いつか大河に至るその日まで   作:とある物書きMr.R

6 / 6
いい加減サブタイトルに困ってきたので初投稿です。


契約 〜いきなり残業伝説〜

 人生とは良くも悪くもサプライズの連続である。

 「うっそ!? マジかよ!?」と狂喜乱舞することもあれば、「なん……だと……」と絶望することもある。

 俺にとってスーパークリークからの逆スカウトは、間違いなくサプライズであった。それが良いか悪いかは別として。

 

 

「あれは、誰だ?」

「アイツは……確か今年サブから上がったばかりの新人だったはず」

 

 

 ざわ、ざわと周囲のトレーナー陣から広がるどよめき。驚愕が大部分だがすぐに嫉妬も交じりだす。「えっアイツが!?」から「アイツより自分の方が……」へと変身を遂げる。無論表に出すような人は少ないし表に出し続ける人はもっと少ない。でも、だからこそ零れてしまった本音はどこまでも『本音』であった。

 

 

「スーパークリークさん、気持ちは嬉しいんだが……どうして俺をと訊いてもいいだろうか?」

「うーん、明確にこれという理由を話せる訳ではないのですが……」

 

 

 困ったように笑いながら、それでも彼女は私に告げた。

 

 

「あなたが一番、甘やかさなきゃいけない人に見えたから。ですよ」

 

 

 問、未成年のウマ娘に多くの先輩トレーナーたちの目の前で「甘やかしたい」と言われた成人男性の心境を答えよ。

 ざわ、ざわと周囲のトレーナー陣から広がるどよめき。今度はさっきのものとは種類が違う。「えっ、アイツ……」とか「うそ、ヤバ……」とか、そういった類のものだ。

 ぶわっ、と一瞬で背中に広がる冷や汗。血の気が引くとはまさにこの事か。というか甘やかさなきゃいけないとはなんぞや。

 

 

「……ちょっとよく意味が分からないんだが、俺としても君のような優秀なウマ娘と契約する事に異議はない。よろしく頼む」

「はいっ」

 

 

 と、そういう訳でその場で鞄から契約書を取り出し、スーパークリークと俺、双方のサインをもって契約が成立する。

 こうして俺は、「トレーナー」と名乗っても矛盾のない存在になれたのであった。

 

 

 ちなみに契約書を提出しに行った先で理事長秘書のたづなさんから「担当ウマ娘との関係性については気を付けてくださいね?」と太めの釘を刺された。これについては俺は悪くないと主張したい。

 

 

 ※※※※※

 

 

「改めて君のトレーナーになった阿久薬だ。よろしく頼む。

呼び方は君が好きなように呼んでくれて構わない」

「こちらこそよろしくお願いします~」

「あぁ。

 

 さて、こうして君のトレーナーになった訳だが、まず君がこのトレセン学園、ひいてはトゥインクルシリーズでの目標を聞いておきたい。

その目標の達成に向けてトレーニングプランを練っていかなきゃならないからな」

 

 

 トレーナールームに備え付けられているホワイトボードに大きく『目標』と書く。どんな物事にも通じるが、これという大きな目標を立ててその達成に向けて小さな努力を重ねていくのが一番の近道だ。

 スーパークリークも中央に来るようなウマ娘だ。クラシック3冠の制覇とか、グランプリウマ娘に! という大目標が出てきても何らおかしくはない。

 

 

「私は……スーパークリークです。

 今は細く、小さなせせらぎであっても、いつの日か大きな流れとなって沢山の人の渇きを癒せるような、そんなウマ娘になってくれる。

 そんな願いを私に託してくれた人に、そんな存在になれると信じてくれた人のために、私は走りたい」

「それは……」

 

 

 思っていたよりも遥かに真摯な願いだった。今の彼女のステータスを見られる俺からすればどこがクリーク≪小川≫だと思わざるを得ないが、もしかしたら過去に何かあったのかもしれない。迂闊には踏み込めないが。

 しかし、だとすると生半可な結果では彼女は満足しないだろう。

 

 

「それはまた、壮大な願いだな」

「難しいでしょうか……?」

「いや、できる」

 

 

 その点だけは即答できた。

彼女の肉体のスペックはこの中央にあってもトップクラス。努力の方向性を間違えなければそれこそクラシック3冠や他のG1レースをいくつも勝てるウマ娘になれるだろう。

 

 

