TS貴族令嬢が魔王討伐して殺されるまでの狂軌   作:モヘンジョダロ

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帝授試練

────試着室。

 

そう、試着室だ。実際の所、多くの貴族が集まる訳でもない街の仕立て屋のドレスの品質なんて最初から期待されていない。必要だったのは外から中を覗き見れぬ遮断された空間と、それを覆い隠す雑音だけ。

 

殿下が店の商品を空にする勢いで注文と搬入を繰り返し、僕を延々と着せ替え人形にしているのもその一環であろう。細く白魚の様な手が僕の身体を這うのはくすぐったいが、布擦れの音で少しでも盗聴対策をしているのだ。というかそう信じたい。じゃなかったら真面目にメンタルが辛い。

 

材質も良く分からない何かキラキラした露出度の高いドレスを流されるまま着せられ続けるのに辟易しそうになるのを、殿下の御前故に無礼は出来ないと抑える。それにしたって肩とか腕とか背中とか出過ぎじゃないのこのドレス?僕まだ10歳なんだけど何の為にこのサイズでこのデザインを用意してるの??

 

 

「そろそろ宜しくありませんこと?もう何着買ったのか覚えておりませんけれど、一介の護衛の為に此処までするのは流石にやり過ぎに思えますわ…………」

 

「ははっ、面白い冗談を言うな。こんな辺境のドレスなぞ千着買っても帝都の夜会で一度しか使われないドレスより安い。だがまあ、年齢的にそう勘違いするのも仕方ないだろうな」

 

「年下扱いはちょっぴり心にキますわね。というか其処まで極端な経済格差があるとこの国の将来が心配になりますわ…………」

 

 

いや、あくまで此処で売ってるドレスは庶民向けなのを加味すれば不思議ではない程度の塩梅なのだろうか?帝都、僕はまだ一度も行った事はないが父や兄が偶に帝都に招待されていたのは覚えている。侯爵級でもその頻度と考えれば─────

 

 

「待って下さいまし。別に雑音で盗聴を妨げるだけなら必ずしも僕が着る必要はないのではないでしょうか?」

 

「まあまあ。この黒いのとか良くない?お前は髪も黒いから統一感と威圧感が出ると思うんだが。ほら、着替えろ…………尾行して来ていた奴らは殺す。これは決定事項だ」

 

「勢いでごり押されている感が拭えませんわね。その心は何ですの?」

 

 

未だ心は男であると自負しているからこそ、少女趣味も甚だしいドレスを着用する嫌悪感は拭えない。ヒラヒラとしたスカートに、謎に沢山付けられたリボンの群れ。肩を大きく開いて肌を晒すデザインと、身体を締め付けて起伏を露わにする構造。全てが音を立てて精神を削る。

 

その負荷が溢れそうになるのを、同じく男としての自意識で何とか食い止める。目の前で嬉々として僕を着せ替えようとする皇女殿下──齢十そこらの幼女の着替えを間近で手伝うのは憚られる。元の世界で同じシチュエーションになったら逮捕物だ。それだけは避けたい。その為なら女装する羽目になるのも消去法で何とか受け入れられる。

 

 

そしてもう一つ。鉄火場への期待。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という期待が僕に大人しく屈辱を受け入れさせている。

皇女殿下は指を三つ立てた。軽く力を込めて握れば手折れそうな程に細く、白く、美しく。そして街一つ程の屍を積み上げた兇器であった。

 

 

「一つ目は、面子。妾の身分が此の場で公にはされていないとしても、仮にも帝室が偵察兵に気付かなかったなんて無様を演技とは言え晒すのは決して許されない」

 

「道理ですわね。騙し討ちをする為に、謀反や叛逆を招きかねない手段を使ってしまえば採算が合いませんもの。それを防ぐ為に騙し討ちを早めるのも本末転倒ですし」

 

「二つ目は戦力調整だ。少なくとも、この局面で使う偵察兵ならば可能な限り優秀な人材にするだろう。それを今の内に削ってしまうのは悪くない………まあ一つ目に比べれば左程大した理由ではない」

 

「ふふ、確かに真正面から戦えないのならば斥候や偵察兵で如何にして奇襲を防いだり強襲するかが大事になりますものね。少し惜しい気も致しますが………あぁ、では三つ目は何でしょうか?」

 

 

