「精霊の出現予測位置は来禅高校の校舎内よ」
艦長席に座りながらチュッパチャプスを加えながら琴里はそう言った。
モニターの一つに高校を中心とした周囲一帯の地図が表示されている。
「士道、早速働いてもらうわ」
彼はいざ実践と言われて体を少し硬直させてしまう。予想はしていたし、覚悟もしてはいるがそれでも緊張はする。
「もう彼を実践投与する気ですか司令。相手は精霊です、失敗はすなわち死を意味します。訓練は十分なのでしょげふッ」
神無月は意見を述べたのだが、琴里は相手にみぞおちを食らわせた。
「私に意見をするようになるなんて、偉くなったものね神無月。罰として良いと言うまで豚語で話しなさい」
「ぶ、ブヒィ」
嬉しそうに返事をする神無月。
士道は見なかったことにした。
「士道、あなたかなりラッキーよ」
「どういう事だ?」
琴里は「見て」とモニターの一つを指さす。
そこには来禅高校一帯の地図に赤いアイコンが一つ、そして複数ある黄色いアイコンが追加で記載されている。
「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」
校舎の中に精霊がいて、ASTの隊員はそれを外から取り囲んでいる。
彼は何が起きているのか分からなかった。
「何してんだ?何で入らないんだよ」
「精霊が校舎から出てくるのを待ってるのよ。ちょっとは考えてものを言ってよね恥ずかしい。粘菌だってもう少しは理性的よ」
「なにおう!」
煽りながらも琴里はありがたい説明を始める。
「そもそも顕現装置、つまりCR-ユニットは屋外戦闘を想定して作られたものなの。いくら随意領域があるとはいえ狭い場所じゃ機動力が落ちて遮蔽物も多いから力を発揮できない」
彼女がパチンと指をはじくとモニターがマップ上のものから実際の映像に切り替えられる。
そこは校庭が綺麗にすり鉢状にくり抜かれていた。そこが空間震の中心であったことが分かる。
「精霊は校庭で現出した後に半壊した校内に入ったのよ。これはラッキーなのよ、ASTのちょっかい抜きにして相手とコンタクトが取れるから」
運がいいのは彼も分かった、それと同時に気になった事もあった。
「じゃあもし精霊が外にいたらどうするつもりだったんだ?」
「ASTが全員ぶちのめされてから士道を投入」
「…………」
士道は今の状況はとてもありがたい事だと身に染みて分かった。
「まだインカムつけてるわね。カメラも飛ばすわ」
「分かった、けどなぁ…」
正直言って心細いサポートだった。
琴里も令音の助言は万全のサポートかと言われれば正直無い。士織だけは心強いが。
「安心しなさい士道、フラクシナスには頼もしいクルーたちがいっぱいよ?」
「例えば?」
彼女は自信満々にメンバー紹介を始める。
「五回もの結婚を経験した恋愛マスター・『早すぎた倦怠期』川越!」
「それって離婚を四回してるって事だよな!」
『彼女ゼロの士道よりは恋愛経験豊富そう』
少なくとも恋愛に関しては童貞の士道よりは詳しいはず。
「夜のお店のフィリピーナに絶大な人気を誇る『社長』幹本!」
「それってお金の力だよな!」
『士道は女性の手を握るだけでテンパるじゃん』
士道に夜のお店に行く勇気は少なくともない。
「恋のライバルに次々と不幸が。午前二時の女『藁人形』椎崎!」
「絶対に呪いかけてるだろ!」
『女性の意見を貰えるのは心強いね』
腐っても女性なので男とは違う目線も欲しい所だった。
「百人の嫁を持つ男『次元を超える者』中津川!」
「ちゃんとZ軸のある嫁だろうな!」
『好きな人が沢山いる人もいるなんて、多様性だね』
迷惑さえかけなければ二次元に恋しようが自由だ。
「その愛の深さゆえに、今や法律で愛する彼の半径五百メートル以内に近づけなくなった女『保護観察処分』箕輪!」
「何でそんな奴しかいないんだよ!てか士織はさっきから変な擁護するのを止めろ!!」
士道はとんでもないメンバーに囲まれているのを知って爆発した。
「良いから早くしなさい。いつASTが乗り込んできてもおかしくないのよ」
「へいへい…」
「心配しなくても大丈夫よ。士道は一回くらい死んでもすぐニューゲームできるわ」
「どこの配管工だよそれ」
士道は溜息を吐きながらブリッジから出る。
精霊に恋させるとか本当はどうでもいい。彼はただ悲しそうな表情を作っていた彼女と話してみたいだけだった。
◎
顕現装置を備えた転移装置は士道に何の負担もかけずに校舎の裏手に転送されていた。
『精霊のいるところまでナビゲートするわ。指示に従って』
琴里からの指示が送られるが彼は改めて空間震が及ぼす被害を目の当たりにしていた。
校舎の壁がゴッソリと消えて無くなっており、風通しがだいぶ良くなっている。
