ビヨンドザアイドルマスター 作:ゆきのこ
「ーーーア・ナ・タのアイドルサインはB」
ラスサビを歌い終わり最後のポーズを決めて数秒後曲が止まる。
皆放心状態で沈黙していた。
歌は上手いが飛び抜けているという訳でもなく、ダンスは思ったより動けているが予想を大幅に裏切ることも無かった。
けど三人ともひとみから目を離せない。
説明できない引力。それはアイドルにとって天性の素質を持つと言えるのではないか。
「はぁはぁ……ふぅ。やっぱりだけど体力面が課題だなぁ。プロデューサーはどう思う?」
「あ、ああ……そうだな」
本人によってその静寂は破れだが、気のない返事をしてしまう。
それを不思議に思うひとみだったが、少し逡巡し理解したのかポンと自分の手を叩いた。
「もしかしてわたしに見惚れてた? いやー照れるなぁ」
「そうだな、釘付けになってた」
「わぉ、プロデューサーに素直に褒められてわたしちょっと困惑」
相変わらず素直なのか演技なのか理解しにくい声で大袈裟にバンザイの身振りをするひとみ。
そして藍月さんからタオルとスポドリを受け取り、端で休憩となった。
「藍月さんはどうでしたか?」
「私はまだまだベテランの域ではないがそれでも色々とアイドルのレッスンを見てきた。トップレベルに羽ばたいたアイドルも何人かは見たことがある。その上で星河はそのトップクラスのアイドル達が持つ何かを確かに感じたよ。歌やダンスはまだまだだけどな」
「そうですか……悠里さんはーーー」
「え、あ、そうですね。確かにただならないものを感じました。これならソロでもやっていけるかもと思えるくらい。でも凄いからこそ大事に確実にユニット商法で売り出すのがいいとも思うんですーーーけどそれだとあの時みたいに………」
心ここに在らずだった悠里さんを呼びかけるとハッと俺の方に首を向けた後感想を言う。どんどんと声が小さくなって最後まで聞き取る事は出来なかったが悠里さんはどちらがいいか決めかねているようだった。
その後、これからの方針は取り敢えずひとみはソロで活動し、芽が出なければユニットで売り出すと言うことになった。
ひとみはその方針に『いいよそれで。もしそうなったらソロで売れないわたしが悪いもんね』と納得してくれたようだった。
ーーーーーー
「やっぱりアイドルの最初の仕事と言えば
「あはは、元気いっぱいだねひとみちゃん」
三日後、宣材写真(自社のホームページに載せる写真)撮影の為、俺たちは撮影スタジオに訪れていた。
本日、ひとみの宣材写真を撮るカメラマンの東堂さんに挨拶をした後、スタジオに着いたひとみは途端にスタジオ中を見て回る。
「すみません。ウチの星河がはしゃいじゃって」
「いやいいよいいよ。そのくらい明るい方が撮る側にとっても楽しめるからね」
「なるほど」
歳上の先輩が飯を奢った後輩の食べっぷりを見て嬉しくなるみたいなもんか。
ひとみは一見失礼な行動をしてるように見えて正しい行動だったわけだ。
素でそれなのか狙ってやってるのか……後者だな多分。まだ知り合って四日しか経ってないがそれでも何となく人となりは分かってきた。
ひとみはその場の流れに適した行動を取る才能があるんだ。それも相手に気取られないくらいの。
一度も拒否の言葉が出てないことからそれが窺える。
「じゃあひとみちゃん、早速撮っていこうか。まずは自分が思うとびっきりの可愛いポーズをしてみて」
「うん分かった! ちょっと恥ずかしいけどーーーかわいいぽぉーず!」
恥ずかしげに頬を染める前置きをし、でも次の瞬間満面の笑みであざとく横ピースを決めるひとみ。
「いいねー! 次は手でハート作って前に突き出してきて!」
「こ、こうかな? ーーー届いた? わたしの気持ち」
ディレクション通りに、それに追加で決め台詞。勿論問いかけるような可愛く首を傾げる事も忘れずに。
写真を撮るだけなら言葉は必要ない。写真に声は乗らないから。
でもそうするのはひとみがカメラマンから見て魅力的に映る為。
何故ならこのカメラマンに良い印象を与える事で次の仕事に繋がる可能性がある。
東堂さんは元はテレビ局のカメラマンだったらしい。十年ほど勤続したのちフリーのカメラマンになったそうだ。
