三時間後、始業式を終えて皆が帰り支度をして帰り始めていた。
「おい、五河。どうせ暇なんだろ?飯いかね?」
殿町が鞄を肩にかけながら士道を誘う。
昼食時に学校が終わるなら友人と食べる人もいるだろう。実際教室内を見ていると昼の相談をしている姿もチラホラと見える。
「悪い、今日は先約があるんだ」
「なぬ、女か?」
「まぁ一応な」
琴里は間違いなく生物学上は女性に分類される。広義なら士織も女性と言えば女性だ。
「一体お前に何があったって言うんだ!あの鳶一と話をするだけじゃ飽き足らず。女の子と昼飯の約束だと!?一緒に魔法使いになる約束だったじゃねえか!」
「妹だよ」
「なーんだ」
いきなりグリコのVの字のポーズで大げさに驚く殿町だが、妹と知って落ち着きを取り戻す。というより三十まで童貞でいるつもりなのかとちょっと引いた。
「なぁ俺も一緒でいいか?」
「ん?まあ別にいいと思うけど…」
士道がそう返した途端、殿町は肩に肘を乗っけて耳元に顔を近づけてヒソヒソ話を始める。
「なぁなぁ、琴里ちゃんって中二だよな、彼氏とかいんの?」
「は?」
「いや他意はねえんだけどな、三歳上の男ってどうなのかなって」
『「お前くんな」』
士道と士織の二人の意見が合致した。
そう言って彼は鞄を片手に教室から出ようとする。
「おいおい待てって!家族水入らずを邪魔するほど俺だって野暮じゃねぇよ。まぁ都条例に引っかからない程度に楽しんでな」
「お前は一言余計なんだよなぁ…」
帰るのをやめてその場にとどまる。ここまで格式美のようなものだ。
「でもなぁ…琴里ちゃんって可愛いだろあざと可愛いってやつか…やっぱ一緒に住んでるとそう言うのは感じないのかよ?」
殿町はそんな事を聞く。
五河琴里はハッキリ言って可愛い。士道もそれは理解している、まだ彼氏が出来ないのが不思議なくらいだった。
それにあざと可愛いだが、あれはキャラではなく素なのだから驚かされる。
「女未満と書いて妹だからな。お前も妹が居たらそうは思わないだろうな」
「マジか、そんなもんか。じゃあ姉は?」
「え、あー女の市か…」
「女性専用都市かよ!」
二人でそんなバカ話をしていると突然日常は壊れる。
―ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
学校の窓ガラスをビリビリと震わせながら不快なサイレンが町中に響き渡る。
これまで騒がしかった教室が皆驚いて静まり返っていた。
『これは訓練ではありません。これは訓練ではありません』
サイレンと共に流れるアナウンスの音声。
それは空間震の警報を告げていた。
だがこの場にいた皆が最初こそ息を呑んだが、すぐさま冷静さを取り戻した。
確かに三十年前なら混乱が起きたかもしれない。だがこの街に住む人間は避難の手順を何度も行ってきたのだ。そしてここは最先端の技術がつぎ込まれた都市だ。落ち着いて避難をすれば問題はない。
『士道、早くシェルターに逃げよう』
士織がいるからこそ士道は焦らずに現状を見れるのかもしれない。
「取りあえず落ち着いて誘導に従えば大丈夫だろ」
幸いにもここは学校で教員もいる。言われた通りに逃げれば何の心配もない。
皆もまた焦ったりする事なく教室を出て地下に設置されているシェルターを目指す。
「鳶一…?」
だが一人、その列から外れて真反対方向に走っていく人がいた。
「大丈夫」
「いや大丈夫って…」
呼び止めようとしたのだが、一瞬で彼女の背中は曲がり角に消えていった。
消えて言った彼女が気になったが、追いかけずに他の生徒たちと一緒に避難を始めた。
「お、落ち着いてくださぁーい!だ、大丈夫ですから!ゆっくりぃー!おかしですよ!」
タマちゃん先生が皆を誘導しようと頑張っている。そしてそれを微笑ましい者でも見るかのような視線を送る生徒たち。
「自分より焦っている人見ると安心するよな」
「分かる気がする」