「改めてみるととんでもないな…」
『丁度いいわ、取りあえず入っちゃいなさい』
「おっけー…」
穴の開いている瓦礫を上りながら彼は校内に侵入する。
琴里が伝える通りの道順で彼は歩いて行く。
「って俺の教室か」
目当ての場所は二年四組のホームルーム教室だった。
『好都合じゃない、地の利じゃないけど知らないところよりはいいでしょ』
「まぁそうだな…」
実のところ進級したのが一週間ほど前なのでそこまで馴染みのある部屋ではないのだが。
扉は空いておらず中に誰がいるのかも分からないが、精霊と呼ばれた彼女はこの先にいる。彼はその緊迫感を感じていた。
彼は意を決して扉を開けた。
そこには物憂げな輝きを持つ瞳を半眼にして黒板を眺める少女がいた。半身を夕日に照らすその姿はまるで映画のワンシーンのようで神秘的。
「ぬ?」
少女は士道の存在に気が付いたようで目を完全に開いて相手の方へと視線を向ける。
『士道、ボケッとしない』
見惚れている士道を士織は窘める。意味もなく立ち止まったら敵対行動としてとられてもおかしくはない。
「や、やあ」
彼が手をあげながら挨拶をしようとすると相手が手を振った。
するとガシャン!!と壁と扉が一瞬で吹き飛んでしまう。
「いっ!」
もしもそれが直撃していたらという寒々しい可能性が頭をよぎり彼は青ざめる。
そうしている間も相手は手のひらに光の球のような物を作り出している。何故かそれは致死量の攻撃力を持っていると本能で分かってしまう。
相手の手から放たれた光、彼は反射的に身をかがめる。先ほどまで彼の頭のあった場所に光線が穿っていく、身をかがめなければ顔が通気性抜群になっていた。
「ひっ…!」
その事を認識すると彼の体の奥底から身震いが起きてしまう。
「ま、待ってくれ!俺は敵じゃない!」
その言葉が相手に伝わるかどうかわからなかったが、それでも大声で呼びかけた。
相手に意図が伝わったのか攻撃の手が止まる。
「は、入って大丈夫なのか…?」
『取りあえず迎撃の準備はしていないわ。やろうと思えば士道ごと一気に吹き飛ばせるはずだから。時間を空けて相手の機嫌を悪くしてもよくないわ。取りあえず行きましょう』
「よ、よし」
士道はそう言われて体を相手の視界に無造作に晒した。
「お前は何者だ?」
相手の少女は士道の事をなめるように見まわしてそう言った。
士道はそう言われて自分の名前を名乗ろうとした。
『ちょっと待ちなさい』
そこで琴里からストップが入る。
フラクシナスの艦橋のスクリーンには光のドレスをまとった少女が、その愛くるしいはずの顔から刺々しい視線を指導に送っている映像が流れている。
そして顕現装置によって演算をして数値化されたデータが表示されている。その画面はギャルゲーのそれと同じに思えた。
『お前は何者だ』
精霊がそう言った瞬間、画面が明滅しサイレンが鳴り響いた。
①『俺は五河士道。君を救いに来た!』
②『通りすがりの一般人ですやめて殺さないで』
③『人に名を訊ねる時は自分から名乗れ』
令音が操作している解析用の顕現装置装置によって、精霊の発する心拍や脳波を解析してそれをもとに出した取るべき対応パターンの数々。
これが表示されるのは相手の精神状態が不安定な時、選択次第で相手に取り入る事も可能。
「これだと思う選択肢を選びなさい!」
彼女の号令でクルーたちはそれぞれに宛がわれたモニターを操作して選んで行く。
一番多かった選択肢は三だった。一は相手が士道を疑っている以上は胡散臭く、二は選んだところでそれ以上の発展を望めない。三は上手くいけば会話の主導権を握れる…かもしれない。
一方でお預けを食らっている士道は不安になる、精霊の機嫌は彼から見てもよくないのは分かる。
『士道聞こえる?私の言う通りに話して』
「わ、分かった」
琴里から通信が入って返事を返す。
『人に名を訊ねる時は自分から名乗れ』
「人に名を訊ねる時は自分から名乗れ…って」
おうむ返しのようにそのまま同じことを復唱してしまう。だがその内容は最悪の一言に尽きる。
「な、何を言わせてんだよっ…!」
言ったそばから顔を青くする。
相手は顔を歪めて分かりやすく不機嫌モードに、同時に両方の手のひらに光の球体を複数生み出す。
「これが最終通告だ。答える気が無いなら敵と判断する」
相手は攻撃をちらつかせながらそう言った。
「まっ…待って!」
「む…?」
士織はこれ以上、士道に任せきりでは問題が肥大化すると考えて自ら表に出る。
両手でぶんぶん振りながら否定のジェスチャーをする。
「わ、私は五河士道!貴方と戦う意志は無いよ!」
ついいつもの女っぽい一人称でつい話しかけてしまう。
「お前どこかで…?」
相手はまじまじと士道の顔を眺める。その視線につい冷や汗をかいてしまう。
