TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌 作:モヘンジョダロ
空の澄んだ蒼色を、華やかで輝かしいパーティーが彩る。
何度も何度も見飽きた面白みのない退屈な光景だが、皇族の特権を享受する者として妾は妾に課せられた役目は果たさねばなるまい
大公爵家の出席しないパーティーに態々時間を割く余裕は帝位継承権の高い者には殆ど存在しない、だが侯爵レベルの名家も集まるのであれば反乱の談合を防ぐ為に帝室から監督者も派遣しなければならない
配下の面子の為、なんて云う殊勝な理由が有る筈もない。
幾ら不満が溜まろうと、幾ら叛意を抱かれようと、侯爵級にも届かない貴族なぞ簡単に"処理"出来るのだから。
事実として粛清によって数百もの雑多な【魔術】の知識が帝都の禁書庫に積まれている
「エルシオン様、今日もお美しい……!あぁ、そうです。細やかながら贈り物が御座いますよ、職人に手掛けさせました銀細工の簪………殿下の煌めく黄金の髪に似合うかと」
「妾への無駄な賄賂、ご苦労様だなフラスク卿。先日のパーティーでも五度呼び出されてその度に同じ様に装飾品を寄越された、帝国への忠誠を表現したいなら
「い、いえ……………わ、私は純粋にエルシオン様の姿を美しいと思ったありのままの心を述べているに過ぎませぬ!元より我が身は帝国に捧げておりますれば、今更忠誠を矢鱈に表現するなぞ………この簪とて純粋に御身に似合うと思って………」
「聞き飽きた言葉だ。媚びを売って便宜でも図って欲しいのなら他の家にしておけ、帝室にとって侯爵にも満たぬ強さの貴族は替えの効く駒に過ぎん」
青褪める男爵に冷やかな目で退出を促す。
別に珍しい話でもない。売り払えば予算の足しに出来るのだから罰を与える程の事ではないし、一々こんな事に罰を下していたら使える駒が減ってしまう
そもそもの話、贔屓して欲しいのなら妾だけに媚びを売るのが間違っているのだ。一介の皇女にそんな権限はない。
妾が身に付ければ周囲への牽制になるだろうと考えて装飾品を贈ってくるのだろうが、生憎とそんな事に付き合う程に下級貴族に価値を見出していないのだ
…………と言っても。其処ら辺のノウハウが溜まる程の家になる頃にはとっくに媚びを売る必要のあるレベルでは負担を感じなくなっているだろうが
そんな事をつらつらと考えていたからか、目の前の男爵が抜剣したのに数秒経ってからやっと気付いた
「それは私への侮辱と捉えて宜しいですかな………?一生懸命にお仕えし、殿下の生きた何倍もの時間を帝国に捧げた私への報いがこの扱いなのだと………!」
「事実を述べたまでだが。フラスク卿、この国で重要なのは智と力だと言うのも貴殿も長い軍隊勤めで理解しているだろう?貴殿が貴族に取り立てられたのは【魔術】の開発に対しての評価に過ぎない」
そもそも捧げた時間の長さだけで報いを与えられるなら年功序列の極致になるであろうに。
目の前の男爵よりも長く従軍しながらも雑兵として斃れていった戦士は無数に居るのだ
その中でフラスク卿が男爵となれた理由は明確だ。
強さと、それによる功績。
他の連綿と続く貴族達と比べて強さで劣っているのだから、軽んじられたくなければもっと探究と求道に励んでくれとしか言えない
頬杖を突きながら激情の赴くままに振るわれようとする剣を眺める。
突然の乱心にパーティーに出席している貴族の一部が連帯罰への恐怖に蒼褪め、必死に止めようとするのを見ながら何もせずに静観を保つ
─────その一部とは。尽く新興の家だ
「エルドラクト。勅令賜り疾く駆けよ。威光の代弁者」
遥か後方で待機していた近衛従騎士─『玉音騎士』が紫電を纏いながら振り上げられた刀身を、フラスク卿の背後から掴む。
彼、或いは彼女は何も言わない。警告も、忠告も、侮蔑も、何も
その身こそが皇族の言葉なのだから
「サルヴァリオ。末端へ広がり急げ。剣の理迅───ッ!」
兵士を務める中で、フラスク・エンヴァースが気付いた事が一つある
刀身が長ければ長い程に、刃先の速さは比例して上昇する──その現象に神秘を見出した結果として。エンヴァースの魔術は力の中心からより離れた末端の速度を加速させる物となった
