TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌 作:モヘンジョダロ
「エルドラクト。勅令賜り疾く駆けよ。威光の代弁者」
「アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣」
別段、まだ幼い皇女殿下に近付いて護衛に立候補した理由に下心がなかった訳ではない。というか寧ろ下心しかなかったと言い換えても良い程には自分の利益を考えていた
容姿が─性別と断言してしまうと自己認識が揺らぎそうなのでこう呼称する─女性となってしまっても、僕の精神は変わらずに男なのだ。何も変わってはいやしない
なので政略結婚とかそういうのは本当に勘弁したかった。一応、辺境伯の長女なのだ。国防の一端を担う為に帝室より辺境の軍の自由指揮権を与えられている我が家は経済的にも豊かであるのは間違いない
公爵家などと比べれば格落ちすれど、それでも十二分に恵まれた家柄であり…………必然的に、僕もその血筋に価値を見出されている。帝国は知識が強さに直結する暴力至上主義なので男女差別は抑えめだが、勿論政略結婚が絶える事はない
侯爵級の貴族の生まれである以上、僕以外の意向によって嫁がされればきっと世継ぎを生み出すのが求められる事になる。
帝族が相手なら側室に落ち着ける可能性はあるものの、やっぱり何とかして繋がりを保つ事を期待されるに違いない
父は僕達家族には甘いが、僕が産まれた直後に『魔族憑き』として殺されかけた様に貴族としての冷徹さと合理性を欠いてはいないのだ。僕の我儘と家全体の利益を天秤に掛ければ傾く先は決まりきっている
だから僕は皇女殿下への護衛に立候補した
拒否されればそれはそれで政治的センスが足りない事が内外に伝わる。先程も述べた通り、父は家族に甘い。親バカと言っても過言ではない。浅慮な娘がその愚行の代償として縁談が纏まらなくなった、というだけで僕を殺しはしない
承諾されたならばそれはそれで構わない。皇女殿下の護衛ともなれば、婚約を持ち掛けられた際の絶好の断り文句に出来る。子供の頃から婚約を組むのは長い期間でお互いに慣れさせる為だ。護衛に時間を取られるならば旨味がない
つまるところ、この申し出は僕にとって何方に転んでも構わない、僕以外の存在が僕の婚約者を決めない様にする為の拙い策略であったのだ
………………嗚呼
「まだ視界が明滅しますわね………………普通幼女のお腹を殴り飛ばします?防御を上から突き破るとか流石は近衛兵ですわね、マトモに相手してられませんわ」
「立てるのか。その歳で我々の打撃に耐えられる者は極めて希少だろうに」
「手加減して下さったお陰ですわね。そうでなくては五体が破裂しておりましてよ」
ホワイトアウトしていた視界が徐々に落ち着く。目の前に悠然と拳を突き出したまま余裕綽々で佇んでいる『玉音騎士』が感情を滲ませずに称賛してくるが、素直に喜ぶ事なんてとてもじゃないが出来ない
対策は講じていた。皇女殿下の乱心と同時に、周囲の金属と指先を水銀の糸で繋いで心臓の鼓動や脳の信号を麻痺させられない為の誘導路を作り上げたし、水銀のロザリオで僕自身と接触しない盾だって瞬時に構築した
咄嗟の事とは云え、火事場の馬鹿力で今までにない集中と結果を出せたと記憶している。まあ目の前の騎士によって水銀の盾は強引に引き裂かれた上に腹パンされてメチャクチャ痛いけど
(同じ時間を与えられていても取れる行動の数が違い過ぎますわね……コッチはRPGなのにアッチは格ゲーみたいな、そりゃ相手は近衛兵ですから覚悟はしていましたが)
少しよろめきながらも立ち上がり、煤けた服の塵を払う。皇女殿下はまだ顔を赤くしながら真剣な様子で考え込んでいらっしゃる。先ずは近衛騎士を制止して欲しい