なら今でも局の人達との繋がりがあるかも知れないし、そこから芋づる式にDやPにひとみのことが伝わることだって無いとは言えない。
それに芸能界というものは広いようで狭く、すぐ噂が広まるものだ。特に悪い噂は。
人の噂に戸は建てられないと言うし、頑張っていると言う姿勢を取る必要がある。
撮影は順調に進んでいく。可愛い顔やポーズだけじゃない、時にアンニュイに、時にカッコよく、東堂さんの要望にひとみは応え続けた。
そして休憩に入ると、ひとみは一目散に東堂さんの元に駆け、感想や改善すべき事を聞きに行く。
本当にひとみは人の心情をよく理解しているな。人の教えたがり体質を上手く利用している。特に男なんて幾つになっても可愛い女の子に頼られることに弱いからな。
それから暫くして俺の元に来た。
「プロデューサー、どうだった? わたし」
「ああ完璧。問題なさすぎて怖いくらいだ」
「じゃあそろそろ例の問題になるかもな事起こす?」
「………本当にやるのかあれ?」
「プロデューサーもOKしてくれたじゃん。今更怖気付いたの?」
東堂さんもプロフェッショナルだ。こちらが頼めば疑念は付くだろうけど撮ってくれる。けど撮り終えた後の事を考えるとなぁ。
「当たれば急速にスターダム街道真っしぐら、けど外せば炎上待ったなしだろ? 不安にもなる」
「でもこれくらいのギャンブル出来るのは無名の事務所、無名のアイドルの内だよ? 大丈夫、いけるいける!」
「軽いなぁ」
それも一理あるから俺も渋々ひとみの提案を飲んだ訳なんだけど。
「じゃあプロデューサー、今から着替えてくるから後はよろしくね」
「はぁ、分かった。着替えたらすぐ戻ってこいよー」
「分かってる分かってる。それじゃあまた後でね」
ひとみはスポーツバックを片手に更衣室へ向かって行った。
さてと。
俺はカメラ内データで、撮った写真を確認している東堂さんの元へ。
「あれ、ひとみちゃんは?」
「更衣室へ着替えに行きました」
「着替えに? ああ彼女アイドルでデビューするんだっけ。もう出来たんだアイドル衣装」
「まあそうですね。そんなところです」
出来たんじゃなくて最初から出来てあったものを使うというか。まあアイドル衣装には変わりない。
俺はこれから出てくるひとみに対して何も言わずにただ撮ってあげてくださいと東堂さんに頼み、了承してくれたので今まで撮ったひとみの写真を見せて貰いながらひとみが戻ってくるのを待つ。
そしてーーーーーー
「っ! こ、これは……」
アイドル衣装に着替え、戻ってきたひとみを見て東堂さんは息を呑み、思わず驚きの声が漏れる。
だが彼もプロ、疑問は尽きないだろうが撮影を再開。先程の楽しそうに撮っていた時とは打って変わって真剣な顔でひとみを撮る。
ただひたすらに一言も指示を出す事もせず撮り続け、30分後つつがなく撮影は終了となった。
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました!」
ビルのエントランスを出た先で、俺とひとみは東堂さんに頭を下げる。
「あははとんでもない。こちらこそ今日は得難い体験をさせてもらった。ひとみちゃんが
「ごめんねー、ちょっと東堂さんを驚かせてみたかったの」
「それならひとみちゃんの思惑は大成功だ。おじさん本物のアイが現れたと思っちゃったくらいだもの」
そう、ひとみは宣材写真を撮ると決まった時にアイが着ていたようなアイドル衣装で写真を撮りたいと俺に提案した。
といってもアイの衣装とは微妙に異なっているのだが。
「アイはわたしの前世だからね、似てるのも当然なんだよ?」
「ぜ、前世……?」
「暫くはそう言う設定で売り出そうかと思いまして」
俺はひとみの言葉の補足をする。
何しろウィッグを被れば瓜二つだ。それがひとみを売り出すフックとなる。
「あ、ああ……設定、設定ね。一つ聞くけど大丈夫なの?」
東堂さんが心配して俺に尋ねてくる。それはひとみの頭が大丈なのかという心配ではなく、そう売り出すことのデメリットを心配してるのだろう。
メリットは有名人の名前を使える事とモノマネを売りにした番組へプッシュしやすい事だ。
