TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌   作:モヘンジョダロ

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咲き乱れる六花

「非効率的だ!」

 

エルシオンの叫びは悲鳴の様ですらあった。

常は余裕と威厳を途絶えさせぬ皇女がこんな風に取り乱す姿をイリアは初めて見た。

前提の崩壊。計画の破綻。皇帝が出張るのなら『玉音騎士』すら味方にならない。明日からならまだ今日中に終わらせるのも可能であったかもしれない。

 

だが『即刻』が勅令なのだ。それを無視するのを目の前の粛清者は見逃してくれない。

僅かな希望。皇帝を説得出来る可能性に賭けて、第三皇女は声を絞り出した。

 

 

「相互の情報伝達に手違いが生じているかもしれない。父上はまだ妾が追跡者に狙われた事も、其処から【砂界の蛇濤】討伐に必要な粛清──サベーラ侯排除を実行しようとしたのだと勅令を発した段階では知らぬかもしれぬ。一先ずはその旨を上奏せよ」

 

陛下は全て存じ上げております。殿下が第七特殊作戦部隊を迎撃に回そうとしている事も、サベーラ侯が帝室に牙を剥いた事も、全てを。その上での勅令です。私は同行致しません、その様なお達しでしたので

 

 

希望は摘まれた。約束されていた道は潰えた。

緻密な下準備によって構築される筈の、安定した計画遂行は最早期待なぞ出来ぬ。残されているのは全てその場凌ぎの暗く不安定な路だけだ。

銀の少女は、その手の平から血を滴らせた。爪がその掌を突き破った為であった。

 

隣の少女に目を向ける。謝るつもりだった。こんな巫山戯た作戦に参加させてしまう、己の従騎士にせめてもの謝意を伝えるべきだと思ったからだった。

 

 

笑っていた。華が咲く様な、美しく、明るい、穏やかな微笑みだった。

 

 

「殿下。僕も、お供致します。御命令に従いましょう。御期待に応えてみせましょう。御身の敵を残さず殺害しましょう」

 

蕩ける様な微笑みの中で、瞳だけが爛爛と澱んでいる。暗い夜空に輝く凶星を思わせる残酷な歓喜に震える眼球であった。

 

黒髪の乙女は修羅場を望んでいた。異端の魔術師は()()なれる鉄火場を欲していた。理由はエルシオンにすら理解らない、だが確実に()()だった。

 

忠義と呼ぶには余りに自分勝手過ぎて、狂気と呼ぶには余りに主に委ね過ぎている。

そんな歪な誓いであっても。たった今、血族によって千尋の谷に突き落とされた皇女にとっては一抹の救いであった。

 

彼女の従騎士は彼女を見捨てなかったのだ。

 

 

 

「……あぁ!そうだな、妾の前に立ち塞がる全てを(みなごろし)にしてくれ!第七特殊作戦部隊の招集と装備と物資の確認の連絡を頼む、マトム卿が帰還し次第直ぐに出立するぞ」

 

「了解致しましたわ。210人分の物資を用意するのも大変ですわね。腕が鳴りますわ………!所で、殿下は如何なさいますの?予定外の侵攻となりますから装備等は大丈夫かしら………」

 

「一般兵ので充分戦える。妾は砂漠までのルートを一掃して伏兵を殲滅してくる。近衛兵、『勅令』は砂漠への進攻補助に相当する範疇ならば自由にして良いと解釈して構わないな?父上が望んでいるのは不利環境での作戦行動だろうし」

 

肯定(こうてい)致します、殿下。

 

「…………その親父ギャグも皇帝陛下の想定の範疇ですの?」

 

『勅令』で言う様に強制されております

 

「娘を死地に送り込む命令と同時並列でダジャレ挟むの情緒大丈夫ですの………???」

 

 

 

無尽の雷撃を使役する一騎当軍の戦姫。

貴族に非る感覚(センス)の、人に非る知識の異端。

第七特殊作戦部隊、総勢207名。

 

優れた装備。優れた物量。優れた統率。優れた技巧。

国家の支援を受け、常日頃より積み重ねた実力は正規軍に相応しい暴力である。

 

此度の【砂界の蛇濤】討伐に関与する六勢力の内、総合的な戦力で考えるならば間違いなく序列一位。

其れこそが“帝国”。四つの覇権国家の一角を占める大国の編成せし征伐軍。

 

 