有能な人材を使うにしても、全てを此処に投入する訳ではないだろう。そういう意味では前者の面子の問題よりは“軽い”と言っても間違いではない。

個人的な感覚では、見逃した方が難戦になりそうなので悩み所だが優先順位と同じ理由で其処まで価値が高い訳でもない。

一掃出来ないのなら多少は削っても途端に部隊の完成度がガタ落ちする様な事態は発生しまい。寧ろ此処でしくじって護衛から外される方が損だ。

 

そう僕自身を納得させて、首元の水銀のロザリオに触れる。【銀の魔剣】(アルヴェスタ)は常に発動させている。固定した形状と密度を維持するにも集中力は奪われるが、それなりの質量を隠匿しながら携帯出来るのが素晴らしい。

 

着替えもそろそろ終わる頃合いだろうし、この後の戦闘で使うのも考えれば何処にロザリオを置くかを考えるべきか─────僕の躰を這っていた指が止まり、中途半端に黒のドレスが剥ぎ取られた所で殿下が口を開いた。

 

 

「三つ目は、お前が妾の為に戦う姿を見たいからだ。単純な私欲だな。帝室としての義務とも使命とも関わりのない…………我儘だ」

 

「従者として期待して貰えるのは嬉しいですわよ。とは言え、僕の様に『玉音騎士』にも劣る程度の人材に其処までご執心な理由は掴めないのですが」

 

 

殿下は何かを喋ろうとして、それから口籠もって微かな息を漏らした。

それだけだった。

珍しい事ではない。怒るべき事でも、不信に値する事でもない。

僕よりもずっと多くの情報を握り、ずっと複雑な立場に置かれている彼女の事だ。『口に出してはならない』或いは『口に出せば不利益を被る』ものなんて幾らでもあるのだろう。

 

薄く笑ってから、僕は話題を切り替える為に冗談めかして軽口を叩いた。

 

 

「まあそんな事はどうでも良いですわ。僕は殿下のご期待に添える様に頑張るだけですから……………あぁ、もう一思いに脱がしてくれませんこと?新しいドレスがあるのなら、さっさとそれに着替えてしまいたい所ですわねぇ」

 

「むっ。そ、そうか……………了解した。ドレスは此れにしよう。顔を隠さずに撃滅するからな、動き易い方が幾分か良い。ほら、腕を万歳して」

 

「子供扱いするにしてもそれはもっと幼い子への対応ですわよ〜」

 

 

着替える。長過ぎるスカートは足捌きの邪魔だ。基本的には水銀の操作を主体とした戦闘法であるが、有事の際には剣を握って戦う事になる。ならば動きを邪魔しない様に、膝にも届かない丈のスカートに。

 

肌の面積を極力抑えた、全身を覆う様なデザイン。此処は砂漠の近くの街である。砂と日光の対策の為にも下手に躰を出すのは控えたかった。その代償として多少胸の膨らみが出ても構わない。───誇りよりも、強さだ。

 

 

ロザリオ。水銀の集積体。血と繋がりによって肉体の延長線上に置いた水銀を、力を込めるのに近い意識で圧縮し整形した最高の武器。エルベスト辺境伯家の代名詞。

 

銀の魔剣を慎ましい装飾品に偽装しながら身に付けて、僕は一歩踏み出す直前で忘れ掛けていた質問を口にした。

 

 

 

「マトム卿率いる第七特殊作戦部隊では『獣王』には勝てませんわよ」

 

「構わん。彼等に任せるのは違う役割だ。【砂界の蛇濤】は妾達だけで弑逆する」

 

 

………成程ね?最初から騎士達を囮として使う予定だったから、それに僕が同行する形になってしまうのを嫌がっていたという事なのかしら?

そういう意味では余計な事をしてしまったという後悔が今更ながらに出て来るが、その後悔の分だけ存分に働いて返済するしかあるまい。

 

軽く腕を捻る。騎士達との訓練とも、『玉音騎士』との交戦でも得られなかった経験────此方を本気で殺そうとする人間との戦闘を、体験出来るかもしれないという事実に僕はいつの間にか歓喜に震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(だってお前は、妾だけの従騎士なのだから)

 

 

第三皇女、エルシオンがイリア・エルベストを寵愛する理由はそれだけだった。それだけで十分過ぎる程に十分だった。

『玉音騎士』は彼女にとっての絶対の味方には成り得ない。近衛従騎士ではあれど、その本質は皇帝の手足。彼らはあくまでも皇帝の号令と命に従って皇女に従っている。

 

