TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌   作:モヘンジョダロ

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サプライズジェットエンジン

冬のある渇いた一日だった。肌寒さを感じさせる風が吹き、使用人が洗濯で手が冷え切るのを嘆く季節。ちょっぴり拗ねた様な顔をした優秀な妹と、何処か楽しげな尊敬する父親は足並みを揃えて黄昏時に本邸に帰ってきた

 

朝に出立する時に既に分かっていた筈なのに、その事実が何処か俺を焦燥させる。醜悪な嫉妬なのだと、理解している

 

俺の姿を見つけた父上は溢れんばかりの笑顔で軽く腕を上げた。親馬鹿が極まった結果として、世間には厳格だというイメージが定着していた辺境伯は子供の性を見るだけで笑顔になるチョロ貴族となっていた

 

「イグア!わざわざ出迎えに来てくれたのか!今日はお前が料理をすると聞いていたんだが、何か怪我とかはしてないか?」

「お父様、お兄様も流石に料理で怪我をするとは思えませんのだけれども。それよりもお兄様、今日のお料理は一体何かしら!私気になりますわ!」

 

「父上、俺は怪我してないから安心して下さい。イリア、それは見てからのお楽しみだぞ!」

 

ほんの一瞬、アルバードとイリアは互いに不安そうに顔を見合わせた。見てからのお楽しみ、つまり現時点では全貌が窺えないのと同義であるのだから

 

だがイグアはそれに特に意にも介さずに笑った。二人が己の料理の斬新さに驚く姿を既に思い浮かべて、早く二人にサプライズするのを心待ちにしている

 

アルバードは過去のイグアの作った料理を想起していた。チーズの上に浮いた肉団子となったハンバーグ、蒸らしすぎてスープになった煮魚、塩胡椒をたっぷりと振り掛けたステーキが混入したスクランブルエッグ

 

……………美味しいは美味しいのだが、その脳裏に些かの不安の芽が顔を出すのは許して欲しいなとアルバードは思った

 

「母さんが既に配膳をしてくれたから手を洗ったら直ぐにお目に掛かれますよ!」

「サリアが配膳を………うぅむ」

 

アルバードは唸った。少しだけ親馬鹿気味な所がある己と違って、妻のサリアは締めるべき所では締める女性である。だが彼女も締めずに済む所は子供の自由に任せる気質がある

 

チラリと長女の横顔を見遣れば、その涼しげな顔に一筋の冷や汗が流れている。判断の難しい局面、しかしどうあれ愛おしい息子が折角作ってくれた料理を食べない等という選択肢はない

 

アルバードは薄く息を吐いた。少しでも不安を紛らわせる為だった

 

「ルリアはもう帰ってきたのか?今日は友達と遊ぶと言って馬車で出掛けていったろう、何処かの子爵家だったかは覚えていないが。出来ればいただきますは家族皆んなでしたいんだ」

「アザニア子爵家だよ。父上とイリアよりも早く帰ってきたから心配は無用さ!」

「そうか…………では私達も早く手を洗ってこようかな」

 

妹が父親と連れ立って屋敷の中を駆け出したのを見てから、イグアは頭の中に微かに湧く邪推を振り払った。俺は次期当主なのだ、どれだけ妹が優秀なのだとしても─それこそ、俺よりもずっと─兄として守る義務がある

 

まだまだ修行が足りないと自戒する。嫉妬するよりも先に、追い付ける様に努力すべきだ。泣き言を零すのは限界まで頑張ってからでなければなるまい。故に俺は、イリアと父上を先に待つべく食堂へと向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聡明な妹の驚いた様な困惑している様な顔を見て、その視線の先に俺もまた目を向ける。唐揚げを牛肉のハンバーグで包んだ饅頭は噛み締めるだけで肉汁が溢れる自慢の一品だ。何か変な所があるのだろうかと首を傾げた

 

「…………お兄様、何不思議そうな顔しておりますの??そこのメイドさん、サラダをちょっと作ってきて貰えるかしら」

 

「了解致しましたイリアお嬢様」

 

側仕えのメイドに号令を下しながら、妹が冷や汗を流しながら目の前に置かれた饅頭にナイフを通す。とろりと内側から溢れるチーズと肉汁に息を呑むのが席が離れていても分かった

 

