TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌   作:モヘンジョダロ

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ふ〜せん様、誤字報告誠にありがとうございます


邂逅と懐疑

イリア・エルベストにとって、砂漠とは未知の領域であった。

知識としては多少知っているものの、己の肌で直にその環境を味わった事は今までなかったのである。

吹き荒れる乾燥した風も、それによって巻き起こる砂嵐も、異様な寒さの夜の砂漠の気温もイリアにとっては初めて経験する物であった。

 

ついでに抱えられたまま高速移動する負担も。

 

「逆にっ………殿下はぁ………っ何故追い付けておりますの!?【玉音騎士】のアレは実現難易度が大変困難な物だと記憶していますわ!」

 

【魔術】の再現(コピー)で障害となるのは主に二つの要素だ。

一つは【魔術】を発動させる為の前提知識の不足。人体には自然に電流が流れている、水銀は常温の状態で液体として振る舞うという様な知識は大体がそれぞれの貴族家に独占されている。

もう一つは見立てを実現する難易度だ。自我と個性を削ぎ落として忠実なる代弁者として自己を画一化する、常温の水銀に己の血を蒸発しないままに混ぜ合わせる事で水銀を肉とすると言った見立ての過程を即座に再現するのは難しい。

 

特に【玉音騎士】の音速移動についてはそもそもが裏切れない程に忠誠を捧げて初めて習得可能という仕組みから人員を厳選する試験としても機能している聞く。

 

 

故に正式な礼服と思われる豪奢な銀細工を各所に繕ったパリッとした明らかに動き辛そうな深紺の服のまま涼しげな顔で追随して来ている皇女殿下が不可解だった。

 

 

「む?ほら、騎士は金属製の鎧が標準装備だろう?だからだよ」

 

「────銀細工の意味は導線、という事なのかしら?鉄を織る技術も王家の簒奪した【魔術】による効果と考えて良さそうね。電磁石の」

 

「有象無象の前でお前を無闇に喋らせる気が失せた。イリア、妾以外の貴族に対しては黙秘を貫けよ」

 

「了解致しましたわ、僕の(あるじ)様。僕も使っても構いませんか?ちょっと流石にこの姿勢のまま運ばれるのは恥ずかしいので」

 

「王家の【魔術】についてお前に全てを教えた訳ではない。出力の差で妾程の磁力は出せないし、第一導線も芯材もお前は持っておらんだろうが」

 

「剣を芯材代わりにして水銀を可能な限り多く巻けば僕の体重が軽いのもあって行けそうな気がしますけれど。巻き数と電流の大きさに比例して大きくなるのですから」

 

 

皇女殿下が露骨に顔を引き攣らせた。気持ちは分からなくもないが、既に生体電流についても看破して目の前で披露しているのだ。今更隠しても猜疑心を抱かせるだけだろう。

 

少なくとも知っている事を隠している者と隠さない者。判明した時に疑われるのは前者に違いあるまい。もし隠し通せれば前者の方がメリットは大きいが、僕が殿下に隠し事を貫ける気はしない。

 

ならば最初から全て曝け出した方が幾分か後が楽になる。

 

 

「【魔術】関連でお前と話していると頭が痛くなるばかりだ………」

 

アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣──エルドラクト。勅令賜り疾く駆けよ。威光の代弁者…………うん。此れで抱えられずとも追随は出来ますわね。いやぁ、良かったですわ〜」

 

「重さはあんま変わんないっスけど両手空くのは良いッスね。それにしても随分軽いッス。剣にしても徒手格闘にしても近接戦で強くなりたいんなら体重増やした方が良いんじゃないんッスか?」

 

 

何の道理があって妾の従騎士と密着しているんだお前!?!?

