TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌   作:モヘンジョダロ

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インフルエンザにお気を付けを


酷い温度差

昨日は楽しかった。

いや、誤解しないで欲しい。僕は別に屈強な男を半裸に剥く事に喜びを感じている訳ではない。そういう趣味嗜好は持ってないし、そもそもの話が精神的には男である。

 

盛り上がって、騒いで、()()のが楽しいだけである。途中でマトム卿が来たと思ったら半裸の男の大群を目の当たりにして消臭剤に縋り付いたのはちょっと申し訳ない気持ちになったが。

 

とは言え、流石に過度な夜更かしは明日(きょう)に響くだろうからという理由で程々で切り上げさせて貰った。お陰で精神面での好調と肉体面での好調を維持しながら朝日を迎えられた────異音がする。鋼の軋む絶叫。空気を裂く剣の裂帛。

 

 

「流体貫通戦術開始。攻撃手は前へ、支援手は側面で対応準備」

「「了解」」

 

 

色濃い戦意に、意識を現世に戻す。肉体は好調から到底程遠いだろうにそんな事を微塵も感じさせずに猟犬(けだもの)の如き俊敏さで黒を纏った騎士達が滑る様にして地を駆ける。

 

渇いた風のさらった砂塵が空を舞い、砂粒を避ける為に瞼を閉じたその刹那に重く堅い音が鳴り響く。僕自身を狙った攻撃ではない。人の形を模した水銀集積体に対しての剣による打撃──何を言ってるか分からないが、僕もよく分かってない。何で剣で打撃出来るの?──が水銀を叩き、飛沫が跳ねるのを数十歩程離れた場所から見る。

 

人ならば心臓が有る位置に埋め込んだ木片がズレない様に気を付けながら水銀を動かす。僕の血を混ぜた、謂わば肉体の延長線上に在る義体が命令に従って駆動する。

 

 

アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣

 

 

重力に従い、地に堕ちた水銀で以て斬殺陣を編み上げようとして、訓練である事を思い出して集積体に再融合させる。並行して破砕された部位から穂先を繰り出す。

 

質量を集積体の接地面から調達する事で、刺突の高度に僅かな落差を仕込んでおく。小賢しい浅知恵、初見でしか通じない小細工であるが線での迎撃を意識したままであれば防げまい。

伝授してくれたのはマトム卿なのだが、こんな物を思い付く辺りあの人も中々性格が悪い………と言ってしまうのは失礼か。実際敵の虚を突くという意味では優れているのだし、戦いは敵の嫌がる事をやってなんぼだろうから。

 

無論手足を動かす感覚で動かせる為に人型の方が断然動かし易くはあるが、人型から外して動かす事も鍛錬の果てに何とか可能にはしている。とは云え兄や妹に比べれば下手とかどうとか以前に再詠唱が必要になる時点で論外だが。

 

シームレスに水銀を槍にしたり爆裂させたりするの、センスの鬼過ぎて妹兼姉として辛い。日常の中で手足が突然ポンッと弾け飛ぶのを鮮明にイメージ出来るのと同義じゃん。

 

そんな僕の思考と同時に騎士達が澱み一つない連携で穂先を迎え撃つ。剣で斬るのではなく、側面の鋼で逸らす様にして“弾く”。避弾経始を想起させる。フラスク卿みたいに実戦の中の経験則を【魔術】に昇華した者も居るし、その一種なのか?

 

 

(───いえ、帝室の立案する戦術計画なら『禁書庫』から粛清された貴族家の知識を流用した可能性の方が高いかしら?)