過去の文献を漁れば急死した皇族は珍しくない。そしてそうやって死を迎えた者は殆どが素行不良、或いは死の直前に大公爵や侯爵と不自然な接触を繰り返していた者だ。

 

『玉音騎士』は皇帝によって粛清権限が与えられている。それは皇族すら例に漏れない。

だから、己に仕えたいと名乗りを上げて。辺境伯の令嬢としての立場までも捨てて着いて来てくれたイリアに信頼を寄せるのだ。寄せてしまうのだ。

 

異端としか言えぬ知識を有し、“強さ”を貴ぶ価値観を持っているとしても。期待してしまう。『玉音騎士』がいつかこの身を断頭台に掛けようとする日がやってくるとしても、助けようとしてくれるのではないかと。

 

 

「熟練のは逃げましたわね。だから、僕達が始末すれば良いのは中堅の二人だけという事になりますが…………路地裏とかで仕掛けます?」

 

「此処で殺す」

 

 

何処か弾んだ声に意識を現実に戻してから即答する。

必要なのは威厳。必要なのは誇示。必要なのは圧倒。そして必要なのは勝利である。

 

その言葉に頷いて黒髪の乙女(イリア)が満面の笑みと一緒に追跡者達の居る方角にその両腕を向けて、詠唱を始める。

 

 

「アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣」

 

「エルドラクト。勅令賜り疾く駆けよ。威光の代弁者」

 

 

息を殺し、姿を潜め、尾行していた二つの影が違う行動を取る。それは事前情報の差の表れであり、背後で操る勢力の違いの表れでもあった。

 

片方の影は隠密の全てを放棄して、遮二無二駆け出していた。鎧は付けていない。一般人と変わらない様な、肌を隠して日光と砂を防ぐ服装は街並みに溶け込むという意味では優れているが防御の観点では軽鎧にも劣る。

 

もう片方の影は外套を脱ぎ捨て、良く磨かれた鋼鉄の無骨な鎧を着込んだ姿を市民の前に晒しながら懐から取り出した短剣を構えて突っ込んで来る。体格は規格外とは言えずとも鍛えられた者特有の“厚み”は華奢な幼女程度なら押し潰せよう。

 

 

馬車の様な勢いで肉薄して来た影の斬撃を水銀が変形した剣が受け止めた。大の大人、成人男性が殺す気で力を込めているというのに水銀の剣は小揺るぎもしない。

 

鍔迫り合いすら成立していないのだ。寧ろ押し込んでいる方の短剣に亀裂が刻み込まれ、力を込める度に破砕へとカウントダウンが進む。

当たり前の話である。イリア・エルベストは剣を操る剣士ではなく、水銀を操る魔術師なのだから。

 

 

「────馬鹿な。こんな、事が…………」

 

「魔術師、貴族を相手にする上で速攻を仕掛けようとするのは間違いとは言えまい。肉体を常に強化する術はないからな。人外の膂力も持たぬし、心臓を穿てば死ぬ」

 

 

 

だがそれは前提として、【魔術】が発動していない状況下での話だ。

水銀は歪まない。毀れない。その輝きは霞まず、曇らぬ。

 

───何故ならば、その全ては所有者の意思の制御下にあるのだから。変形を自在に行えるという事は、一つの形態にずっと留める事も可能と同義だ。

 

短剣が砕け、破片が陽光を反射して煌めいた。

美しい光景ではあったが、得物を失ってしまった当人にとっては悪夢に等しいだろう。

身動き一つせずにイリアの手元の水銀の剣が湾曲して弧を描いて斬撃線を虚空に写す。突如刃先が追尾する怪現象を前に追跡者は慌ただしく身を翻して避け切る。

 

 

「クソッ!クソックソックソッ!!これだから貴族をツけるなんて依頼には反対だったんだよ!!冗談じゃない、化け物めッ!!」

 

「イリア。水銀を躰に触れないようにしろ」

 

「了解致しましたわ。逃げた方は如何致しますの?」

 

「コイツと同じ様に『処理』する」

 

 

悪態を付いて無知な戦闘員が逃走を図る。重い鎧を脱ぎ捨てて、民家の方へと走り始める。恐らくは民間人を盾、或いは撹乱にでも使って此方の躊躇を引き出そうとする算段なのだろう。

此処、堰砂都市ローレンツを統治するサベーラ侯爵はそれなりの地位を持つ貴族だ。その資産である市民を傷付ければ、如何なる理由があろうともサベーラ侯の機嫌を損ねるのは間違いない。

