幼馴染の
だからボクは今日……彼を落とすための作戦を、実行する‼︎
「やっほー‼︎ あーそびにきーたよー‼︎」
「おぉ、
夏休みのある日。
チャイムを無視して玄関の扉を開けると、一斗はボクを家に招き入れてくれた。
うんうん、ボクが頭の中でとんでもない作戦を企てていることなんて勘づいてもいないような、実に無警戒なリアクションだ。
それは仕方ない。
まず、幼馴染のボクらは小さい頃から高校に至る今までお互いの家を行き来してたから、家を訪れるぐらいじゃ特別感がないというのが一つ。
もう一つ、今日のボクの格好は、薄手のパーカーにショートパンツ。動きやすさ最優先の、夏になるといつも着ている格好だ。一斗からしたら見慣れ過ぎてるのだろう。
ボクはこういう中性的な服が好みだから、私服だと高校生になった今でも小柄な男子扱いされることがあったりする。
一応は女子だよ、ボクは‼︎まぁスカートはなるべく履きたくない
「今日は父さんも母さんも仕事でいないから。家にいるのは、二人だけだな」
「ふー‼︎ ゲーム遊び放題じゃん‼︎今夜は寝かさないぞー‼︎」
「はいはい、宿題もやろうな」
とゆーか、ボクを女の子扱いしてないのは、一斗も一緒みたいなんだよねぇ。
女の子と家で二人きりだよ? もうちょっと男の子らしく喜んでもいいと思わない?
なのに、ボクを見下ろす一斗の目は、出来の悪い妹に向けるそれって感じでさー……真っ先にするのがゲームの話なボクが悪いのかなぁ。
でも、これだって仕方ないのだ。
今日彼を落とすための作戦というのは……ゲームの最中、さり気なーくボクを女の子だと意識してもらうのが狙いなのだから‼︎
『いつまでも彼が意識してくれない? そんな時は、ゲームをしながら出来るアピールを試してみよう‼︎』
女性向け情報雑誌に書かれていた記事に、目が釘付けになったのが先週のこと。
高校生だしそろそろ一斗に女の子として見てもらいたいな、でもスカートやだなー……と思っていたボクにとって、まさに青天の霹靂。
この作戦に全ベットすることに決めて、今日を迎えたのである。
「ま、いきなり宿題っていうのも酷だしな。まずは軽く、ゲームでもやるか」
「さっすが一斗、話が分かるー‼︎ 大好きだぜ‼︎」
「はいはい」
一斗の部屋にやってきたボクは、早速ゲームのコントローラを受け取った。
そのまま部屋の床に腰を落ち着けるのが、いつもの流れ、なのだが。
ボクの作戦は、今この時から始まるのだ‼︎
「……美鈴? 近くないか?」
「そう? 別にいつも、こんなもんじゃない?」
一斗の隣、具体的にはお互いの肩が触れ合うか触れ合わないかという位置に、ボクは腰掛けた。
『まずはいつもより距離を近づけてみよう‼︎』
チラチラ横目で一斗の反応を見ながら、ボクは雑誌の内容を思い出していた。
……正直、最初の作戦と思えない程、割と心臓がドクドクいってる。
ちょっと動くだけで肩が軽く触れる。パーカー越しに一斗の硬い体の感触が伝わってくるだけで、男の子だな……って感じたりしちゃう。
ボクがこれだけドキドキしてるんだから、一斗だってきっと……‼︎
「まぁ、いいか。よし、ゲームを始めよう」
……うーん?
一斗の反応は、ボクの期待に反してとても鈍かった。
目線は完全にゲームを繋いだテレビ画面に向いてるし、顔が赤らんだりとか汗が出てきたりとか全然してない。
普段と変わらない、いつも通りの一斗だ。
……さ、最初の作戦だしね。まだ、次の作戦があるからね……‼︎
ボクは自分の中に湧いた無性な悔しさを誤魔化すように、ゲームのコントローラを握った。
「うぉっ‼︎ なんだそのコウラの制球力‼︎」
「へっへー‼︎ コソ練の成果だー‼︎」
ボク達が始めたのは、レースゲームだった。
アイテムで大逆転が狙えるタイプのやつで、真っ先にやることも多いゲームだ。
そして、次の作戦を実行するのにも、実に都合がいいゲームなのだ……‼︎
「うぉぉぉ‼︎ 一斗に負けっかぁぁぁ‼︎」
「くっ、もう少し……‼︎ このコーナーさえ曲がれば……‼︎」
レースが熱中するまで、ボクは普通にプレイしていた。
ボクと一斗のレースは白熱し、画面ではボク達のマシンは互角の横並びになっている。
さしかかるのは、最後のコーナー……今だ!!
