TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌 作:モヘンジョダロ
「直轄領で収穫された茶葉だ。味が特段良い訳ではないが、服用すると脳が冴えて眠気が飛ぶ。これからのお前の末路を思えば飲んでおく事をオススメするぞ?」
「脅す様な喋り方がデフォルトですの?錯覚させようとしてもそうは行きませんわよ、
帝室に本気で潰しに来られたら、酷く悔しいが“今の”僕では簡単に打首獄門にされているのが現実だ。
将来的に超える目標ではあるがそれでも質と数の暴力、積み上げている物が違う…………逆説的に、それが実行に移されていないという事はまだ相手に余裕があるという事だろう。
「僕がまだ処刑されていないのは利用価値を期待されているから、或いは脅威にはなり得ないと思われているか、その両方でしょうね…………いえ、僕は強いので最初しか有り得ないか」
「自惚れるなよ?強いのは否定しないが、正解は両方だ。叛逆しても初手最大出力で頸を跳ねれば『玉音騎士』単騎でも鎮圧出来る程度の強さに収まっている」
「………………それ、逆に鎮圧出来ない相手とか居ますの?」
『玉音騎士』なんて正面から相手する事すらお父様みたいな侯爵級で無ければ難しいのに、其れが隙を狙って暗殺の真似事をするのだから冗談にならない。
思わず引き攣った頬を手で解しながら皇女殿下に恐る恐る問い掛ける。
「大公爵、及びその一族。『楽譜』を奏でた〈孤王の指〉や偽神の獣王連中は対応出来るだろうな。こんな区分を真剣に考える必要はない、それよりも此れからの話をしようか」
「“点検”が終わった後、僕の身柄がどうなるかという事ですの?個人的には当初の希望通り殿下の護衛になれるのであれば幸いなのですが。先程仰られていた様に『玉音騎士』が居れば僕も怖くないでしょうし」
「………む?家族への心配は無いのか?」
「僕が居なくても上手く回るでしょう。『玉音騎士』や帝室の【魔術】について気付いたのも今日が初めてなので漏洩もさせてないので取り潰しにもならないと思いますし」
「信頼、というには何処か冷えているな。情よりも事実と推測で動くのか…………悪くないな。喜べ、妾の好感度が上がったぞ」
「わーい。因みに上限を100としてどれくらいですの?」
「今日が初対面故、41程度か?」
「生々しい」
呆れた様に眉を下げてから優雅な所作で紅茶を一息に飲み干した皇女殿下の冗談に僕もまた紅茶を啜りながら返す。
確かに美味しくはないが一気に目が冴える効能が凄まじい。色々と焦っていた心が落ち着いたお陰で、今後について思考を巡らせる余裕が出来る。
“連邦”と“帝国”と“王圏”の狭間で中立の立場を崩さない“神領”に所属する司祭が近場の聖堂から招聘された理由は真偽判定の【奇蹟】を尋問に用いる為と考えて良いだろう。
内容は此処からは聞き取れないが、お父様が余裕そうな表情で対応している辺り酷い物ではあるまい。提供されているお茶菓子のお陰でルリアも少しずつ顔色が良くなっている。
そもそも帝室が危惧しているのは何なのだろうか?単に『玉音騎士』に対抗する力が許せないのだとしたら、大公爵家もとうの昔に滅ぼされている筈なのにそんな話は聞いた事がない。
チラリと皇女殿下に目を向ければ、相も変わらず余裕綽々で上品に茶を嗜んでいる。
「何故僕と僕の家族が尋問されておりますの?帝室の思惑が読めませんわ、僕を護衛に抜擢する為にスパイ疑惑を晴らす準備とかかしら」
「よくもまあそんなにポジティブな解釈が出来るな…………まぁ、そうだな。其れが無い訳ではない。帝室に属する者として受け入れるからには、出来る限り不安要素を抹消しなければならない」
「あら、じゃあ今後は妹や両親とも逢えなくなってしまいますの?手紙とかも送れなくなったり?」
「手紙は検閲こそ入るが送れる。面会も『玉音騎士』立ち会いの元なら行えるが、日時の調整で事前申請が必要となろう」
「わーりと寛大ですわね」
戦闘の疲労からか昇ってきた欠伸を噛み殺して、頬杖を突き出されたクッキーを摘んで口元に運び込む。
此の世界はネットも無ければ就職案内所も無い。帝室関係者の護衛職についての詳細が公にされている筈もないし、下手に情報を抜き取ろうとすれば情報漏洩になりかねない。
だから「騎士」「兵士」として貴族令嬢という身分から逃れる事自体を目的にして近付いたのだが、予想よりも労働条件が良いと分かったのは嬉しい。
