「そりゃそうだよな…」
士道はボロボロになっている校舎を見て、後頭部をかきながらそうごちた。
彼が精霊に「十香」という名前を付けた次の日、普通に登校をしたのだが校門は閉められており校舎が瓦礫と化しているのを見て全てを察した。
『普通に考えたら休校だよね』
「教えてくれてもよかったろ」
『何か外に出る用事でもあるのかなって…』
間抜け二人組はそんな会話を展開する。
あの後、夜通し十香との会話のビデオを見せられて反省会をさせられたせいか寝不足で、判断能力が落ちていたのも理由の一つかもしれない。
「仕方ない…買い物でもして帰るか…」
牛乳や卵など、乳製品系が足りなくなっていたはずだった。そう思い彼は足を動かした。
「っと、行き止まりか」
もう何度目かの通行止めの看板にぶち当たる。
それもそのはずでこの辺りは前に空間震が発生した被災地で、まだ復興作業が行き届いていないのだ。そのためアスファルトの一部はめくれ、道路の端に瓦礫の山が出来ている。
まるで何かに誘導されるかのように彼は人気のない道を歩いて行く。
「ここは…」
士道は十日前に十香と名前を付けた相手と初めて会った場所の一角にたどり着いた。
改めて精霊が出現する事によって生まれる災害の根深さを実感する、同時にASTが精霊を殺すために戦う理由も納得は出来ないが理解はできる。
だが士道は昨日のやり取りで確信していた。十香は少なくとも人に害をなしたいと思っていないと。
だが彼の考えとは別に、目の前の惨状が彼に現実というのをこれでもかと教えてくる。ただ超自然災害が人間に似ているだけ。本人がどう思っているなど関係ない。
『…そう言えば琴里の為にキッズプレートモドキでも作ってあげたら?』
「あー…」
士織は黙り込んで考えの深みにはまっていく士道を見かねてそう提案する。
あの日は予定ではファミレスと食事を摂る予定だったが、この現状ではファミレスもまだ休業なのは間違いない。
「おいシドー」
この声、この声の主が悲しそうな顔をしていたのだ。
彼女がいたずらに力を振るう怪物ではないことを彼は理解している。
「おいシドー!無視するなっ!」
「えっ?」
彼は自分に話しかけられている事にやっと気が付いて顔を上げる。
声のする方向へと視線を合わせた先には、瓦礫の上に立っている十香がいた。
「ようやく気が付いたか、ばーかばーか」
彼女はそう言いながら瓦礫の山から降りて彼の元へと向かう。
「と、十香…なんでここに…」
精霊が目の前にいるというのに誰も避難していない。空間震警報は発令されていない。
「ぬ?何でとはなんだ?」
「いや、だってさ…」
彼女からしたら何を問いかけられているのか分かりづらい内容だった。
士道はどうやって自身の考えをまとめればいいのか苦慮する。
「あはは…ごめんごめん、十香と連絡を取る方法が無いから突然再会できて驚いたんだよ」
士織はラタトスクの援護がない以上は自分達でどうにかするしかないと考え、ちょっと情けない反応をする士道に代わる。
「ん?」
「いきなりだからびっくりしちゃってさ…」
彼女は少しだけ笑みを見せ、頑張って取り繕おうとする。
だが十香は胡散臭そうな表情をして相手の瞳を覗きこむ。それは疑惑を向けるような感じだった。
「前も思ったがシドー…何かおかしいぞ…」
「ううっ…」
士織はそう指摘されてつい言葉に詰まってしまう。
勘が鋭いのか十香は士道と士織の違いに何となくだが気が付いているようだった。
「そ、そんな事よりもさ。何で十香はこんなところにいるんだ?」
士道は再び表側に戻って相手に向かってそう問いかけた。
「む…?…お前から誘ったのではないか」
「誘った…?あっ」
彼は思い出した、また会って話したいと提案したことを。
「まさか忘れていたのか?」
相手の反応が悪いのを見て彼女は突然機嫌が悪くなり出す。まさか話したいと言っておきながら忘れていたのかと。
「い、いやそうじゃなくてだな。覚えてくれたのかと…」
『…ってバカ!』
士道は本心をそう言った。彼としては照れ隠しに近いものだったが士織はその態度が気に入らないようだった。
「ッ」
士織の叱責に彼は少しだけ肩を揺らす。
頭の中で大声を上げるものだから頭痛に近い痛みが走る。
(何だよ…)
『相手がこうして会いにやってきてくれたんだよ?それを「お前その約束の事忘れてたかも」なんて失礼極まりないよ』
(うっ…)
『ほら早くリカバリー』
彼が相手に視線を向けると、少しだけ機嫌が悪そうに見えた。
「嬉しいよ、こんなに早く再会できるなんて」
咄嗟にそんなセリフを吐く。
彼的にはかなりキザな部類のセリフだったが、相手はその臭い感じを知らないのかきょとんとしている。
「ぬ?まさか私の事をバカにしているのか?」
「ち、違う違う。覚えてくれてて嬉しい的な」
剣呑なオーラをまとう相手に対して士道は手を振りながら必死に言い訳をする。
その態度を見て彼女は怪しそうな視線を送ったがすぐにやめる。
「まあいい、さあ何を聞きたいんだ?」
彼女はそう言った。
それはいいのだがこの場で精霊が着ている明らかに普通ではない特殊な輝きを放つ服は非常によく目立つ。実際に先ほどから通行人等が物珍しそうに見てくる。
「うーん…」
「どうした?」