「え……えー、い……」
「……っ⁉︎」
ボクはゲームに熱中するあまり、コーナーを曲がる時に体が傾いて……しまったフリをして。
一斗の方へ、ゆっくりと体の力を抜いた。
ボクの体は一斗に受け止められて、身体同士がピタリと密着する。
『ゲームにハマってるフリをして、体をぴったりくっつけちゃおう‼︎』
雑誌に載っていた作戦を思い出しながら、ボクは一斗に体を完全に預けた。
……どうしよう、コレ、思ったより恥ずかしい‼︎
背中越しに一斗の体の硬い感触がダイレクトに伝わってきて。がっしりと受け止められていることに安心感と、それ以上のドキドキを感じてしまう。
か、一斗は、どうなんだろ……ドキドキ、してくれてるのかな……
「おいおい、危ないぞ。熱中は程々にな」
……むぅ。
一斗はボクの背中を優しく押すと、元の体勢に戻してくれた。
優しいけど、ドキドキとは無縁な、落ち着いた対応だ。
例えるなら恋人への対応というより、手のかかる妹への対応っていうか。
さっきのジャブみたいな作戦と違って、こっちは割と本命の作戦だったのにぃ……
作戦の失敗を象徴するかのように、テレビ画面にはボクのマシンがレースに負けた無惨な結果が映っていた。
うぅ、ボクの体はゲーム以下かよぉ……
正直、泣きそうになった。
けど、作戦はまだ最後の段階が残っている。
それが終わるまでは、まだ泣く訳にはいかない……‼︎
ボクは心の中で気合いを入れると、再びゲームのコントローラを握るのだった。
「もう、倒れたり……するな、よっ‼︎」
「分かってる、よ……うらぁぁぁぁ‼︎ 吹っ飛べ一斗ぉ‼︎」
2個目の作戦が失敗してしばらく、ボクはレースに没頭していた。
最後の作戦は、不意をつくことが肝心だ。だから一斗の油断を誘うべく、ボクは大人しくゲームに集中していた。
……さっき負けたのが悔しかったてのもまぁ、あるけどさ。
2戦、3戦と過ぎた。
ボク達は抜いたり抜かれたりの拮抗状態で、レース毎にもらえるポイントもほぼ同点。今やっているレースは総合優勝を決める最終戦で、このレースに勝った方が優勝者になれる。
ここまできたら普通に勝ちたくなってしまったので、ボクは裏表なく勝負に全力投球していた。
「よしっ‼︎ これであとは、ラストの直線だけ……‼︎」
「唸れぇボクのマシンー‼︎ 絶対に抜かしてやる……‼︎」
レースは最後まで大接戦。
ほとんど同時にマシンはゴールのラインを越えて、勝ったのは……‼︎
「うしゃー‼︎ ボクの勝ちだコラー‼︎」
「あぁぁ、くそぉ……僅差だったのに……」
ボクは全力で拳を上に掲げた。気がつけば額から汗が流れてたけど、かえって気持ちがいいぐらいだ。
一方、敗者の一斗は隣で項垂れて、表情にこそあまり出さないけれどガックリしている。普段は落ち着いているのに、ゲームになると本気で熱中してくれるから、コイツと遊ぶのは楽しいんだよねぇ。
……さて、これで準備は整った。
最後の作戦、開始だ……‼︎
「はー、いい勝負だった……熱くなってきちゃったよ……」
ボクは手でパタパタとうちわのようにあおいだ。
これからやることへの、ちょっとした布石だ。
「……ん、冷房の効きが弱かったか? もう少し温度を下げるか……」
さっきまで本気で悔しがってたのに、ボクの言葉を聞くなり一斗は気遣った言葉をかけてくれる。
もう、そういうところ本当に優しいんだから……
……けど。
「いやぁ、大丈夫大丈夫だ……よっ、と」
「……っ⁉︎」
これも作戦のためだから、気にすんな‼︎
ボクは、パーカーのチャックを一気に下ろして、パーカーをスルリと脱いだ。
その瞬間、吹き付ける冷房の風の冷たさが一段階上がる。
ランニングシャツ一丁の姿になったのだから、当然と言えば当然だった。
「これで、十分だからー。十分、じゅうぶん……」
このぐらいなんでもない、というフリをして答える。
……内心のドキドキは、さっきまでの比じゃないんだけどね。
『ゲームで熱中した後は、それを口実に開放的な自分を見せつけちゃおう‼︎』
