泣きながら胸中のモヤモヤを叫ぶダウナー系オリトレをクリークのバブみの海に沈めたいだけのお話です。
「……ごめんね」
覚えている親の声はそれくらいだ。顔の記憶ももうあやふやだった。
よくある話だ。一応先進国にあるこの国でも一歩道を踏み外せば様々な物を失う。例えば仕事。例えば人脈。例えば財産。
ウチの家はその全部を失ったらしい。らしい、というのはその事実を知ったのが随分と後になってからだ。
そんな、少数派ながらもよくある不幸に見舞われた家に生まれた俺は、ただし悪い方に珍しい事に、裏社会の組織に売られた。
「今日からオマエはウチで働く事になった」
「おい新入り! グズグズするな!」
「お前、体はヒョロいが頭は悪かねぇな。そっち方面の部署に回すか」
幸か不幸か、筋肉的な意味で身体が弱かったが物覚えは良かった俺は、組織にいた他の構成員のような荒事をさせられることは無く、かといってそれに勝るとも劣らない後ろ暗い『仕事』の片棒を担ぎ続けた。『仕事』をしくじった間抜けが、次の日には組織からいなくなっている。そんな環境を当たり前のように受け止めながら。
「おい坊主、お前はこの中のウマ娘だったら誰が勝つと思うよ?」
「……マジか、5レース全部の1着を当てやがった……2、3着もほとんど外しちゃいねえ……」
「首領≪ボス≫。コイツ、使えますぜ」
大きな転機になったのはもうすぐ10歳になるかどうかといった年齢の頃。小間使い兼後学のためと呼び出された幹部会議の休憩中、テレビで流されていたトゥインクルシリーズのレースに盛り上がっていた幹部たちの1人が、冗談半分で俺に意見を聞いてきた事から、全てが始まったと思う。
トゥインクルシリーズには莫大なカネが動く。
多種多様なグッズを制作するには多くの人間が動くし、人間が動く所では相応のカネが必要になる。とはいえ需要と供給の原則は絶対だ。企業側はグッズの売れ残りを避ける為にレースに勝てそうなウマ娘の情報にはカネを惜しまなかったし、その情報を得るためには、組織のような日陰者にカネを払う企業も少なくなかった。
レース場だけでなく、様々なイベントに行き、ウマ娘を見て、情報を得て、レースの着順を予想する日々。その結果企業から得られるカネは、犯罪で得たカネと混ざる事で出所のあやふやなカネになる。絵に描いたようなマネーロンダリングだった。
収入の増えた団体が次に行う事は企業も犯罪組織もそう変わりはない。規模の拡大と、さらなる収入源の発掘だ。そして次に組織が手を出したのが、レース結果について賭ける裏賭博だった。
トゥインクルシリーズにおける賭け事は法律で禁止されている。だがそもそも組織は法律なんて気にするような甘い団体ではない。裏賭博に参加するような連中も倫理観よりカネへの執着が勝つようなイカレた人間ばかりだ。
結果から言うと裏賭博は組織からすれば大失敗だった。
賭博そのものは上手く行ったらしい。ただし、あまりにも上手く『行き過ぎた』。
客が増え、カネの流れが加速し、――当局に踏み込まれた。
「警察だ! 全員動くな!」
「手を上げろ!」
怒号と共に踏み込んでくる警察官たち。完璧な奇襲を受けたせいか怒鳴り声を挙げるくらいしかできない組織の構成員。
そしてその日、組織は壊滅した。
俺も警察官に捕まり――この場合『保護』の方が正しいのか――数日間事情を聴かれた後、児童相談所に送られた。
犯罪の片棒を担ぎ続けた以上当然だと思っていたが、後になってガサ入れ当日に難を逃れた組織の残党を一掃するまでの保護のためだと聞かされた。
なんでこんな事をつらつらと言っているのかって?
それは俺という人間がどんな存在か知ってもらいたいからだ。
親に売られ、裏社会の組織で犯罪に加担し続け、『普通』の人生とはまるで無縁だった。それが俺だ。
だからこそおかしいんだ。
まともな人間じゃない。日の当たらない、暗い側の人間である俺――阿久薬 仁狼≪あくやく じんろ≫――が、日の当たる所にいる、キラキラしたウマ娘たちと関わるというのは。
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世界が色あせて見える、という表現があるだろう。
気分が落ち込んでいたり、ショッキングな出来事があった後の心情を表した言葉だ。上手い表現だと思う。もちろん実際に色彩に異常が起きているわけではない。信号はちゃんと青で渡るし、街のイルミネーションは様々な色で輝いている。
だというのにそれらが酷く色あせて見えるのは、俺の心に余裕が無いから、というのが一番大きな理由なんだと思う。
「はぁ……」
ため息をひとつ。二酸化炭素を多分に含んだ吐息が大気に放出されるが、道行く人は特に気にも留めずに歩いていく。東京は誰も自分の事しか考えていないと言う人もいるが、少なくとも今の俺にはその無関心さがありがたかった。
何を考えても暗くなる未来しか見えない。極め付きはその未来も決して明るいとは言えない。
まだガキだった俺が組織で重宝された最大の理由、それはウマ娘の能力、いや、スペックと言った方が良いか。それがなんとなく分かる。というものだった。
例えばパドックに出てくるウマ娘を見ていれば、このウマ娘はスピードこそ控えめでBプラスくらいだけどパワーと根性はAと優れているな、終盤の差し脚に期待が持てるな。とか、逃げ宣言しているこのウマ娘はスピードがAプラスだけどスタミナがDプラスだし終盤に垂れるかもしれないな。とか。そういった予想が簡単に組めてしまう。ロードワーク中のウマ娘を見ても同じだ。この子は有望そうだ、この子はこの先厳しそうだ。なんて事がすぐに分かってしまう。