「ふふっ。ありがとうございます、トレーナー。

 そうなると、トレーニングの前に体力測定などをするのでしょうか?」

「いや、先ほどの走りで君の適正は大体把握できた。

 君の場合は芝コースの中距離から長距離、作戦は先行策がベストだろう。スタミナが豊富にあるようだし、スピードも悪くない。うまくハマればトップスピードを維持して相手をすり潰すようなレース展開に持ち込めるだろうな」

「……少し、驚いてしまいました。クラスの先生からは『トレーナーが付いたとして最初に行うのは距離や脚質の適正を確認するための体力測定』と聞いていたので」

「え」

 

 

 待って。選抜レースって脚質とか適正を見抜くための物じゃないの? サブトレーナー時代に師事したベテラントレーナーはウマ娘の脚とか走りを見て大体の適正を見抜いていたし、秋山の家にあったトレーナーの為の秘伝書みたいな本に『トレーナーたるもの己が目で担当を見極めよ』って書いてあったからそういう物かって思ってたんだが?

 

 

「……俺の場合はちょっと特殊かもしれないな。教えを受けたトレーナーがかなりのベテランだったし」

「だとしたら私は幸運ですね~」

「俺としても君のようなウマ娘を担当できて光栄だ。

 さて、改めて君の目標についてだが、まずこの夏、8月にデビューをして10月ごろに重賞に挑戦。来年のクラシック3冠レースを目指そうと思う。クラシックレースについて分からない所はあるか?」

「基本的な知識は勉強しました」

「よし、では3冠でも別格のレース、東京優駿、日本ダービーの勝利を最初の大目標として、それに向けたいくつかの小目標を立てよう。

 スーパークリーク、君の脚ははっきり言って世代でもほとんど頂点に近い。日々のトレーニングでも大きな注目を集めるだろうし、レースに出ればまず研究の対象になるだろう。よって」

 

 

 壁に掛けてあるカレンダーをめくり、来年の10月と11月のとある日付に赤ペンで丸を描く。

 

 

「10月の紫菊賞に11月の京都ジュニアステークス。条件戦からの重賞で経験を積んで、日本ダービーに挑もう」

「はいっ!」

 

 

 目標:京都ジュニアステークスに出走

 

 

 ※※※※※

 

 

「それでは、失礼します~」

「あぁ。寮はすぐそことはいえ、気を付けて帰るんだぞ」

「はい、では明日からよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく」

 

 

 スーパークリークを送り出してからパソコンを立ち上げる。方針が決まった以上明日からトレーニングを始めるし、そのためには学園の各施設を予約しないといけないからだ。

 申請書、申請書申請書……延々とキーボードを叩き、出来上がった書類については間違いがないか2度確認する。書類不備で俺が怒られるだけならまだしも運動場を使えないことで一番困るのはスーパークリークだ。間違いは許されない。

 と、机の内線電話が着信を告げた。反射的に受話器を取る。

 

 

「はい、こちらは阿久薬」

『阿久薬トレーナーさん、お疲れ様です』

「たづなさん」

 

 

 電話の相手は理事長秘書のたづなさんだった。……何の用だろうか。

 

 

『先ほど送付いただいたスーパークリークさんとのトレーニング契約書類について確認を完了しました。特に不備はありませんでしたので契約は明日の午前0時をもって効力を発揮します。明日からは通常通りトレーニングを行っていただいて構いません』

「それは良かった。今各種施設の利用申請の書類を作成していたもので」

『今の所どの施設も十分空きがあるので慌てなくて大丈夫ですよ』

「ありがとうございます。ですが用意出来次第提出しようと思いますので、確認のほど、よろしくお願いします」

 

 

 たづなさんから追加される安心材料。どれだけ書類を早く提出しても「もうそこは一杯なんです」とか言われたらどうしようもないからな。

 

 

『それは構わないのですが……今の時間、分かっていますか?』

「え? ……あ」

 

 

 パソコンに表示された時間は業務時間終了まであと20分ほどであることを示していて、それすなわち今から書類を提出する事はたづなさんに残業をさせる事と同義になってしまう。

 

 

「失礼しました。申請書については明日提出しますので」

『そういう意味ではありません。阿久薬トレーナーもまだ新人なのですから、定時でしっかり帰ってください!』

 

 

 とはいってもスーパークリークのトレーニングは待ったなしだ。まぁ書類だけ作ればいいし残業申請だすまでもないからこのままでも良いか……?