 

「実験ですわよ、実験。実際に検証してみないと理論の正しさなんて分かりませんし?」

 

「というか鎧着てるし密着してないッスよ。そもそも十数歳も年下の娘ッスからね」

 

「ぐっ、揃いも揃って正論を言いおって……【砂界の蛇濤】への警戒を維持するのを忘れるなよ。接敵したら即座に散開するのを覚えておけ」

 

 

苦虫を噛み潰した様な顔で殿下が呟く。子供らしい素直な感情の発露は僕からしても少し微笑ましい。それが例え顔色一つ変えずに謀略の策を巡らせる皇族であっても。

 

だがそれよりも【魔術】を使っていて思ったのだが、やはり金属操作と電流操作の組み合わせに可能性を感じる。自在に操っているとは到底言えない有様ではあるものの、それでも絶大な効果を発揮してくれているのだ。更に工夫すればもっと強くなれると想像してしまう。

 

(投擲した剣を磁力で引き寄せて背後から奇襲挟撃…………は、必要な磁力の関係で難しそうか。ヘモグロビンを磁力で固めて窒息死させる方がまだ現実的かなぁ)

 

楽しい。チカラを試すのが、新しい戦術を考えるのが、敵と競う時を想像するのが。全てが楽しい。

理由は自分でも理解出来ていない。ただ楽しい。掘り下げれば前世とか転生とかに根源を発見出来るかもしれないが、そこまで考えたくなる程繊細な性格はしてない。

 

足元の揺れ。走っている騎士達とは違って磁力でくっ付いている分だけ集中を他に回せるというアドバンテージがあるが、経験と鍛錬の差から気付くのはほぼ同時であった。

 

 

アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣

 

「『獣王』ッスかね?」「小さすぎる。違う種類だろう」「砂に潜るのならヒットアンドアウェイは封じるべきだな」「顔を出して時が貴様の最期だ」

 

「散開せよ。槍兵は前に、弓兵は矢を番えろ。剣は中衛で機を窺え」

 

皇女の号令に従い、無数の騎士が一つの意思で動く躰の如くスムーズに行動を開始する。振動が次第に大きくなる───否、近寄る。

砂を障壁とするその生態は人間にとっては脅威の一言だ。此方から攻撃が通らない間、その生物は一方的に出現位置を選定出来るのだから。

 

体長12m、体重は1tを超える大型の捕食者。食糧に恵まれない砂漠で確実に獲物を仕留めた上で保存する為に、即効性にも関わらず極めて効力の長い麻痺毒を牙の毒腺と尾の先から分泌する。

砂中に適応した結果として温度を感知するピット器官は退化して、その代わりに振動を感知する触覚が他種と比較して大きく発達している。

 

 

その獣を、『蠍蛇』と砂漠の民は呼んだ。

 

 

「GGGGGGYYYYYYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

一人の騎士の足元より砂色の大蛇が顎門を開いてその強固な頭蓋骨で軽鎧を凹ませながら空へと打ち上げる。

直後、大音量での咆哮。威嚇の域には収まらない、最早攻撃と呼ぶべきその息は心の弱い者なら簡単に萎縮してそのまま捕食されるのを待つ事になるだろうが、此処に居る者は全て一人の例外もなく戦闘者。

 

「蛇型か」「鱗の防御力次第だな」「弓手は片眼を狙え」「なんの為の軽鎧だと思ってやがる!」

 

打ち上げられた騎士が蠍蛇によって咬み千切られるよりも速く、長槍が一斉に突き出される。

一箇所を集中して貫通する刺突ではない。長い胴体を誇る怪物にとって幾つか穴を開けられても致命傷には至るまい。故に此れは後続の攻撃を確実に通す為の布石である。

 

裂昂の咆哮と共に長槍の穂先が続々と蛇鱗に激突し、火花を散らしながらその鱗を破砕する。割れた鱗と鱗の隙間から蠍蛇の肉が覗き、激痛に悶える蠍蛇が絶叫する。

 

絶叫と、顎門の開門は同義である。打ち上げられた騎士は滞空の間に既に携帯ナイフを取り出している。落ちる先の蛇の牙を手で掴んで、片手だけで跳躍する────目指す先は断じて砂漠の砂ではない。蠍蛇の、背。

 

剣を持つ騎士が突貫と同時に蠍蛇の砕けた鱗諸共表層の筋肉を分刻みで寸断する。弓手の無数の矢が体格に見合うだけの巨大な蛇眼に突き刺さり、その意識と集中を乱す。

頭蓋に取り付いた騎士はそのナイフでもう片方の眼を抉り出し、脳漿を浴びながら視神経の繋がる先を乱雑に掻き乱している。

 

 

彼らは特殊作戦部隊である。全身鎧と屈強な騎馬による突撃で要塞を破る重装兵とは異なり、連携と俊敏を活かした暗殺業務や潜入業務が本領である。

 

