シャングリラ・フロンティア〜音ゲーマー、神ゲーに挑まんとす〜 作:トレセン暮らしのデュエリスト
アニマリア。否、ここでは現実世界での名前たる
ともかく彼女は動物に触れることが幼少の頃より出来ない。
生まれつき備わった動物好きな嗜好に反して重度の動物アレルギー、その結果彼女はたった1匹のハムスターと同じ部屋にいるだけでアレルギー症状を発症してしまう。過去には何度も何度も無理矢理に動物と触れ合おうとして何度も何度も病院に担ぎ込まれる羽目になり、1度呼吸困難にまで陥り親を泣かせた辺りでさしもの彼女も触れ合うことには諦めたがそれでも幾度と無く涙で枕を濡らし辛い思いをしてきた彼女にとってシャングリラ・フロンティアはまさしくシャングリラ……楽園であった。
そこかしこに生えている草を引き抜けば根はひんやりと冷たく、そして土が付着している。石を拾えばその全てが異なる形をしていて、水面に投げ込めば毎回全く異なる波紋と飛沫を作り上げる。
とはいえいくら取り繕ったとしてもモンスターはモンスター、最終的にはHPを削り取ってポリゴンに変えなければならないがそこは「所詮ゲームはゲームなのだから仕方ない」と割り切るしかない、故にこそアニマリアはSF-Zooを立ち上げたのだ。
彼女は好奇心の押さえを解き放ち近付いてしまった、それがどんなに致命的なことであるかはもうまもなく己が身をもって体感することになるが。
(【鷲掴む冥府の腕】をリュカオーンちゃんに使えなかったのは残念だけど……これで十分でしょう。毛並みはどんな感じなのかしら?ゴワゴワ?それともサラサラなのかしら?)
他のクランメンバーには悪いが行動不能にしたカーケスカブをさっさと処理してもらい全員でかかって条件を満たしシナリオを発生させ再びあの兎の国……もとい楽園……もといラビッツへと向かうのだ。
かつては異邦人故に強制追放処分という結果に終わったが今度は違う。遠目に自分らを眺める半裸の鳥頭と予定をほんの少しではあるが狂わせたあの上裸の狐面のプレイヤー2人が頻繁にラビッツを訪れていることはもう既に突き止めている。
次こそは異邦人としてではなく住人として。思う存分ヴォーパルバニー達を愛でるのだ。
これからの未来を見据えて思わず笑みが溢れた彼女はいざリュカオーンに触れんとして……違和感に気付いた。
目が合った。アニマリアはそう確信した。
いや、それに関しては特に疑問に思うことではない。何故ならリュカオーンには【鷲掴む冥府の腕】を使用しておらず、その気になれば多少動くことは可能であるからだ。だが今のリュカオーンはピクリとも動いていない。そう、文字通り一切動いていないのだ。シャングリラ・フロンティアにおいて恐らく誰よりもモンスターを凝視し続けてきた彼女だからこそ気付いた。息すらしていない……まるで
命の息吹が一切感じられない、蝋人形かフィギュアか何かのように。黒の中に唯一爛々と輝く金色の眼は一切動いていない。何もない虚空を見つめ、そこに生物らしさなどは欠片もなかった。
つまりどういうことか?リュカオーンはアニマリアを見ていない。だというのに何故かアニマリアは視線を感じ取り、何かに見られているという感覚が拭えない。であればその視線の主は誰なのか?