生まれてすぐ殺されそうにはなったものの、今生の家族にも愛着はあるのだ。連絡を取り合えるのは幸いだ。
だったら何で態々護衛になんかなるんだと訊かれれば、やっぱり世継ぎとか作るのが嫌だからという一言に尽きるのだが。
お父様は優しいが、それはそれとしてやはり貴族的価値観からか善意で名家との縁談を組もうとしてくる。純粋に、只管にやりたくない。
「何か凄まじく贅沢な事を考えている顔だな。無闇矢鱈に手紙を送るのも情報部が大変だろうからやめろよ?」
「日に何通までなら行けますの?」
「せめて週にしろ」
「そんなに筆まめじゃないので冗談ですわよ〜……書くにしても近況報告とかが主体になりそうですわね。どのラインまで許されるか分かりませんが、ダメなら却下してくれるというのであれば少しずつ把握していけば良さそうでしょうかぁ」
「後で情報部の検閲マニュアルを渡しといてやるからそれで我慢しろ」
その言葉に思わず目をパチクリさせてしまう。検閲マニュアルなんて物があるのも驚きだが、組織として運営する以上は必要という事は理解出来る。
驚きだったのは僕にそんな機密が詰まってそうな物を渡そうとする発想だ。何せ幾らでも悪用の出来得る資料である。暗号の識別方法すらも記されているかもしれない代物だ。
まあ理由は何となく思い付くが。
「真偽判定とか定期的に僕に使うおつもりですか?」
「そうだ。正直便利過ぎてな。此処だけの話、妾専属の司祭を側仕えに欲しい位だ。お前、学んでみるか?」
「お戯れを。日常生活には役立ちそうだけどそんな事を磨くよりも剣の腕でも極めたいですわ」
戦争馬鹿。或いは四大国の中で最も殺戮と狂気に塗れているとさえ称される我が国が“神領”が国内に教会を建設し、布教するのを認める理由が此処にある。
【奇蹟】は余りにも、それこそ広大で豊かな領土と引き換えにしても良いと思わせる程に便利なのだ。
【魔術】と比べて習得が容易で、『魔族』を招き寄せる事もない。その癖に【魔術】よりも汎用性が高い物もある。
…………尤も、女神に依存する術であるから僕自身は習得する気になれないのだが。他者に強さの理由を委ねて強くなっても、その強さは気分一つで次の瞬間には崩れ落ちるかもしれないのだから。
等と、近衛騎士の一人にすら勝てない小娘がほざいた所で滑稽だろうと自嘲して指先でくるりくるりと虚空を掻き回す。
透き通った銀の髪が傾く。不思議そうに此方を見詰める真紅の瞳は幼げながら将来は絶対美人に育つだろうと確信させる物で。
僕は恐らくこの【魔術】について、この場で最も詳しいであろう人を前にして詠唱を発した。
「エルドラクト。勅令賜り疾く駆けよ。威光の代弁者」
「………………???」
指先から紫電が漏れる。『玉音騎士』の使っていた詠唱をそのまま使い回したが、起動自体はすんなりと出来た事に半ば予感していていたとは言え思わずニコニコしてしまう。
しかし出力は『玉音騎士』、それも先程までの周囲への被害を抑える為に手加減していた上での出力にも全く及ばないちょっとしたものだ。僕が皇女殿下の前でこの【魔術】を使ったのは此れが理由である。
蛇の道は蛇。古くから知識を秘匿し、研鑽を積み続けていた一族ならば例え末席だろうとも当然詳しいに違いあるまい。生体電流について口に出せばこの場の全員が皆殺しにされるであろうから言わないものの、逆にそれ以外であれば
「これ、どうしても出力を伸ばせないのですわよね。余りセンスがない物ですから思い付かず、どんな連想や見立てで出力を底上げしているのか開帳出来る範囲でお聞きしたいのですが」
「…………………嘘だろう?」
「本当ですわよ。『玉音騎士』が雲の概念を装填していた、なんて全く思い至りませんでしたわ。他の方々にとっては当たり前に推測出来る事実であったらしいのですが…………」
「違う。違う。違う。そうではないッ!」
余裕綽々。上位者、君臨者としての風格すらも原型が見えなくなる程に動揺した眼前の少女が顔を引き攣らせる。目を見開く。口の端が震えて言葉が一瞬詰まる。
「
「ちょっ、声大きくないです?身構えてなかったせいで鼓膜が痛くなってきますわ………もう少し抑えてくれると嬉しいのですが………」
「落ち着いている場合か!?今のお前、
「機密漏洩未遂疑惑とかで?自己申告は叛意を秘めていない証拠には成り得ないかしら?」
周囲の全てが時間が停まったかの様に静まった。貪欲に今回の出来事を利益に繋げようとしていた侯爵達も、巻き添えを受けるのを恐れて遠巻きにしていた伯爵達も、初めて実感する『玉音騎士』の脅威に震える小貴族達も。