 

「支援手は迎撃に専念を。一段落すると同時に再び仕掛けます」

「「了解」」

 

「スリーマンセルで担当分けるのは理解出来ますが、傍目からすると二人も防御に回し切るの思い切ってる様に見えますわね。」

 

「【砂界の蛇濤】を制圧する際には大隊の総員で抑えに行きますので御心配なく。イリア殿の懸念は打撃力の不足による膠着、それに伴う慢性的な犠牲と思われますが…………えぇ。総勢200名による一斉攻撃であらば、『獣王』にも通じましょう」

 

「そうですの?態々教えて下さってありがとうございますわ!」

 

 

『獣王』と、その支配域に居住する人々の国家である“連邦”との最前線を務めた領地の令嬢としてそれなりに『偽神/獣王』に関する知識は同年代の他の令息や令嬢よりは優れていると自負している。

 

現在進行形で連邦戦線が膠着している最大の理由たる“死”との距離感についての『獣王』類と人間の差異こそマトム卿は正しく認識している。

『神』として定義されたあの獣達は基本的に不老にして不変と見做されて構築されているおり、無尽蔵の体力と中々死なない異常とも言える程の生命力を持ち合わせる。

 

反面防御力はそこまで理不尽な代物ではない。何せ『神』であり、『神』だからこそ傷付けられる事なんて想像もされない。

アレだ。僕の前世の神々が宇宙を焼き尽くす雷霆や絶対に勝利する剣を持つ伝承はあっても、「この神の肌は鉄よりも硬い」だの「この神の毛皮は山が落ちてきても跳ね返せる」という様な伝承はパッとは思い付かないのと同じだ。

 

そもそも人が挑むのを想定されていない。()()()、肉を穿ち骨を砕き命に迫れる余地が残っている。長い間放置されていた『獣王』であれば尚更だろう。

 

 

だがどうにもそれとは違う部分。主に攻性能力についての認識や知識が不足していると、今の言動からは感じられる。

 

だって彼奴等、戦闘に向かないタイプの和御霊系でも雑に歩き回るだけで前線が轢き潰されるもん。弾くとか考慮するに値しない。出力が先ずもって超次元だから潰されるのがオチだ。

 

 

(でもエルシオン様も帝室も本来ならこんな事は起こしませんわよねぇ………敵も知らぬ将を特殊作戦に採用する様なら今の隆盛は到底有り得ませんわ。ならば何かしらの思惑があるのでしょうね。後で聞きましょ)

 

 

ぐぐっ、と伸びをしてから体を弛緩させれば其れに釣られて水銀集積体も緩む。打撃が無抵抗な水銀を撒き散らしながら打ち込まれて、直後に硬直した水銀が剣を捕らえる。

しかし、流体としての特性を捨てて固体として硬度に割り振ったせいで支援手に回されていた騎士が側面へと迂回しての刺突を放った事によって内部の木片が貫かれて訓練は終了した

 

 

「やっぱり実際の肉体とリンクさせた方が多少やり易いですわね。申し訳ありませんが、エルシオン様との待ち合わせ時間になったので退席させて頂きますわ。今日はありがとうございました」

 

「えぇ、今回もご協力ありがとうございます。どうかお気を付けて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【TIPS】

獣王

 

偽なる神。信仰と神話、伝承を鎧として身に纏い餌として喰らい身に宿した獣。

人の作り出した空想が、獣に投影された結果として獣がその身を神へと変生させる事によって生まれる怪物。

 

人々が“こう”であると定義した神話に即したチカラを『権能』として持ち合わせる。【魔術】とも【奇蹟】とも異なる超常の能力であり、人々の編み上げた神話が有る限りは“存在”を条件として振るわれる。

 

 

人の神話によって行動原理が変動する。故に自然に対する向き合い方に性質が左右され、豊かな地域であれば人に友好的で恵みを齎す『獣王』が。過酷な地域であれば人に敵対的で天災の如く振る舞う『獣王』が発生する。

 

時が経てば経つ程に、歳を重ねれば重ねる程に『獣王』の属性は支配域の人々によって見出され固定されてゆく。此れは『獣王』の振る舞いに対するイメージや後付けの神話もまた『獣王』に影響を与える為。

 

コイツらのせいで大陸極北や砂漠地帯。大山脈は主要国家から放置されている。土地に旨みがない癖に、というか旨みがないからこそ災害染みていて交渉の余地もない強者が陣取っているので本当に環境の偏りが酷い。

 

 

 

因みに“帝国”の編み出した対『獣王』戦術は神話を語る人々を鏖殺するである。語り継がれる神話が消えれば『獣王』はあらゆる皮を剥がされ一介の獣に過ぎなくなるからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こうして見るとテーマパークに来たみたいな感じがしますわね〜」

 