(
周囲には特に何もない、プレイヤーとして補正がかけられていることで薄暗く見える古城骸のフィールドである。
だがしかしアニマリアはそこに確実に視線があることに気づいた。見えない、ここにはいない。見える、ここには確実に何かがいる。そしてその視線は間違いなくアニマリアのみを捉えている。
違和感、ほんの少しの疑問とそこから湧き上がるそこはかとない不気味さにほんの一瞬だがアニマリアの動きが鈍る。
「………………まさか、嘘でしょ?」
黒く、暗く、純黒の闇夜の中に潜む不可視の眼差し。そここら発せられる強烈な意志はアニマリアを「餌」と認識し一点に見据えている。
アニマリアは咄嗟に気づいた。
夜襲のリュカオーン、その正体に。全エリアにランダムで出現する影より出でし黒き巨狼の正体とは……否、順番が逆である。
――――――
「ッ……………………逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!」
「!!?!」
ビャッコが吠える。アニマリアに対して警告を発する。咄嗟に彼女は自らの直感を信じて後ろにバックステップを取った、己を喰らわんとする黒き狼の絶死の一撃を逃れんとする為に。
だがビャッコが発した警告は…………リュカオーンを警戒してのものではないことにアニマリアは気づくことができなかった。
「ーーーーーーーーーーー!!!!?!!」
答えに辿り着いた、夜の帝王の絶死の一撃を奇跡的に回避したアニマリアはしかし次の瞬間真後ろからの凄まじい衝撃を受けて悲鳴を上げようとした。が、声は出なかった。
(何!?なんなの!?!!…
彼女は端的に言えばカーケスカブに取り込まれていた。世呑の粘魔は容赦なく獲物を取り込み一気に自らの肉体の補填を行うべく消化しようとしていく、だがそれを今度は帝王が赦さなかった。
「〜〜〜〜ッ!!あ"、がっ!!?!」
明らかに不自然かつ異常な挙動を以てカーケスカブが揺らぎ、アニマリアが取り込まれた部分のみが破裂する。自由を得たと思った次の瞬間アニマリアは夜闇に身をくらませる帝王により高々と宙に持ち上げられた。
ちなみにこの時点でアニマリアが死んでいないのはほとんど奇跡と同義である。これを幸運ととるか不運ととるかは個々人の判断に委ねよう、そして余談ではあるがシャングリラ・フロンティアではダメージは基本的に痺れや感覚の鈍化により表現される。では痺れどころの話ではなく一切の感覚が全て消失するダメージとは一体どれほどのものだと言うのか。
(ちから、強く…………嘘、噛まれ…………
動物とは可愛らしく、雄々しく、人と違うからこそ愛おしい。
だが違う。アニマリアは今の現状を否定した。何だこれは、知らない。
動物と言うものは自分が愛でるものであって愛でられるものでは決して――――――
恐らく、というかほぼ間違いなく普通の日本人ならば絶対に味わうことのない捕食者により喰い殺される被捕食者の経験。
◇◇◇◇
「くっそ…………中々エグいことしてくるじゃねぇか……!」
シャンフロの年齢対象とか倫理観とかその辺の観点から割と早い時点でポリゴン化していたもののバッチリ見てしまったものに悪寒が止まない。
脳裏に焼き付いたのはアニマリアが逆海老反りにへし折られる瞬間だ、ついでに補足するなら何やら白いものが見えた気がする、心の底から装備品の類だと信じていたいが実際のところはどうなのだろうか?ドツボにハマりそうなので考えるのはやめよう。
唯一の救いはシャンフロが成年対象ではないってことだなアニマリア殿。多分成年対象ゲームの場合あれでも死ぬことはない。つまりどういうことかというと自分が食われる感覚をモロに味わうってことだ……動物好きらしいがトラウマになっていないか心配だな。
「ははは見ろよサンラク、タンクがまるでサッカーボールか何かの扱いを受けてるぞ……」
「いやまぁあのタイミングで全員回復に回ったのは最悪手も最悪手なんだよなぁ」
「………………カーケ、スカブが、デバッファーの方々、を、取り込んでます、ね……」
「うわ本当だ、コピー野郎がデバフ使ってくるのシンプルにウザくなるな……?」
そこからはもう本当にひどかった。拘束を完全に破壊したリュカオーンと分身が暴れ回ってるんだわ、見ていられない。
真っ先にタンク諸君が狙われた。まぁなるほど、確かに高いVITに防御スキルを積んでいるのだから優秀な肉盾として機能しているんだろう。だがそれも平時の話だ、絶無の機動力に対して向こうはシンプルな暴力に加えて不可視の不意打ち、前者に対してはまだ何とか対処できるだろうが
後者はあまりにも致命的がすぎる。
