五河士織は嘘をつかない   作:高町廻ル

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五河士織は嘘をつかない

 彼女が何故生まれたのか、五河士道はまだその意味を知らない。

 ただ物心がついたその瞬間から一緒に居るのが当たり前で半身ともいえる存在だった。

 

『私はね。貴方の事を助けるためだけに生み出されたんだよ?』

 

 彼女は語った、自分の存在意義を嘘偽りなく。

 五河士織。士道の中で共存するもう一人の自分。

 

 

「げふっ」

 

 昔の事を夢に見ていたら、突然腹部に衝撃を受けて起きた。

 どうやら彼の妹である琴里が彼の上に乗っかってサンバのリズムを刻んでいるのだ。パンツ丸見え、パンモロで。

 

「あー琴里よ。俺の可愛い妹よ」

「おー!おねー…いやお兄ちゃんか!」

 

 彼女は相手が起きたのを確認するとベッドの上から降りた。

 ツインテールに無邪気な雰囲気、これが作ったあざとい妹キャラなら分かるが、素なのだから驚きだ。

 士道はベッドから起き上がる。

 

「おはよう琴里」

「おはよう!」

 

 兄と妹のいつも通りの朝の挨拶。まさに普通の光景。

 だがこの家ではもう一つの当たり前が存在した。

 士道は目を瞑り少し脱力をすると先ほどまでとは違い背筋が伸びる。

 

「琴里、おはよう」

「お姉ちゃんもおはよう!」

 

 士道の顔は決して男らしいと言えるような造形をしていない、どちらかといえば中性的と呼ぶべきかもしれない。

 だが顔つきが先ほどと明らかに別人だった。落ちつた雰囲気に目元が少しだが鋭さを無くして女性らしさが生まれていた。

 彼女は士織、士道の体に宿ってしまったもう一人の五河家の一員。

 

「すぐ朝食にしようか」

 

 挨拶を終えると直ぐに士織は引っ込んで士道が出て来てそう言った。

 

 

 五河家の両親は大手のエレクトロニクス企業に勤めており、一緒に家を空けることが多い。

 その為、長男である士道が食事の当番を担当する事が多い。

 最初は慣れずに怪我をしたものだが、場数をこなしていけば料理のような段取りと経験が物を言う技術は相応の実力が身につくものだ。

 

「どこだー…」

 

 琴里はいつもの日課のである占いコーナーのはしごをしている。

 番組ごとに占いの結果など違うので信憑性は無いに等しいのだが、自分に都合のいい結果を探して彼女はチャンネルを回している。

 

『今日未明、天宮市近郊の』

「ん?」

 

 占いは基本的に番組の最後になる。まだその時間になっていない為、ニュースが流れる。

 彼は手を止めていつもなら気にもしないニュースに見入る。画面の先には瓦礫の山になった街並みが広がっている。

 

『来たみたいね』

 

 士織もまた士道の視界から入ってくる情報を吟味した。

 テレビ画面に映るのはまるで隕石でも降った後のような惨状の市街地。

 

「空間震か…」

 

 その名の通り空間の地震と呼ばれる、広域振動現象。

 原因不明、時期不定期、被害規模不確定の災害。まるで怪獣が気まぐれに現れて暴れ回るような理不尽極まりない存在。

 三十年前に突如ソ連から中国、モンゴルの一部を一夜にしてくり抜いたのが始まり。

 死傷者約一億五千万人、人類史上最悪の大災害の一つ。

 被害は日本も例外ではなく、今士道が住んでいる場所は昔空間震の被害によって一度は崩壊している。

 

「どうしてまた起こってるんだろうな?」

「どうしてだろうねー」

 

 士道の呟きに反応したのは琴里。彼女もニュースを興味深そうに見ている。

 人類も何も対策をして来なかったわけではなく、ある程度の予測とシェルターなどそれなりに空間震を災害として受け止める用意はしてきた。

 ここ最近になって災害が小さいものだが散見するようになっている。

 

『多いね、空間震』

「そうだな、去年から」

 

 彼は無意識に口に出してしまう。

 だか士織の声は基本的に他人には聞こえない。琴里視点だと独り言を大声で呟いているようにしか見えない。

 

「なーにー?おねーひゃんとははしへるのー?」

『…士道、ちょっといい?』

 

 琴里の声が何かくぐもって聞こえる。士織はそれを瞬時に察した。

 士道の体を借りた彼女は一瞬で相手の背後に回り込む。

 

「何を食べてるのかな?」

「ひっ」

 

 淡々とした声だが殺気がこもっている、表情は般若だろうか。相手は喉から変な声が出る。

 

「食事前にお菓子を食べるなって前にも言ったはずだけれど?」

「ひええぇ…」

 

 ぐいっと相手の顔を掴んでその御尊顔をみる。

 目が合うと琴里は怯え始める。

 

「飴吐き出そうか?」

 