とある令嬢が兄に魔術では叶わないと評した所以の一つが此処に如実に現れている。
下手に知識を有している分、常識に囚われてしまう部分があるのはディスアドバンテージでもあるのだ
「二連結」
肩から掌までの距離を用いた加速、柄から刃先までの距離を用いた加速が同時に行われる
アメストリス子爵、ネクアル男爵が家族を置き去りにした速度域の中を駆け出した。
パーティー会場で許された最小限の兵装、軽い細剣が投擲されグラスの破片が飄風に浮かんで空を疾る。
だがその攻撃は僅かに腕を傾けるだけで二重に加速した剣速を殺傷力に変換出来るフラスク卿にとっては遅すぎる妨害に過ぎない。否、妨害ですらなく
「殺すなよ」
「御意」
玉音をその身で体現する騎士にとってのフラスク・エンヴァースの攻撃もまた、彼に向けられた無意味な妨害に等しく
フラスク卿が己の魔術の全てを込めた激情の一撃は、何らの傷痕を残さずに眩い紫電の中に掻き消えた
【TIPS】『玉音騎士』
“帝国”の近衛従騎士の総称。伯爵級以下の貴族への絶対粛清権を持ち、事実侯爵級でなければ太刀打ちすら出来ないレベルの儀仗兵。“帝国”、引いては帝室に仕える直属部隊で大隊(500人前後)程度の人数が在籍している
“連邦“の抱える精鋭部隊「人民軍特務機関」、“王圏”の調律する演奏器〈孤王の指〉、及び“神領”が讃える異端審問官【神聖者】と並び称される程の
量産体制の秘訣が帝室が伝承する【魔術】の一部伝授である為に、『玉音騎士』の選抜試験は忠誠心が最も肝要である。寧ろ忠誠心以外の全ては評価に含まれないとさえ言える
理由は単純。帝室の秘伝の【魔術】は、その欠片だけでも極めて強力だからである
「腕は悪くないな。丁重にお返してやれ」
神経を通じて意思を肉体に伝達する電気信号を一息に塗り潰す紫電。
凡その生物の行動力を奪う麻痺の魔術を鎧、剣を伝導させて叩き込んだ『玉音騎士』に命令を下しながら安否を知らせる様に軽く手を振る
雑多な貴族を纏め上げる為にも、妾が帝室の威光を損なう訳には行かぬのだ。とは云え、所詮雑多は雑多に過ぎぬからそこまで気負わずとも良いのだが
何せ彼らは何時でも潰せる駒に過ぎない。帝室が奴等を生かしているのは、【魔術】を接収した所で大した利益にもならない程度だからだ
コストパフォーマンスが劣悪。数年も投入すれば使える程度にはなるやもしれぬが、逆に言えば数年投入しなければ使い物にもならない魔術を無数に溜め込んだ所で邪魔なだけ
それならば秘伝への理解を深め続けた方が成長曲線の傾きはマシに違いあるまい。それに、雑多であろうとも“連邦”や“王圏”との戦争を考慮すれば下手に処理し尽くすのも惜しい
フラスク卿が此れを屈辱と考え、下剋上の為に研鑽を積むのならばそれもまた帝室にとっての利益となる。隔絶した力の差は傲慢さと寛容さを同居させていた
「流石は殿下……」「なんと寛大な御仁であろうか」「いやはや、帝族ともなれば余裕が違う」「下げてから上げるタイプのメスガキかな?」「姉さん!?」
称賛の声を投げ掛けてくる貴族達に顔を向け直す。良い歳をした成人男性が揃いも揃って妾の様な小娘に傅き、讃える光景はもう見慣れたものだ。何の感慨も湧きやしない
滑稽ではないのだろう。妾が軽く指先を動かせば、その動作のみでこの場の殆どを殺せるのだ。絶対的な上位者へと向ける感情を想像すれば彼らを嘲笑う気も失せる
妾が注意すべきは侯爵級の面々の動向。それさえ済めば後はスイーツを貪るだけのパーティーだと目を逸らして────
奇妙な女だった。穏やかに微笑んでいる、胸の前で白銀の十字架を握る少女。光の全てを吸い込んで消し去ってしまう様な黒の髪と、煌々と輝く海面を思わせる澄んだ淡い蒼の瞳
それだけなら容姿が優れているというだけだが、服装が深窓の令嬢然とした美しい容姿の印象を全て覆す。パーティー会場に薄手のシャツとホットパンツだけで突撃する貴族令嬢なぞ前代未聞だ
そんな少女が、此方に近付いて来ている
「……………誰だ?」
家紋も無ければ見覚えもない。そんな相手に対して多少遅れたとは言え名前を確認出来る程の判断力を即座に取り戻せたのは勲章物だろうと自賛する。いや、見覚えがない?