その反応に満足感を抱きつつ俺は微笑みの表情を作りながら笑う。饅頭をフォークで切り分けもせずにそのまま噛み締める。熱い肉汁、カラッと揚げられた鶏肉、濃厚なチーズ、ジューシーな牛肉。暴力的な美味さに満足する

 

「はっはっはっ、実に美味しそうだろう?」

「それはまあ……………えぇ、僕も否定しませんわ。ですが流石に限度があると思うのですが!もっとバランス良く摂取致しません???」

「姉さん姉さん、でもこれすっごく美味しいよ。ほっぺたが落ちちゃいそう!」

 

横からニコニコ笑いながらルリアが料理を褒めてくるのに、思わず頬が緩んでしまう。可愛い妹に褒められるとどうにも嬉しくなってしまう、父上からの遺伝だろう

 

その父上の方に目を向ければ母上に「あーん」されていたので気まずくなって顔を背ける。尊敬すべき父親であるのは間違いないんだが、遠慮なくイチャイチャするのは思春期には辛い物がある

 

何とかして意識を逸らそうと、俺は再び妹達の会話に耳を傾けた

 

「ルリア、確かに美味しいのは認めます。ですが本当にカロリーと蛋白質の暴力じゃないですかこれ。多少は他の栄養素も取らなければ身体の発育に影響が出ますわ。大きくなる筈の物も大きくならな」

「胸の話してるの?」

 

俺とイリアは同時に吹き出した。まだ9歳のルリアの口から出たとは思えない言葉に動揺したのはどうやらイリアも同じらしかった。少し震えている指先でハンカチを使い、口元を拭いながら真っ赤な顔のまま早口で語り始める

 

「いえ、いえ、僕の話しているのは身長の話なのですが。いや本当に、胸とか幾らあってもきっと邪魔ですよあんなもの。少なくとも僕は要りませんから。ねぇ、というか何処でそんな事習いましたの??」

 

「姉ちゃんは身長伸ばしたいの?」

 

「えっ、うん。そっちの方が強そうじゃない………いやそうじゃなくてね!?」

 

「…………ちょっと待ってくれルリア。俺もちょっと動揺してるんだけどさ、イリアが結構混乱してるぞ。一回待とう、な」

 

「そ、そうですわね…………お父様、ちょっと外で風を浴びてきても宜しいかしら?今宵は月も良く出ておりますし、見晴らしも良いでしょうから。お兄様をお連れする許可も欲しいですわ」

 

「えっ」

 

唐突な流れ弾に顔が引き攣ったのが自分でも分かった。本当に錯乱とかしてないだろうかと心配になって顔を覗き込むが、其処にあるのは真剣そのものな顔

 

一層心配になってイリアの額に手を当ててみるも特に異常はない。熱という訳でもないのならば、一体何が原因なのだろうか?余程胸についての会話に動揺したのかと思索する

 

とは云え、父上もまさか許可を出しはしないだろうと振り向いて

 

「良いぞ。少し肌寒いだろうからある程度厚着しておきなさい、特にイリアはその格好で外に出るのは凍えるだろうからね」

 

「えっ」

 

秒で父上にも裏切られて絶句する。意図が読めない───いや、聡明なイリアの事だから、何か意図があってそれを父上が察しているのだろうか?

 

俺は、その意図を察する事も出来ない。会話の中に隠された意図を必死に解読しようとしてそれよりも先に父上が普段から大事にしているレイピアを投げ渡してきたのを慌てて受け取る

 

「ち、父上………何を」

 

「イグア、それを持って行くと良い。必要になるだろうからな、後でちゃんと返してくれよ?」

 

多少の茶目っ気を含んだ悪戯っぽい笑みを向けられて、レイピアが重く感じる。期待。愛情。俺はそれに応えられないかもしれないというのに、父上に惜しみなくそれらを俺に与えるのだ

 

微かな息苦しさ。イリアに縋る様に目を向ければ、既にシャツの上に黒のコートを羽織ってロザリオを頸から提げて出掛ける準備を終えているのが見える

 

「姉ちゃんと兄ちゃん、何処か行くの?ルリアにお土産も持ってきてくれる!?」

「少し落ち着くまで夜風に当たるだけですわよ、私の愛しいルリア。ほら、お母さんが寝台で寝物語を読んで上げますからお風呂に入ってらっしゃい」

「分かった!」

 

 

