勇者ヒンメルの死から16年後
聖都シュトラールから離れた村にて
夜に浮かぶ月夜の輝きに、似合わない赤き煉獄の炎が村を包んだ。それなりに栄えていた村であったが、今ではもうその姿は見れない。
今あるのは焼け落ちた家屋と村人の死骸だけであった。
それも全て惨たらしい死体だらけで、ある死体は炎で落ちてきた家屋の下敷きになって生き埋めとなり、炎が回ってきて焼け焦げて死んだり、ある死体は上半身と下半身が真っ二つに斬られている死体、胴体だけが消えた失せた死体などがそこら中に転がっていた。
こんな惨劇を行なった犯人は村の生き残りがいないかを確認しているがそんなことはっきり言ってどうでも良かった。
そうして犯人は生き残りが居ないことを確認し、死体を1箇所にまとめ死体の山を築き上げ、そして死体の1つを口へと近づけて──
──死骸を堂々と喰らった
ただひたすらに黙々と喰らった。そこに味の有無は無く、自らの腹を満たすために死体を喰らっている。
犯人である彼は魔族であった。
それは人間に擬態した魔物で生物としての根底が違く人間とは似てもいつかない全く異なる化け物であった。
そんな彼が死体を喰らうのに集中していた時、まだ5歳になったばかりの少女が家の隠し部屋から外へ出た。
少女は隠し部屋でいつの間か寝ていた。
寝苦しくて、目が覚めた。
いつも首に付けている中心に金色の紋章が入っている八角形のペンダントがきらりと揺れる。
熱い風。扉を開けて、寝ぼけた目を擦って外へと出る。
視界を埋め尽くすのは、一面を埋め尽くす赤であった。
「………え?」
彼女から漏れた声が空に消える。
彼女はその瞬間父と母を探すために村を走り出した。
まだ両親は生きてるかもしれないという淡い希望を乗せて。
だがしかし村の辺りを走り、見渡せば見渡す程、彼女の希望を打ち砕く悪夢がそこには広がっていた。
家はあちこちが壊され、ボロボロになっていた。
そしてあちこちから上がる火の手、煙、、むせ返るほどの血の匂い。
そして村の中央へと向かうと彼女の目の先に村人達の死体が山の様に転がっていた。
もっと衝撃的だったのは村人達の死体を名前も知らない奴が骨以外全て貪るように食べていた事だ。
「───!!!!」
彼女は悲鳴を上げた、が、声が出なかった。
あまりの惨事にショックの方が大きかったからだ。
そして死体の山を築き上げた犯人はそんな彼女の悲鳴に気付かず死体を食べていた。
ちょうど死体の山が半分減った頃であった。
彼女は恐る恐る彼に聞く
「なに、してるの?」
今まで黙々と食べていた手が止まる。
彼は重い腰を上げるように立ち上がり、彼女の方を向く
「なにって、見れば分かるだろ」
───食ってんだ、人を
彼はそう言ってニヤニヤと笑う魔族。
村を襲って沢山の村人を食べようと計画し、それを実行に移した。実に容赦のない『無情』の極みである
「しかし、村の生き残りは居ないと思ってたが…一体何処に隠れてたんだ?このガキ」
「……どこ?」
「あ、何だって?聞こえねぇよ」
「お母さんとお父さんは何処にやったの!?」
もう既に彼女は理解していた。
両親は恐らく、きっと、彼の腹の中なのだろうと。
知りたくもない信じたくもない真実から目を背け、僅か5歳の全力の叫びが広場に木霊する。
しかしそんな叫びが彼女の何倍もの時を過ごしてきた彼に届くわけがなく。
「さて、お前の親の顔はどんな奴だったか……もしかしたらこの中に混じってるかもなぁ」
そう言いながら彼は死体の山から頭だけを体からもぎ取り彼女に足元に頭を投げ捨てた。
その投げ捨てられた頭はみんな知った顔だった。
いつも野菜を分けてくれたお婆さんや、村一番の狩人、無口だが村一番のお人好しで花を管理していた人、村長の娘も居た。しかし両親の顔はその中には無かった
「ゔっ、おご、オェ」
彼女は怒りと絶望と喪失感から込み上げる胃の中身を一瞬手で抑えるが耐え切れず酸味の強い昨日の夕飯をすべて地面にぶち撒けた。
「みんな……」
「そん中に無かったらもう食っちまったよ、悪いね」
一切感情のこもっていない声で彼女に告げる
だがしかし彼女の怒りはこの時、有頂天に達していた。
「何でこんな事するの!?返して!お母さんもお父さんも村の皆も!返してよぉ!!」