その情報を元に組織は賭博の胴元をやっていたのだから酷い詐欺だ。上客には有望株を教える事で勝ちの分から情報料をいただき、どうでもいい客からは有り金を捲き上げる。グッズ販売を行う企業にも情報をチラつかせれば食いつく所も多い。
自分で言うのも悲しい話だが、俺は随分と組織を潤わせていたと思っている。そして犯罪組織が潤うと言う事は、それ相応の被害者もいた事に外ならず。
「通達ッ! 来年度から君には独り立ちして、トレーナーとしてウマ娘の面倒を見てもらう!」
昨日理事長から告げられたこの言葉。とうとう来てしまったか、という気持ちと、来るべきものが来たかという気持ちが半々だ。
そもそも俺はトレーナーになるべき人間じゃない。ウマ娘のトレーナーは、ウマ娘のためなら当たり前のように全身全霊を尽くし、彼女たちが全力でレースを走れるように万難を排し、それでいてアスリートでありながらも実際はまだまだ思春期の少女でしかない彼女たちを力強く支えられる。そんな人間がやるべきなんだ。俺のような利己的で、カネのために汚い真似もしてきた人間は、そもそもトレセン学園にすらいるべきじゃないんだ。
じゃあなんで俺が今こうしてトレセン学園にいるのか? それは俺が秋山家に対して大きな大きな借りがあるからだ。
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警察に保護され、児童相談所に行くことになった俺だが、ここでも俺は普通ではいられなかった。
本来俺のように両親が蒸発したガキというのは、普通であれば児童相談所から親類縁者または児童養護施設に送られる。
だが俺が組織でやってきた事が、その『普通』を許さなかった。
ウマ娘の持つチカラを文字通り見抜く能力。賭博や企業との癒着を行っていた組織が壊滅したとしても、同じような事を考える悪党は掃いて捨てるほどいるだろう。そんな悪党にとって、まだガキでしかない俺は攫ってでも手に入れたい存在で、ただの民間人でしかない両親の親戚や、毒親の相手には慣れていても組織犯罪には不慣れな児童養護施設では俺の安全を確保できないと、役所のお偉方は考えた。
だったらどうする。行政に匹敵するチカラを持ち、各業界に多大な影響力を持つ秋山家に白羽の矢が立つのはある意味で自然な成り行きだった。
かくして俺は一時期秋山の姓を名乗り、俺の能力についての検査を時たま行う事と引き換えに高校にも行かせてもらえた(大学進学も勧められたが流石に固辞した。そこまで甘える訳にはいかない)。そして進路について秋山の当主様に尋ねられた際に「就職です」と答えたら、トレーナーライセンスを取らないかと勧められたのである。
もちろん最初は断った。自分自身ウマ娘のトレーナーが向いているとは思えなかったし、就職活動に必要な勉強とトレーナーライセンスの試験勉強ではやるべき量やら質がまるで違う。しかし当主様のこの言葉で俺の決意はガラりと変わった。
「君が私たちに恩義を感じているのは知っているつもりだよ。その上で勧めたいんだ。中央のトレーナーライセンス試験は難関な事で有名だからね、これを持っていれば有名企業から引く手あまただよ?」
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結果から言うと当主様の言葉通りだった。どう考えてもおかしいとしか言えないレベルの勉強を必死になってこなし、それでも1度試験に落ち、青息吐息で勝ち取ったトレーナーライセンスは、履歴書の『資格』欄に書き込むだけで採用担当者がニッコニコで連絡を取ってくる必殺の武器だった。
俺の手を引くチカラが一番強いのがトレセン学園だというよく考えれば当然の事実を把握したのが学園の採用担当者からかかってきた凄い勢いの電話対応を終えた後だったし、中央のトレーナーの平均給与を知った俺が他の企業に見向きもしなくなる事を予想した上で当主様が俺に試験を勧めてきたと知ったころには、当の本人はとっくに引退して隠居の身になっていた。
ハメられたとはいえトレセン学園の給与体系を知ってしまったら他の企業に
移る気にもなれず、俺は3年ほどベテラントレーナーの下でトレーナーのいろはを学んだ。学べば学ぶほど俺にできるのだろうかという不安が募ったが、俺の能力は憎らしい程にトレーナー向きだった。
実際にサブトレーナーとしてウマ娘たちのトレーニングを見るのと、レース場やロードワーク中の彼女たちを見るのとは全く違った。勝ちたいという気持ちが逸ってオーバーワークをしてしまい、無茶が祟って予定していたトレーニングメニューをこなせないこともあった。トレーニングを積んでも思ったように結果を出せず、涙と共に学園を去るウマ娘も大勢見た。世に出回っているウマ娘たちのキラキラした輝きは、夢に向かって流した汗と、夢破れて流した涙のきらめきで出来ていると、その時になって初めて理解したと言っても良い。
長いようであっという間の下積み期間。俺はとうとう独り立ちができると上から判断されたのだろう。
緊張で震えそうになる手をなんとか押さえつけて、俺は秋山やよい理事長(トレセン学園の歴代理事長の多くが秋山家から出ているのもライセンスを取ってから知った。やっぱりあのご隠居は最初から俺をハメていたに違いない)から内示を受け取った。
クリークまだ出てないんだ。ごめんね……