………いや、この場合はサンラクからの推測ではあるけどリュカオーンの透明分身とやらの初見殺し性能が高すぎると言った方が正確か。戦闘してる真っ最中に周囲の環境に気を使うのって案外難しいしめんどくさいものだと思うんだが、それが雲なんていう実質解除不可ギミック?頭おかしいんか。
まぁ最早これは戦いとも呼べないな、人間をサッカーボールに見立ててビリヤードしてると言われた方が全然納得が行く。吹っ飛ばされたタンクが他の人間を巻き込むことで2次被害がそこら中に撒き散らされ連携のれの字もない。まぁ現時点で4人もタンクが生存しているのは彼らが優秀である何よりの証拠ではあるのだろうが……サンラクの言う通り、ここで全員が「決定的崩壊を防ぐ為に最優先で自身の回復を行う」という判断を下してしまったが故にヘイト集めが途切れ、闇夜に潜む帝王の猛威がタンクをすり抜けて後衛組に向かっていった。…………まぁそっちもそっちで大概酷い。
「ぎゃぁぁぁぁ!!!?!!」
「ちょっ、うぶっ!!!??!」
「――――――――――!!!――――!!!」
「――――…………」
後衛組に襲いかかったコピー野郎、もといカーケスカブ君はどうも取り込めるだけ取り込もうと判断したらしく手当たり次第にデバッファー達を捕まえ自分の中に引き摺り込むことを繰り返していた。半透明に中身がちょっと見えるの最高にタチが悪いな、順番が先の奴ほど無抵抗になっていくの見せつけられるのは……まぁ十中八九中じゃ呼吸が出来てないんだろうな、判定的には溺死か?なおタチ悪いわ、苦しむだけ苦しませて殺してるってことだろうが。そんな中にエントリーしたリュカオーンである、獲物をお互い我先にと奪い合っている様はまぁはっきり言って地獄絵図のそれだな、追いまわされている彼に合掌。
「ひぃぃぃぃぃい"っ、あ"っ」
「あっ、マジで今のはご愁傷様としか……」
「エグいなマジで……」
「リュカオーンに、食べられて部位欠損したところを、カーケスカブに…………」
当分夢に出てくるだろあれ、足を食いちぎられて完全に逃走手段を失ったところに取り込まれるなんて。足の方は感覚が消失しているのだろうが最後を溺死で迎えるくらいならいっそ食われた方がまだ幸せ……とは決して言えないな、ご愁傷様でした。
「いやぁサンラク……」
「だな…………これは…………」
「「あまりにもひどい」」
俺、サンラク、サイガ-0と岩裏に隠れて一部始終見ていたわけだが思わず俺とサンラクは呟く。
最早守ったところでどうしようもないとでも判断したのか、装備全てを外して全裸になったタンク諸君は皆前脚攻撃で消し飛ぶかカーケスカブのデザートになっていった。
装備品の消耗を避ける為だろうか?壁タンクなんて役職基本的には防具やらは消耗品みたいなものだろう、最早完全に勝ち目のない状況下であり生き残っているのも3人程度……俺なりに抱いた感想としては「優秀なタンク」であることには一切の間違いはない、というものかな。
タンクである以上装備の酷使は免れないはず、勝ちの目が万に一つもないのであればリソースをこれ以上削るのは愚策以下の何者でもない。
にしてもちゃんと自力は高そうだったなSF-Zoo、トップクランの名は伊達じゃないってことか。今回の敗因はまぁぶっちゃけリュカオーンの初見殺し攻撃を見破れなかったことと俺が連れてきてしまったコピー野郎のせいだな……ごめんSF-Zoo、お詫びに今度オルトの秘蔵映像持って挨拶に伺わせてもらうね。あと攻略情報提供ありがとう。
おや、何やら男性プレイヤーがこちらを見ているな?言いたいことは顔に書いてあるさ、助けて?いやぁごめん、ちょっと最近難聴になったらしくてさ……それに一方的に縁切ってきたらしいじゃないっすか、実質それもう赤の他人なわけでぇ……
「プレイ情報提供感謝、潔く死んでくれ」
「右に同じ、手を合わせるくらいならしてあげるからさ」
サンラクがそう言いながらサムズアップ、まぁそのすぐ後に立てた親指をひっくり返して思いっきり下に振り下ろしたが。
いやぁ覆面で表情はわからないがきっと素晴らしい笑顔をしてるだろうな、何でわかるかって?俺なら絶対にめちゃくちゃ笑顔でやるからさ。俺はそんなことはしない、ちゃんと手を合わせた後に中指立ててる。
男性プレイヤーが「ですよねー」と「そんなぁ」が50:50に混ざったような表情を見せた瞬間彼の身体は双方向からの大質量の激突により粉々に粉砕された、今の凄いな、ポリゴン化していたがアバターの一部が吹き飛んで無かったか?
さぁ目の前にいる怪物2体、一方はまだ何とかなるかもしれんがもう一方はまぁ洒落にならん…………いや、どうすれば良いんだこれ。