ビヨンドザアイドルマスター 作:ゆきのこ
「プロデューサーはあたしに前世の記憶があるって言ったら信じる?」
そう言って少女はテーブルに両手を付き身を乗り出し、俺の顔を覗きこむ……そこで前髪で見え隠れしていた彼女の瞳を間近で見た。
目が合えば誰もが惹き込まれざるを得ない天性の瞳。ブラックホールのように吸い込まれそうな虹彩に、瞳孔には眩しく光る星が双方に浮かび上がっていた。
「しかもアイドル。うん、これって運命って奴なのかも」
街で偶然見かけ、アイドルにならないかと声かけたのが運の尽き。
思えばこの日に俺は呪われてしまったのだ黒髪を
「社長達が言ってたドームはみんなの夢って言葉。アイが立てなかった舞台に立てばもしかしたらあたしは………」
いつか自分の担当アイドルをドームに立たせるという俺の夢を目の前の少女は叶えてくれる……そんな盲信をしてしまうほどに星河ひとみという存在に魅了されていた。
「………うん、やろっかアイドル」
「そうか! やってくれるか! それじゃ……」
「ただし!」
前世の話に雪崩れ込む訳でもなく何やら勝手に逡巡し、納得し、アイドルをやることを決意してくれた星河さんに思わず立ち上がって声を上げる。続く言葉を制止するようにびっと右手を前に出した彼女はアイドルをする条件を俺に一つ提示するのだった。
✴︎✴︎✴︎
「ユニットで売り出すのはなし!? ソロでしか受けないって………それを了承しちゃったんですか!? 社長に断りもなく勝手に!?」
驚きとやや呆れを含ませた責めるような声色の言葉を俺は当然だと受け入れる。
今のアイドル業界、ソロで活動するアイドルは皆無に等しい。
何故ならメディアの比重がテレビに寄っていた昭和や平成初期とは違い、娯楽の多様性化によってアイドル自体の注目度が下がった故にあらゆるニーズに少しでも触れられるようにユニットという体系が今の時代に合っていることが一つ。
二つ目は飛び抜けたアイドルの才能が生まれにくい時代になっていること。それは昭和の時代よりもアイドル志望が増加していることや大人数アイドルグループの流行、美容化粧品の発達など、平均が底上げされ昔よりも高低差がないからである。
「いいですかプロデューサー? どんな人気アイドルも最初はユニットを組んで人気を得た上で各種メディアから個人に向けたオファーが増えていくんです! 今のソロアイドルは人気が出てからじゃないとなれないんですよ。それにこの事務所はメディアにゴリ押し出来るほどの影響力もありません。
「………分かってるよ」
それでもあの時目を焦がした輝きを取り逃がす事などあってはならない。それほどの人を惹きつける何かを彼女は持っていると感じたからーーー
「悠里さんも一度会ってみれば分かると思うから」
事務員は納得出来ていなかったが、取り敢えずひとみを連れてきてそれで判断してもらうこととなった。
ーーーーー
「へー、ここがプロデューサーの会社の事務所かー………狭いね!」
「ぶっちゃけすぎじゃない?」
「だって一応今ノリにノってる
学校のない休日の土曜日、846の事務所についてひとみは正直すぎる感想を述べる。
アイという絶対的なアイドルが降りて十数年、アイドル業界の勢力は随分様変わりした。
大人数アイドルが世間を賑わし、だがそれも数年で衰え、今は3人程度のユニット売りをさせるのがアイドルの主流だ。
「346な346。なんだその疑心暗鬼に陥りそうな名前は」
「……?」
俺が返したネタを理解出来なかったのかちょこんと首を傾げるひとみ。
あざといし可愛いなおい。
「社長の方針でな。アイドル事務所はこのぐらいの広さが良いらしい」
「ふーん、変わってるね。あ、ソファ座って良い?」
聞いておいてそこまで関心はなかったらしく、ソファーを指差し横の俺に顔を向け尋ねるがいいって言う前にひとみは座ってしまった。