「てぇまぱぁくとやらが何かは知らぬが、確かにお前にとっては物珍しい風景だろうな。エルベスト伯領は“連邦”に近かったから基本的には田園都市が多かろう」

 

「そうですわねぇ………前線が近くにあったので、こんなに商業が発達している都市というのは余り見掛けませんでしたもの。串焼きとか買います?」

 

「良いな。毒味は任せたぞ。だが半分以上は食うな」

 

 

建ち並ぶ煉瓦は日々風に運ばれて来る砂塵によって削られているのか煤けた色をしており、しかしながらも土台や屋台骨が堅く拵えられているお陰でボロいのではなく貫禄を醸し出す雰囲気を持っている。

 

砂塵と日光への対策か布が至るところに使われており、顔の大半を布で覆い隠した住民も少なくない。ぶっちゃけ前世でも味わっていない異文化との生の接触にテンションが上がっているのを護衛としての義務感で引き締める。

 

今回、『玉音騎士』は留守番だ。此処が帝国領の他の都市であれば威圧するかの如くエルシオン様の背後に付き従い闊歩していただろうが、スパイの浸透具合と質を確かめるという目的もあって一目で近衛従騎士とバレてしまう彼或いは彼女は放置された。

 

 

「はいよ嬢ちゃん。羊の串焼き二つね、砂粒が着いちまわない様に中で食べるかい?」

 

「ご厚意は有難いのですが、遠慮しておきますわ。実はまだまだ廻りたい所がありますの。ずっと歩いてないと到底巡り切れませんわ!」

 

「ははっ、元気な嬢ちゃんだな!歓迎するぜ、ようこそ堰砂都市ローレンツへ!じゃんじゃん楽しんで、どんどん金を落として行きな!」

 

 

露店の店主に愛想良く手を振り返しつつ、エルシオン様が待っている場所へと戻る。美しい白銀の髪を束ねて丸ごとニカブに隠しながらも、瞳に鋭い眼光を宿していた主人は視線を此方に向けてから僅かに雰囲気を和らげた。

 

 

「どうやら無事に買えた様だな。風の魔術は使っているか?此処は砂が鬱陶しい」

 

「あら?起動させても宜しいんですの?変装してる意味がなくなってしまいませんかしら?」

 

「構わん。元より妾から溢れる気品と威厳、其れらは覆い隠せる物ではないのだからな。というかお前とて言葉遣いが丁寧過ぎる、露店の店主なぞにそんな礼儀を見せる方が魔術よりも目立とう」

 

「初対面の人にタメ口はちょっと憚れてしまいまして……………っと、毒味はしておきましたわ。岩塩を使っていて中々美味しいですわよ」

 

「ふむ、では早速………………………」

 

 

フェイスベールを僅かに上げて、その隙間から手渡された串を無言で頬張る。帝室なのだから下賤な食物等と見下す可能性も考慮していたが、どうやらそんな事を考えてはいない様で軽く安堵する。

 

片手に掴んだもう一つの串焼きを噛めば、火傷しない程の。しかしホカホカと呼べる熱さの丁度良い羊肉から肉汁がじわりと口の中に溢れる。

牛肉や豚肉ともまた違う歯応え、筋にハリのある独特の食感は顎の力を必要としながらも不快感のない仕上がりとなっていた。

 

最後の一塊を咀嚼し、呑み込み終わった後に皇女は感想を述べた。

 

 

「何時まで焼けば良いのかを理解している味だな。背後に控える砂漠が壁となり【魔族】の侵入経路が限定されているお陰か?全て捨てるには惜しい、何かしらの案を考えるべきだな」

 

「もっとこう………美味しいとか不味いとか味の感想はないんですの?折角のお出掛けなら楽しんだ方が良いと思いますわ」

 

「む、なら妾の口には合わぬが適切な調理がされていて製造者の技量は感じるな。サベーラ侯を訪問してこの街で育った人材を保護する様に働き掛ける必要がありそうだ」

 

 

まだ子供だろうに、政治的な観点で街を視察する皇女殿下に思わず苦虫を噛み潰した様な顔をしてしまう。

間違っている訳ではない。優れた脳を貪欲を捕食せんとする【魔族】の侵攻を背後に砂漠地帯を置いて、『獣王』に砂漠方面から襲来する【魔族】を狩らせる政策は僕達が【砂界の蛇濤】を討伐すれば崩壊するのだから。

