五河士織は嘘をつかない   作:高町廻ル

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士織の生まれたキッカケを出す前にエタりそう


五河琴里は落ち着いている

 夕日に染まった高台の公園には士道と十香の二人の影しかなかった。

 まるで世界からここだけが切り取られたかのようだった。

 

「おお、絶景だな!」

 

 十香は転落防止用の柵に身を乗り出しながら、黄昏色に染まる天宮市の街並みを眺めていた。

 フラクシナスのクルーの巧妙な誘導によってこの場所に連れてこられた。

 知る人ぞ知る有名な観光スポットの一つで、士道も秘かにお気に入りにしている場所だった。

 

『それでどう?今日一日、十香といた感想は?』

(何だよ…)

 

 士織が自分をからかっているのではと彼は受け取ってしまう。

 だが彼女はそのようなつもりは無かった。

 

『ごめんごめん、そういう煽り的なやつじゃなくて…十香の人となりを知って最初の気持ちからブレはあった?』

 

 士道に問いかけたのは目の前で景色を見ている相手が、ただ破壊を楽しむだけのバケモノとして排斥するべきかと思えるのかという事。

 

「シドー!あれはどう変形するのだ!?」

 

 自分会議をしている間も十香は視界に映る物に興味津々だった。彼女が指を差しているのは電車だった。

 

「残念ながら電車は変形しない」

「なに?合体タイプか?」

「連結はするな」

「おお」

 

 彼女はその回答に妙に納得した素振りをした。

 そこでくるりと体を回転させて、手すりに体重をかけながら士道に向き合った。

 

「今日は悪くない日だった」

 

 彼女の屈託のない笑顔から発されたその言葉。

 相手からそう言われて士道は一瞬不意を突かれた。

 

「どうした?顔が赤いぞ?」

「…夕日だ」

 

 彼はそう言って自分の表情を悟られないように顔をそらした。

 

「やはり赤いではないか。何かの疾患か?」

 

 彼が顔を逸らした瞬間、十香が士道の顔を見上げるようにして覗き込む。そして視線に彼女の柔らかそうな唇が入る。

 

「や、違うから…」

 

 彼は更にそこから視線を逸らしてしまう。

 ここでふと思い至る。男女で外に繰り出す、いわゆるデートというやつで。

 あくまで創作で得た程度の知識だが、デートの終盤、最後の締めでこのような景色のいい場所でする事と言ったらもうアレしかない。

 そう考えると更に頬の熱さを意識しまう。

 

『あーもぉ、そんなに動揺しない。かっこ悪いよ』

 

 動揺しまくりの相手を嗜める。

 デート中に相手の顔を見てわかりやすく照れていたら格好がつかないではないか。

 

「う、うるせ…」

 

 士道は小さな声でなんとか情けない反論をした。

 

「なんだか忙しい奴だな」

 

 十香はそう言って顔を離した。

 士道は離れていく相手の表情を改めて見た。

 そこには初めて会った時に見せたような鬱々としたものは消えて、表情も随分と和らいでいるように思えた。

 その事に安堵を感じ、一度息を吐いた。

 

「どうだ?お前を殺そうとする奴なんて居なかっただろう?」

 

 彼はそう問いかけた。

 

「そうだな、みんな優しかった。正直に言えばまだ信じられないくらいだ」

 

 彼女は自嘲気味に話し始める。

 

「あんなにも多くの人が私を拒絶も否定もしないなんて。あのメカメカ団…」

「AST」

「それだ。街全体の人間全てが奴らの仲間で欺こうていたと言われた方が真実味がある」

 

 飛躍し過ぎた発想ではあるが、士道にとっては笑い飛ばす内容だが、彼女にとってはそれが普通だった。

 否定されるのが普通だった。

 

『まぁ、嘘と言い張れるわけでも無いのがねぇ…』

 

 士織は別の意味で苦笑いをしていた。

 ラタトスクもサクラまみれで接待をしているのだから。

 

「それじゃあ俺はASTの手先って事になるけど」

「いや、シドーはアレだ。家族を人質に取られている」

「なんだその役割」

「…お前が敵とか、そんなのは考えさせるな」

 

 彼女はそう言って顔を背けた。

 表情を変えるためか、腕で顔をゴシゴシと擦る。

 

「でも本当に有意義な一日だった。世界がこんなに優しくて、楽しくて、こんなにも綺麗だなんて…思いもしなかった」

「そうか」

 