 咥えているチュッパチャップスの棒を握って抜き取ろうとするのだが、そこで手が止まる。

 

「…ちゃんと飯も食べるんだぞ?士織は説得しとくから次は気をつけるんだぞ?」

「はーい…」

 

 そう言って士道はキッチンへと戻って行った。

 

『私間違ったこと言ってないもん…』

(分かってるって)

 

 不貞腐れる士織を宥めながら、彼は食卓に朝食を並べていく。

 朝食を並べ終わると二人でいただきますをして食べ始める。

 

「そういえば今日も中学校は始業式だよな?」

 

 彼は食べながらも質問をする。妹もまた自分と同じで午前半休ではなかったのかと。

 

「そうだよー」

「じゃあ昼のリクエストとかあるか?」

 

 琴里は質問に対して「んー」と悩む、そして出したのは。

 

「デラックスキッズプレート!」

『それ中学生が食べるやつじゃないでしょ…』

 

 近所にあるファミレスで出されている対象年齢一桁向けのお子様ランチだった。間違っても中学生が好むものでは無い。

 士織も少し呆れているようだった。といっても声色は相手の好みを全否定している感じではなかったが。

 

「当店ではご用意しかねます」

 

 彼は直立して腰を四十五度曲げてそう言った。

 別段高級品というわけでは無かったが用意するには手間がかかりすぎる。

 琴里は「えー」と自分の要求が通らなさそうなのをみて不満そうにしている。

 

「お昼はファミレスでいいんじゃないかな?たまにはそういう贅沢も良いと思うよ」

「お姉ちゃんナイス!」

 

 士織が表に出てきてそう言った。予期せぬ援護に彼女は嬉しそうにしている。

 先ほどまでとの厳しい感じから一転して甘々になる。

 

「…ったく仕方ないな、折角だから昼はファミレスにするか」

「おー!本当かー!」

 

 妹は目をキラッキラに輝かせて前のめりで嬉しそうにしていた。

 

「絶対だぞ!絶対約束だぞ!地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞ!」

「いや、占拠されちゃ飯食えないだろ」

「絶対だぞー!」

「はいはい分かった」

 

 今日からしばらくは両親は帰ってこない。当分は自分が台所に立たないといけないため、少しくらい楽をしてもバチは当たるまい。それに始業式の日くらい特別感を出してもいいだろうと結論付けた。

 

『あはは、妹に甘々だねぇ』

(お前もだろ)

 

 そう言い返すが、何だかんだで要望を通してしまうのだから否定はできない。

 ふと外を見ると、いい事が起きそうな澄み渡った青空だった。

 

 

 高校に士道が到着したのは八時十五分ごろだった。

 

「俺のクラスはっと…」

『二年四組だね』

 

 士織は目の前に張り出されている紙の中にある「五河士道」の名前を見つける。

 彼が通っているのは来禅高校、都立高校とは思えないほどの充実した設備を誇る学校。

 その理由は三十年ほど前の空間震によってこの辺り一帯は、様々な施設のモデルシティとして発展している。この学校もその一環の一つだ。

 校舎には傷がつきにくい特殊な素材と工法によってつくられており、地下には避難用のシェルターが設置されている。

 結果、学校としては都内でも人気校で「家から近い」という理由で受験をした彼は、士織の必死の励ましによって何とか受かった。

 

 

 自身が割り当てられた教室に入ると、既にこの一年間一緒に過ごす事にあるクラスメイト達がある程度集まっていた。

 一年生の時に一緒だった者、一人でつまらなさそうにしている者。それぞれがリアクションを見せている。その中には士道と士織の見知った顔は無い。

 士道はそれを尻目に黒板に張られている座席表を覗く。

 

「五河士道」

 

 彼の後ろから静かだがしっかりとした声がかけられる。

 

「ん?」

 

 聞き覚えのない声だったため不思議に思い首をそちらに向ける。

 肩に触れるか触れないかくらいの長さに切りそろえられた髪に、人形のような端正さというのが的確に感じるほどに左右対称に美しく整った相貌を持った少女だった。

 

(誰だっけ?)

 

 士道は相手の顔に覚えが無かった。少なくとも一年生の時に同じクラスだったというのは無い。

 

「…俺…だよな…?」

「そう」

「うーんと…」

 

 一応聞き間違いの可能性があったため聞き返す。相手からの返事は肯定の一言。

 

『鳶一折紙さん』

(え…?)

『相手の名前だよ』

 

 士織は彼にフォローを入れる。

 彼の記憶では面識は無いが、どこかで彼女の顔や名前を耳にした事があるのか彼女は認識出来ていた。

 

「えっと、鳶一さん…だっけ」

「覚えていたの?」

 

 そこで相手は少しだけ表情を動かして驚いていた。

 

「噂で名前だけ…って昔会った事あったっけ…?…ごめんよく覚えてないんだけど…」

 

 ここで彼は知っているふりをしてもよかったが、嘘をついて知ったかぶっても後々困ると考えてそう言った。

 彼は小さい頃の記憶が飛び飛びになっている健忘と言ってしまえばそれだけだが。

 

「覚えてないの?」

「…うっ」

「そう」

 

 相手は落胆した様子を見せずにそう言って去って行った。

 会って話したことがあっただろうかと彼は必至に記憶を捜索する。だがやはり覚えがない。

 

(士織は鳶一の事知ってるのか?)