彼女は絶望と喪失感と止め処なく溢れてくる怒りから泣き叫びながら彼に訴えかける。
そんな事しても一切誰も帰って来ないというのに
彼は呆れた。彼女の方に向かって一歩ずつ近づいていく
「あぁ、そうかい。こんな地獄の場所からさっさと逃げ出せばこんな事にはなら無かっただろうに、お嬢ちゃん。」
彼が近づいていくのと同時に彼の脇から鞘を抜いた。
「気が変わった。食ってる時に喚かれたら食事に集中できない、頼むからよぉ、お嬢ちゃん。」
───死んでくれ
そう言って剣を斜めに彼女の胴体を切った。
紅い血が空に舞う。そして地面に血がべちゃりと付く
彼女は何が起こったか理解する前に倒れた。
「……ぁ」
「じゃあな、クソガキ。お前には食べる価値もねぇ」
その言葉が耳に入った瞬間、彼女の視界は闇に包まれていくのだった。
* * * * *
彼女が再び目を覚ました時、そこは天国でない地獄でもない所で目を開いた。
「ここは…?」
どこ、そう言い切る前に何処からか不気味な声が聞こえた。
『待っておったぞ、煉獄の力に見定められた幼き者よ』
「あ、あなたは誰なの!?」
いきなり声をかけられた彼女は、顔を引き攣らせて慄く。
するとその声の主は彼女を見据えたまま静かな声で言い放った。
『我はこの地獄でもなく、天国でもない間の存在である「煉獄」の主だ。』
「れんごく…?」
彼女は声の主の言葉を理解できずにいた。
煉獄、煉獄の力、力に見定められた幼き者、煉獄の主
彼女にはもう何が何だか分からなくなっていた。
そうこう混乱していたら彼女はハッと思いだした。
「そうか、私……あの魔族に、殺されたんだ」
村の皆も、家族も、家も、村の思い出も、全て、すべてを壊された彼女に残ったのは何も無かった。
強いて言うなら金色に光る八角形のペンダント、これだけであった。
『どうやらその様子だと思い出したようだな。村での全てを』
「見てたの?煉獄の主さん?」
そう言って彼女は声の主を恨むように少し低い声で口を開く
『あぁ勿論、だからお前がここに居る。そもそもここに呼んだのは我なのだからな』
「え?どういうこと?」
彼女はわけが分からないまま話が続く。
そして主は彼女に問う。
『倒したいか?あの忌々しい魔族を』
主からの問いは彼女を思考の渦に引き込むのには十分すぎる誘いであった。
『その前に煉獄の主、本当の名を名乗らなければな』
そう言って煉獄の主は何もない場所から姿を表す。
左右にはおとぎ話での絵でしか見ない不死鳥のような羽、それに身体が縫い合わせるように羽が生えていた。
しかし足だけが生えておらず何とも左右だけで少々不気味であったが、目を奪われたのはやはり中央の身体で赤と紫の半分半分の身体が堂々と佇んでおり、何より三体にも魔族の象徴である
手に持っているも物も変だ。中央の身体が両手に1丁ずつ剣でもなければ魔法使いが使うような杖でも無い、変わった武器を持っている。
彼女は煉獄の本当の姿を見て恐れる訳でもなく、たじろぐ訳でもなく、ただただその姿に爛々とした目を浮かべ彼女は立ち尽くしていた。
そして煉獄の主は名乗りを上げる。
煉獄に煉獄の主の名乗りが響き渡った。
名乗りを上げたキングロマノフはもう一度彼女に問う。
「汝、煉獄の力が欲しいか?欲しければ死をも克服する力を得るであろう。」
ロマノフの誘いは彼女にとって甘美の一言だった。
全てを失った少女は誰よりもこの瞬間は『力』を求めていた。
彼女は問う
「その力で村を襲った魔族を倒せる?」
ロマノフは答える
「無論だ、そのようなこと目を瞑ってでも出来る」
その言葉を聞き、決断する。
もう彼女は迷わなかった
今度は、手を伸ばす
「なら、私にその力を頂戴。私にあの魔族を倒せるだけの力を」
そこには覚悟を決めた一人の少女が立っていた。
キングロマノフは内心とても関心していた。
村を焼かれ、家族さえも失ってしまった、年端もいかない少女がいとも簡単に決断した、普通の人間なら発狂してもおかしくない。
それでも彼女は決心した、煉獄の力を得るという決断を
ロマノフは彼女の眼を覗いてみて、小さく唸る。
トパーズのような美しい橙色の瞳。
しかし彼女はその瞳とはかけ離れた邪眼の眼をしていた。