今までも何度か侯爵級の貴族の交流もあるパーティーに出席している妾に見覚えがないだと?観た所現役ではなかろう、子供世代だ。帝室へのアピールとして子供を妾の近くに寄越してくる貴族は多く居るのに、今になるまで妾が見た事もないのならば可能性は絞れる
大事な後継者候補か王家にすら秘匿したいジョーカー。少なくとも家の恥ではないだろう、殺処分するのは限られているが平民に下げられる事は珍しくないのだから
「こんばんわ。僕はイリア・エルベストと申しますわ。此の度はエルシオン殿下に奏上したい事がありまして参上致しましたの」
「あぁ、辺境のエルベストか。そう畏まらずとも構わん、好きに言うが良い…………国益に反しない限りでな?」
「感謝しますわ」
染み付いた習慣で返答をしながら思索を巡らせる。『玉音騎士』も既に戻って来ている、此処でお命頂戴しますなんて言われても問題なく対処出来るだろう。そんな事は早々ないだろうけれど
エルベスト辺境伯家。“連邦”との国境線に接する貴族家、独断での国境警備隊の動員権限も有する家。脳内で情報を照らし合わせて、目の前の少女について此方が分かる情報を分析する
あの家の後継者はイグア・エルベストだ。実際に現辺境伯のアルバート伯も行政の一部を徐々に移譲して"慣らし"を始めているから間違いはないだろう
子女にはルリア・エルベスト。同世代の令息令嬢との顔繋ぎ、及び交流を主としていると記憶している少女だ。今の所は単に情を湧かせて簡単に手出しされない様にというアルバート伯の庇護心で動かされている故に警戒する程の結束ではない
となれば、目の前の少女の自称が正しいなら彼女は後継とは目されておらず。その上で将来の身の安全の為の交流やらコネ繋ぎも必要ないとされる程の令嬢であろう
そんな少女が妾に声を掛けてきた意味とは何だ?妾の何がその琴線に触れたのか?帝室にとって最も利益となる結末とは何だ?それを導く為にも、妾は情報を引き出さねば
「まあ端的に言っちゃえば僕がエルシオン殿下に媚びを売りたいだけなのですけれども」
「……………先程の遣り取りは見てただろう。妾個人に媚びを売っても無意味だ。何かしらの優遇をして欲しいなら妾を通するよりかは国への奉仕をしろ。お前のお父上もそう言わなかったのか?」
思わず気が抜けてしまった。裏を勘繰り過ぎるのも良くないなと呆れ混じりの溜息を吐いてから、アルバート伯の苦労を偲んで眉間を揉む。彼の御仁は相当な子煩悩だと聞く、強く娘を引き留められなかったのだろう
となると社交場には似つかわしくない衣装とて彼女自身の我儘なのかもしれないと思いながら密かに『玉音騎士』に命じていた厳戒令のハンドサインを解く
「別にそういう訳ではなく、殿下の護衛への立候補ですわよ。僕だって実家への愛着はありますがそれ以上に賄賂は気が引けるんですよね」
「ほう?聞き間違えではないのか?護衛…………妾の護衛に立候補すると、そう言ったのか?」
「………あら?何か気に障る様な事が含まれておりましたのかしら?」
「いや、単に発言の全てが疑わしいというだけだ。妾の護衛になろうとするのも、賄賂を嫌っているというのも全てな。甘言を弄するのならば幾ら小娘でも容赦はせんのが妾達帝室というのを理解していないのか、貴様は──」
「賄賂ってそんなに当たり前の物でしたの!?!?」
目の前の黒髪の少女が驚愕して周囲を見渡せば、口笛を吹く子爵に気まずげに目を逸らす男爵。まあ年齢から考えれば次期当主でもない限りは無知なのだろう