雷光の抉り、照らした砂漠までの軌跡を無数の騎士達が追随してゆく。彼らは特殊作戦部隊だ。態々足並みを揃えずとも行軍速度を調節するのは容易い。

 

夜闇を貫いて影が流星の如く駆ける。辺境伯令嬢はお米様抱っこの状態で強烈なGに移動酔いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

イリアへ。此れは二枚目の手紙だ。検閲の基準は此方でも完全には把握出来ていない故、こうして最初に記述させて貰っているよ。一ヶ月に一回の頻度で出しているが、きっと届いていない手紙もある事だろう。

 

先ずは軽い近況報告でもしようか。イリアが出向して居なくなってから直ぐイグアがルリアと何やら約束をしたらしくてね。イグアは主に領地経営と帝室との付き合い方についての勉強を、ルリアは他家との外交についての勉強を始めたよ。

イリアは社交界に出るのを頑なに嫌がっていたから苦手な話かもしれないけどさ、二人ともよく頑張ってくれていてね。この前なんかルリアがコルリス男爵家を誘導してウチの領に先制攻撃させてくれたんだ。

あっ、勿論何の問題もないよ。彼処は評判も悪いし此方は法を一つとして破っていないからね。イグアの指揮もルリアの根回しもあの歳とは思えない優秀さだった!

 

二人が一緒なら、後五年も経てば私の後を継ぐのに何の問題もないだろう。個人的な観点からすると、恋愛や結婚の自由の為にも十年程掛けて教育したいんだけどね。ほら、ずっとこの家に縛り付けるのも気が引けてしまうし

 

私が言いたい事はイリアも好きにしてくれて構わないという事だよ。イリアが近衛従騎士になったとしても、私にとっては変わらず大切な家族なのだから。

 

 

何なら寧ろ積極的に頼ってくれても良いからね。イリアは戦うのは上手いけど外交戦略とか結託は苦手だったからさ、そっちなら私も充分手伝えると自負しているんだ。

 

 

 

────エルベスト辺境伯領よりサベーラ侯爵領への密偵が増加傾向に有り。又帝室に申告の上、短期臨時派閥の形成を開始。サベーラ侯爵領の分割目的と思われる。

エルベスト辺境伯家は領地こそ広大だが、長年の“連邦”戦線での働きで“連邦”からの恨みを買っている。また“王圏”への加入も挟撃の恐れから拒むだろう。

 

陛下の“王圏”遠征を確実な物にする為の戦線固定の面からしても、分割は許可すべきというのが私見である。

 

    ───『玉音騎士』国内貴族監察部ユダ・コーヴァス

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「ガロアの奴が約束の時間になっても帰ってこねえ」

「裏切ったか?貴族を監視するって話だったろ」

「アジトの場所を吐いたかもしれん」

「あんな怪しい奴の話になんぞ付き合うべきじゃなかっ」

 

「おイ」

 

風が鳴った。幹にすら匹敵する太さの腕が振られた音であった。

野盗の一人が脊椎を折られて即死していた。とある人物との取引を責めた男だ。単純な膂力、【魔術】でも【奇蹟】でもない常人離れした筋肉の成した殺戮だった。

 

先程まで勝手な事を喚いて疑い恐慌し掛けていた騒然とした野盗の集団が静まる。誰も口を開くのを恐れていた。不興を買えば、次の瞬間には殺された男と同じ末路を辿るかもしれないという恐怖が彼らを縫い留めていた。

 

「俺の判断が、間違ってイたって言イたイのか?」

 

野盗の頭領を務める男は荒くれ者の厄介さを身に沁みて理解していた。

何せ何奴も此奴もギラギラとした欲望に塗れた下衆の外道だ。自分も含めて頭の足りないゴミだと確信している。

恐慌も疑心暗鬼も炎の様に瞬く間に拡がる物だ。早期に芽を摘み、鎮火して対処しなければならない。戦力が減るのは惜しいが叛乱されるよりは幾らかマシだ。

 

舐め回す様に、粗末な蝋燭に照らされただけの暗い洞窟内を睥睨すれば誰も文句を言わなくなる。どうやら効果覿面だったらしい。野盗になる様な奴だ、どうせ心の中で不平不満を垂れ流しているだろうが行動に出なきゃりゃどうでも良い。

 

