俺は女の誘われるままに建物へ入る。建物の中は半ば小さくはあるものの、石壁に囲まれているせいか、要塞のような重厚感があった。
女は俺を建物の中へ案内して、ある扉の前で止まると扉越しに向けて声を上げる。
「ボス、連れて来たわ」
そうすれば“入れ”とドスのある低い声だけが聞こえ、女は扉を開いて俺が先に入れと手を招く。
そこには、上半身裸の上に真っ白なファーのついたジャケットを着込む、顔面に斜めに大きな傷痕が付いた如何にもな筋肉質の男が、葉巻を一本咥えて玉座のような椅子に座っていた。
「テメェがさっきのを殺した奴か。それで、ワシらを敵に回すつもりで殺ったんじゃろうが……先に要件を聞いておこうか」
「ここの外に出たい。別の街があるなら、どっちへ向かえばいい?」
どう見ても穏便に話が進むとは思えない。だが、怯むつもりもない。たかが人間ごときに周りの奴らのように怯えていたらこの先、生きていけないだろう。
「あ? あんちゃん、ここに入ったら最後。死ぬまで働かされるって聞いてねぇのかい? まぁ、ワシの部下をぶっ殺しておいて聞いてねえ訳がねえか。
そうじゃのぉ、ここから東にずーっと向かえば、ワシらの縄張りの外側。検問があるにはあるが……」
「そうか。世話になった」
なんだ。こんなにも正直に答えてくれるとは。ならばもうここに用は無い。東にただ歩き続ければ良いならば、容易いことだ。
そう俺はすぐに席から立ち上がると、男はニヤリと笑った。
「ッ!」
その時、後頭部に鋭い刃物が突き刺さる激痛を感じた。あぁ、昔の俺なら即死だっただろうな。俺は背後にいるであろう人間の腕を引き抜かれる前に鷲掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばし、首に突き刺さったナイフを自ら引き抜き、床に横たわった犯人の額に向けて投げる。
ナイフは見事に深々と眉間に入り、身体はぴくりとも動かなくなった。即死だったのだろう。
「おいおいマジかよ……。は! なかなかタフじゃねえか! 今のは普通の奴らなら死んでる攻撃だったはずなんだがなぁ?」
「なにがしたい」
ボスと呼ばれる強面の男は一度咳払いすると、改めるように向き直る。
「俺の部下。組織の仲間にならないか?」
「断る」
「は?」
特に理由は無いが、意味もなく体力の無い人間を働かせて、そいつらから金を限界まで搾り取り、司令塔は私服を肥やすなど。俺が入った所でメリットが一つも思い浮かばない。
ならば、ここにいる全員を殺した方が俺としては圧倒的にメリットがある。
「もう一度言おう。断る」
「オイオイあんちゃん。自分が今どんな立場か分かって言ってんのか? 入った方が身のためだと思うんだけどなァ……?」
これに関してはコイツが言っていることの方が正しい。何せ今は目の前のボス含め、俺が座っている椅子から、部屋の四隅に4人の人間が待機している。
ここで暴れようものならば、5人もの敵を同時に相手しなくてはならない。
だが……。俺は死を恐れない。俺に死の概念すら、とうの昔になくなっているのだから。
「ならば三度も断ろう。俺はここを出る」
「オイッ! テメェ殺されてえのか? たかが大男と不意打ちを回避した所でつけ上がってじゃねぇぞ?」
ボスは強く机を殴れば、顔面を拳一つの距離まで近づけて圧を掛けてくる。全く小物臭い。
「どけ。お前の匂いは気に食わない。黙って床でも舐めてろ」
俺はボスの頭を鷲掴み、そのまま床に向けて押し付けるように机を砕きながら床へ叩きつける。
「ぐばあっ!?」
「ボス!?」
「待てェ! ククク……。やるじゃねえかクソ野郎……。コイツあ、ますます逃せなくなったじゃねえか。あぁ?」
ボスは床から顔を上げると、不気味に笑い出す。顔面を血だらけで、木の机の破片も突き刺さり、なんて不恰好なのだろう。
「ぷっ!」
まだ悪あがきするのか。ボスは突然咥えていた葉巻を俺の顔面に向かって吐き、その軌道と重ねるように大きな拳を振るう。
あまりにも典型的な不意打ち。俺はこんな予備動作すら無い強烈な突進により何度も殺されているのだ。これは緩すぎる。
首を傾けて最低限の動きでそれを回避すれば、ボスの拳の動きと合わせて獣狩りの手刀でクロスカウンターを狙う。勿論拳も避けてだ。手刀はボスの首筋を一撃で断裂させる。
「え゛ッ……?」
「甘いな」
なんと。たったこれしきで気絶か。血で人を超えるとはこういうことだったのだろうか。俺の想像するより遥かに、この世界の人間は弱すぎる。
全く、女神を自称していた者は人生のどん底と言っていたが、どうやらヤーナムほどでは無いようだ。
ボスは気絶させた。しかし、それを黙って見れるほどに周りの取り巻きは冷静ではなかった。