喧騒を塗り潰しながら、激昂とも錯乱とも分からぬ表情に麗しいかんばせを染める皇女と不遜にも減刑を冗談混じりに請う令嬢に視線も集中も警戒も恐怖も困惑も殺意も注がれる。
【魔術】の多くは秘伝だ。その根源は或いは研究と実験によって獲得した“知識”や、或いは実現する事自体の難しい産物である。
前者であれば、生体電流についての知識に数々の要素を複合させた帝室の【エルドラクト】が代表的だろう。
後者ならば『玉音騎士』が個を捨てて『玉音』となる工程や『孤王』の編み上げた旋律等、「分かっていても出来ない」ものを必要とする。
つまりは、だ。
「何もかも可笑しいのだ。異端にも程がある。此の場で見て即興で再現するなぞ、如何なる手段を使ったとしても不可能だ」
「あぁ、つまりは僕が秘密裏に実験や研究を進めていたのではないかと疑っている訳ですわね」
「それ以外に何が、」
「
「…………………………」
空気が張り詰め、不気味な沈黙が華やかだった宴の席を圧し潰す。暫く逡巡してから、銀の皇女はゆっくりと首を横に振った。
「自分から言い出して上にそう提案したのなら、仮に真偽判定を使わせたとて結果は決まりきっておる。
良いだろう、少しばかり教授してやる。出力を上げるのに使っている概念の一つは『天より墜つる』雷と、高所加速の組み合わせだ。使用者の地位に比例して出力を上げる」
「こじつけじゃないですの〜」
「訳の分からない事を言うでない。何処からどう見ても洗練されておるじゃろうが」
だって高所加速とは言うけどそれは絶対に重力だろう。何故地位の落差に応用するのか、出来るのか、全く意味が分からない。公式に当て嵌めれば間違っていると断言出来るのに何か正解してるみたいな理不尽さを感じる。
(……………まぁでもやっぱり僕の居た世界とは法則とか違うってコトなのかな。信仰や共通認識、イメージがそのまま物理法則の一端に加わるみたいな?)
試しにその理屈に則り、僕自身が伯爵令嬢であると意識して指先をくるりくるりと玩べば先程よりもずっと眩い紫電が迸ってから空中で霧散した。
物理法則は何処であろうと僕が何を思おうと変わる事はないが、【魔術】の効果は僕自身のイメージによって容易く変化する。改めて突き付けられると、やはり難しいと感じてしまう。
思わず溜息を吐いてしまう。尋問のせいで時間を取られて、すっかり夜になってしまった。懐中時計と思われる絡繰仕掛けを覗いた皇女殿下がふと気付いたかの様にその唇を開いた。
「そろそろ時間だ。家族に別れの挨拶をしておけ」
「……………………あら?ちょっとお待ち下さいませ、色々と脱線してしまっていたのでキチンと伝えられていなかったのですがこれから僕は何処に送られるんですの??」
「馬車で送ってやるから到着してからの楽しみにしろ。ほれ、疾く行くが良い。お前はあまり感傷的にはならぬだろうが、家族にとっては別に違いあるまい」
悪戯が成功した幼子の様な、或いは何もかも見透かす悪魔の様にニヤニヤと歪んだ笑みのまま「しっしっ」と手で追い払うその動作に大人しく従って僕は歩き始めた。
【TIPS】
『女神』
【真なる神】【真実なる奇蹟】の異名を冠する、“神領”が祀る主神。各地に跋扈する『偽神・獣王』と『女神』を区別する基準は唯一。
神話より先に存在するか、神話より後に変生したかである。
大理石が敷き詰められ、豪奢な絨毯を被せられた床で周囲からの注目を一身に浴びる。この席にて誰よりも、それこそ老獪で狡猾な侯爵達よりも目立っているのは間違いなくイリア・エルベストであった。
影も形もなかったのに突如として社交界に現れ、皇族に仕える為だけに『玉音騎士』に喧嘩を売り、如何なる制約があろうとも帝室の尖兵に優位を取って、そして王家の【魔術】を習得した『異端』
恐ろしくてしょうがない、というのが貴族達の本音だろう。もしかしたら己の誇る【魔術】もまた奪い取られるかもしれない。いや、数分にも満たない戦闘で『玉音騎士』から盗み取った女だ。既に盗まれている可能性すらある。
もしも彼女の父親。エルベスト辺境伯が自分達に纏わる情報をあの『異端』に渡していたとしたら。充分に有り得る話だ、そうなればエルベスト辺境伯を潰さなければ安心も出来ない。
なのに帝室、エルシオン皇女は『異端』を帝室預かりとした。平時であれば貴族が喰らい合った所で帝室は気にしないが、今回ばかりは時期が悪い。
遠征を控える時期に、帝室預かりとなった者を狙って暗殺でもしようものなら間違いなく潰される。面子の問題と、遠征時の統制の安定を狙って惨たらしく死ぬのが決まり切っている。
