぇな…!」
肺ではなく胃袋から吐き出された空気が重低音のサイレンのように鳴り響く。完璧に竜のペースに飲まれてしまい、無抵抗に次の行動を待つしかなかった。そんな諦め半分でいると、唸り声と共に竜の身体が輝き出す。魔力で大爆発でも起こすつもりかと警戒し、思わず目を閉じる。
「コラおぬし。いつまでそうしとるつもりじゃ?こっちを見んか。」
「………はぁ?」
突如話しかけられ、呆けながら前を見ると巨大な女が胡座をかいて鎮座していた。辺りを見渡しても先程の竜はいないし、どこかに移動した形跡もない。となれば結論はこれしかないだろう。
「ぉ、お前さっきのバケモンか…?」
「女にバケモンとは失礼な奴じゃ。まぁそれは儂の寛容な老婆心で許してやるかの〜。」
ケタケタと笑う女。先程までの戦闘の疲れなど全く感じさせない辺り、追い詰める事はおろか、恐らく全く本気を出されていない。そんな怪物を相手に命があるのは幸せなことだが、プライドは粉々だ。
「お主、キル姫じゃろ?キル姫は人より強く遊び甲斐があるし、その肉は旨いからのぉ。お主は別格に強かったし絶品じゃった♪ 」
前半は流すが後半がおかしい。やはりこの竜はキル姫を玩具や食料としか捉えていない。そして方天画戟の死力を尽くした攻撃もこの竜の本気を出させるには至っていないようだ。
「あれでも本気じゃねぇのか?」
「そうじゃの、もうひとつふたつは上をだせるの〜?」
流石の方天画戟も戦慄した。頭の中で認識できていた事だが、改めて口に出されるとやはりショックを受ける。もしここで襲われれば一分の勝ち目もない。しかし竜はそんな事は露知らず話を続ける。
「さっきは楽しかったの~。腹は少し斬られたし、一度踏み潰したのに押し返しよる。おまけに儂の胃袋で元気に暴れるとは大したヤツじゃ。」
大きな手で方天画戟を撫でながらご機嫌に感想を述べる。だが撫でられている側からしたら、突然握り潰されるのではないかと気が気でない。
「で?俺を吐き出した理由はなんだ?」
「お前を食ってしまいたい気持ちは無くはないが、端的に言うとお主が気に入った。今までは退屈な相手なばかりじゃし、この世界に流れ着いてから何十年も経っておるからの~。」
「この世界…ってお前異界から来たのか!?」
「この世界と別世界と言う意味ならそうじゃ。しかし、どちらの世界も殆どの人は弱いのぉ。昔はここの近くに町もあったが儂が遊んだだけで滅んでしもうた。」
こんな規格外のバケモノの遊戯は小さな人間にとっては脅威に過ぎない。中には勇気を振り絞って立ち向かった者も無惨に敗北したのだろう。
「そんなヤツが俺を気に入ったのか?具体的に俺をどうするつもりだ?」
「そうじゃな。時々儂と遊んでくれ。勿論命を奪う事が無いようにするし、代わりにお主の稽古に付き合っても良いぞ。玩具ではなく、人として扱ってやろう。」
「だが、俺には主君が・・。」
思わず口を滑らせてしまった事を即座に後悔する。遊び相手がもっといるなんて仄めかせば食い付いてくるのなんて簡単に想像できる。
「ほう、主が居るのか!そこには他にも強いキル姫は居るかの?もし其奴らとも相手をさせてくれるなら、お主の戦力となって敵を倒してやろう。なぁに、一戦力として扱えば良い。」
案の定、竜は目を輝かせている。この竜が味方になるのは大きな利点だが、それで皆を疲弊させては元も子もない。方天画戟が断ろうとするが竜は詰めの一手を打つ。
「断っても構わんぞ?そうなれば儂は暇潰しに世界を練り歩き、見境なく町を蹂躙し、たまに暴れるだけじゃ。もちろんお主は大切に遊んでやるからの?」
どう考えても答えは一つ。連れて帰り、一応の管理下に置かなければ世界が滅びかねない。持てる戦力を集結させても勝てるヴィジョンが浮かばない。
「ひでぇな。連れて帰るしかねぇじゃねぇか。」
「話が分かって助かるのぉ。よろしく頼むぞ♪ さて、なら今日はどうする。早速この体で相手をしてやろうかの?」
「いや、もうくたくただ…。あ~でもキャンプは近いんだが、上に荷物を置いて来ちまったからなぁ…。」
「なら儂が運んでやろう。なぁに、お主なんぞ赤児のように軽い。」
方天画戟の身長ほどもある腕で担ぎ上げて、胸元に抱かれる。その様子は宣言通り子供を抱える親の様だ。
「おい、やめろよ。ガキみたいじゃねぇか!」
「儂からしたら所詮子供じゃからな。いや…キル姫は不老じゃから、実は儂よりもババァかの?」