 

 

『ちなみにパソコンの起動時間はすべて把握していますので。サービス残業している様子が見受けられた場合はトレーナー室までお伺いしますね?』

「ハイ、ワカリマシタ」

 

 

 アカン(アカン)。

 こうして俺はほどほどの時間で仕事にひと段落をつけると、パソコンを畳んで家路(とはいってもトレーナー寮だが)につくのであった。

 

 

 ※※※※※

 

 

「お、いい感じのお値段になってる」

 

 

 帰宅直前になって冷蔵庫の中身が心もとない事を思い出した俺は、近所のスーパーへと足を運んでいた。

 野郎の一人暮らしといったらコンビニ弁当ばっかり食べているとか思う人もいるかもしれないが、少なくとも俺は自炊派だった。理由は簡単で、コンビニ弁当って普通に高いからである。

 例えば麻婆豆腐。コンビニで買おうものならワンコイン500円は覚悟しないといけないが。

知ってるか? 麻婆豆腐(6人前)ってスーパーで材料揃えたら200~300円で作れるんだぜ……? 素の値段が安くて120円、豆腐が安売りだと70円くらいで買える時もある。

 

 ついでに卵1パック(税込み192円だった。助かる)に安くなっていたパックのサラダ(1つ税込み88円。本当に助かる)も買って、これだけあれば家にある物も込みで1週間は食いつなげるだろう。

……野菜への出費を抑えたい? ならそこにもやしがあるだろう? あれなら1袋税込み31円だ。

 

 

 家に帰ったらスーツから部屋着に着替え、手洗いうがい。どうでもいいが、どうしてスーツを脱ぐ時ってこんなにも開放感を得られるんだろうな。

 

 先ほど買った麻婆豆腐の素の箱を開封。パックに入った素と、別袋に入ったとろみ粉を取り出して開封、コップに入れる。素は横にしないで立てかけておこう。後がやりやすいぞ。

 そしたら水の準備に入る。とろみ粉を溶かす用の水90mlと、素と一緒に温める360mlの2つを用意しよう。計量カップが無い時は案外ペットボトルが使えたりする。お茶とか、種類によっては残りが分かりやすいように何ミリってラベルに書いてあったりするからな。大体は把握できるぞ。

 とろみ粉は90mlの水で溶かし、よくかき混ぜる。かき混ぜが足りないと後で困るからしっかり混ぜておいた方が良いだろう。

 そして豆腐のパックを開帳。だいたい2センチ大に切り分けて、適当な器に入れておく。

 次はフライパンの出番だ。軽く流した後に水気を切ったら、箱から取り出した麻婆豆腐の素の口を切ってフライパンに投入。事前に計量した水と一緒に中火で軽く煮立たせよう。

 麻婆の素が煮立ってきたら、角切りにした豆腐を入れる。そしてひと煮立ちしたら一旦コンロの火を止めよう。

 火を止めるとフライパンの中身の動きが落ち着くはずだ。そうしたら最初に用意した水で溶いたとろみ粉を回し入れる。この時に火を消さないと、とろみ粉が入れた傍から固まってしまい悲惨な事になるから、必ず火を止めることが大事なんだ。

 とろみ粉を入れたら、豆腐を崩さないようにフライパンの中身をかき混ぜる。そして再度中火で温めると、しばらくしてとろみが出てくる。そうすれば麻婆豆腐の完成だ。

 朝の内にどんぶりによそって冷蔵庫に入れておいたご飯をレンジで温めて、スーパーで買ったサラダにドレッシングをかけたら、本日の夕食、麻婆丼Withサラダの完成だ。麻婆はたっぷり6人分あるから、なんとこれだけで丸2日分のおかずを確保したことになる。だが、

 

 一番気に入ったのは――値段だ。

 味に間違いがない上に食費もセーブした夕食を食べつつ携帯で動画を見る。なんて素晴らしい時間の過ごし方だ。まぁもっとも、こんな優雅な時間は今度なかなか取れなくなるだろうが。

 

 チラリと背後の本棚を伺う。秋山の家からお借りした物や自腹で購入した物がずらりと並んでいる。無論全て一通り読破してはいるが、今後は俺の参考書としてにらめっこしながらのトレーナー人生になるだろう。

 

 けれど、悪くはない。少なくとも誰かから巻き上げたカネで裏社会の組織を潤すよりかは万倍マシだ。

 

 食器の後片付けを済ませて今日のニュースを一通りチェックした後、明日から始めるトレーニングの事を考えていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。




 クリークと契約を結んだと思っていたらいつの間にか男飯を作っていた。
何を言ってry
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。