もこもことした黒い毛皮のコートに身を包み、夜闇に溶けてしまいそうな濡れ鴉羽色の髪を靡かせ、静寂を纏いながらイリアは俺の手を引いた

 

「行きましょう、お兄様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能の差を目の当たりにした日の事を、よく憶えている。脳に焼き付いて離れやしない記憶。純粋に俺が庇護するのだと息巻いていた妹は、俺よりもずっと優れているのだと突き付けられた日だった

 

 

『水銀』────エルベスト家の秘する知識。古くから鉱山に深く関係していたからこそ、エルベスト家の始祖は真っ先に『水銀』を研究して【魔術】を適用した。誰より先んじて“知識”を得て、その結果として後追いで『水銀』に触れた者を殺戮し尽くして立場を確立した

 

“知識”と【魔術】は極めて密接に関連している

 

例を述べよう。原始の時代、火とは雷と火山によってのみ得られる恵みであった。故に【魔術】の形態は火山の岩や雷に打たれた木灰を触媒に火の【魔術】を行使する形であった

 

だが火とは気体の反応だと判明した現代に於いては、『結合』を唱え空気を触媒にするのみで相手に触れている空気を火へと変換出来る。貴族は高度な教育によって得られた“知識”を素に、隔絶した暴力を手にする事が出来るのだ

 

 

『貴』き種『族』という自称が、その優位と傲慢を端的に表現している

 

 

「お兄様、星空が綺麗でしょう」

 

嫋やかに笑うその指先が、『水銀』の“知識”を軽く聞いただけで容易く秘伝を手繰るのだと識っている。微かな劣等感と嫉妬、それを見透かす様に覗き込んでくる蒼い瞳が不気味だった

 

「………単に星空が見たいってだけじゃないんだろう?」

 

「えぇ。お兄様が僕に対して何か勘違いをされている様なので、その訂正をしようかなというのも目的の一つですわ」

 

勘違い。勘違い────本当に勘違いならば、どんなに楽なのか。自慢の妹が聡明なのは変わらない事実で、同時に天才であるというのも紛れもない真実だろうに

 

驚きに見開かれた父上の顔。特に驚いた様子もなかったイリアの顔。総てが深く刻まれている。一つずつ『水銀』の性質を学び、触れて、イメージを膨らませていた俺との差異の何処に勘違いがあるというのか

 

 

「そんな怖い顔をしないで下さいませ。僕はただ“知って”いただけですし、間違いなくお兄様の方が僕よりもずっと【魔術】に優れているのですよ?」

 

「嘘を吐け。十歳の頃、俺はやっと【魔術】の基礎が分かる様になった程度だったんだ……………イリア。お前は天才だよ、エルベストの次期当主だってお前の方がきっと相応しい」

 

「あのですね」

 

呆れた様にイリアは薄く息を吐いた。冷たい空気に触れて、吐き出された水蒸気が温度の低下によって液体へと変化する。白く曇る息を振り払ってまだ幼い妹は断言した

 

 

「少なくとも、僕は僕よりもお兄様の方がずっと、ずっと、次期当主に相応しいと確信しておりますわよ。というか僕はお兄様かルリアに次期当主になって欲しいんですー」

 

「何故だ?才能も、能力も、お前が──」

 

「お兄様は異性愛者じゃないですか」

 

 

静謐。流れ星が空を裂く様な、軋み音が遠くから聴こえる。庭園に流れる水路が美しいせせらぎを奏でる。寝静まった雀の吐息。風に揺れる葉のそよぐ合唱。その全てが一瞬、止まった様に感じる

 

──いやいや。何で平然と言ってるの??ルリアに胸の話をされて赤面して早口になってたよね?この数分で何かそんなに成長する要素とかあった?

 

とか

 

──そりゃ俺だって女の子が好きだけどさあ、妹に言われると何か後ろめたさが出てくるんだけど。本当に。父上だって同じシチュエーションに遭遇したら絶句するでしょ

 

とか

 

──お兄様はと冠詞が付いてるんなら…………イリアは違う、ってコト!?嘘でしょ何で10歳の妹にこんなにカミングアウトされてるの俺

 

とか

 

そんな思考が頭の中を堂々巡りして、結果口から出た言葉は間抜けな物になってしまう

 

「ごめん今何て言ったの?」

 

「お兄様は異性愛者じゃないですか」

 

「ききまちがいじゃなかった」

 

 

本当に何言ってるんだろうウチの妹は。天才と奇人は近いと聞くけれども、やっぱり天才なんだろうか。いやだとしても本当にどういう話題のシフトなの??