「その服はまずい…」
服装は人それぞれ多様性は認められるべきだと思うが、それを抜きにしても輝くドレスは普通ではないのが分かった。
「なに?私の霊装のどこがいけないのだ。これは我が鎧にして領地、侮辱は許さんぞ」
「その姿でいたらまたASTがやってきちまう」
「ぬぅ…」
そう言われて彼女は困った。
敵に襲われようがいくらでも撃退可能であったが、そうすると士道とここで話す事が出来なくなる。
「ではどうしろというのだ」
「着替えた方が良いんだけど…」
士道は困った。彼は十香の全身をコーデしてやれるほどの金銭を持っていない。
仮に服を用意してやれるとして、そこまで彼女を連れて行くのが途轍もなく遠い道のりだった。
彼がどう立ち回るか苦慮しているのを見て、十香はじれったそうに唇を開いた。
「どんな服ならいいのだ?教えろ」
「そうだな…」
彼はそう質問されて周りを見渡すと、自分と同じで間違って学校に来てしまった被害者がいた。
「あんな服だったら大丈夫だ」
彼はそんな相手をさして伝えた。
制服、それは学生である事を一目で判別する事が出来る服装。この装いであれば十香も街中で浮かずに済む。
「ふむ、なるほど。あれならいいんだな?」
彼女はそう言うと手から光の球のような物を生み出した。そしてその標準をその女子生徒へと向ける。
「『何をする気だっ!』」
二人の言葉がハモった。どう見て危害を加える気満々だった。
「どうした?」
当の本人は何故止められたのか分からないようだった。
「どうしたじゃねぇ!何をしようとしてんだよ!」
「何を、と…気絶させて剥ぎ取ろうかと」
十香はきょとんとしている。
彼は頭を抱えたが、取り合えず基本的な事から教える事にした。
「いいか?人を襲うのはいけない事なんだ。十香だってあのメカメカ団から攻撃されたら嫌だろ?人にされたら嫌なことは他人にもしちゃダメなんだ」
そう言いながらも人の黒歴史を当たり前のようにバラす性悪妹の姿が浮かんだ。彼の教育が行き届いていないのか。
「仕方ない、では服は自前でどうにかするか」
そう言うと彼女の霊装は淡く輝き始める。光が止むと来禅高校の女子制服を身に着けていた。
傍から見たらただの女子高生にしか見えないだろう。
「なんだそりゃ」
「視覚情報から新しく服を拵えた。細部は異なるかもしれないがな」
「最初からそうしろよ!」
あっけからんとする十香に士道はつい大声で言ってしまう。
「仕方ないだろう、これをまとうと霊装としての防御力は無いも等しいのだ。ハッキリと言うが今は丸裸だぞ?」
彼女はうるさそうに顔を歪ませてそう言った。
普通であれば自ら防御を捨てる行為などあり得ないが、士道ならば闇討ちをしないだろうという信頼の表れだろうか。
『まあ、ここまで妥協してくれるなら僥倖だね』
士織の発言に士道も頷く。
ここまで妥協をしてくれるのなら、これ以上注文を言うのも相手に求め過ぎというものだろう。
「取りあえず色々周りながら話そうぜ」
士道はそう言って歩き始める。だがそこで士織からチェックが。
『士道、女の子の歩幅に合わせる。男が先んじてズカズカ前を歩くなんて…中世の貴族じゃないんだから…女の子とのデートで恥ずかしいのは分かるけどこれじゃダメだよ』
「うっ」
ある意味、琴里よりも指摘が厳しいなと感じる。
だが代替え案やアドバイスも同時にくれるため彼としては不快な気持ちにはならない。
彼が振り返ると十香が少し後ろを歩いていた。
例え強大な力を持っているのだとしても、歩幅は士道の方が大きいわけで、そこに女性というものを感じてしまう。
(普通の女の子にしか見えねえ…じゃねえよな…)
隣を歩く相手は普通の女子高生にしか見えないし、はたから見たらデートをしているか仲良く登校しているようにしか見えないはずだ。
巨大な大剣で大地と空を切り裂く怪物はここにはいない。
「なんだこの人間の数は!?総力戦か!?」
街中に出た十香を驚かせたのはたくさんの人混みだった。
そして人々を憎々しげに睨み、両手に殺傷能力を携えた光の球を生み出す。
「違うって!誰もお前の命は狙ってねぇから」
士道は慌てて制止させる。こんなところで戦闘などされたら全てが水の泡だ。
「…本当か?」
「本当だ」
彼の言葉で何とか落ち着きを取り戻し、周りのくまなく警戒しながらも矛を収める。
「…ん?おい、シドー」
「なんだ?」
「この香りは?」
二人が歩いていると、十香は何かの匂いを察知したようで、まるで捜査犬の様に当たりの匂いを嗅ぎ始める。
「ああ、多分アレだ」
士道が指さしたのはパン屋。匂いの元はそこだった。
「ほほう」
彼女はじっと店の方へと視線を固定する。
『うわー…欲しそー…』
士織は呆れた様な口調に。どう見てもねだっている。
「入るか?」
「シドーが入りたいのなら入ってやらん事もない」
素直ではないリアクションだったが、どう見ても表情が明るい。
「入りたいな、ちょー入りたいな」
「そうか、なら仕方ないな!」
十香はうっきうきでパン屋に突撃して行った。
「精霊…」
そんな二人を監視する人影が一つ。
何故かしっとりと恋人である彼を尾行をしていた折紙。
塀の影に隠れながら彼女はパン屋に入っていく二人をじっと見つめていた。