 

彼方は何処にでも逃げられるし目立たないだろうが、帝国の貴族はその身を隠し続けられない。必然、市民を脅かせば責任を追及される。損得利益に従うなら、一般的に追撃するのは先ず有り得まい。

 

其処まで考えられるだけの頭が一介の偵察兵にあるのだから、組織全体の水準は正規軍にこそ及ばないもののそれなりに高い事が推測出来る。

だがまあ、彼にとっての誤算と不安は二つ。

 

一つ目はエルシオンとイリアは決して一般的な貴族ではないという点。面子の問題で、一度戦闘に持ち込んだ相手を逃すなんて失態は犯せないしサベーラ侯爵に寧ろ衛兵の不備で文句を言えるだけの立場がある事。

 

そしてもう一つの理由はもっと単純で、簡潔な理由である。

 

 

「残念ながら、貴様には情報収集が足りなかった様だな。同情するぞ」

 

 

水銀の剣が槍の形に蠕き変形しながら硬質な音を立てて路地に転がる。

僅かな時間で追跡者はその鎧を殆ど脱いでいる。後は手に握ったそれを投げ捨てるだけの段階まで進んでいた。

 

それだけの時間があれば殺すには十分だ。小細工程度ではどうにもならない程の力の差、それが二つ目の理由である。

 

 

「だが妾の為に死ね」

 

閃光が、紫電が迸った。民家の壁が破られるよりも疾くその雷撃は鎧と水銀の槍を目掛けて殺到する。

槍に殺到した雷撃は路地に流れて霧散した。では鎧は?未だ投げ捨てられておらず、伝導する先の限られていた鎧に向かった雷撃はどうなったのか?

 

神経の全てを停止させられ、脈拍すらも永遠の零に帰した男がその答えだった。

同時、イリアが地に伏せていた水銀の槍を素早く持ち上げる。狙う先は最初に逃走を開始していたもう一人の追跡者。主の命によって、誰一人として獲物を逃がすつもりはない。

 

 

「アルヴェスタ。巡り廻りて我が手に集え。銀の魔剣」

 

投槍、変形。そして疾走。

僅かな質量を『糸』として放出し続けながら槍が逃亡者を目掛けて空を裂いて突き進む。無論未成年の、しかも少女の膂力なんてたかが知れている。

 

だから目的はあくまでも多少の推進力に過ぎない。墜落した水銀の槍が地面を這って蛇の如く逃亡者に迫り、その背後から身軽さを活かして路地の市民達を躱しながら近付く。

 

民間人と変わらぬ服装の、然れど体捌きの違い過ぎる影がイリアを睨んだ。当然だ、本来ならば態々本人が追跡せずとも遠くから殺せた筈なのに追跡するなんて無意味だから。

 

背負っていた荷袋から満載の砂がぶち撒けられる。此処で彼女を殺せれば逃亡は幾らか楽になる。逃走の気迫からは想像出来ない余計な荷物、其処から溢れた砂は目眩しだと思われるに違いない。

 

それで良い。此れで殺せる。その筈なのに、影の身を苛む悪寒は何なのか?

 

 

「サティナルナ。高き頂より麓に荒び降れ。冷たき飄風」

 

へえ

 

 

従騎士はその端正な顔を愉悦に歪めた。

言葉に出来ない不吉の予感に影は自分を慰めた。手遅れである筈なのだ。水銀の変形も、風の放出も詠唱は間に合わないだろう。砂がその身に触れるのを防ぐ術はない。

 

影は詠唱をする前に、少しだけ。ほんの少しだけ身を捻った。今の局面なら、多少動いても支障はない。直感だった。その直感が影の命を延命させた。

 

 

 

爵位持ちの威力じゃない。けど【魔術】を使えるのなら何処かの貴族の私兵かな?