「お、姉ちゃん…………そんな無茶なんかしないで早く降参して!これ以上は本当に………!」
「あぁ。その声は多分ルリアね。僕はまだ戦えるから安心して欲しいのですが、というか敗ける気もありませんし───ッ!!」
「躱されてしまったか。能力評価を修正しよう。次は命中させる」
バチバチと全身を包む白銀の鎧から舞い散る紫電と共に駆け抜ける近衛従騎士の突撃を直感任せで避ける。僅かな判断の為の時間すら目の前の輝かしい騎士の前では命取りだ、今も僕が敗けていないのは相手の手加減のお陰に他ならない
そう、明らかに手加減されている。乗り気ではないと言い換えても良いだろう。それはきっと僕に対する配慮ではなく、今も尚混乱している皇女殿下への配慮だ。もう少し僕にも分けて欲しいね。これでも美幼女なんだけどな
そんな僕の心持ちとは反対に周囲の貴族が騒がしくなる。ここまで出力を高めた『玉音騎士』を目撃した事のある者は少ないのだろう。然もありなん、お父様達の様な侯爵級を除く面々の強さは今の手加減した状態の『玉音騎士』にすら及ばないのだから───勿論、僕もその例に漏れない
先程の打撃で流し込まれた雷撃が今も痺れとなって僕の躰を苛む。放電であれば避雷針みたいに水銀で引き寄せて無効化出来たんだろうけれど、
(一撃でもモロに食らえば負ける。その上でクリティカルヒットを当てたとしても勝てる保証は何処にもない………こんなのが帝都にはうじゃうじゃ居るだなんて考えただけでも寒気がしますわね)
騎士が一歩踏み出し、大理石の広場を鍵盤とした軽やかな音色が奏でられる。目で追える速度をとうに超えた踏み込みから繰り出される突撃は鎧の重さも相まって生半可な『魔族』なら挽肉に出来る。流石に減速はするのだろうが、それでも途方もない暴力だ
考えを巡らせる。皇女殿下の護衛になるのならば、此処で遥か格上の騎士に挑むよりかは皇女殿下を説得した方が良いだろうと貴族令嬢として育った自我が嘯いている
実際問題勝てるかも分からない、此方を半殺しにしようとしている近衛兵と交戦しても確実に護衛に取り立てられる保証なんて何処にもないのだ。何せ最終決定権を持つのは皇女殿下であるので、幾ら近衛兵に認められようとも無意味に過ぎぬ
だから、まあ
「勝ちます」
そんな小難しい事よりも兎に角目の前の強者に勝ちたい。知らず知らずの内に口角が上がる。興奮で痛みが薄れ、死地に等しい戦場に脳を巡る血液が加速する
『玉音騎士』の一挙一動を観察する。地力で劣る以上、知恵を必死に振り絞らなければならない。敵を分析して、何とか勝ち筋を構築しようとする。あの圧倒的な強さを支えているのが何か。僕はそれを知らなければならない
打撃の威力は高いが次元が違うというレベルではない。付与されている麻痺効果は強力だが電流を金属から直接流し込むという過程は明らかであるが故に、接触を徹底して避けるという戦術で対応可能
注意すべきは目で追う事すら難しい程の圧倒的な速度と、水銀の盾を容易く破壊した奇妙な切断能力。切断能力については打撃に付与されている麻痺と同様に接触しない事を念頭に置けば問題はない
(ですが速さに関しては何とか無効化しなければどうにもなりませんわね。そうしなければそもそも勝ち負けの次元にすら立てませんもの)
僕自身の血を溶かし込んで肉体の延長線上に置いた水銀を使役する。速度自慢であれば逆にその速度が命取りになる環境を作り上げる。加えて先程破られた水銀の盾よりも圧縮し、硬度を高める
「先ずはその能力の原理から暴きましょうかしら────設置型圧縮水銀糸、斬殺陣」
「行動制限か。面倒な戦術だな、だがこれ以上の質量は操れないと見た。ストックと思考リソースの両面において…………であれば話は早い」