砂漠という立体的な陣形を組むのが難しい環境であったとしても、例え敵が初見の人間の能力を遥かに上回る生命であったとしても、その殺戮技巧に翳りはない。

 

 

「ははっ、見ろイリア!此れこそが我が帝国軍だ、どうだ?見ていて何か思わないか?」

 

「僕の理想の動きは先程の打ち上げられた騎士が片目を抉り出すまでの一連の動作ですわね。再現する上で課題となるのは体重を支え切れるだけの膂力と望んだ通りの移動を実現する重心移動の精密性かしら?」

 

「む………もっとテンション上げて欲しかったのだが。いや、此処まで長く語ってるのなら出力の仕方が違うだけで上がってはいるのか。マトム卿、イリアにアドバイスしてやれ。どうやればアレを実現出来るかをな」

 

「私の部隊では基本筋トレと実際に崖を登らせる事で習得させておりますよ。イリア殿はまだ体重が軽いですからね。基礎的な筋トレと、後は経験を積んで恐怖心や緊張を失くすのが宜しいでしょう」

 

 

「GGGGGGYYYYYYYYAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!??????」

 

鱗を砕かれ、胴体を切り刻まれ、両目を抉られた蠍蛇が絶叫する。咆哮する。悲鳴を零す。

逃げようと背を向けた瞬間に槍と矢がその身を貫き、剣がその骨を断つだろう。それを本能で悟っているのか、砂に潜る事もせずに悶えながら全身で我武者羅に暴れて武器を寄せ付けんと抵抗する。

その巨体の質量の生み出す破壊力を剣や槍で受け止め切るのは難しい。騎士は上位権限者に判断を仰いだ。

 

「マトム卿、弓にて射殺し致しますか?矢を浴びせれば失血死に誘導は出来ますでしょう」

 

「私達には時間がありません。サベーラ侯の私兵騎士が追い掛けて来るでしょう。迅速に殺す必要があります。それに、窮鼠猫を噛むとも言います。余り追い詰め過ぎるのも危険───殿下。御許可を頂きたい」

 

「赦す。イリア、アレを殺してくれ」

 

「ふふっ、お任せを。詠唱し損にならなくて良かったですわ。騎士様、彼方の水銀糸を握って固定して下さいませんか?砂場じゃ食い込むのも難しくて」

 

水銀のロザリオがその形を変容させる。長さと細さに優れる『糸』の形へと整形された水銀が風の様に迸って、蠍蛇の背を横断して反対側まで伸びる。

蠍蛇を包囲している騎士の一人が反対側の端を握った。断頭台の如く、蠍蛇の背を横断していた水銀の『糸』が胴体を断ち切る刃として降下を開始した。

 

 

(筋肉の緊張と、骨かな?随分と強靭だ、体格の問題で背中まで切り刻んだ騎士もいなかったから鱗も無事……電流を流せば済むだろうけど、折角なら試しておくか)

 

水銀糸の形状を固定する。肉体の延長線上として運用しているという性質上、躰に力を込めるのに近い疲労が来るが多少なら無問題だ。

今世の家族。自在に水銀を操れるレベルで操作に熟達した者達ならば別だろうが残念ながら僕はそこまでのセンスはない。ならば他者を使えば良い。

 

暴れる蠍蛇と水銀の糸が衝突し激突して鱗が摩擦で削れる不快な高音を無視して黒髪の乙女が叫んだ。

 

 

「複数人で糸を引っ張って走って頂戴!」

 

一切の迷いなく騎士達がその命令に従った。

糸の軌道が直線に近似する。騎士達の進んだ分だけ、蠍蛇の背の水銀糸が下がる。

────外力が加わる。鍛錬に鍛錬を重ねた騎士数十人分の力は容易く蠍蛇の必死の抵抗を殺した。

 

背骨を両断され、噴き出した血で砂漠を赤に染めながら蠍蛇は悲鳴と共に絶命に追い込まれた。

 

(実用には不向き。外付けの要員が必要。条件が必要になるせいで一段劣るか……連続詠唱する時間があればやっぱり雷撃を纏わせるのが最も効率が良いな)

 

「調査が足りなかったな」

 

巨大な蛇の骸を前にしてエルシオンは呟いた。

充分に対応可能な範囲だったが、それでも運が悪ければ一人二人は喰い殺されていた。骸の牙と尾より滴る透明の分泌液を見ればよりその想定が的外れではないと自覚させられる。

 

確実に『獣王』のエンカウントするべく砂漠全体を巡れるルートの選定に気を取られ過ぎていた、と断定するにしても偵察兵は一度もこの獣と遭遇しなかったのだろうか?