「うわー固ーい! つるつる! ウチのソファーでももうちょっと柔らかいよ?」
「ポンポン跳ねるな! スカートの中身見えるから!」
「おっと」
ソファの感触を確かめ、子どものようにはしゃぐひとみにそう指摘するとひとみはスカートを押さえて止まる。
「あはっ、プロデューサーはエッチだね。どうプロデューサー、見たい? 今はそんな可愛くないやつだけど」
「未成年が大人揶揄うんじゃない」
「いたっ」
スカートの裾を摘んでこちらにウインクして冗談混じりに誘ってくるひとみの頭に軽くチョップを入れる。
それに対しひとみは痛がるそぶりを見せる訳でも不満げな顔でこちらを見る訳でもなく、楽しそうに笑っている。
「それにしても殺風景だねこの部屋。もうちょっと彩り足した方がいいよ。他のアイドル達はいないの? あたし会いたーい」
「今は来る予定はないな」
「そうなんだ。ざーんねん」
とても残念そうな声では無い明るい声で返すとひとみは毛先を指先でくるくる回す。
ひとみは一通り事務所の周りを見て回ると、悠里さんと社長が来るまでスマホを弄って待っていた。
「星河ひとみでーす。今日からよろしくお願いしまーす!」
「ああ廣井君から君の話は聞いているよ。346プロ846支部の社長をしている有坂だ。……ふむ、廣井君が見初めただけはあるね。天性の才能を感じる。期待しているよ」
「ありがとうございます社長! 期待に添えて頑張りまーす!」
「うむ」
まずは自分から自己紹介をして社長の心をガッチリ掴んだようだ。お気楽そうに見えてちゃっかりしてるのが見て取れる。
社長の印象は良いようだが対し……
「こっちはこの事務所の事務員をしている山本悠里君だ。悠里君」
「はい、山本悠里です。よろしくお願いしますね星河さん」
「よろしくですー」
悠里さんは礼儀正しいので軽々しく話し、図々しく所属する条件を出したひとみの印象はあまり良く無かった。
「じゃあ挨拶も済ませたしレッスン室に行くぞひとみ。社長は如何します?」
「私はこれから本部に用があるので失礼するよ。後の事は頼む」
「はい、じゃあ行きましょうか悠里さん」
「分かりました」
レッスン室で今のひとみの歌やダンスの実力を測る。それを見てソロで行くかユニットで行くか決まる。
その事をひとみにアイドルに誘った翌日に電話で伝えた。ソロで活動する事がひとみが出した条件でそれを了承したのに後になって変更なんててっきり断られるのも覚悟したのだがーーー
『うんいいよそれで。そのゆみさん? を納得されられればいいんでしょ?』
「悠里さんな。自信あるのか?」
『そうそうゆきさん。まあ大丈夫と思うよ。何とかなるって』
あっさりとひとみは聞き入れる。なんでも軽いよなひとみと思ったものだ。
「私が今日から君の担当トレーナーの藍月だ」
「よろしくお願いしまーす。星河ひとみです!」
「よろしく頼む。では早速君の実力が見たい。何か踊れたり、歌えたりする曲はあるか?」
藍月さんはひとみの今の実力を見てどの程度のレッスンから始めるかを測るようだ。
ひとみはそれなりに歌はカラオケとかで歌っているらしいがダンスは学校の授業ぐらいでしかしていないと聞いている。
だからあいつは歌だけで悠里さんを納得させなきゃいけない。
「うーん、そうだなぁ。うん、やっぱりアイドルソングと言えばコレだよね」
「決まったか? 希望の曲の音源は出来るだけ取り揃えよう」
ダウンロードですぐ曲が買える時代だ。よっぽどマニアックな曲でもない限りインストが無いなんて事はないはず。
そしてひとみは何の曲を入れるかを答えた。
それは今から今から十数年前、アイと呼ばれる伝説のアイドルが所属していたアイドルグループの曲。
そんな髪型以外は生まれ変わりと言っていいほど似ているひとみの瞳に俺たちは目を焼かれることになる。
「ーーーサインはB」
確かに俺は、俺たちはアイを幻視したーーーーー