「どんなもんじゃいーっ!」
士道は一週間かけてギャルゲーを完了させた。色々なものを失いながら。
「…ん、まぁ少し時間はかかったが、第一段階はクリアだね」
「ま、一応CGフルコンプしたようだし及第点かしらね」
令音と琴里はそう言った。
正直車の運転免許試験並みに意地の悪い内容だが、何だかんだでやり遂げてはいる。
画面にはスタッフロールが流れている。だがそれを見るのが今回の目的ではないのだ。
「時間も押しちゃったし、生身の女性に移りましょ」
琴里はそう言った。
目的は精霊との接触、それもファーストコンタクトで高い好感度を獲得しなければならない。
「…ふむ、大丈夫かね?」
令音は一週間の間ゲーム如きで苦戦する彼の姿を見ている。生身の女性は画面越しとは違う緊張感があるはずだ。
「平気よ、もし失敗しても失うのは士道の社会的信頼だけだもの」
「おい、今なんて言った?」
士道は琴里から聞き捨てならないセリフを拾ってしまい問いかけるが相手は反応しない。
「それで次の訓練なんだけど」
「ビックリするくらい気が進まん…」
選択肢系のゲームですらあのザマな訳で、実際に女子と話すとなるとセーブもロードもない為ハードルは高い。
令音がマウスを操作するとディスプレイに学校の映像が流れる。
最早その程度では彼も驚かなくなっていた。
『こ、こんなの…家にも監視カメラと盗聴器仕掛けられてるんじゃ…』
「…………」
嘘、恐れおののく士織の言葉に士道は改めて戦慄する。
「無難に彼女などどうだろう?」
「そうね、それでいきましょう」
その間にも女性陣は相手の物色をしている。
「本番では我々がインカム越しに指示を出すのだが実際に一度通しでやってみたかったんだ」
令音は小さなイヤホンを取り出しながら言った。
「それでどうしろと…」
それを受け取りながらも士道は嫌そうな顔で問い返した。
「うむ、岡峰珠恵教諭を口説いてきたまえ」
「ええっ!?」
予想は出来ていたが改めて言われると唸ってしまう。
「何か問題あるの?」
琴里はわかっていながら楽しそうに話しかける。完全に遊んでいる奴の顔だ。
「おおありだろうがっ!」
「本番ではもっと難物に挑まなければいけないのよ?」
「うっ」
精霊は選択や対応を間違えれば即命に関わってしまう。そう考えたら先生を口説くなど大した事がないように感じる。
令音は困ったように頬を掻いた。
「最初の相手としては適任かと思うがね。告白されても受け入れないだろうし、ペラペラと周りに吹聴するとは考えにくい」
「それは…確かに」
相手はいくら幼く見えるとはいえ教職免許を取った立派な大人。生徒からの告白など真に受けない可能性の方が高い。
「…まあ君がどうしても嫌だというのなら女子生徒に変えてもいいが」
令音からの代案を聞いてふと脳裏に浮かぶ光景。
もし同級生に告白したらどうなってしまうのだろうか。
『「ねえねえさっき五河くんに告られたんだけど」「えーホント?アイツ興味ないふりしてやることやってんじゃーん」こうして広がっていく野獣五河士道の噂。「アイツは無いよねー」「だねー」「キモくない?」などとそれら噂が徐々に広まり陰口を叩かれ続ける残りの高校生活…』
「止めてくれ…俺の頭にナレーションを流すのは…」
彼は頭を抱えた。もしもそんな事があったらうっかり不登校になってしまう。
『タマちゃんなら言いふらしたりはしなさそうだよね。生徒の冗談くらいにしか捉えないんじゃないかな。というか干支一周分の年齢差のある生徒が先生に告るって結構ギャグ寄りの出来事だよ』
岡峰先生が聞いたら泡を吹いて倒れそうな年齢イジリをする士織。
「…先生で頼む」
士道は折れた。
どちらにしろ一度は実戦で流れを想定した動きを試すわけで、それなら傷が浅い方が良い。
「ではそれを耳に」