毒と思われる分泌液を嬉々として採取しているイリアと、穏やかな笑みを絶やさずに負傷者が居ないかの確認をしているマトムに呼び掛けた。

 

「相対した感想はどうだ?」

 

「ちょっと触れただけの皮膚が痺れてきたので麻痺毒と見るべきでしょうね。足元から奇襲されたら多分僕だと死ぬと思いますわ」

 

「鱗と骨が硬いせいで奇襲されると同時に頭蓋を叩き割るのは少し難しそうですね。これだけの巨体ともなると転がり回るだけでも脅威です。何回も出てくれば行軍が遅れ、食糧が心許なくなるやもしれません」

 

 

策略家は乾いてしまった唇を湿らせた。

予定通りの行動が期待出来ないのは既に覚悟していた。未知の生命をも組み込んで、新しくアドリブで『獣王』を征伐する計画を立案しなければならない。

 

「原住民への協力を要請するぞ。極地型の偽神は大抵が邪神だ。畏怖され、強大な力を持つが憎悪されてもいる」

 

「食糧を分けてくれるかは怪しくありませんかしら?餓死するリスクを犯してまで協力してくれるとは思い難いですわ」

 

「とは言え、蛇の道は蛇。砂漠の歩き方も知識も、私達より優れているでしょう。私は殿下の提案を支持しますよ」

 

「あぁ、奴らには探索を求めたいと思っている………が。実際に合って決めなければな。彼方側にも事情がある、妥協点の探り合いは妾達だけでは決められん………チッ。血の匂いでも嗅ぎ付けたか?」

 

 

振動。先程よりも疾いのが、双つ。

部隊全体が瞬時に警戒状態に切り替わる。包囲網が二つに分割される。武器種ごとの人数が均等になる様に別たれ、先程の令嬢の言葉を聞いていた部隊長がその側に侍る。

 

皇女は沈黙を保っている。雷撃を放つにしても、味方側が鎧を着用している局面では寧ろフレンドリーファイアを誘発しかねない。

戦場での単騎殲滅こそが皇族にとって最もポテンシャルを発揮出来る場であり、必然的に司令塔としての役割に徹しざるを得ない。

 

 

「“帝国”か?」

 

蛇の唸り声ではなく、枯れ果てた渓谷の底で呻く残響の如き人の声が耳に届いた。

二匹の蛇を馬車馬の様にして砂海を進むは樹の舟。それに跨がり手綱を握るは垂れ下がった皺だらけの皮を隠しもしない偏屈そうな老人。

痩せた皮と骨だけにも思える奇妙な御者が問い掛けた。

 

「何をしに来たんじゃ」

 

「【砂界の蛇濤】を倒しに。丁度良い、妾達を原住民の集落まで届けてくれ。話がしたい」

 

「グッグッ…………何奴も此奴もアイツをどうにかしようとするのぅ。良いじゃろ、その目的なら都市の奴らに排斥される事もあるまい。寧ろ大歓迎されるじゃろうて」

 

「それは僕達を案内してくれる、という認識で構いませんかしら?」

 

「構わん。儂もどうせこの砂漠を彷徨っているだけの船乗りじゃ。客人に道案内をする程度、全く容易い…………」

 

老人は蠍蛇の手綱を引き舟の向きを変えた。いつ襲われたとしても問題ない様に厳戒体制を維持する騎士を横目に、気負いも緊張も見せずに老人が笑った。

 

 

「キサマら全員を載せると我が仔が過労死してしまうでな。足は緩めておくから儂の背中を追え…………グッグッ。蛇に足はなかったな」

 

「ふふっ、ジョークがお得意ですのね。助けてくれてありがとうございますわ、ええっと………何とお呼びすれば良いかしら?」

 

「サガ」

 

老人は短く告げた。

 

 

「ただのサガじゃ」




キリの良い所で区切ろうとすると短くなってしまいますね
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