「良いだろう、貴様に我が煉獄の力を与える。だが、煉獄の力に見定められた者に1つ問う。小娘よ。我が邪眼の一族は争いを求める一族だ。貴様が争いを求めなくても相手から争いが訪れてくる。
自身の意志とは関係なく闘い続けれる覚悟はあるのか」
ロマノフからの問いかけに、彼女は迷いなく答えた。
「もちろん、私は絶対に魔族を許さない。その為なら戦い続けて私はみんなの敵を取る。みんなを傷つけ苦しめた魔族を、ね」
その瞬間ロマノフは大きく嗤った。
ロマノフは告げる
「それこそ我が邪眼の一族に相応しい!ロマノフ一族が持つ煉獄の力を全て与えよう。」
しかし、煉獄の力が流れ込むことも1つの試練だった
「だがな小娘、我の力は煉獄の力、力を与える間与えられる者はその間、煉獄の如く苦しみが貴様を襲う。
耐え切れなかったロマノフ達も多くいる。その者達はもがき苦しみやがて煉獄へと堕ちていった。しかし貴様はその力の供給に耐え切れるだろう。
何せ初めて邪眼の一族となった
ロマノフの言った最後の言葉の意味は彼女にはよくわからなかった。
次の瞬間身体が煉獄のように燃え上り、心臓の鼓動が早くなる。速すぎて心臓が破裂しそうであった。
彼女は苦し気に喘ぎながらもその力を受け止める。
身体に力が溢れる、それと同時に彼女の中にあった『ロマノフ』という単語の情報が溢れ出てくる。
その話は彼女には考えられない程壮大な話だった。
人類が生まれる前よりも遥か昔のこと
ナイト
「魔銃」と「魔弾」
「これが我がロマノフ一族がどのように生き、そして散って逝った一族の歴史だ。虚しい事よ、我は嘗て完全体として復活し、そして龍を束ねる大王に敗れ、散った。我が生きてるのは奇跡に近い、倒される瞬間に煉獄に逃げたのだ、その時にはもう我はボロボロだった。生きてるのが奇跡と思った。その頃には力はほぼ残されていなかった。そこから我は力を取り戻すために必死となって力を溜め込んだ。しかし力を取り戻した時にはもう、ロマノフは、いやクリーチャーは全て消滅していた。
しかし、そう言ってロマノフは軽く呟く。
「我等クリーチャーという種族よりも人間がロマノフの名を継ぐのも悪くはない。」
キングロマノフは時代がクリーチャー中心から何千年も経ち、人間やエルフ、ドワーフといった種族中心に変化した事をよく理解していた。
力を与えた後ロマノフはこう彼女に告げる
「これで我が邪眼の一族の仲間よ、あー…」
「イデアール」
「む?」
「イデアールよ、私の名前はイデアール。イデアでもイデアールでもどちらでも。」
そう言ってイデアールは先程までの覚悟を決めた顔からかけ離れていた姿でイデアールはほほ笑んでいた。
「そうかイデアール、ならば貴様にはこれを与えよう。我らロマノフの象徴とも言える武器だ。
そう言ってイデアールの前にはキングロマノフが持っている魔銃と似たような黒くデザインされた魔銃が2丁宙に浮かんでいた。
黒くデザインされた魔銃にはガンブレードが付いており、キングロマノフのガンブレードよりも多少短くその分イデアールのような女性でも扱いやすくされている。
イデアールは宙に浮かぶ魔銃を掴む。思ったよりも軽く魔銃に慣れれば近接戦でも戦えそうであった。
「最初はきっと扱いが分からなく、慣れないだろう。ただその魔銃に操られるまま、身を任せれば良い。」
キングロマノフは嘗てのロマノフ達の思う。ロマノフ達も最初は右も左も分からなくなっていたと思いだした。
イデアールは魔銃をまじまじと眺める。
そしてロマノフは話す
「これで準備は全て整った。あとはイデアール、準備はできているな?」
ロマノフは聞くとそれを待っていたようにイデアールは首を縦に振り、魔銃を持つ両手が自然と力が入る。
そのイデアールの応えを聞くとロマノフは満足したように頷く。そして堂々とイデアールに告げる
「新たなロマノフよ、貴様はきっと数多の困難に、壁に当たるであろう。
しかしその全てを乗り越え、最後には勝利を掴み、勝利を求め続ける新たななるロマノフよ!貴様はこれから名乗りを上げる時、これからこう名乗るがよい。」
────────
* * * * *
目が覚める。イデアールは煉獄から現世へと戻ってきた。