雑誌の記事を必死に思い出すのは、羞恥心から少しでも気を逸らしたかったから。
だって、予想外にゲームに熱中し過ぎて、結構な汗かいちゃってて……多分、下着透けちゃってるよコレ‼︎うわーん‼︎
でも、この作戦を遂行しないと、これまでが無駄になっちゃうしぃ……‼︎
そんな風に、頭が段々とグルグルしてきたボクに。
「こーら。そんな無防備な姿見せるな、はしたないぞ」
かけられたのは、優しい言葉。
いつものように落ち着き払った、家族に向けるような言葉だった。
なんだよ……ここまでやっても、駄目、なのかよ……
「もう高校生なんだから、誰にでもそんな無防備さでいたら勘違いされるぞ。まったく……」
「……誰にでも、ってなんだよ」
「……ん?」
「誰にでもやるわけないじゃん‼︎ 気づけよバカぁ‼︎」
その態度が、あんまりにも神経を逆撫でするものだから。
ボクは、湧き出した気持ちを抑えられなかった。
こらえてたつもりの涙が、瞳にじんわりと滲んでくる。
「そんなに魅力ないのかよぉボクは‼︎ そりゃあ小さい頃は男子と遊ぶ方が好きだったし、一人称はその時から変わらないし、スカートよりズボンの方が好きだけどさぁ……‼︎ それでも花の女子高生だぞ‼︎ せっかくここまでした、んだから……もっとドキドキしろよぉ、バカ……」
早口でまくし立てないと、今にもボロボロ泣いて叫んでしまいそうだった。
あぁ、もう、こんなことが言いたかったんじゃないのに。
「…………」
一斗はさっきから、ずっと黙っている。
怖くて見られないけど、きっと呆れたような顔をしているのだろう。
ドキドキして欲しかっただけなのに……作戦、大失敗だなぁ……
「……あのな、美鈴」
「……っ」
ビクン、と身体が跳ねる。
長らく無言だった一斗が、ようやく口を開いたのだ。
気持ちをぶちまけて冷静になった後だと、悪い想像が頭を次々によぎる。
何を言われるのだろう。
何にしても、聞きたくない。
ボクにドキドキしない奴の言葉なんて、何も……
「……ドキドキしない訳、ないだろ」
え、とボクが聞き返すよりも先に、一斗の手が肩に触れる。
次の瞬間、目の前の光景がひっくり返った。ボクの視界には、部屋の天井だけが映っている。
……え、え、どういうこと!?
「気がつかない訳ないだろ……我慢するの、大変だったんだぞ……」
ぬっと、視界いっぱいに一斗の顔が映り込む。
こんな近くでその顔を見たことはなかったから、知らず知らずの内に胸が高鳴っていた。
ボク……一斗に押し倒されてる、の……?
「……俺がこうやって、力を込めたら。お前の気持ちがどうであれ、抵抗できないんだ」
諭すような言葉とは裏腹に、一斗の表情はどこか苦しそうだ。
まるで、自分の中から湧き上がる気持ちを、必死に抑えてるみたいに……
つまり……顔に出さなかっただけで、一斗もドキドキしてくれてたってこと……?
「……ここから先は、俺も。優しくできる、自信はないぞ」
その声音は、とても優しい。
彼はボクのことを、好きじゃないから反応しなかったんじゃない。
ボクのことを好きだから、必死に反応しないでくれたんだ。
……なんだろう。今にも、ニヤけちゃいそうなぐらい嬉しいや。
「……いいのか? これ以上は、幼馴染じゃ居られなく……」
――――返事の代わりに、ボクは彼の唇を奪った。
初めて触れた唇の感触はとても温かくて、柔らかくて。
一斗みたいに優しい感触だな、なんて思った。
「……ぷはっ‼︎ 美鈴、何を……‼︎」
「――――いいよ」
「……え?」
「幼馴染じゃなくなっても……元の関係には、戻れなくっても。一斗なら……いいよ……」
自分の本音を話すのは、ちょっと恥ずかしくて顔が赤くなる。
だけど、本音に気づいて欲しいのに遠回りなアピールを繰り返すのより、ずっと気分がいい。
なんだ。最初から、こうすれば良かったんだな。
「だから、さ……来て……?」
招くように手を広げると、全身に押しつぶされるような感触。
今度のキスは、彼からだった。