 

「………………ぁ」

 

 

水銀の腕が脇腹を強引に“抉り千切って”いた。内臓まで弾けさせる速度と質量の暴力。肋骨が散弾みたいに体内で爆ぜて臓器に突き刺さる痛みに頭が真っ白になりそうになるのを何とか抑えて、影は顔を上げた。

其処でやっと、自らが民家の壁に打ち付けられている事に気付いた。壁に亀裂を刻んだ水銀の腕がまだ躰に触れている。

 

水銀の変形に詠唱が必要というのは間違ってはいない。イリアは未だ、水銀の義体に慣れていないからこそ剣や槍に変形させる時は詠唱による思い込みで水銀を操作している。

 

逆説的に言えば、慣れる必要のない腕や脚への変形は詠唱も何も要らないのだ。一人目との戦闘では見せなかった隠し球。そして目撃者となった影も此処で死ぬが故に、此れからも隠し球となる技業。

 

 

逆説連導(パターン:パラドクス)

 

伝導招雷

 

固形と同様の挙動を示した水銀から水銀が固体となる温度の冷気が溢れ出して影を冷凍する。『糸』として紡がれていた水銀を手に持った皇女によって水銀に流された雷撃が影を灼く。

 

【魔術】を扱う事を警戒して叩き込まれた二重の死は速やかに影を絶命させた。

 

民衆が騒然となる。日常が崩れた事実に混乱する市民に特に気を配るのでもなく、二番目に始末した追跡者の撒いていた砂を黒髪の従騎士が拾い上げてから路地に零した。

 

 

「何か特殊な砂か?」

 

「いいえ、至って普通の砂に見えますわ。物理的な性質に脅威を秘めるのではなく、概念的な見立てが致命に繋がるパターンだと思いますわ。ですが実際の効果までは見ていないので原理はまだ僕にも分かりませんわね」

 

「そうか、となると警戒すべきは砂漠での強襲。最初に始末した方は恐らく此方の素性に詳しくはなかったろうが、此方はどう見る」

 

「装備に鉄を仕込んでいなかったので殿下の素性については把握済み。更に言えば砂を用いていたのですから、当然───」

 

 

「おや。エルシオン殿下にイリア殿、死体を囲みながら怖い顔するとは一体何が起こったのでしょう?」

 

聴こえる筈のない、しかし聞き覚えのある声に振り向く。

立っているのは一人の男。茶色い髪とガイゼル髭の目立つ穏やかな口調の中年男性は、間違いようもなく

 

 

 

「マトム卿か。何故此処に居る」

 

「砂漠で動いてくれていた偵察兵からの報告を受け取りに行っておりました。その帰りに奇妙な人だかりがありましたので殿下への報告の為にも情報収集しようかと思いまして…………当の殿下が居ましたので杞憂でしたが」

 

「あはは、お手数お掛けして申し訳ありませんわ………尾行者を殺しただけですのでどうかお気遣いなく。後で今回の収穫について共有を致しま、」

「いや、丁度良い。マトム卿、貴殿は衛兵への対応をしろ。サベーラ候は今夜粛清する。その手勢が集わぬ様に情報の管理に細心の注意を払って追求を躱せ」

 

 

穏やかにニコニコと笑っていたマトム卿の眼光に鋭く、剣呑な色が宿った。真剣な顔で、逡巡する様子もなく疑問が返される。

 

 

「今日を誤魔化す為に、何処までの情報は衛兵に開示しても宜しいのでしょうか?」

 

「我々が高位の貴族だと言う事についてまでだ。細かい所は貴様が現場に残って調整しろ。此れは正式な命令だ、部下の損失を可能な限り減らす事に繋がるぞ。尽力すると良い」

 

「殿下はやはり脅す様な語り口がデフォルトなんですの?」

 

 

 

…………そんな事はないと思うが。帝室として、皇族として、権威と権限を強調するのが癖になってしまっているだけで誰も彼も脅している訳ではない筈だ。

 

砂。【魔術】の媒体としてこれを扱い、更には現地民の服装まで完璧に調達出来る貴族家は限られている。そして『獣王』討伐に反対の立場を示すであろう家も。

 

あくまで外様である第七特殊作戦部隊とは異なり、地元であるという地の利と知の利がサベーラ侯にはある。砂を用いる【魔術】を修めた兵が砂漠の真ん中で強襲して来るなぞ考えたくもない。

 

 

だから今夜だ。妾への叛逆を大逆罪と看做し、『玉音騎士』によって始末する。アレらは心の底から信頼を置ける立場の存在ではないが、戦力としては特一級の存在だ。何もさせずにサベーラ侯を擂り潰せる。

 

 

 

 

 

 

──────訓練所にイリアを帰還させた際に、イリアに向けた手紙を持った『玉音騎士』から父上からの命が告げられるまでは。

 

 

 

「……………今、なんと言った?聞き間違いか?もう一度言え」

 

即刻侵攻を開始しなさい。陛下はそう仰っておりました。此れは勅令です、殿下




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