有名人の検索ワードのサジェストに乗ったり、関連でひとみの事を知ってもらえる。モノマネ番組に出ることが出来ればたちまち有名になる筈。それ程ひとみのアイは完成度が高い。
デメリットは大きく二つ。
一つはモノマネ芸人がモノマネでしか呼ばれなくなるように、ひとみもそうなる可能性があるという事。でもそれに関しては心配していない。それ程ひとみのアイドルとしての才能は飛び抜けている。一度その才覚を披露する機会を作ればモノマネ一辺倒には間違いなくならない。
だから最大のデメリットはもう一つの方。
それは芸能人への誹謗中傷。それで毎年何人もの自殺者を出している。
日本はそれ程ではないがとある国など毎日何十人もの死者が出る程に深刻な問題だ。
ひとみの場合はアイのモノマネをする事により、アイの熱烈なファン達の敵意がひとみに向く事は否定出来ない。
それにひとみが真似をするのはただのアイドルではなく伝説的アイドルで、それも既に亡くなられた人物だ。死者への冒涜だと言われてしまえば黙り込むしかない。アイの所属していた事務所だって良い顔をするはずが無い。
ひとみがアイの真似で自身を売り出す事を提案してきた時、俺は勿論そのデメリットを思い付きひとみに言ったのだが彼女はーーー
「大丈夫だよ。アイドルとしてのわたしでアイの熱心なファンだって虜にしちゃうんだから!」
今東堂さんに言った言葉を俺にも言ってきた。
俺には追加の一言もあった。
『だってアイのファンなんだよ? わたしのファンにならない訳がないよね!』
そうあまりにも自信ありげに胸を張って言ってくるので俺もそう信じたくなったんだ。
だからその日の内に俺は今は解散したB小町の所属していた苺プロにアイのモノマネをして良いですかという大変不躾なお願いのメールを出した。
「そうかい。そんなに言うなら何も言わないよ。頑張ってね一ファンとして応援してるよ」
「あはっ、東堂さん。わたしのファン第二号だね!」
「二号? なんだ一号じゃないのかい?」
「一号はほら、ここにいるから」
「プロデューサーは最初のファンだからね。仕方ないかぁ」
ひとみは俺の肩をポンポンと叩いた。
「それじゃあ今度こそ失礼するよ。今後とも何かあればよろしくお願いします」
「はい此方こそ、今後とも星河諸共よろしくお願いします」
「うん、では」
東堂さんが一礼し、此方も倣って頭を下げる。その後東堂さんが此方に背を向けてこの場を去って行った。
俺はひとみの自宅近くまで彼女を車で送り届け、事務所に報告書をあげた後自分の家へ帰るのだった。
ーーーーー
「ん、メール? 846プロプロデューサー廣井真斗ーーー846プロ……聞いた事ない事務所ね。名前の感じからして346の系列かしら」
B小町が所属していた元アイドル事務所、現在はタレント事務所となっている室内にて現社長のパソコンに届いたメールをミヤコはチェックする。
「これはーーーっ!?」
送られてきた内容と添付されたファイルをクリックし出てきた写真に思わず飛び上がりそうになるミヤコ。
(あの子達が帰った後で良かったわ。まさかアイそっくりな子の写真送られてきて、アイのそっくりさんとしてデビューさせたいなんて内容、どうなっちゃうか目に見えてるもの)
伝説的アイドル、アイの隠し子にして熱狂的ファンでもある二人にとって、これは地雷の上でタップダンスを踊るようなもの。まず爆発する。
死者への冒涜。身内にとっては最強最悪の地雷原だ。
(かく言う私もいい気はしない。本来なら断るべきだし、無視しても許される。けどーーー)
一度会ってみたいなんて二人にもし言えば絶縁されかねないことをミヤコは考えていた。何故ならそれ程までにーーー
(似てる。それに私たちが良い顔をする筈がない、とても失礼なメールだと分かっていてそれでも許可を取りにくるほど売り出したい逸材ということよね。かく言う私もこの子とアイの写真を同時に出されたらどちらが本物か見分けが付かない。あの子達なら分かるかもだけど)
「一度会うくらい良いわよね。勿論二人には内緒で、勿論断るから」
ミヤコはメールを返信し、後日846プロの事務所にて彼女はひとみ達と会う。
その一時の気の迷いでの邂逅はミヤコに何を齎すのか。それは神にも分からぬこと。