ASTの面々は無表情で校舎に銃弾を打ち込んでいた。
実際に戦う気がある訳ではなく、一応倒すために活動してますというアリバイ作りのためだけ。こうしないと予算が降りないのだ。
「ん、あれは?」
隊員の一人が人影を視認する。よく見ると二人分見える。
「っ、士道?」
折紙はそれを視認すると真っ先に飛び出して行った。
◎
「俺はお前を否定しない」
「……っ」
その言葉を聞いた相手は僅かに視線を逸らして表情を誤魔化す。夕陽による逆光からか士道から相手の顔色を窺い知る事が出来ない。
(俺って変な事言ったかな…)
黙っている相手を見て変な地雷を踏んでしまったかと不安になってしまう。
『ううん、そんなわけないよ。無理に背伸びして甘い言葉を使うよりも士道らしくていいと思うよ』
士織は前と同じように決して笑わなかった。その言葉に少しだけ救われた気がする。
「…シドー。シドーと言ったな」
ここに来て初めて相手から積極的な声掛けがあった。
「ああ」
「本当に、お前は私を否定しないのか?」
「本当だ」
「本当の本当か?」
「本当の本当だ」
「本当の本当の本当か?」
「本当の本当の本当だ」
そんな面倒なやり取りをする。
相手はその問答の後、髪をくしゃくしゃと掻きむしりながら何かを考え込んでいるようだった。
(やばいかな…)
『照れてるだけでしょ』
(そうなのか?)
『大丈夫だって』
相手の気持ちの整理が終わるまで脳内会議を行う。あまり女の子の機微を察するのが苦手な彼は、この沈黙の時間が不安になる。
「ふん」
やっと彼の目の前にいる少女は落ち着いたのか、少しだけ鼻を啜るような音だけを出した。
「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」
彼女は眉根を寄せて腕を組みながらそう言った。だが声色は先ほどまでの剣呑としたものではなくなっている。
「…だがまぁ…あれだ。これまでまともに会話をしようという人間は初めてだからな。この世界の情報を得る為に利用してやろう。うん、情報超大事」
すっごく早口でそう言い切った。
「これは…」
『ファーストコンタクトは成功だね。おめでとう』
「おう」
彼はやっとスタートラインに立つ事が出来た。
「不審な動きをしてみろ。お前の体に風穴を開けてやるからな」
そう言って彼女は教室内を徘徊し始めた。先ほどまでと違い無防備にも背中を見せている。
「早速聞くがここは何なんだ?初めて見る場所だ」
彼女は黒板や机に興味を示している。
「ここかここは学校だよ」
「学校とは何だ?」
「…えっとだな…」
士道は『学校』という誰もが知っていて当たり前の単語を、知らない相手に対して噛み砕く難しさを感じていた。
「俺と同じくらいの人たちが集まって勉強とかをする場所だ、この席に座ったりして」
「なんと、だが四十近くあるぞ?」
「この部屋以外も集まるからもっといるよ」
「嘘だな、こんなにいるわけがない」
「本当だって」
彼女の疑問ももっともだなと思う。
精霊は警報が発令されて非難された後に現れる。大人数の人たちを見たことは無いだろう。
「なあ…」
そこで彼は気がついた。相手の名前を知らない事に。
(知ってるか?)
『彼女に名前はないよ』
もしかしたら彼が聞き逃していただけで名乗っていたのかもと思ったのだが、士織も知らないようだった。
「そうか、会話を変わす相手がいるのなら必要だな」
精霊の少女は相手が名前を知らずにどう呼べばいいのか困っているのを察した。
「シドー、お前は私を何と呼びたい?」
「はい?」
「私に名をつけろ」
「…………」
彼はそう言われて暫し沈黙する。
(重ぇぇぇぇぇ!!!!)