 

防衛戦力を集中させる事で許容可能教育水準を他の貴族領よりも高めていたサベーラ侯にとって其れは理不尽としか言えまい。

それらに関する政治的視点を持つのは皇女としては正しいのだと門外漢の僕にも理解出来る。

サベージ侯の所から秘匿作戦が漏出するリスクと避難させられる人材の価値を天秤に掛けて、どのタイミングで通告するか決めるのは重要な事だ。

 

 

だが、

 

 

「気を張り詰め過ぎですわよ。そんなに今回の作戦行動に不安を感じるなら周囲を頼れば宜しいでしょうに。一人で背負い込む必要はないかと思いますけれど」

 

「………呑気な物だな。来月には『獣王』に挑む手筈というのに、お前に不安はないのか?イリア」

 

「ないと言えば嘘になりますが、僕の死についての感覚は他の方々とは異なりますもの。何なら何処か適当な密室でも見つけて討論致しますか?僕、これでも伯爵令嬢としての感覚も持ち合わせておりますわよ」

 

「それも手の一つ、か。ふん、産まれながらの皇族たる妾と他の貴族とでは視点が違う事もあるだろうからな……修正の為の手間を考えれば、お前に相談するのも悪くなさそうに聞こえる」

 

 

完全に信頼されている訳ではないのだろうが、仮にも主が苦心しているというのに放置して手伝いの一つもしないのも外聞が悪い。

帝室勢力を真正面から罵れる“帝国”内の派閥も限られているが、帝室が僕を切り捨てる様な事態になるのは回避しなければならぬのだ。

 

 

(んー………それはさておき、熟練が一、中堅が二、後の一つは………気の所為って感じがするわね。潜在的に王級が一つ?そんな余裕、何処にもないでしょ)

 

 

尾けられている。

エルシオン様もそれは承知の上だ。そういう歩き方をしている。数と質の把握は終わった、後は撒いてしまうか処理してしまうかだが───

 

 

「イリア」

 

「如何なされましたの?殿下」

 

「服飾店に寄るぞ。お前を着せ替え人形にしてやる、代金は妾の宮廷費より出すから好きに豪遊しろ」

 

「エルシオン様ってアレですわよね〜……正面から喧嘩売ってマウント取るのが趣味」

 

「皇族たるもの、格下に臆してどうする!無駄口叩いてないでさっさと行くぞ!」

 

「了解致しましたわ〜」

 

 

スパイか諜報員か偵察兵かは分からないが、少なくとも此方と敵対している奴らを前にしてわざわざ変装をやめて、顔出しながら観光して帰るなんて挑発行為。やってみたら案外楽しいかもしれない。

 

…………でも僕を着せ替え人形にすると公言してるのがちょっと怖いんだけどなぁ!絶対に着せ替え人形にすると見せ掛けて、というか利用して何かしらしようとしてる気配しかしないんだけどさぁ!

 

 

「はは………………」

 

「まだ店に入ってすらいないのにそんな疲れた声出すとかお前本当に伯爵令嬢か??」

 

「あぁ、いえ。ちょっと友達の前で肌を見せるのが恥ずかしいなと思ってしまいまして。ほら、僕ってあんまり友達いなかったでしょう?」

 

「兵舎で騎士共を半裸に剥きまくって大笑いしていたのに其処恥ずかしがる感性残ってたのか……………」

 

 

「いやぁ!!僕のプライバシーは何処に行ってしまいましたのかしらねぇ!!!」

 

 

 

 

 

【TIPS】

王級

 

一定の支配域を領有している、或いは領有出来る者達の称号たる『王』を基準とする格付け。『王』や『王』と拮抗出来る強さの強者が此処に分類される。

 

『昏銀樹海』の【幹陰の蟲疫】や、『極北凍原』の【雪飄の狼餓】を代表とする支配域が小規模な『獣王』や【変螺のアトリオ】【穢宝の洞、スヴィール】等の大魔族が主に王級として扱われる。




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