「ほら、前に会ったでしょ…?」
「おお、ん?だが違うような…?」
相手は士道の雰囲気がどこか違うのを感じているのか、前に瓦礫と化した街で会った時と上手く結びついていないようだった。
だがすぐに鼻を鳴らしてしまう。
「まあいい、前にお前の顔を見た気がする」
「そ、そうだよー…怪しい人じゃないよー…」
「それ以上近づくな、お前は今私の攻撃範囲にいる」
「…………」
士織はまるで傷ついた獣のように警戒心をあらわにしてくる相手に対して直立不動になる。
『ど、どうしよう?』
(後は俺がする。元々話したいと思ったのは俺だ)
最初から頼り切りになるなら精霊と接しようなんて考えてはいけない。士織に頼る前提なら最初からここに立ってはいけないのだ。
士道は士織に代わって表に出てくる。
「むぅ…?なんだ?」
士道の顔つきの変化に相手は怪訝そうな視線を送っていた。
「覚えてるか?今月の…十日に会った時のこと」
「ああ、何やらおかしな事を言っていたやつだな」
ここで精霊は数日前の記憶が鮮明になってきたようで、ポンと手を叩いて得心したようだった。
ここで相手は睨みながら攻撃を加えようとしてくる。
「…確か私を殺すつもりは無いと言っていたな。ふん、見え透いた手を、言え何が狙いだ?油断させておいて後ろから後ろから襲うつもりか?」
士道は相手のそのセリフを聞いて悔しかった、自分の発した言葉を相手は微塵も信じていない。
何より相手にそう思わせてしまうこの世界の理不尽というものに怒りを感じた。
「人間はそんな奴ばかりじゃない、お前の事を殺そうとする奴ばかりじゃないんだ」
士道は自分が使うことの出来る武器、誠実さだけを全面に出しながらそう問いかける。
「…………」
相手はそう言われて黙り込む。そして物問きたげな視線を送る。
「…そうなのか?」
「そうだとも」
「私が会った人間達は、皆私は死ななければいけないと言っていたぞ」
「そんな事はないだろ」
いつもならテンパって言葉が出てこないのだが。なぜか今だけは迷う事なくつるりと出てくる。
そこまで話してなお相手はまだ信じていない感じだった。もはや士道がお前を殺すと言うのを待っているかのようだった。
「では聞くが、私を殺すつもりがないのなら、お前は一体何の為に現れたのだ?」
「それは…」
ここで彼はどう返すべきかと迷った。
恋をさせる云々は別として、彼は一体目の前の彼女をどうしたいのだろうか、どうなりたいのだろうか。
勿論相手が死んでいいとは思っていないし、みんな仲良くが一番と言えばそうだ。
でも具体的に何が最終目標なのか、彼は決めていない。
『選択肢ね、少し待ってちょうだい』
琴里はそう言って士道を止めた。
「選択肢ね」
モニターに表示される選択肢達。
①「それはもちろん、君に会うためさ」
②「なんでもいいだろ、そんなの」
③「偶然だよ、偶然」
またも精霊の精神状態から算出された選択肢が提示される。
「二は無いわね。一番人気は一かしら。士道、取りあえず君に会うためとでも言っておきなさい」
「き、君に会うため」
あまりにきざなセリフについ言葉に詰まってしまう。だが相手は疑問符を浮かべる。
「私に?一体何のために」
当たり前だが相手は男女の情緒的なものに対する感性が不足しているようで、あまり刺さっていない。
またもインカム先が騒がしくなる。
『士道「君と愛し合うため」よ』
「あー…そのだな…」
琴里からの指示に彼は少しだけ言葉に詰まった。余りにもその内容が恥ずかしすぎるのだ。
「何だ言えないのか?お前は何の理由もなく私の前に現れたと」
目の前の少女の目が再び険しいものになっていく。これ以上会話に空白を作ってしまうと強い警戒心だけを生み出す結果になる。
彼は慌てて手を振りながらこう言った。
「…き、君と…愛し合うため…に…?」
「…………」
士道がそう言った途端に目の前の相手は手を横薙ぎにする。ズバッ!と目に見えない不可視の斬撃が士道の頭上を襲って校舎を切断する。
「ぎゃあ!」
彼は割と本気でちびりそうになる。
「冗談はいらない」
相手はとても憂鬱そうにそう言った。
彼はその表情が嫌いだった。まるで自分が愛されるわけがないとそう思っている、まるでかつての自分のような表情が。
「俺はお前と話がしたいからここに来たんだ。内容なんて無いし、気に入らないなら無視してくれてもいい」
『士道、落ち着いて』
琴里は口説くもへったくれもなくなってきた相手を何とか抑えようとするのだが、彼はそれでも止まらない。
これまで目の前の彼女には士道とは違って手を差し伸べてくれる相手はいなかった。常に寄り添ってくれる人がいなかった。なら彼に出来るのは一つしかなかった。
「俺はお前を否定しない」