令音は士道が手に取っているイヤホンを付けてみるように指示をする。
耳に付けてみるとまるで耳元に口があるかのようなクリアの声質で音声が届いて来る。
「あとはこれね」
琴里が机の引き出しから小さな部品のような物を取り出して宙に投げる。
「何をやってるんだ?」
「見てみたまえ」
令音はモニターを見せるとそこには士道たち三人が映っている。士道はモニターと宙を何度も見返す。
つまり先程琴里が投げた機械は高性能なカメラで、これを使って士道の様子をモニタリングするのだ。
「すげぇな」
こんなカメラがあるのなんて彼は知らない。ラタトスクはどれ程の技術力を持っているのか気になった。
「いいから早くしなさいよ鈍亀。ターゲットは今、東校舎の三回廊下よ。近いわ」
「へいへい…」
もう何を言っても無駄だと悟り、彼は準備室を出て標的の元へと向かっていく。
時折進むのを拒否する足を無理やり動かして目的の場所に向かう。
相手の背中が見えた、大声を出せば届く距離だが。他の生徒達の注目を集めるのはまずい為、早歩きで距離を詰める。
「あれ?五河くん?どうしたんですかぁ?」
自分の元に迫ってくる気配に気がついたのか、彼女は振り返って士道を見つめた。
士道は相手の顔を見て緊張を覚えた。今日まで毎日見てきたというのに、相手を口説かなければいけないと思った途端に先生ではなく、女性として意識してしまう。
そう思えば思うほど彼の頭は真っ白になってしまう。
『士道、ぼさっとしちゃダメ。何か話しかけないと』
(うっ、わ、分かってるよ)
士織は口をパクパクさせている相手に注意を促す。
士道は何とかそれに返すのだが、いまだに相手に何も言葉を掛けられていない。
『仕方ないなぁ…』
士織は呆れたようにそう言って表と代わる。
「先生、ちょっと質問したい事があって…時間を少しだけ頂いてもいいですか?ちょっとだけなんで」
「いいですよ」
先生が生徒から質問したいと言われたらそれに答えないわけにはいかない、相手は留まって話を聞く体制を作る。
相手が聞いてくれているのをみて切り出す。
「実は今度妹に何かプレゼントしようかなって思っていて」
「そうなんですかぁ」
「その…先生の服ってゴテゴテとした主張してなくて大人しめなのに、可愛い感じで似合ってると思うんです」
「えっ、そ、そうですか?」
岡峰先生は服を褒められて嬉しそうに頬を染める。
先生という立場である以上はど派手な服装をするわけにはいかない。だが外で多くの人に見られる以上は相応に女性らしさを忘れたくないものだ。
派手なものでは無いが軽い化粧はしているし、髪も常に清潔に整えられている。
「はい、それで一意見としてどんなことを意識しているのかとか、どんなお店に行ってるのか、みたいなアドバイスが欲しいなって」
「妹さん想いなんですね」
この時点では相手は妹思いの良い生徒としか思っていない。普通であればそれでいいのだがここではそうはいかない。
「あはは、俺って実はシスコンかも?」
「でも私でいいんですかぁ?」
「正直こんな事を相談できる女友達いなくて、一番そういうオシャレ的なのに詳しい大人の女性が俺の周りだと岡峰先生かなって」
「オシャレなんて…褒めても内心点はあげませんよ?」
「バレちゃいました?」
士織はそれとなく相手と会話を続けた。
服を褒められるという女性としてのこだわりを持ち上げつつも、先生として生徒に頼られるという自尊心を同時に満たしていく。
『士道、あんた士織に投げたわね』
『…………すまん』
琴里から士道の声は聞こえていないが、何となく謝罪したのは彼女も感じた。
五分ほど、服に関する事で話し合いが続く。相手はすっかり士織に絆されている。
「そう言えば先生の手って綺麗ですよね」
「えっそうですか?」