心の底まで人を支配するなんて誰にも出来やしない。野盗風情が完璧を求める必要もないのだ、恐怖で従えればそれで構わない。

不平不満を共有し、先鋭化させる仲間意識さえ奪っちまえば腕自慢の頭領に逆らおうとする者は生まれない。ゴミは群れると途端に集団の力を自分の力と思い込んで自分が強くなったと錯覚するが、逆に群れなければ一対一で勝てる度胸は湧かない。

 

丸太の様な腕で今さっき殺した男をパフォーマンスとして引き裂きながら、“帝国”に居を構え、下級貴族の領地でのみ活動している強盗団。【オルーヴァ強盗団】の頭領である『門破りのオルーヴァ』は声を轟かせた。

 

 

「俺らが苦しイ生活を強イられて、他から盗むシかなくなるまで追イ詰めた奴等が何であったか忘れたか?」

 

“帝国”に於いて貴族でもなく商人でもない貧農の価値は低い。そもそもが“連邦”に比べて痩せた土地なのだ。そんな中で人口を支える為に多くの貧農が使い潰されている。

彼らには教育を受けるチャンスだって存在しない。何故ならば、知識とは力になるからだ。貧農の子供にまで行き届く教育機構を作り上げる労力と、それによって得られる利益と齎される不利益を天秤に掛けて貴族達が何方を選ぶかは明白だった。

 

そんな貧農の家に生まれて、終わらぬ労働から逃げた者が野盗となる。成り上がる機会も殆どなく、戦争があれば兵士として駆り出され、それなのに地位が向上する兆しのない日々は毎年多くの野盗を生む。

 

 

─────生んで、そして死に絶える。

 

貴族は強い。良い教育を受けた事による指揮能力、栄養価の計算された飯で出来上がった躰、何よりも人智を逸脱した【魔術】。

常人が敵う存在ではない。だから彼等は貴“族”と呼ばれる。同じ種族だなんて思えない程に隔絶した存在、それが貴族だ。

 

 

その答えをオルーヴァ自身が告げる事はしない。時間を与えて、部下共がイメージを固めるまで待つ。一人で勝手に盛り上がっても説得力に欠ける、こういうのは群れ故の高揚と連帯意識が大切なのだ。

 

 

「貴族…………ッ!」

「貴族だ!アイツらのせいだ!」

「奴は俺らを薪かなんかにしか思ってねぇ!!」

 

一切に場が盛り上がり、熱狂する。最初の二人、三人はオルーヴァの仕込みだ。こういうのは他に言い出す奴が居れば蟻みたいに、最初から己もそうするつもりだったと思い込んで声を張り上げ始める。

 

好ましい流れだ。最初の諦観と焦燥モードよりかは、今の憎悪と怒りに塗れた雰囲気の方が誘導しやすい。誰も彼もこの賭けから降りるっつー選択肢がこの数分で頭から抜け落ちていやがる。

 

「そうだ。ガロアの奴は哀れな犠牲者だった。貴族共は化け物ンだからな……大方、貴族ニ見つかっチまったんだろ。俺達は正面からじゃ絶対ニ奴らニは勝てなイ」

 

「うっ、うっ…………ガロアの野郎。腕は良かったから無学な俺達にも剣の使い方を教えてくれてたのになぁ…………ァ」

「クソッ!!貴族の奴らは俺達から何処まで奪えば気が済むんだ………ッ!」

「でもよお頭。俺達じゃ貴族に勝てないんならやっぱり今回の取引はやめておいた方が………」

 

 

「馬鹿がッ!!!!!」

 

さっきまで裏切ったとか何とか好き勝手言っていた馬鹿で自業自得な度し難いクズ共が被害者面するのを冷ややかに眺めながらオルーヴァは喉を震わせ叫んだ。

彼は、己が此処まで辿り着けたのは間違いなく偶然だと確信している。幸運のお陰だと知っている。

 

並外れた筋肉、他の貧農崩れよりも優れた地頭、偶然にも運送業者を殺して奪えた大公爵領へと運ばれる筈だった装備。その全てを揃えながらも、騎士の一人も抱えられない下級貴族すら寝込みを襲わなければ殺せなかったのだ。

この場に居る誰よりも、彼は貴族を恐れている。その上で、不敵な笑みを浮かべられる図太さを彼は持っていた。

 

 

 

「誰が真正面から戦うなンて言ったよ」

 

 