 その言葉を受けて士道は綻ぶことが出来た。

 だが同時に十香は眉をひそめながら口を開いた。

 

「あいつら、ASTとやらの考えも少しだけわかったしな」

 

 決して彼女は自分のことだけを中心に考えるほど視野が狭いわけでは無い。人間社会とそこに住む人たちの営みを見て、何も感じないほど鈍感でも無い。

 

「私が現れるたびにこんな素晴らしい物を壊していたんだな」

 

 鬱々とした表情とは違う、それでいて胸が締め付けられるような悲壮感の漂う顔だった。

 

「でもそれは…お前の意思じゃ無いんだろっ」

「確かにその通り現界は私の意思とは関係ない。だが破壊という結果は変わらない、ASTが私を殺そうとする道理がようやく知れた」

 

 士道の言葉に対して、十香はテンプレとも言える返しをした。

 

「シドー、私はいない方がいいな」

 

 無邪気とは正反対の思い詰めた表情。

 

「…………ッ」

 

 士道は言葉に詰まってしまう。

 いつの間にか喉はカラカラに乾いていて、口の中から水分が消えていた。

 彼は「違う」とそう言おうとした。

 

『なんだろう…少しだけ…十香の気持ちがわかる気がする』

 

 だがそれよりも先に話しかけてきたのは士織だった。

 

(何を…)

『私は本当ならここに居てはいけない存在。本来、五河士道は一人の男性であって、私なんていう女性の人格は不必要にあるだけ。精霊達と同じでただ意味もなく迷惑をかけているだけなのかもしれない』

 

 士織が初めて見せる独白に彼は絶句してしまう。

 彼は士織に関してだけならなんでも分かっていると思っていた。だからこそここまで苦しそうに話す姿を知ってしまい戸惑う。

 

(そんなわけないだろ!俺は士織が居てくれて頼もしかった。一人じゃないって心強かったんだ。迷惑とか言うな)

 

 彼はここで自分の中で答えが出ている事に気がついた。

 

「そんな事あってたまるか。居なくていい?そんなバカな事二度と言うな」

 

 ハッキリとそう言った。

 それは十香にだけに伝えたい言葉ではない。

 

「だが…」

 

 彼女は今日初めて自分の目を見てハッキリと意思を伝えてくる相手に少しだけ驚いていた。

 

「空間震がネックなら起こさない方法を考えていけばいいだろ。それに今日は起きてないだろ、今日がいつもと違うならそれを調べればいい」

 

 彼は相手の反論に被せるようにそう言った。

 

「…たとえ」

 

 その優しい言葉を振り切るように相手は俯きながらも口を開いた。

 

「たとえその方法が確立したとしても、不定期にこちらに存在が固着するのは避けられない。現界の数は減らせないだろう」

 

 彼女はどのような言葉を投げかけられても後ろ向きな感情は止まらない。

 今日一日で体験した人が営む社会を見て、精霊がどれほどの悪意の対象として見られるのかを分かってしまった。

仮に自分がただの人だとして、精霊をどう見るのかも想像できないわけでもない。

 

「じゃあ!向こうに帰らなければいいだろ」

「…ッ」

 

 彼の叫びにも近い言葉に十香は顔をあげて驚いた表情を作った。指摘され事など全く思いつかなかったようだ。

 

「そんな…ことは…」

「試したのか、一度でも!」

「……」

 

 彼女は反論しようとするも、相手の言葉を受けて唇をキツく結んで黙り込む。

 彼としては何の勝算もない咄嗟の発言ではあったが、もしそれが可能であるなら精霊の絡む問題は解決する。

 空間震が精霊が地球に来る際の余波によって発生する。最初からこちらにいれば問題ないと言う理屈。

 

「私は知らないことが多すぎるぞ」

「そんなん、一から教えてやる!」

「寝床や食べる物だって必要になる」

「俺が何とかしてやる!」

「予想外の事態が起きるかもしれない」

「起きてから考えればいい!」

 

 十香の繰り出す否定の数々を彼ははね返す。

 相手から受けた言葉の数々を、彼女は少しの間黙って飲み込んでいた。

 

「…本当に私は生きてていいのか?」

「ああ!」

「この世界にいてもいいのか?」

「そうだ!」

 

 大切なものをそっと抱えるようなやり取りをする。

 