張り詰めた糸を象る水銀を幾重にも張り巡らせ、構える。相手が速度を出し過ぎればその速度が牙を剥く上に高い圧縮率によって縮小する攻撃範囲を切断に特化させて踏み倒し、更に不可視という利点を作り出す
現時点で考えられる、『玉音騎士』に対して僕が繰り出せる最善策。彼、或いは彼女が言う通り僕の限界と言い換えても構わない。肉体の延長線上に水銀を置くという操作の性質上、単に動かすよりも圧縮する方が難易度が高く、多大な集中を要する為だ
(何をするつもり?何か隠し玉を隠している、のかしら?電撃は水銀に触れた時点で伝導するだろうから違う。なら電磁力を利用した砲撃とか金属への反発とか)
思考を巡らせ終わるのも待たずに不可視の糸に囲まれた『玉音騎士』がその全身から紫電を漲らせ、威圧感と重圧が一気に跳ね上がる。蛇に睨まれた蛙すら生温い恐怖、一歩先に断崖絶壁が聳えている様な本能的な死への忌避感
「
其れは単一の知識から発展させる【魔術】系統の一つ
感染呪術や類感呪術に代表される共感呪術によって発現させるチカラ
齎された結果は極めて単純。斬殺陣によって鎧を裁断されながらも微塵も止まらず、そのまま走り抜けた『玉音騎士』によって僕は殴り飛ばされた
視認すら適わない速度域、先程よりも更に跳ね上がったスペック。質量と速さの相乗は、手加減されて剣ではなく拳によって振るわれたというのに容易に僕は叩き伏せられた
純白の鎧。幾重にも斬撃線によって絶たれた金属の板。亀裂から一滴も流れない血。中身。その中身。
「ハハハ」
慌てて可愛い面立ちを蒼白に染めて駆け寄ってくる妹を置き去りに、僕は声を上げて笑った。周囲の貴族が困惑するのも構わない。お父様が何とか『玉音騎士』を止めようと皇女殿下に近付くのが見える
「ハハハハハハハ」
【魔術】は苦手だ。元々【魔術】なんてない世界で暮らしていた物だから、その感覚に付いて行けない。イマジネーションが大事だと理解していた癖に、根本的な部分でどうしても差異が生じてしまう
あの速度で動いたら、普通は躰が壊れる筈なのだ。転生したという自覚のせいで「まあそういう事もあるんだろう」で流してしまっていたが、鍛錬だけで肉体が限界を超えるのは異常だ
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
哄笑する。貴族としては落第点も良い所だろう。こんな事実に今更気が付くなんて、証拠は前からあったのに何故気付けなかったのか。まあ僕が転生者だからなのだが
『玉音騎士』が困惑している姿に、近衛兵でもそういう情緒があるのかと奇妙な感慨を抱きながらやっと得たその強さの絡繰りを口にする。答え合わせだ
「
「ふむ、寧ろ気付いていなかったのか?それなら洞察力に関しては下級貴族にも劣る程度しかないという事になってしまうが、意外だな」
「ロマンチストとしてのレベルが低いのは見逃して欲しいですわね。魂が向いてませんの。ああですが雲ですのね。であれば遣り用はありますわ、開帳するのは初めてですが───!!」
【魔術】に依存せず水銀が固体となる温度は氷点下であると、
また仮にそんな気温に赴いたとしても、常日頃から【魔術】で水銀を圧縮して携帯している為に気付く事はないだろう。屋敷の中で水銀を研究するにしても低温を作り出すのはこの時代では困難だ
だから、この初見殺しを使える
「
冷える。冷える。冷える。突破された斬殺陣から冷気が溢れ出す。杯の中の水が氷となり、薄着のドレスを着ている令嬢や夫人が身震いする。原子が圧縮され、運動を制限されればされる程にその内側に秘める熱量は小さくなるのが道理だ