「はぁ・・・。そうだ、お前の名前は何だ?俺は方天画戟だ。覇道を進み、いずれ天下をとる女だ!」
「ボコボコにされたくせに啖呵は一丁前じゃのぉ〜。儂はトルムじゃ。」
山頂を目指すトルムの足取りは軽く、まるで平地を全力疾走するように駆け上る。馬に乗って戦うこともあったが、彼女の脚なら追いつくのも難しくはなさそうだ。しかしこの姿のトルムはどれ程の実力を秘めているのか。正直スピードは小柄になった分だけ確実に今のほうが速い。
「お前、こっちの姿でも強いのか?」
「強いぞ〜。体重は流石に落ちるが筋力はこの小さな体に凝縮されとるからの。小回りも効くし、手先も器用じゃ。」
弱くなってくれという願いは叶いそうにないし、トルムに敵いそうにもない。そうこうしている内にあっという間に先程までの戦場に舞い戻る。幸い荷物は戦闘に巻き込まれず元ある場所にあった。中身も荒らされていないので、取り敢えず薬をガブ飲みして体力を戻す。
「ほほぅ、それは薬かの?儂も疲れたから飲ませておくれ〜。」
「嘘つけ、俺の付けた傷とっくに消えてるじゃねぇか。」
「儂は生命力に溢れとるからの〜。元気になったなら第2ラウンドじゃな。次は殺さん程度に本気を出してやろう。」
戦闘態勢に入ったトルムは先程より遥かに強く重い覇気を放つ。いや身体にも見て取れる変化が現れている。黒い甲殻の合間が血走った様に赤くなり、まるでエネルギーが駆け巡っているようだ。それに呼応して筋肉も更に増大し、ただでさえ巨大なトルムが更に大きく見える。構えてこちらに踏み込む一歩目、地面は踏み壊され吹き飛ぶ。それほどの豪脚故に、速度も異常。巨体が空気を押しのけ、通った後は旋風が巻き起こる。繰り出した拳は巨大な岩盤が迫るようだ。その致命的、絶望的な一撃を方天画戟は…避けなかった。それを察知して命中寸前で機動が変化し、方天画戟の横を通り抜けていく。
「何故避けんのじゃ?」
「回復したって言っても最低限動けるだけで、これっぽちも万全じゃねぇんだよ。そんなにやりたいならちょっと休ませろ…。」
「なんじゃなんじゃ、それなら早う言わんか。うっかり殴り飛ばす所じゃったぞ?」
「お前散々ボコボコにしたくせに動けるわけねぇだろ!」
「仕方ないのぉ…。儂が添い寝してやるから早う回復せい。儂の胸に抱かれた者は皆静かに眠るからの。」
「その巨乳で押し潰してるからか?」
「よう分かったのぉ?」
「マジかよ!?止めろ離せ!」
「いーやーじゃ。こんなオモチャ手放しとう無い!」
自分の身の丈と変わらない腕に抱えられては動けない。くたくたに疲労している身体は直ぐに抵抗を諦めてしまった。しかし意外にもトルムの抱擁は心地良く、静かに眠りに落ちていった。
「というわけでそこから特訓したり一緒に過ごしたりと、まぁ色々あった訳だ。わかったか主君?」
「さっきより丁寧で助かるけど、冷や汗がヤバイ・・。さっきから感じる圧力の理由がわかったよ。」
「こんな奴が主君とはの~。いっそ喰ってしまって自由になったらどうじゃ?」
「確かに主君は武人じゃねぇが、頼りになるやつだ。喰われたら困る。」
「冗談じゃ。また山で寝ているのは退屈だからの。それに比べてここは良い。人が多く話題に欠かんし、戦う者もおる。なにより儂以外にも竜がおるようじゃな?どう遊んでやろうかと思うと心が踊るの~。」
楽しげに話すトルムとは対照的に青ざめる二人。もしも、彼女の機嫌を損ねれば命の保証はないのだから。
「ねぇ、方天。因みになんだけど人型の時ってどのくらい強いの?」
「まぁ、なんだ・・べらぼうに強かった。マジでコンパクトだから小回りが効くのに力はほぼ据え置きで圧縮された脚力でぶっ飛んで来やがる。おまけにあの巨体に捕まったら後は良いように遊ばれるだけだ。んで持って本気出したらやべぇぞ?力も速さも段違いであっという間に意識が飛んじまった・・。」
「岩壁にめり込んだ時は殺してしもうたと思ったが方天は丈夫じゃの、暫くしたら眼を覚ましおった。」
「ということで、現状止める手段は無いからよろしく頼むぜ主君。」
方天画戟から責任を丸投げされたが、こんな危険物はとてもじゃないが扱いたくないと感じる。しかし誰かが見なければ災害となって多くの命が貪られるだろう。世界を守るために何としてでもここで押さえなければならない。
「そう辛気な顔をするでない。飽きたら儂の腹の足しになってもらうだけじゃからの♪」