「そんな事を言ってくれるのはシドーくらいだぞ。他の人間達はこんな危険な存在がいたら嫌に決まっている」

 

 彼女はここまできてなお歯切れの悪い言葉を連ねる。だが彼女の瞳は揺らいでいるようにも感じる。

 

「だとしても!俺はお前を肯定する!」

 

 彼はそう言って手を差し出した。

 無知な十香でも差し出されたそれの意味はわかった。

 

「シドー…」

 

 少しずつだが躊躇いながらもその手を取ろうとする。

 

「十香!」

「なっ…」

 

 だがその瞬間、彼女を迎え入れるために広げられた手は、相手を突き飛ばすために使われた。

 百戦錬磨の彼女でも相手の予想外の行動に対応出来ずに、突き飛ばされて尻餅をついてしまう。

 

「な、なにをす−」

 

 砂埃のついた服に苛立ちながらも、その原因にである士道を目つける。

 だがその相手は腹に穴を開けて崩れ落ちていった。

 

「…………」

 

 ドサッと倒れ込む相手の体。

 腹には彼女の手よりも大きな穴が空いており、そこから赤い液体が絶え間なく流れていく。

 膝を折って相手の顔を見るが何の反応も見せない。頬に触れるが相手からなんの返事もない。

 彼女に向けてくれたその手は、既に隙なく血で染まっていた。

 

「あ、あ、ぁ…」

 

 ここでやっと彼女は目の前で起きた事を理解し始める。

 先程の攻撃は恐らくASTが放ったであろうもので、霊装を纏わない自分が受ければ無傷では済まない。

 ましてやなんの守りも持たない彼が受けたらどうなるか。

 

「……」

 

 これまでとは違う気持ち悪さと眩暈を感じながら立ち上がる。

 これまで彼女を否定する出来事はたくさんあった。心を引き裂かれそうになった事だってあった。

 だが今回受けたそれは史上最悪と言っても過言ではないものだった。

 

「神威霊装・十番…ッ!」

 

 王座が出現し、剣を掴み取り出す。

 十香にとって殺すに足りてしまった人間が生まれてしまった。

 

「鏖殺公・最終の剣!!」

 

 剣の鞘となっていた王座が分解し、剣にまとわりついていく。完成したのは十メートルを超える身の丈に合わない重厚の剣。

 

「お前だな」

 

 大剣の重さなどまるで感じさせない挙動で、彼女は士道を手にかけたであろう相手達の方へと睨みつけた。

 一方的な蹂躙が始まる。

 

 

「司令ッ…!」

 

 フラクシナスのオペレーターの一人がそんな言葉を漏らす。

 モニターには腹を抉られた士道と十香がASTの隊員に対して一方的な攻撃を加えている映像が流れている。

 その映像から分かるのは最悪で絶望的な状況だと言うこと。

 

「分かっているわよ。騒がないで頂戴。発情期の猿じゃあるまいし」

 

 一方の琴里は落ち着いていた。

彼女とて現状が理解できないわけでも、理解を脳が拒んでいるわけでもない。

 分かっていて落ち着きを保っているのだ。厳密には取り乱した姿を見せないように努めている。

 そんな内心など察しようのない他のクルー達は戦慄する。だが令音と神奈月だけは少しだけリアクションが違う。

 

「ちょっと優雅さは足りないけど…騎士としては及第点かしらね」

 

 彼女の視線はいまだに沈黙している士道を見ている。

 

「来たわね」

 

 モニターに映る士道の姿に変化が起きたのだ。

 彼の体、それも穴の空いた腹から傷口をなめるように炎が生まれたのだ。

 炎が止むと傷口が綺麗さっぱり消えてしまっていた。

 

 

「……」

 

 士織はいまだに意識を失っている士道に代わって表に出る。

 彼女の手は撃ち抜かれたはずの腹を触れている。先程まで炎が傷口から出ていたはずなのに、火傷の痕どころか傷一つない。

 

「さて、どうしようか」

 

 彼女は立ち上がって遠くに見える閃光と爆発を見やる。それは十香がASTに対して暴れ回っている証拠だった。

 すでに彼女にとって五河士道とはそれくらいの相手になっていたのだ。

 

(あれって鳶一さん…だよね?何であんな一方的にされるがままなんだろ?)