村の各地がまだ燃えていた。イデアールが斬られてからそう長く経っている訳ではなさそうであった。
実際、イデアールを斬った魔族は村の中心でほぼ全ての村人を食べ終わっていた。
イデアールはそのまま魔族がいる所にゆっくり進んでいく。
魔族はその向かってる足音に気付き、そっと剣を抜く。
恐らく村周辺の兵士が惨事を聞きつけ来たのかと思い振り向く。そこにいたのは兵士ではなかった。
その代わりに魔銃を2丁構えたイデアールがいた。
「動くな」
イデアールの小さな手にあつらえたかのように、ピッタリと収まる、魔銃
魔族はイデアールから感じられる禍々しさにたじろぐ。
斬る前までは魔力の反応は無かったのに対し、今の彼女は彼の魔力の数倍はイデアールにはあった。
しかし魔族は一点抜けていた。
魔銃というのはかつて、古の超獣達のある一定の種族でしか使われていない武器であった。
しかし魔銃は現代の人間達によってその技術を解読されたが、余りにも人間には扱える代物ではなく、魔銃というのは超獣達しか使えない武器だとされていた。
だから、使えない。その概念が彼を惑わせる
「あ?何だ、そんなオモチャ構えて、何してんだ?」
オモチャでは無かった。この魔銃は正真正銘の、魔銃だった。
イデアールは魔銃に一丁ずつ1発分の魔力を魔弾に装填する。
その時のイデアールの気配、眼、そしてその魔銃から漂うオモチャではあり得ない存在感に、徐々に彼の顔から表情が消える。
ガチャン、と魔銃からイデアールにしか聞こえない音が聞こえた
直感で感じた。魔弾が魔銃に装弾されたと
間違いなく撃てる。殺せる。イデアールには確信としてそれがあった。
「……それ、オモチャだろ?なぁ、お前、何を…」
長い長い沈黙の先に、彼は冷や汗と半笑いを浮かべながら、そう言った。
イデアールは応えない。喋らない。その必要がないからだ。
食いしばったイデアールの歯の隙間から、フーッ、フーッと獣のような吐息が漏れる。
この状況の主導権は今、完全にイデアールに移ったのだ。
「分かった、俺が悪かったから、ここは1つ話を……」
その瞬間、魔銃から発射された蒼く光る魔弾が一瞬にして彼の両腕を吹き飛ばした。
「は?」
彼はまだ状況を飲み込めないまま、仰向けに倒れる。
腕は魔力の粒子となって消えていった
しかし本体の彼はまだ生きていた。とはいえ両腕の再生には時間がかかる為、早く逃げなければと思ったその時──
「おい、何処行くだよ、くそ魔族が」
イデアールが彼の体に押しかかる。
そして魔銃の先端のガンブレードを彼の脇腹に突き刺した。
「これは村のみんなの分!」
彼から声にならない絶叫がイデアールの鼓膜に響く
次に左手で持っている魔銃が彼の胸に突き刺さる。
「これは、お母さんとお父さんの分だ!」
イデアールの声は震えていた。
今まで村で過ごしてきた思い出がふっと蘇ってきたからだ
最後にイデアールは右手の魔銃を脇腹から抜き、大きく振りかぶって彼の心臓へと突き刺した。
さらに魔銃に魔弾を素早く装填し、彼の心臓目掛けて放った。
その心臓から吹き出た血がイデアールの顔と服にかかる。
しかしそんな事イデアールにとってどうでも良かった。
「これは、私の分」
彼は最後何も言えずに魔力の粒子となって消えていった
粒子となって消えていくのと同時に服と顔に付いていた血も消えていく。
「…あぁ……やったぁ……」
村を襲った魔族を殺した、この手で
彼女の地獄は終わり、光が差した。
しかし、彼女の『眼』には光は差していなかった。
彼女の眼にあるのは煉獄よりも深い深い絶望であった。
イデアールの体が急にずしん、と重くなる。
初めて魔力をあんなにも使ったためその反動が今になって襲ってきた。
身体の中にある力が抜け出しぐらりと傾き倒れるかと思った寸前誰かが身体を支えるのが分かった。
誰かと思い首を上げ見てみると、眼鏡をかけた飄々とした白髪の老人がいた。
するとその老人はイデアールに気付いたのかやさしい声色でこういった。
「よく、頑張りましたね。今はゆっくり眠りなさい。」
その言葉が最後に聞こえたのを最後にイデアールは再び闇に包まれていくのだった。
不定期投稿です
どうぞよろしくお願いいたします