このペースで行ったら完結しない気がしてきた
「...楽しいこと、ないかな」
教室の窓際席、頬杖をつきながら外を眺める。
全部色なしに見えて、全部同じに見える。
もっと楽しいことが、したい。
でも、今日は。
「若葉、ここ分かるか」
「C₂H₆O」
エタノールの化学式なんて今後一切使わないのに、なんで答えさせるのか。
なんとなく、この問題を出す教師の頭を覗きたいと思った。
「...楽しいだろうな」
思わずこぼれてしまう笑みを右袖で隠す。
何笑ってるんだって怒られてしまう。
でも今日だけは、許してほしい。
「よし、じゃあ今日はここまで。課題は次回迄終わらせておくように」
予鈴が鳴って教師が終わりを告げると同時に、私は教室を飛びだした。
出席より、単位より、それよりもっとわくわくして、楽しいこと。
「お姉ちゃんに、会えるんだから」
学校を飛び出し、出せる限りのスピードで駅前に向かう。
「はぁ、はぁ...」
集合時間10分前、帰りのHRを受けてもぎりぎり間に合ったけど、私がそうしなかったのは。
「睦、早いね」
「...
姉である
「というか、走ってきたの?」
「...待ちきれなかった。授業中もずっとそわそわしてた」
「...睦が成績良いのは知ってるけど、ちゃんと授業は受けないとだめだよ?」
「はーい...」
いつぶりだろう。
こうして、何の抵抗もなく姉と話しているのは。
「しばらくこっちにいるの?」
「2週間ちょっとぐらい。睦の部屋、借りてもいい?」
「もちろん、お姉ちゃんなら大歓迎だよ」
いつぶりだろう。
こんなに心が昂るのは。
「今日はパーティだね」
「そんな大げさでもないでしょうに。ただの帰省だよ」
「だからパーティ。帰ってくることそうそうないんだから」
いつぶりだろう。
家に帰るのがこんなに待ち遠しいのは。
でもきっと。
しばらく感じてない感情が、動いたんだと思う。
「そういえばお姉ちゃん、バンドはどう?」
「あー...まだメンバーがね。ボーカルは兼任できるけど、さすがにギターは...」
妹に問われ、言葉を濁す。
帰ってきたこの家には、「デカいバンドを作る!」って言って出た。
里帰りぐらいならしてもいいだろうって、勝手に思ってる。
「ただいまー!お姉ちゃん帰ってきたよ!」
豊川の家の敷居をまたぐのに、緊張するのは今日が初めてだった。
「た、だいま、帰りましたわ」
思わず昔の口調に戻る。
「お姉ちゃん、緊張しすぎだよ」
「ですが...」
大きい口を叩いて強引に出てきたのだから、緊張するのは当然。
それでいてあまり成功していないとなれば、どんなことを言われるか分かったものではない。
「祥子!おかえり!」
「ただいま、ですわ」
目はおろか、顔まで見れない。
恥ずかしい。
情けない。
「ところで、バンドとやらはどうなってるんだ?」
「...あ、の。それ、は」
息が詰まる。
苦しい。
「お父さん、とりあえずそれは後ででもいいんじゃない?」
「まぁ、そうか。遠い所からお疲れみたいだからな」
「さ、お姉ちゃん、こっちだよ」
「あ、ありがとうございます...」
情けない。
妹に助けてもらってしまった。
「さ、入ってお姉ちゃん!」
「お邪魔します...あら?」
「どうしたの?」
「...少し、殺風景すぎませんこと?」
この家を出て行くまでの彼女の部屋は、少なくとも煌びやか、そうでなくても彩りはあったはずなのに。
「...お姉ちゃんが出て行った時、何も楽しくなくなっちゃって。断捨離しようって始めたら、こんなになっちゃった」
「...ごめんなさい、睦」
「ううん、お姉ちゃんが悪いわけじゃないよ」
そう言われたって、この有様は私が招いたものであって、原因は自分にしかない。
「...睦、このケースは」
「あ、それ...」
気まずさに目を逸らした先で見つけた、埃を被ったケース。
それは昔からずっと彼女が持ってたもの。
中身は知ってる。
「睦、まだギターを持ってたのね」
「...もったいなくて」
そう言って目を逸らす睦の顔には、見覚えがあった。
昔からの癖だ。
嘘をつくときは左に目を逸らす。
「睦、左側には何もありませんわよ?」
「...思い出、残したくて」
昔はよく睦のギターでメロディを浮かべて、歌詞を当てはめた。
「なら、睦。まだギターは弾けますか?」
「...多分。運指は覚えてる」
「それなら、私に協力してくださらない?」
「きょう、りょく...?もしかして」
「えぇ。私のバンドに!」
アニメが25年1月に決まったので
何とも言えない