 

 士織は遠目から見える精霊の一方的な蹂躙劇にそんな感想を抱いた。

 十香の剣によって生み出される力と暴力、折紙は防ぐので精一杯なのだ。

 そしてそんな暴姫を止められる王子様はというと。

 

『はっ…!』

「起きた?」

 

 彼女の脳内に響く男の声、士道の目が覚める。

 

「俺…何で生きてんだ…?」

 

 彼は体を取り返してから呆然と呟いた。

 本人の認識では嫌な予感でして十香に向かっていったら、強烈な衝撃を受けて意識が途切れて今に至る。

 彼の想像の通りなら弾丸を受けたはずなのだ。たが今こうして生きている。

 

「士織…俺撃たれたよな…?」

 

 彼は恐る恐ると言った感じで問いかけた。

 正直意識は曖昧だった、だが状況的にそうだという確信はあった。

 

『んーまぁそうだね』

 

 肝心の相手は困った様にそう言った。

 当然ながらその回答は彼の知りたい事でも、望んだものでもない。

 

「何で無事なんだ?」

『…さぁ…当たりどころが良かったとか?』

「いや、こんな大きな穴が開くのは当たりどころが良かったじゃ済まないだろ」

 

 そんな説明で彼が納得いくはずもなく、当然不審そうに眉を寄せる。

 

『そんな事より』

 

 士織は納得のいく説明を求めている士道を無視して話しかける。

 

「なにを…」

 

 彼が不審そうにすると同時に閃光と爆風が起こった。

 

「な、何なんだ一体…!」

 

 彼は突然起こった事象に視線を向ける。

 視界に入ったのは、遠目にあるはずのまだまだ手付かずだったはずの開発途中の山、それがまるで空襲でも受けたかの様に滅茶苦茶に崩壊していた。だが一部が鋭利な刃物で斬られたかのような

 

『十香だよ』

 

 士道の中にあった懸念を彼女は的確に言い当てた。

 

「一体何で…」

『士道が殺されたと思って、ああして暴れてるんだと思う。彼女にとってはこれは弔い合戦のつもりなんだと思う。取り敢えず撃ってきたASTを標的にしてね』

 

 士織は自分なりの考察を口にした。

 

「今すぐ止めないとっ…!」

 

 彼がそう言った途端に足場が不安定になるような、心許ない感覚が襲った。何度か経験した転移現象。

 

 次の瞬間、彼の視界は高台の公園から見覚えのある戦艦の内部になっていた。

 

「こちらへ」

 

 彼の元にやってきたラタトスクのスタッフに連れられて艦橋に辿り着く。

 そこにはチュッパチャプスを咥えている妹の姿が。

 

「士道、お目覚めの気分はいかが?」

 

 琴里のそれはまるで傷が治る事が分かっていたかのような余裕ぶった態度だった。

 彼はその態度に思うところはあった、だが今はそれに対しての優先順位が低い。

 

「そんな事より十香は」

「お姫様はキレてASTを殺しにかかってるわ」

 

 琴里は士道が自分のことなど眼中に無い感じ、それに少しムッとしたが冷静に現状報告をする。

 艦橋のスクリーンの一つに十香が剣を振り回してASTの面々を蹂躙していく光景が映し出されていた。

それはもはや戦いではなかった。十香もまたそれを戦闘として認識はしていない、近い表現をするなら目障りな害虫駆除か。

 

「何とかして止めないとっ…!」

 

 士道ははやる気持ちを抑えながら言った。

 特に策があるわけでも、強制力もない。だが迷いなくこの戦いを止めたいと彼は思った。

 

「騎士として上出来よ」

 

 琴里は相手のそのセリフに対してにゃりと口元を動かしてそう言った。

 

「フラクシナス旋回!戦闘ポイントに移行!」

 

 彼女は立ち上がり部下達に指示を出す。それに呼応するように皆がコンソールを操作をする。

 士道は重苦しい艦隊の音と、振動を感じた。

 

「な、何だ?」

『士道を十香の所に連れていってくれるんじゃない?』

 

 士道の疑問に対して士織はそう言った。

 彼は素早く視線を自分の妹へと向ける。

 

「琴里!十香を止めるってどうするんだ!?」

 

 彼は色々とすっ飛ばした質問を投げかけた。

 相手はあんまりに物分かりのいい反応に少しだけ驚いていたが、すぐに調子を取り戻す。

 

「呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて一つしかないじゃない」

 

 すぼめた口にキャンディを口つけながらそう言った。

 

「ま、まじでぇ…」

 

 士道は意味がわからなかった。

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