オルーヴァ強盗団。最弱の勢力。知恵で劣り、力で劣り、数で劣る彼らには唯一つの征伐軍に対する強みがある。

豊かな“王圏”で平民として暮らす。それが今の彼らの望みだ。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

───神獣。そう呼ばれる獣が、この世界には存在している。『獣王』の加護を受けた獣の名であり、眷族種とも称される彼らは人智を超えたチカラを扱う。

 

 

海豚と海象を歪に組み合わせたかの如きキメラが砂漠の真っ只中で咆哮していた。異常に肥大化した筋肉は本来生命が迎えるべき限界さえも超えて、最早筋肉『に』獣が付属している様な様相を呈している。

 

皮膚を突き破って外にまで露出した筋肉は赤々しく、一筋一筋が引き絞られた発条の様に今にも破裂してしまいそうな圧力を隠そうともしない異形だ。

 

「醜いな」

 

鮫の歯を全部セイウチの牙に変えたみたいな乱杭歯が、イルカに似ているスリムな顔を貫通してギチギチとエナメル質が擦り合わされて出来上がった粉をボトボトと砂漠に溢す。

 

相対するは未だ年若いであろう怜悧な戦士。見目麗しいが、その手に握るのは貴族が使う様なレイピアではなく武骨な斧槍。異形の獣を前に、油断も緊張もなく堂々と構えている。

 

にんげんはしゅうかくする。だいじゅうはちせだいじんぞうしんじゅうはーべすと、こうどうをかいしする

 

歪な獣に相応しい歪な咆哮を上げて、獣は砂塵の中を潜泳して戦士目掛けて吶喊する。海で泳ぐイルカの速度すら超越する速度、戦士と獣の間の距離なぞ一瞬で詰められる。

此処は砂漠の奥地である。オアシスの部族同士を結ぶ交流路は付近には見当たらず、吹き荒び視界を遮る砂嵐と僅かな蟲しか居ない環境。

 

それが意味する所は、

 

 

サティナルナ。高き頂より麓に荒び降れ。冷たき飄風

 

風が吹いた。地位に比例して、術師を中心に風を発生させる【魔術】は視界を多少開く程度の効果しか齎さなかったが戦士にとってはそれで充分だ。

斧槍が砂中から湧き上がった獣の牙と衝突し、その勢いを逸らして受け流す。巨体が手鞠みたいに跳ねて砂嵐の向こう側へと吹き飛ばされた。

 

(何らかの手段で砂中でも此方の位置を把握出来るのでしょうか?)

 

アルケーノ。

 

数秒と経たずに砕けた牙をそのままに頭蓋を咀嚼しようとしてくる獣の突撃を避ける。一本二本砕いた所でその数十倍もの数の牙が獣には有るのだ。致命的な損傷にはならない。

歩行には向かない砂の足場に気を払いつつ“帝国”領を背にする様に戦士が位置取りを工夫する。突貫してくる獣を受け流し、捌き、躱して詠唱を紡ぐ。

 

白雲を吹き流す太風。

 

用いる概念は遥か上空の風の流れ。僅かな雲の流れから、戦士は既に空の風は“帝国”領から砂界の奥地へと向かうという知識を掴んでいた。

とある令嬢に言わせる所の『偏西風にも似た惑星規模の風の軌道』を、【魔術】によって味方に付ける。

 

異形の獣がその身を引き、真反対の方向から攻撃しようとする。砂の中を自在に泳ぐその機動力は単に奇襲にのみ用いられるのではなく、砂漠での戦闘行為全般を有利にするのだ。

戦士の【魔術】は攻撃の向きによって速度を向上させる効果だ。当然、向きを変えれば恩恵には与れない。それどころか【魔術】によって真反対の方向への攻撃は寧ろ減速する。

 

 

戦士は背後から迫る異形の獣の攻撃に対して、戦士は高く掲げた斧槍をそのまま目の前に振り下ろす事で応えた。

 

 

宿れ!