 

そんな風に混乱している俺の姿を意にも介さず。或いは一々気にしている時間がないと言わんばかりにイリアがロザリオを掌の上で弄びながら言葉を発し続ける

 

 

「世継ぎを産むとか僕には無理だし、それなら最初からお兄様が家を継いでくれた方が絶対に良いじゃん。それに僕は、『知識』はあってもどうやって【魔術】に繋げるかは自信ないもん」

 

「待ってくれ。本当に待ってくれ。俺の理解が追い付かない」

 

 

軽く笑いながら遊ぶ様に石畳の上を妖精みたいに飛び跳ねてフードから溢れた黒髪を靡かせているまだ成長し切っていない幼い躰の妹から飛び出てきたとは思えない言葉群に眉間を揉む

 

最初からこの事を告げるつもりだったのか。父上は知っているのか。遠方から轟く流星の音が大きくなる事すら気にならない程に動揺してしまう。そんな俺の姿を見て、イリアが口元を歪める

 

 

「つまりお兄様にはもっと自信を持って欲しいなってこと!ほらほら、レイピア構えて!今から僕がちょっと相手してあげるから……アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣

 

「なっ、くっ───!」

 

ロザリオ。装飾品に見せ掛けた高密度に圧縮された水銀の集積体が妹の号令に従って流動する。変幻自在の流体が、槍に鞭に剣に変じて次々と迫るのを父上から渡されたレイピアで石畳を切り裂いて、礫を生み出しそれを弾いて目眩しにする

 

 

『水銀』の液体としての振る舞いにエルベスト家は「流転の不朽不滅」を見出した。壊しても、その本質が流体である以上は水を斬ろうとする無謀に近い。故に対策の仕方は『まともに相手しない』の一言に尽きる

 

庭師には怒られてしまうだろうが、この局面で後の事を考えても仕方がない。兎にも角にも先ずはイリアを大人しくさせてから考えよう。俺に自信を持たせようと言っている以上は、本気の殺し合いではあるまい

 

サティナルナ。高き頂より麓に荒び降れ。冷たき飄風

 

ならば即刻気絶させるに限る。兇器の姿を写す水銀により塵となって砕けた石畳を、父上に連れられて向かった鉱山地帯への視察で着想を得た【魔術】によって広げて目眩しにして駆ける

 

正面からでは闇雲に振るわれる水銀に衝突しかねない。故に大きく迂回して背後から強襲しようと軌道を疾走し始め、それを見計らう様に妹は笑った

 

 

「切り替えの速さやっばっ!でも僕だけに集中しない方が良いよ?準備運動も慣らしも終わったし、ぶっつけ本番行こうか!」

 

「何を──」

 

 

 

 

『噴流生成反作用飛行回転を加速す。我が身は空を翔ける塵の絶叫なり』

 

水銀の戦鎚が、頭上から歪な金切りを奏でながら落ちてきた影を弾き飛ばす。石畳を割りながら転がる影が“翼”で庭木を薙ぎ倒し、その反作用で停止してから起き上がる

 

鳥の翼に樽を取り付けた様な生体器官。鋭利な羽根は殺傷を念頭に置いた構造で、凡そ飛べる筈のない重さであるというのに悠々と高速で飛行していた挙動の不自然さ

 

 

空から異形の人型が墜落する明らかな異常。人類が未だ届かざる天空を支配するのは鳥類や竜種ともう一種だけ。爛々と輝く赤い眼はその影が何者であるのかを如実に表していた

 

鳥が彼れ程冒涜的なフォルムをしているか?竜が彼れ程の狂気を瞳に宿しているか?

 

有り得ない。優れた脳を啜り、喰らい、より高みへと至ろうとする貪欲はこの世界でただ一種のみの習性だ

 

 

「魔族狩りだよお兄様!初陣と行こうか!」

 

 

「飛行可能種ならば先ずは翼を狙うぞ───ッ!!上空からヒットアンドアウェイに徹されたら厄介だからな」

 

 

 

稚拙な策謀劇。役者歴(ねんれい)三年の魔族を招いた戦いが幕を開けた

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