未知こそが恐怖であり、この場に居る貴族達を焦燥と恐慌へと駆り立てていた。
「という訳でお父様、就職の目処が経ったから行って参ります。手紙はあんまり送れなさそうなのが申し訳ありませんわ」
「構わないさ。愛娘の出世を喜ばぬ父が何処居るんだい?身体には気を付けなさい、きっと今までの生活とは色々違うだろうからね」
「もうっ、まだ出世するとは決まっておりませんわよ」
そんな周囲を気にもせず─イリアは単に気付いておらず、アルバードは手出しはないと確信しているので無視してる──笑い合う父娘を最も近い所で見詰めながら、ルリア・エルベストは硬直していた。
事態に付いていけない。同世代と話が合わず、政治を苦手としていた事も相まって家に籠り切っていた
かと言って経験不足故に、海千山千の
精神が揺れ動き、平静を保てなかったのだ。
お姉が他とは違うのはずぅっと昔から理解していた。幼い頃から一歳差なのに世話を焼いてくれて、いつも余裕のある微笑みを堪えて慈しみの込もった瞳で見詰めてくれていた。
お父様に連れられて色んな貴族の家に訪問する様になってから、私は漸くお姉が他の子供と乖離しているのだと思い知った。高位の貴族令嬢や令息でも、感情の揺れ幅があるものだ。
そんなお姉が、もしかしたら誇らしかったのかもしれない。
………………ねぇ
「お姉」
「何かしら、ルリア?手紙はちゃんと毎週送るから……あぁ、読み聞かせは途中で終わっちゃうわね。お母様に昨日の頁を伝えておくから」
「お姉はさ、」
何で私に、私達に何も言わなかったの?
本当はそう聞きたかった。昨日の食卓もいままでと変わらず暖かく、いつもみたいにお姉も微笑んでいたのに。何もかも、当たり前の様に続いてゆくと思っていたのに。
何の予兆も内心も見せる事なくお姉は独断で動いて、私と、私達家族と簡単に逢えなくなってしまう場所に行こうとしている。戦っている最中のお姉のあんな楽しそうな顔は一度も見たことがなかった。
あの微笑みの裏に、何かが隠されていたのではないか?本当は私と一緒に居たくなかったのだろうか?
いつもの調子を変えないからこそ、今まで見たことのない側面を目にしてしまったからこそ、私は恐怖してしまった。もしかしたら嫌われているのかもしれない、そんな思考のせいで涙まで出てきてしまう。
「あらあらまあ、折角の可愛いお顔が台無しよ?ほら、拭いてあげるから……………離れ離れになってしまうのが寂しいのかしら?」
ハンカチで優しく私の涙を拭ってくれるその手付きは優しくて、なのに私はその優しさを信じ切れない。私は、大事な家族が何を考えているのか分からなくなってしまった。分からないと気付いてしまった。
「どうして離れるの?何の為に、私と離れ離れになっても良いの?」
しようとしていた質問も、私の勇気が足りないせいで捻じ曲がってしまう。私が嫌いだったと言われるのがひらすらに怖くて、震えてしまって、お姉は事もなげに答えた。
「強さの為よ」
それから先は、何も覚えていない。私は、お姉の事を何も知らなかった。それだけが私の得た知識だった。それだけが私の後悔だった。
未知こそが恐怖で────────私は未知を轢き砕かなければ、もう安心出来なくなってしまった。
◇◆◇◆◇◆
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ」
「ほらほら、頑張れ〜!後10周だぞ〜!」
今世の家族に暫しの別れを告げた後に僕は重たい鋼鉄の全身鎧に身を包んでから倒れそうになる躰を引き摺って爆走していた。筋肉痛が既に一週間は続いているしヘルムのせいで息が籠ってすごく蒸し暑い。
10歳児の身体ってこんなに弱いんだ。いや負荷が重過ぎるだけか。
そんな風に歯噛みしている僕の横を涼しげな顔をして体格の良い騎士達が全身鎧のまま背中に仲間を背負って駆け抜けていった。足なっが。巫山戯んなよ。
「このッ…………!負けませんわよ!?」
「5周遅れだけど頑張ってね!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁ」
エルシオン様のせいで心が折れそうになった。訴訟。三権分立してないし何なら本当の意味での民主主義なんて何処にもない世界なので100%敗訴するけど。
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