『頑張って名前つけないとね』
心中で絶叫する士道と呑気な感じの士織。
『うっわ、これまたヘビーなのが来たわね…』
琴里はこのやりとりをモニタリングしており、ある意味口説くよりも困難な状況に晒された事に少し怯んだ。
まだ義務教育の学生である彼女が他人の名前をつけた経験は無い。
彼女は士道に焦って変な名前をつけないように釘を刺してからクルー達に意見を聞いた。
しかし出てくるのは別れた奥さんの名前とかキラキラネームばかりで相手の機嫌を損ねそうなものばかり。
インカムから決め手にかける提案ばかりが流れてくる。
『士道、私の名前をつけた時のこと覚えてる?』
(士織か?何だっけ…)
正直、いつから士織という意識が宿っていたのか彼は昔過ぎて覚えていない。
冷静になって考えてみたら、士織は誰かが名前をつけたはずなのだ。
『「シドウが男の子だから女の子はシオリ」そんな感じだったよ?今思えばテキトーだよね』
(そうだっけ…)
彼女はくすくす笑いながら過去を振り返る。
自分のネーミングセンスを後悔する、当時は一桁年齢のためそこまで考えるだけの発想がなかったのだが。
『でも私はこの名前が好きだよ。名前をもらった時、世界や皆から認められたみたいで嬉しかった。だから士道が思いついたままに呼べばいいんじゃないかな』
彼女は遥か昔の思い出に浸っていた。まだ小さかった頃を。
『何かを送る時、それは何を送るかだけじゃない、そこに何を込めるのかも大切だと思う。士道が世界に否定ばかりされているあの子に送れるのは何なのかな』
士織はそれだけを告げて奥に引っ込んでいった。
彼はどこか誰に呼ばれても恥ずかしくないものを選ぼうとしていた。
『「トメ」とかどうかしら?』
((それはないな))
琴里からの名前の案が伝えられる。
その時、士道と士織の心は一つになった。
とはいえ出会い頭に名付け親になってくれと言われるとは全く思っていなかった為、彼は困る。
(士織は何かないのか?)
彼はサンプルがもう少し欲しかった為、サンプリングを行う。
『私?そうね、例えば「リリス」とかどう?』
(おおっ)
彼は外国目線も選択肢としてあるのを思いついた。なにも日本語だけに固執する必要はない。
だが士織は続けてとんでもないことを口にする。
『士道の妄想小説のヒロインで、記憶喪失になりながらも主人公と冒険を続けるうちに、何億年も生き続ける原初の生命体って判明する設定のあれ。最初の生物でかつ女性だからリリスだったのかな』
(俺の黒歴史をほじくり返すな!)
『あれ設定だけはやたら壮大そうなものを作ったのに結局二万文字くらいで書くの止めてたよね。なんで?』
(それ以上言うのはやめてくれ…)
彼は小説を実際に書いてみて、面白いシーンは幾つも思いつけるのだが、それらのシーンの同士の繋ぎを考える難しさを知って挫折したのだ。
こうしている間も相手を待ちぼうけさせているわけで。
「…まだか?」
時間をかけると相手も不機嫌になっていく為、より一層彼を追い込んでいく。
「と、とうか」
追い詰められた末に彼が口にしたのはそんな名前だった。
「どうかな?」
「とうか、か、まぁいい」
何やらお気に召したようだった。
だが士道はそんな相手を尻目に大きな後悔を感じていた。
『十日に初めて会ったから「とうか」って事ね。らしいと言うか何と言うか…』
士織はそれを察して苦笑いをする。
「悪いかよ…」
『別にー?』
ついボソリと漏らしてしまうが、相手は流してしまう。
「何か言ったか?」
「いや、何も。気に入ってくれたならそれでいいや」
十香は独り言をする相手が気になったようだが、ここでもう一人の五河を話しても混乱するだけだろう。
「そうか、では『とーか』というのはどう書くのだ?」
「書き方か」
士道は動くなと言われていたが足を動かして黒板の元へと向かう。幸いにも床にチョークが撒き散らされていた為、書くのには困らなかった。
黒板に「とうか」と漢字で書こうとするのだが、何を書くのがいいのか困る。流石にそのまんま「十日」は無いだろう。
「えっと…」
彼は由来がアレなだけに、出来るだけ綺麗な漢字にしようと「尊華」と書こうとした。
だが士織はそれを聞いて激しく抵抗を始める。
『絶対にやめた方がいい。ぱっと見で読めない漢字をチョイスするなんて…心配になってきた…まさかキラキラネームを名付ける素養があったなんて…』
(そ、そんなにか…)
『名前なんてシンプルに伝わってなんぼだよ。初見で読めないなんてありえないでしょ』
(よ、よーし)
士道は説得の末に「十香」と黒板に書いた。これならば画数も少なく簡単な漢字。
十香もそれに追随して隣に立って黒板に書こうとする。
「これを…」
チョークを渡そうとするのだが、彼女が黒板を指でなぞるとそこだけが削り取られて不恰好だが「十香」の文字が描かれる。
「…………」
「どうだ?」
彼女は自分が書いた字を嬉しそうに自慢する。
「十香、どうだ?素敵だろう?」
「あ、ああ…」