 

斧槍が砂塵に触れて、止まる。一粒の砂を散らす事もなく綺麗な半円を描いていた斧槍の運動が吸い込まれる様にして絶える。

綺麗な半円を描く斬撃が異形の獣を打ち上げた。顎門から胸までが鋭く断裂させられ、吹き出す鮮やかな獣血が黄砂を赤く紅く赫く染める。

獣が憎悪を込めて呻く。致命にはまだ程遠い事を確認して、戦士はその斧槍を再び構えた。

 

「さぁ、どう出る?化け物め」

 

 

───神獣。そう呼ばれる獣が、この世界には存在している。『獣王』の加護を受けた獣の名であり、眷族種とも称される彼らは人智を超えたチカラを扱う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

異形の獣。神獣ならざる、しかしながらも神獣と渡り合えるだけの基礎能力を誇る世界逸般の獣が砂に潜る。深く、深く、深く。戦士による転移の圏内から脱しても尚高速で逃れる────『至上使命(グレイテスト・オーダー)』を果たす為に。

 

戦士の方も獣を追わずに見逃した。埒外のスタミナとフィジカルは加護と【魔術】を併用しても苦戦必至だろう。任務に就いてる身でありながら無用なリスクは冒せない。

地平線の彼方まで無窮に広がると錯覚しそうになる砂漠を前にして、戦士は斧槍を握り締めて再び道なき道を進み始めた。

 

 

 

 

 

その光景を、翼持つ空の“王級”は嗤いながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

サベーラ侯爵邸の執務室。一日の中で最も長い時間を過ごす場所だけあって、他の貴族と変わらず【魔術】の発動媒体を敷き詰めた一室。

 

端的に言えば砂が辺り一面に撒き散らされている。靴に砂が入るし歩くだけで煙たいし最悪だと侍女頭はずっと思っている。

 

 

「死ぬ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!死んじゃう〜〜〜〜〜!!!!!!!!あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛攻撃しろなんて私言ってないのにぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!!!!」

 

「気分が荒れている様ですね。ハーブティーを飲め」

 

今代のサベーラ侯。少し年増な女貴族。砂漠に近いだけあって焼けた肌に屈強な四肢のカクエル・サベーラは淑女と呼ぶよりも蛮族と呼ぶ方がしっくりくる外見だ。

その姿のまま情けない無様な悲鳴を上げるのも様式美に近い。

 

「…………あのさ、今絶対失礼な事考えたでしょ。私分かるよそういうの」

 

「獣みたいな感覚をしておりますね。暗殺され辛そうで羨ましいです」

 

「もうちょっと歯に物着せな?絶賛暗殺の危険迫ってる所だから皮肉かよぉ〜〜〜〜!!!!!!」

 

机に突っ伏しながら呻き声を上げる目の前の女が果たしてサベーラ侯爵であると言われて、初見で信じる者が果たして何れ程居るだろうか。

その傍に置かれたたった一枚の書類が『渇殺のサベーラ』を追い詰めているのだ。内容は、一人の偵察兵の死までの経緯。

 

「………何か重大な問題が発生したのですね。察する所に依ると、偵察兵がヘマやらかして此方の動きが第三皇女にバレたという所でしょうか?」

 

「ドンピシャ。砂の【魔術】を使おうとしやがった。アレがなければトカゲの尻尾切りで知らんぷり出来たろうが、やらかしてくれたお陰で私の関与がバレたし何なら殺意有り判定された」

 

「元から殺意は有ったと記憶していますが」

 

「【砂界の蛇濤】が倒れればウチの領の死者は激増するからな」

 

サベーラ侯はよろよろと立ち上がり、冷徹な瞳で窓から彼方の大砂漠を望んだ。

サベーラ侯爵領が此処まで発展出来た理由であり、不可侵領域と扱われていた『獣王』の巣であり、砂の【魔術】に必要不可欠な資源産出地。

 

 

「領の大都市は砂漠を利用して魔族を『獣王』に始末させる事で成り立っているんだ。彼処が通行可能になれば今の戦力だと魔族による被害を抑えられなくなる。都市を幾つか放棄せざるを得ない」

 

「元より砂漠の恩恵を度外視した領地経営をしていれば良かったのではないのですか?」

 

「後悔先に立たずだ。私だって予想出来ない挙動だった、『獣王』の遺骸は武器にはなるがサベーラ領の都市に匹敵する程の価値は持たない筈なんだ……既に最大限活用している『獣王』をこれ以上どうするのか」

 

カクエル・サベーラは世を儚む様に溜息を一つ吐いた。

 

 

「直に【玉音騎士】が私を粛清しに来るだろう。早く逃げると良い。騎士共は殺されるだろうが侍女程度なら逃げさえすれば殺される事はあるまい………金品を纏めるのは無理だろうが、命には換えられねぇだろ」

 