殿町と士道はそんな軽口を叩く余裕すらある。
何の問題もなく避難が完了するはずだった。
『この調子じゃファミレスは無理だね。琴里残念がるだろうね』
「…………」
士織がふと投げかけたその一言に足を止めてしまう。
避難警報は街中に発令されているわけで、それはファミレスも例外ではない。仮に避難が終了して外に出たとしても直ぐに営業再開しますとは行かないだろう。
琴里はちゃんと避難しただろうが、まだ中学校にいるなら安心だが、そうでないならキチンと街中の避難ポイントに行っているだろうか。
(いやいやまさか…)
彼はそう言い聞かせながら携帯電話を開く。
「五河どうした?」
だが今の士道に返事をする余裕はなかった。
妹に電話をかけるのだが、残念なことに出ない。
琴里の携帯電話は位置情報サービスに加入している。アプリを使えばどこにいるのか分かる。
琴里の位置を示す点が約束をしていたファミレスの丁度真ん中にあった。つまり相手は警報が鳴り響くど真ん中にいるという事だった。
「あんのばかっ…」
彼は毒付き携帯の画面を消さないまま走り出した。
◎
『士道、何かの間違いだよ。携帯を避難中に落としかとかだよ』
士織焦って走っている相手にそう言った。だが士道は止まらない。
ここ三十年で空間震に対する認識も知識も広がって来たおかげか街中には人がおらず、人々の正しい対応と知識の浸透を感じる。それを見るたびに琴里が一人でいる可能性は低いと感じる。
「分かってる!でもッ!」
今の彼は士織の言葉も煩わしいものと認識してしまう。
分かってはいる、士織が冷静さを失った自分を心配してくれているのは。
可能性で言えば琴里が避難せずにファミレスに留まっているよりも、位置情報に誤りがあるか、彼女の言った携帯電話を落とした方が現実味のある事だというのは。
もう一度携帯に表示されている位置情報を見るのだが、相変わらずファミレスを指している。
「なんだ…あれ?」
ふと上を見上げると空を飛ぶ人影があった。だが彼にはそれが何なのか把握する事は叶わない。
突然向かっていた方向が眩い光に包まれて、耳をつんざくほどの衝撃が彼の体を攻め立てて来た。
「うわっ!」
台風すら上回るほどの風圧に煽られて彼の体はバランスを崩して後ろに転げてしまう。
「いってぇ…いったいなんだって」
だが彼はそれ以上何も言えなかった。
上体を上げて前を見ると何もなくなっていた。綺麗に目の前景色がすり鉢状にくり抜かれてしまった。そしてその周りには瓦礫の山。
「あれなんだ?」
クレーターの中央に玉座があった、王様が座りそうなあれが。
更に奇妙なのがそこのひじ掛けに足をかけている不思議な輝きを放つドレスをまとった、長い黒髪の一人の少女がいた事だ。
相手がけだるそうに首を回し、士道と目が合った。
「ん……?」
相手は玉座の背もたれから生えている柄のようなものを握る。それを引き抜くと巨大な刃を持つ剣が現れる。それは不思議な光沢を放っていた。
それを少女は無造作に薙いだ。
「しゃがんで!!」
士織は注意するよりも先に士道の体を動かしていた。
何かが彼の頭上を通り過ぎて行った。目には見えなかったが圧力のようなものが頭の上を通り過ぎたのは分かったのだ。
彼の背後にあった建物や施設すべてが同じ高さに切りそろえられていた。
ヒュッと喉から空気が漏れた。もし士織が強引にかわしてくれなければ首の上と下が分かれていた。
「じょっ…冗談じゃねえっ…!」
彼は後ずさった、少しでも早く、そして遠くに逃げなくてはいけない。震えてろくに動きもしない足を無理矢理動かそうとする。
「お前もか…」
「ッ!?」
彼の視界が突然塞がれた。
目の前に先ほど彼に斬りかかったであろう少女がいた。クレーターの真ん中にいたはずなのに一瞬で目の前に移動をした。
彼は遠目からでは分からなかった彼女の顔を見る。
愛らしさと凛々しさが共存した顔、そして水晶のような美しい瞳。それは暴力的だと表現するのが適切だと思えた。