『名前と顔だけなら知ってる。それ以外はよく分からないかな』

 

 脳内で会話をしていると、背後からぱちーん!と平手打ちが叩き込まれる。

 

「痛って!って何しやがる殿町!」

 

 背中に張り手を食らわせてきたのは彼の友人である殿町宏人だった。ワックスで逆立てた髪に筋肉質な体を誇示するように腕を組んでいる。

 

「おう、元気そうだなセクシャルビースト五河」

 

 何やら相手は敵対的で。

 

「せく…?なんだそれ」

「セクシャルビーストだこの淫獣め。色気づきやがっていつ鳶一さんと仲良くなりやがったんだよ、ええ?」

「鳶一さんがなんだって?」

「さっきまで楽しくお話ししてたじゃねえか」

「まぁ話しかけられたけど…」

「……なんだ知らないのかよ」

 

 殿町は顎をしゃくって一点を指す、アメリカンなオーバーなリアクションをする奴だった。

 視線の先には折紙が自分に宛がわれた席に座っている。

 

 彼女はこの高校で一番の秀才で校内テストどころか、全国模試一位の超天才。

 そして体育の成績もトップで、容姿は言うまでもなく美人。

 恋人にしたいランキングでも三位に入っている、一位ではない理由はあまりにも凄すぎて逆に気後れしてしまうからだろう。ちなみに一位の相手は朗らかな感じの子らしい。

 殿町は聞いてもいないのに鳶一折紙について詳しく話し出した。

 

『えっなに?別に聞いてもないのに勝手に女の子の事を調べて分析して分かっている風に…だからモテないんでしょ…』

(ひどすぎる…)

 

 士織はたまらずそんなことを言った。

 彼女の言葉は士道にしか聞こえないのが不幸中の幸いだった。聞こえていたら殿町は死んでいた。

 彼は殿町に同情してしまった。ただ、士織から「気持ち悪い」の一言が出なかっただけ優しさが残ってはいる。

 因みに彼女は殿町は嫌いではないが、友人としては兎も角、異性としてはあり得ないという評価を下している。

 

「取りあえず席に荷物置くわ…」

「おう、ってかどうした?元気なくなったな」

「ちょっと朝から飯作ったりして早起きしてさ…」

「そうか、両親が忙しいんだっけ」

 

 現実は士織のあんまりな切り捨てセリフに色々と心が抉られたからだが、相手がそれに気が付くはずもない。

 彼の席は一番後ろの列の、窓から二番目の席だった。一番窓際の席には例の鳶一折紙が座っている。

 

「あっ」

 

 彼はつい変な声が漏れてしまう。相手は面識がありそうだったのに、士道は知らないと言ってしまったのだ。正直気まずい。

 彼女は表情や視線を一度も崩さないままじっと本を読んでいる。

 手元が読むためにページをめくって動いていなければ人形か何かかと勘違いをしそうになる。

 

『ちなみに仲良くなりたいなら「その本読んだことあるんだよね」とか、知ったかぶりたくないなら「その本実は気になってたんだ」って切り口で話しかけたらいいよ』

(何のアドバイスだよ…)

『一目惚れじゃないの?特別に応援するよ?』

「違う!」

 

 士道はつい声を出して反論してしまったため、周りが奇怪なものを見る視線を送る。だがすぐに興味も薄れてそれぞれ雑談なりに戻る。

 

(バカな事言うなって)

『ふぅ~ん…』

 

 そうやっていると予鈴が鳴り、皆が席に座る。そして教室のドアから入ってくる人影化一つ。

 

「あ、タマちゃんだ…」「ああ、タマちゃんだ」「マジかよやった!」

 

 教室内に入って来た担任教諭を見てクラスメイト達は色めき立つ。

 

「はい皆さん。おはようございます。これから一年間、皆さんの担任を務めさせていただきます、岡峰珠恵です」

 

 少し間延びしたトーンで話すのは社会科教諭の岡峰珠恵、通称タマちゃん。のんびりとした性格と愛嬌で生徒たちから絶大な人気を誇っている。

 どう見ても同世代にしか見えないが、キチンと大学を卒業した三十手前である。

 

「……?」

 

 生徒たちが色めき立っている中で折紙だけが士道の事を見つめている、それに気が付いて少し顔が強張ってしまう。

 一瞬折紙と目が合ったため間違いなく士道を見ているのは確定した。

 

「な、何なんだ一体…」

 

 何度も視線を向けられて士道は落ち着かなかった。

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