「気が早いですよ。新しい報告が御座います───アグロ山方面に展開していた監視兵が皆殺しにされました。特殊作戦部隊と思われる正規軍は砂漠へと侵入、第三皇女も共に砂漠入りしました」

 

 

「は?えっ、何?何がどうなってんの??」

 

サベーラ侯爵は狼狽した。慎重で無慈悲な帝室の人間がそんな稚拙な手を打った事が信じられなかった。

だが直ぐに切り替える。『あの』エルシオンがこの局面で此方を殺しに来ないのは戦力的に不可能でもなければ有り得ない。【玉音騎士】への連絡が何かしらの勢力に妨害されている?例えば、『獣王』を誘導されるのを恐れる国家とか。

私兵騎士はサベーラ侯爵の粛清と共に皆殺しにされるのは間違いない。

 

 

「アイツは伝達が出来ればこんな手はやらかさない…………なら逆説的にアイツは今!帝室と伝達が出来ないという事になる!どうせ放置すれば粛清されんだ、『サベーラの騎士』を全員出して追撃しろ!!此処でエルシオンを殺せば後はどうとでも出来る!!時間を有効利用すっぞ、今の内に使用人を全員解雇して遠くへ逃がせ!!お前もさっさと財産を纏めて」

 

「いえ、私は侍女頭なので貴女様が亡くなるまでお側に仕えますが。騎士達への命令作成をお手伝い致します。今日の様なミスは起こせないでしょう?」

 

「あ、あぁ……………ありがとな、()()。お前容赦ないし辛口だし毒舌だけどこういう時に有能さ発揮するよな……………」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「“蛇”が出る時間帯だな」

 

「応答。それがどうしたんですか、師匠」

 

ヴァストゥルム双湖里出身のイル・ネ・ヴァサトゥルム・サメラは苛立っていた。

十七歳でありながら二匹の蠍蛇を単独で仕留めてネの称号を得たサメラ枝流の若き師範代である。天才の名を欲しい儘にした砂漠でも尊敬を集める戦士だ。

 

 

【砂界の蛇濤】が顕現する前まで、砂漠の民は魔族に脅かされる苦しい生活を送っていた。

彼らの起源は“帝国”にも“王圏”にも“連邦”にも“神領”にも受け入れられなかった流浪の民である。

 

迫害が先なのか、技巧が先なのかは解らぬが彼らには連綿と殺戮技巧が伝承されていた。それによって彼らは時折訪れる魔族や砂漠を徘徊する蠍蛇を集団で狩って喰らう事が出来た。

 

オアシスを求めて血を血で洗う争いも珍しくはなかった。サベーラ侯爵家によって“帝国”への掠奪を封じられてからそれはより顕著となった。

人口が増えれば彼らはその人口を支えられるだけの糧を求めて他のオアシスへと侵攻して、互いに大きな被害を出して人口は奇妙なバランスで安定していた。

 

産まれてくる人口の数の問題で天才と呼ばれる様な例外も滅多に現れずに技術も安定していた。

 

「今日の収穫は諦めるぞ。我らでは“蛇”には勝てない」

 

「疑問。この100年で新しい奥義が10は生まれました。称号だって3つ増えました。サメラ枝流は発展して、100年前までは一部の師範代しか持っていなかったネの称号だって今では珍しい物ではありません」

 

「この時代を生み出した存在こそが“蛇”であると履き違えるな」

 

 

──100年、“蛇”はとあるオアシス都市を鉄砲水と共に滅ぼした。

他のオアシスの戦士達は占領に来た先で、彼らの殆どが蠍蛇の毒と牙によって殺されのだと気付いた。

蠍蛇の鱗は一枚も落ちていなかった。100を超える戦士は“蛇”に傷一つ与えられずに殺された。

 

 

砂漠は様変わりした。死神は容赦なく人々を喰い殺した。減少し続ける人口を補填する様に、毎年産まれてくる嬰児は激増した。親を喪った子も、子を喪った親も増えた。

いがみ合っていたオアシス都市同士が“蛇”に対抗する為に団結し、今に至るまで同盟を結び技術交流を続けている。

 

その成果は、彼らが未だに同盟を結んでいる事実が証明している。

 

 

師匠はイルを諭す様な口調で、その肩に柔らかな手を置いて語った。

 

「イル、お前のそれは若さ故の全能感だ。」

 

「異議。私はもう充分強いです」

 