圧縮を極めれば冷気を更に垂れ流せるだろうが、それをするにはまだ僕自身の練度が低い。精々が氷点下まで周囲の気温を落ち込ませる程度だ。だがそれこそが狙い
「雲だって所詮は水に過ぎませんでしょうが!冷えれば氷になる、故に今のアナタは先程までの機動力を発揮出来ない!!さあ、さあ、さあ!第二ラウンドの開始と行きましょう!」
「構わん」
斬殺陣を解体して鋭い穂先を床から射出する構えへと結集させる。『玉音騎士』がその剣に紫電を纏わせる姿が目に入る、愚直に基礎を磨き上げた構え
早撃ちに近い衝突寸前の僕と『玉音騎士』を制止出来るのは最早この場に誰も居ない──────
「止まれ」
唯、一人を除いて。“帝国”の第三皇女。『雷帝』の娘。帝室からの派遣者にして、この場の【最強】
エルシオン。その真紅の眼差しに『玉音騎士』が即座に傅き平伏する。先程まで新しい知識の獲得に騒ぎ、誰をこのパーティーの後に蹴落とすかを知識の価値と比べて考えていた貴族達が静まる
白銀の髪を美しく垂らしたその姿より滲み出る殺意で動こうとする者達を片っ端から縫い止めながら、その眼差しが僕を貫いた
さっきまでずっと「一目惚れ」というワードに赤面して混乱していた少女とは思えぬ佇まいだが、きっと隣に立っているお父様が汗を拭って安堵と疲弊の息を吐いている辺り何とか落ち着かせてくれたのだろう。やはり持つべきは頼れる家族である
……………所で何故彼女は此方を睨んでいるのだろうか
「有象無象共、皇帝陛下による“王圏”遠征の直前に粛清で戦力を減らすのは惜しいから警告しておいてやる。叛旗を翻すつもりなら少なくとも放電を突破する方法を思い付いてからにすると良い」
尤も、そんな事が出来るのは中々居ないだろうがと付け加えてから皇女殿下は周囲の貴族を睥睨した。当たり前の話だ、僕は水銀を操れるから相性が良かっただけで、普通の貴族なら全身から金属を取り外さなければ土俵にすら立てない。その状態で完全武装の騎士に挑むのは自殺行為だろう
(もしかして僕死ぬ?)
冷や汗が垂れる。いや、確かによくよく考えればヤバい事をしたかもしれない。雲が水であるという確信が、知識がそれぞれで独占されているせいで技術の発展が遅れているこの世界に有るかと聞かれれば怪しい
戦っている最中はテンションが上がり過ぎて周りに気を配っていなかったが、落ち着くと護衛になれない所か「対抗策を広めた罪」とかで此の場で粛清されても可笑しくない事をしている
企業秘密をSNSで公開した様なものだ。不機嫌になるのも当たり前だろうけれど僕も流石に此処で死にたくない。そりゃ男としての尊厳は守られるかもしれないけどさあ!
「出席者は此処で待機しろ。出られるとは思わない事だ、畏れ多くも『玉音騎士』が十二名程急行中だ。真偽判別の【奇蹟】を有する女神教の崇拝者と一緒にな」
「えっ、何するつもりなんですの?本当に迂闊だったのは反省しておりますし叛意とか全く無いというか元々お仕えしたかっただけなのでちょっと教えて欲しいのですが僕これからどうなるんですか??」
「場合によってはエルベスト家は今日で断絶だ」
あっルリアの可愛い顔が凄い事になっちゃった。可哀想。
【TIPS】『玉音騎士』の用いる【魔術】
自我を可能な限り削ぎ帝室の代弁者に徹する事によって自らに『玉“音”』という属性を付与し、それによって帝室の支配が及ぶ領域での音速機動を可能とする【魔術】を持つ(尤も人体の耐久限界上、雲化との併用が前提)
そして『玉音騎士』自体が帝室の代名詞とも言える兵士なので、足元の土地を占領した扱いにする事で敵地であっても普通に音速機動できる。とてもズルいが他の国の精鋭も同じ程度にはズルいのでセーフ
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