岡峰先生はそう言われて自分の手をまじまじと眺める。
士織は目の前に手が出されたタイミングを逃さずに相手の手をそっと取った。
「な、なっ…!」
当然いきなり手を取られた相手は顔を真っ赤にして驚く。
士織は表情を変えることなく話しかけていく。
「凄く手入れされていると思います。指先は切りそろえられていて汚れも無くて、毎日の女性としての努力がこの手に出ていると思います」
「そ、それはそうですね。クリームとか色々と」
「目立たなくてもこういう女性らしさって俺は素敵だと思います」
士織はそう言ってパッと相手の手を離した。
相手はいまだに温もりの残るその手をぎゅっと握っている。
「俺、最近学校が楽しいんです」
これまでの朗らかさから一変して思い詰めた表情を作る。
「それは…いい事ですねぇ」
「はい、でも特に最近思うんです。先生が担任になってくれてから凄く楽しいなって…」
ここで相手の瞳をじっと見つめる。そのストレートな眼差しに相手は少しだけ揺らぐ。
「どうしたんですか急に、お世辞が上手ですねぇ」
岡峰先生はそう返すが、声色に少しだけ動揺からか震えているように感じる。相手から洩れ出ている圧を感じている。
「俺…前から先生の事…」
「…………」
相手はゴクリと喉を鳴らした、次に出てくる言葉を緊張した面持ちで待っている。
「凄く授業も分かりやすくて皆に優しくて、それで好かれていて素敵な人だと思ってました。洋服のアドバイスありがとうございます、参考にしますね」
「へっ?」
士織はそう言ってそそくさとその場から立ち去っていく。
「終わり」
そして誰も見ていないところまで移動をしたのち士道に体を返す。
『士道、何か弁明はあるかしら?』
「面目ねぇ…」
彼はインカムで応答をしながらも情けなさというのを感じていた。
気を抜いていたのが悪かったのかもしれない、歩きながら話していたため曲がり角で誰かとどん!とぶつかってしまう。
相手が尻もちをついてしまっている。
「ご、ごめんッ!?」
士道はぶつかって倒してしまった相手を見て驚いた、相手は鳶一折紙だった。しかもしっかりパンツが見えていた、しかも白。
『すごい…狙ってやったの?士道、侮れない男』
「んなわけねぇだろ!」
『大声』
「あっ…」
士織の指摘に士道はつい大声で言い返してしまった。だがそれは一部の人間を除けば独り言でしかないわけで。
「……?」
「ああ、いや、何でもないんだ。立てるか?」
不思議そうにしている折紙を見て慌てて士道は手を差し出す。
相手はその手を取って立ち上がった。その時に相手はしっかりとかつ、さわさわした気がしたが、彼はそこまで考えられなかった。
『丁度いいわ、彼女でやりましょう』
「なっ」
『さっきのはノーカンよ。やっぱり同世代のデータも欲しいわね、見る限り彼女も言いふらすタイプに見えないし。次は士織お姉ちゃんに頼るんじゃないわよ』
「お前っ」
『精霊と話したいんでしょ?ならこれくらいはやってのけなさいよ』
彼は下唇を嚙んだが何とか心拍を落ち着ける。
このままでは男としての株を全て士織に奪われてしまう。何より精霊の少女と話したいのは五河士道の希望であり、それを士織に投げてしまったら面目が立たない。
「と、鳶一っ」
「なに?」
「…っ」
士道に呼びかけられた折紙は相手に視線を向ける。ここでビビっていては話にならないのだ。とにもかくにも話題を振りまかなくてはいけない。
思い出されるのは士織が先生に対してどのような切り口から会話を繋いだかだ。
「その服可愛いな」
「制服」
「ですよねー…」
『なんで制服をチョイスするのよ、このウスバカゲロウ』
琴里は虫の名前を言っただけだが何故か罵倒しているように感じる。
『手伝おうか?』
インカムから聞こえてくるのは令音の声だった。このままでは会話が続きそうになかったため、情けなかったが小さく頷いた。