「きみは…」
「…名、か」
先ほどは気が付かなかった心地のよさを感じる彼女の声音。
「そんなものはない」
一瞬で世界を瓦礫に変えられるくせに、それだけ万能な力を持っていながら、彼女は憂鬱そうで、悲しそうな表情をしていた。
相手はその大剣を握り直す。
「ちょっ…ちょっと待った!」
士道は剣を見て先ほどの脅威を思い出した。理屈は不明だがその大剣は世界を一撃で分断してしまうのだ。
「なんだ?」
「何をしようと…してるんだよ!」
「何をと、早めに殺しておこうと」
さも当然と言った感じで返してくる相手に顔が青ざめる。
「なっ、なんでなんだよっ!」
「なんで?当然だろう」
相手はより強く物憂げな表情を作ってこう言った。
「だってお前も私を殺しに来たんだろう?」
「え?」
それは予想外のセリフだった。
何故そんなことを言うのか士道には分からなかった。
「そんなわけないだろ…」
「何?」
彼は自然とそう呟いた。その呟きは相手の耳に届いて、訝しげな表情を作らせた。だがすぐさま眉を潜ませる。
士道は相手の視線の先に目をやると奇妙な格好をした人間が数人飛んでいて、手に持っていた武器からミサイルのようなものをいくつも発射してきたのだから。
「うっわああああっ!」
士道は自分の元へと飛んでくる飛来物から目を逸らし、顔を伏せてしまう。
「……?」
だがいつまで経っても衝撃は無かった。
彼が見たのは放たれたミサイルが少女の数メートル手前で止まっていた。まるで見えない壁に阻まれているかのように。
「無駄だと何故学習しない…」
剣を握っていない方の手をぎゅっと握るとミサイルがひしゃげて爆発した。だが衝撃波は殆どなかった、まるで威力が内側に抑え込まれているような。
(何でなんだ…)
目の前の少女も、そしてミサイルを撃ってきた連中の正体も何も分からない。なのになぜ圧倒的な力を見せつけている方が辛そうなのだと。
「…消えろ…一切合切…消えてしまえッ…!」
大剣を大降りに薙ぐと辺り一帯を震わせるほどの衝撃波が生まれる。
それらが回避されていく中でただ一人だけが剣を持って突貫していった。そのひと振りをおみまいしようとするのだが簡単に防がれ押し戻される。
「鳶一折紙?」
士道は今日初めて名前を知った同級生が何故剣を振っているのか意味が分からなかった。
「五河士道?」
彼女もまた大剣を持った相手を警戒しながらも士道がいる事に困惑しているようだった。
何故なら彼は学校のシェルターにいる筈で、こんな警報の真っ只中にいるなんてあり得ないからだ。
(え、なんだそれ?何だこの格好…)
士道を挟んで二人は対峙する。一触即発だった。
「「…ッ!」」
そしてお互いに地を蹴り、二つの剣が交錯、そして生まれた衝撃波は士道を吹っ飛ばして、彼の体は傍にあった塀にぶつかって気絶した。
「…………」
そんな事など無視して二人は殺し合っている。
ピクリとも動かない彼の体だが、肩が少し震えて瞼が動き出す。
「あー…士道倒れちゃった…」
士道の意識は衝撃で沈み、もう一人の自分が浮上する。
「どうしよう…取りあえずここから逃げないと…」
彼女は痛む体に鞭を打ってその場から走り始める。
あまり彼女が体を借りることが無いため慣れないがやるしかない。
去り際に二人の斬りあいを見て悲しそうな、それと憐憫のような表情だけを作って。
◎
「全く何してんのよ…」
ある場所で一人の少女は呆れていた。
巨大モニター越しに自分の兄が戦場のど真ん中で倒れているのを見て呆れていた。何故避難をしていないんだあのバカ兄と。
ぶっ飛ばされて倒れていたのだが、すぐに痛そうにしながらも立ち上がってその場から逃げ出す。
「代わったわね」
今起きているのが彼女にとっては姉になる士織なのを察した。
一人の男は指示を仰いだ。
「どうしますか?」
「今すぐに拾ってちょうだい、いい加減見てばかりなのは飽きたの」