「お前と同じ事を言っていた奴が居た。殺された。お前の父だ」

 

美しい女だった。褐色の肌と黒い白髪のコントラストはこの世ならざる者であるかの如き魅力を醸し出していた。それがイルの師匠だった。

イルにとっては誰よりも強い、無敵の戦士だった。彼女が手繰る武器は例え細枝であったとしても正確無比に蠍蛇の瞳を抉って脳漿を撒き散らした。

 

憧れの戦士であった。だから、彼女が自分を下と定めているのが嫌だったのかもしれなかった。

伝え聞く“蛇”の脅威にも勝てると信じていた。四匹の蠍蛇ですら仕留めるルの称号を冠する戦士だった。

 

 

「お前は、アイツの様になってはならない」

 

「不満。私は“蛇”など恐れません。狩りを続けましょう。まだ蠍蛇の一匹も見つかったいない」

 

「……………今日はやけに頑固だな。何かあったか?」

 

「黙秘。何でもありません」

 

師匠は困った様に眉を下げた。イルは師匠を困らせてしまった事が無性に恥ずかしくて、それでも今日の獲物だけは自分で仕留めて振る舞いたくて意地を張ってそっぽを向いた。

 

手で背中を押された。師匠を怒らせてしまったのだろうか?イルは振り返って────

 

 

「………………………ぁ」

 

「かあさん?」

 

塔が、空高くまで伸びていた。

螺子巻く様に緩く回転しながら屹立していた。砂中から、天と地を切り裂いて、高く。彼方の星にまで届かんとする程だった。

視界が黒に染まった。鱗が夕暮れの空を覆って、一色に塗り潰す。

それは獣であって獣ではなかった。神。神だ。人々が畏怖し、憎悪する砂漠の神。一つの小さな世界の在り方を根本から変えてしまった存在。

 

イルを庇った女は飛んでいた。イルは辛うじて塔の如き神の躰に巻き込まれずに済んでいた。紙一重の差で、目の前には砂を擦り潰して遥か空まで伸び続ける塔が聳え立っていた。

 

「まって」

 

本当に、紙一重の差だった。イルの背を押しさえしなければ、女はきっと逃れられていた。或いはイルが兆しに気付いていたとしても、女は逃げられた。

 

鍛えた視力。鱗の隙間を見透かし、筋肉の狭間を狙う為の瞳は空高くに居ようとも舞い上げられた師匠の姿を鮮明に捉えられた。思わず目で追ってしまった。それが間違いだった。

 

両足が鋭利な鱗によってズタズタの挽肉になり、夥しい程の血を溢れさせていたとしても女は生きていた。“根張り”と呼ばれる重心移動の技業だった。

砂上を素早く移動する為の技術で重心を偏らせ、下半身と上半身が捻じ切られるのを防いで受け流していた。

 

女は空中で腰から手首までを捻っている。足場がないとしても、身体の回転運動だけで超速の投擲を可能にする技業。“貫枝”より呼ばれていた幾つもの蠍蛇を穿ち殺した奥義だった。

 

 

「いやだ」

 

正中線で女が鱗によって裂かれた。臓腑と血が滲み、弾ける。

“蛇”は空を飛べぬ。最高到達点を超えれば降下する。それに巻き込まれて、母が最期に繰り出そうとした渾身の技業は無意味に散った。

地鳴りが響く。“蛇”の頭蓋が砂に潜り、その反動で吹き飛んだ砂と大気が砂嵐となってイルを打った。

 

無敵の達人はその頭蓋骨が鱗に引っ掛かり、降下する“蛇”と共に砂漠に叩き付けられた。ぐちゃぐちゃに弾けた血と肉が砂に呑まれてゆく。紐みたいになった遺体は絶え間なく叩き付けられる砂礫と鎌鼬で染みに成り果てた。

 

 

【砂界の蛇濤】は何も語らない。彼は災害として畏怖される信仰を鎧う『獣王』だ。誰もが彼による死を恐れる限り、彼に対話の余地はない。悪逆非道を酷薄に嗤う事も、愉しむ事もない。言葉を介さず、ただ義務の如く進路上の命を散らす機構こそが彼であった。

 

 

永劫にも思える数分が過ぎ去り、“蛇”が消えた頃にはイルの隣に居た人は最初から居なかったかの様に消え去っていた。

母の誕生日祝いに渡す筈だった鱗彫りは壊れていた。




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