そう言われて照れくさくなる。そこまで深く考えたわけでもないというのに。
「シドー」
鈍感な彼でもどの様な意図をもってそう言ったのか分かった。
「十香…」
「…!」
十香はここで初めて笑顔を見せた。
その表情に彼の心臓はドクンと跳ねた。だがその高揚も一瞬で凍りつく事になる。
『士道、床に伏せなさい』
「うわっ!」
琴里からの指示と同時に地面が揺れる。彼は立ってい事が出来ずに尻餅をついてしまう。
地面が揺れているのではない。よく見ると窓から土煙が散乱して轟音が撒き散らされる、痺れを切らしたASTが校舎に対して攻撃を仕掛けているのだ。
『外からの攻撃ね、精霊を燻り出す気かしら』
精霊と戦闘する部隊とは違う、復旧用の顕現装置を使った復旧部隊専門も存在する。ならば校舎を吹き飛ばしても問題ないということか。
十香は先ほどまでとは打って変わって、ボロボロになっている窓を見た。
「早く逃げろ、シドー。ここにいては巻き込まれる」
「っ!」
彼はこの時確信した。彼女の痛ましそうに歪みながらも士道に向けた心遣いを。
十香は決して悪戯に人を傷つける様な悪党なんかじゃないと。
「逃げてられるかよ…」
こんなに傷ついている相手から逃げるなんてあり得なかった。
『よく言ったわ士道、ならアドバイスをあげる。精霊の傍から離れないで、そうすれば被弾しないわ。幸いにも隣に立つのが問題ないくらいには好感度上がってるから』
琴里は兄へありがたい助言を送る。
彼は頷くと十香の足元に座った。
「何をしている?」
「今は俺とのお話タイムだろ?あんなもん気にするな。この世界の情報欲しいんだろ、続きだ続き」
十香は驚いた表情を作り、そして向かい合うようにして座った。
二人の周りを銃弾が飛び交う。一歩でも動いてしまえば当たりそうで彼は身をすくませる。
会話の内容はなんて事は無いようなものばかり。普通の人であれば知っているような他愛も無いもの。だが十香は質問の答えが返って来るたびに嬉しそうにしている。
『可能そうなら士道からも質問をしてちょうだい』
琴里は受け身から攻める方向へシフトするように指示を出す。
「なぁ十香」
「む?」
「お前ってどういう存在なんだ?」
気になったのは相手が自分自身をどう捉えてここにいるかどうかだ。
「知らん」
彼女が数秒考え込んだ末に出した答えはそんなものだった。
彼はそれを聞いて肩透かしを食らう。
「知らんて…」
相手のリアクションに十香は不服そうだった。
「事実なのだ、仕方ないだろう。いつからだったか、私は突然そこに芽生えた、それだけだ。記憶は歪で曖昧、自分がどういう存在だったのか知りはしない」
「そういうもの…なのか?」
士道もまた小さい頃の記憶は曖昧だが、それでも人である以上は命の始まりは親のはずだ。
「突然この世に生まれたらあのメカメカ団達に取り囲まれていた」
「…メカメカ団?」
「あのびゅんびゅんうるさい人間達の事だ」
外に向けて顎をくいっとやる。現在進行形で銃弾を叩きつけて来ている。
彼はその表現がコミカルでつい苦笑いをしてしまう。
そこでインカムからクイズの正解音のような軽快な音声が流れる。
『精霊の好感度が一定値を超えたわ。士道、踏み込むなら今よ』
「…踏み込む?」
『例えば…次のデートに誘ってみたら?』
「えっ…ええっ…!」
『ほら、さっさと誘う』
ついうっかり驚きの声を漏らしてしまう。
「ん、どうしたシドー」
それを察知した相手は問いかけるが、なんでもないと返すしかない。
(どっどうすれば…)
デートに誘う、自分から率先して異性と会う約束を取り付ける事をした事がない彼は攻め方が分からない。
何を言えばいい?愛しているは突飛すぎるか、また君と会いたいはキザすぎるか。
『いや、そんな難しく考えなくても…普通に「また一緒に話さないか?」でいいんじゃないの?雰囲気的に断られそうな感じでもないし…』
「はっ…!」
士織からの真っ当なアドバイスに彼はハッとした。
デートと言われて小難しく考え過ぎていた。もっと軽い気持ちで誘ったっていいだろう。
「十香、ちょっといいか?」
「ん?なんだシドー」
「うっ…」
真正面から向けられるその美しい顔を見て、彼は少し怯んでしまった。
こんな綺麗な子を誘うのかと、先程までは意識してなかった分破壊力が凄い。
「また会ったらこうして話さないか?」
だがその返事をもらう前に教室が吹き飛ぶ。これまでの威嚇射撃ではなく本格的にここを潰しに来ている。
『士道!ASTが動いたわ!』
「まじかよ…!」
そのやり取りと同時に爆風によって風穴の空いた窓から入って来たのは折紙だった。
士道と十香の二人を確認するとレーザーブレードを生み出して斬りかかっていく。十香もまた大剣をとっさに生み出して応戦する。
ギイン!!と二つの刃がつばぜり合い、一帯に強烈な火花を散らせる。
『士道、撤退よ!いったんフラクシナスで拾うわ。出来るだけ二人から離れなさい!』
二人の剣がぶつかり合う衝撃波で彼の体は簡単に校舎の外へと吹き飛ばされていった。