帝室はそもそも力という点に於いて他の貴族を遥かに超越している為に必要としないが、貴族にとって賄賂は当たり前に近い。それは一種の取引であり、
無論全ての家が賄賂を使う訳ではない。賄賂を供出出来るだけの資産、少なく取引の場に立てるだけの力、そして帝室に睨まれない程度という前提の元に成り立っているに過ぎず……………当たり前であるかどうかはそれこそ各々の判断によるだろう
なので数字を出して後は判断に任せれば良い
「深度を問わなければ帝室が把握している限りでは貴族の87%は賄賂に関わっているぞ」
「多過ぎませんかしら??僕、そんな事は初耳なのですが………いえ、話題が逸れてしまいましたね。貴女の護衛に立候補したいという話ですわ」
「ちっ」
絶対面倒臭いだろうから出来るだけ言及しない様にしたかったのだが、そんな思惑が無情にも砕かれてしまう。別に今のままでも問題なぞ何処にもないのだ。帝位継承権も狙われる程高くはないし、父王が寄越してくれた近衛従騎士が居れば戦力面も充分だ
先程の一幕を見て、賄賂の意味が無いと理解している筈だ。他の侯爵家への牽制をするにしても、今まで表舞台にも立たなかった令嬢が護衛になりたいと叫んだ所で効果は薄かろう
周囲の反応を確かめれば返ってくるのは困惑。僅かに軽蔑。例外となるのは慌てた様子で此方に駆け寄ってきた9歳程のまだ幼げながらも凛々しい少女くらいか
「姉さ………ま!お姉様!お戻り下さい!誠に申し訳ございませんエルシオン様、お姉様は本当に悪気があったとかそういう訳ではない思うんです……………」
「僕は護衛に立候補したいだけなのですが……………えっと、何か受け入れてくれない理由とかありますのかしら?」
「妾が単に貴族の護衛を必要としておらん、というだけよ。強さが足りず、忠誠もまた確かめる方法がないのだ。妾の身を守るだけなら近衛従騎士さえおれば問題無い、だが貴様が護衛になるのなら監視の為に近衛を増やさねばならぬ」
「………?じゃあそうすれば良いのではありませんか?“連邦”との戦線は膠着しておりますから、後方の予備戦力に含まれている『玉音騎士』も居ますわよね?」
「は?」
「姉さん!?」
理解し難い発言。一瞬此方の意図を解していないのかと思い思わず思考が停止してしまったが、しかし少し頭を働かせればその食い違いに気付く。そも、目の前の少女は帝室に媚びを売るつもりではない。寧ろ帝室に負担を掛けても良いから妾に仕えようとしているのだ
何の為に?
「…………人質になろうとしても無意味だ。帝室がその気になれば貴族家一つ潰す事など容易い。人質を確保する労力がなくとも、貴様らの命は最初から帝国の掌のう─」
「家は特に関係ないと申しますか、実は僕が貴女にお仕えしたいだけなのですよ。ほら、一目惚れと言いますか」
理解が出来ない。物質的利益でない精神的な利得があるのは理解出来るが、それが妾に結び付くという事実を上手く飲み込めない。頬を赤くしているルリア・エルベストを横目に、妾は少し動揺しながら令を下した
「しゅ、周囲に被害を出さない様に半殺しにしなさい」
「御意」
紫電が迸った
お詫びと訂正
基本他者視点というタグを使っていましたが、キャラの視点を次々と切り替える形式が自分で読んでいてもキャラの一人一人が唐突過ぎる様な気がしてしまい感情移入が難しく、その為「基本他者視点」というタグを削除したいと思います
「基本他者視点」というタグに期待してくれていた読者の皆様、誠に申し訳ございませんでした
評価・感想お待ちしております