『はぁ…』
士織が溜息を吐いたように思えたがもうそんなのどうでもよかった。
『実は前から鳶一の事を知っててさ』
「俺…実は前から鳶一の事を知っててさ…」
取りあえず彼は令音から言われた事とほとんど同じ内容を復唱する。
「そう、私も知っていた」
「!」
相手は淡々とそう返した。だがどこか嬉しそうな感じがするのは気のせいだろうか。
「そうなんだ嬉しいな。それで二年になって一緒のクラスになれてすげえ嬉しいなって。ここ一週間鳶一の事見てたんだ」
『うわぁ…ストーカー…』
士織の時たま挟まれるツッコミにうっかり吐血しそうになりながらも士道は言葉を繋いでいく。
実際の所は気まずくて相手の事など見ていなかったのだが。
「そう…私も見ていた」
折紙は真っ直ぐ背筋を伸ばしてそう言った。
『放課後に鳶一の体操服を嗅いだりしている』
「放課後に鳶一の体操服を嗅いだりしてるんだっ…!?」
琴里がとんでもない事を士道に吹き込む、彼は緊張しているのかとんでもない事を吹き込まれている事に気が付かなかった。
一拍置いて気が付いたがもう既に口から出た言葉を取り消す事など出来ない。
「そう、私もやってた」
折紙はあろうことかとんでもないカミングアウトをかましてしまう。
士道はあまりにも自然と言われたため一瞬何が起きたのか分からなかったが、落ち着いてくると恐怖がこみ上げてくる。
(自分のだよな!?そうだと言ってくれ!!)
真顔な相手を見ていると、まるで普通のことを言っているのかと勘違いしそうになる。
『わ、わぁ…お似合いだね…』
士織は変態の暴露大会を見て結構引いていた。
「俺達って結構お似合いだよな…」
士道はあろうことか士織の一言を指示と勘違いしてしまった。
言ってしまったものは仕方ない、令音は追加で指示を送る。
「なんだか俺達、気が合うな」
「合う」
折紙は無表情なのは同じなのだが、どこか嬉しそうな雰囲気を醸し出しているような気がした。
「それでもしよかったらなんだけど、俺と付き合ってくれないか…って急展開すぎんだろ!!」
令音からの指示をそのまま言ってしまった。これには令音もびっくりしている。
『まさか本当にそのまま言うとは…』
「そのまま言えっつったのはあんただろ!!」
相手は少しだけ目を丸くして驚いていた。士道は人形のような相手も感情があるんだなと失礼な思考を巡らせてしまう。
「そのなんだ…すまん…今のは…」
「構わない」
「…………はい?」
士道は慌てて訂正を図るのだが、折紙から来た返事は了承だった。
ほとんど話したことの無い相手から交際を持ち込まれて即了承するだろうか普通。
「それは…買い物に付き合ってくれみたいな構わないなのか…?」
考えられるのはそれだった。
士道は折紙と話した経験は正直無い。士道は相手を知らないし、それなら折紙とてそうなはずだった。
「そういう意味だったの?」
「えっ…」
「男女交際の事かと思っていた」
「なっ」
彼は衝撃を受けた。まさか目の前の相手から「男女交際」という単語が出てくるとは思わなかったのだ。
「違うの?」
折紙は首を曲げてそう問いかけた。
「い、いや違わないけど…」
『えっ、そうなの?』
「はっ…!」
士織からの指摘に士道は激しく後悔した。今ならまだ勘違いで通せたというのに!
―ウウウウウウウウウゥゥゥ…
突如として警報が鳴り響いた。
「急用が出来た、また」
「お、おい」
折紙はそう言ってその場からダッシュで立ち去って行った。
彼は引き止めようとするが既にその後ろ姿は見えなくなってしまう。
『初彼女おめでとう』
「ううっ…」
士織は呆然としている相手を見てそう言った。そう言われて彼の頭が痛くなる。
『士道、空間震よ。一旦「フラクシナス」に移動するわ』