五河士織は嘘をつかない   作:高町廻ル

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四月十日なので
アニメってどこまでやるのでしょうか、二十巻までかな


五河琴里は恐怖する

「それいらないならちょーだい?」

「ん…構わんよ。持っていきたまえ」

 

 休校になった琴里は令音を引き連れてパン屋が併設されているカフェに入り浸っていた。

 琴里は白いリボンに制服姿だった。

 士道が休校なのに普段通りに学校に行くフェイントに騙されてしまったのだ。

 そのまま帰るのも癪な為、こうして令音を呼びつけてラタトスクの経費で飲み食いしようとしている。

 それが士織にバレたらどんなお仕置きが待っているのか分かったものでは無いが、それは鬼の居ぬ間にというやつだ。

 

「…せっかくだから質問してもいいかい?」

 

 少しの間互いにケーキをついばみ、紅茶に舌鼓をしたところで令音が問いかける。

 

「…………」

 

 琴里は話しかけられてケーキから意識を外して少しの間悩んだ。そして周りに人がいないのを確認して少しだけトーンを下げて話始める。

 

「誰にも言わないならいいよー」

「約束しよう」

 

 令音もそれにつられていつも以上にトーンを下げて返す。

 村雨令音とは一度約束した事は絶対に守る女なのだ。

 

「実は私とおにーちゃんって血が繋がっていないっていう超ギャルゲー設定なの」

「…………ほう?」

 

 令音はそのカミングアウトに対して疑問符を浮かべる。

 二人は血が繋がっていない、それは五河士道が精霊との交渉役に選ばれた理由と直接的な関係はあるのかと疑問に感じたのだ。

 

「令音のそういう所好き」

 

 琴里は素直な気持ちを伝えた。

 これまで士道が養子である事を伝えた相手は皆一様に憐れむようなことを口にした。

 事実として親がいないというのは一般的には可哀想だと認識される事象ではある。

 

「…で続きだけど」

 

 話の本筋を彼女は戻す。

 

 士道は琴里がおぼろげにしか覚えていない頃、親に捨てられて五河家に引き取られる事になった。

 引き取られた当初は相当に傷ついて参っていた。それこそ、自殺を図るのではないかと思ってしまうくらいに。

 

「…………」

「どしたの?」

 

 令音が少しだけ深刻そうな表情を作ったのを琴里は心配した。確かに話した内容が面白い話ではないのは確かだ。

 

「…いや、続けてくれ」

 

 令音は先ほど僅かに見せた動揺を消して話の続きを促す。

 

 年齢一桁の子供からしたら母親の存在は絶対的なもので、それに裏切られるのは自分という存在を否定されるようなものだった。

 だがその状態も一年で治まった。少なくとも琴里は親からそう聞いている。

 

「…もしかして士織君はその時に?」

 

 令音は士道の抱える人格について質問をした。

 二重人格とは精神的な負荷によって発現するケースが多い。

 琴里は珍しいなと思う。確かに気になるかもしれないが、目の前の相手がそれを気にするかと。

 

「うーん…」

 

 彼女はその質問に対して答えづらそうだった。

 だがそれは内容がとても繊細だからではなく、よく分かっていないからだ。

 

「…どうしたのかね?」

「それがよく分かんないんだよねー」

 

 口調こそ軽い感じだが、ふざけたり、誤魔化そうとしている感じではない。

 

「…分からないとは?」

 

 令音はその意味を測りかねた。

 

「あたしの物心つく前からって言ったらそうなんだけど、士織おねーちゃんって心は女性だけど、おにーちゃんの体使っている間も特に女性ぶらないから、よっぽど勘が鋭くないとどっちが表に出てるか区別がつかないんだよね」

 

 当たり前だが人格が表に出たその日に挨拶を受けたわけでない。明確にその存在が生まれた日など判別しようもない。

 琴里は十年近く一緒に居るためか、雰囲気や小さな所作で判別する事は出来る。だが日が浅い人には分からないほどの差しかない。

 士道自身も勉強から家事などを士織にやらせる事もないし、士織もまた相手の人生に対して極端に干渉しようとしない。

 

「話が逸れちゃった。とにかくね、みんなから全否定されるような、自分はゼーったいに誰からも愛されないと思っているような。昔の自分のような鬱々とした人を見ると絡んでいっちゃうんだよね。あの精霊に勇んで向かい合ってくれるのはお兄ちゃんしかいないかもって」

 

 彼女はそこまで長々と話して紅茶で喉を潤した。

 令音は相手の語ったことを飲み込んだのち、一言。

 

「…私が聞きたいのはそういう心情的な理由ではないね」

「…………」

 

 その言葉に琴里は眉を動かした。

 生身で精霊と対峙する事ができるという条件に絞るなら、この世界には五河士道以外にも候補はいるはず。なんなら彼よりも口達者のトークスキルに長けている人の方が多いはずだ。

 答えは一つ、士道には低い対女性スキルを補うオリジナリティがある。

 

「っていうと?」

「…惚けもらっては困る。君が知らないとは思えない。彼は何者だね」

 

 令音は解析官という立場である以上、精霊に関する様々な事象に対して特注の顕現装置を使って調べる事を認められている。

 その対象は人間に対しても認められている。

 体温や脳波を計測してその相手の心理を読み取る事も。

 そしてその人の隠された能力や特性すらも。

 琴里はその事にたどり着いて薄く溜息を吐く。

 

「…まぁ令音にお兄ちゃんを預けた時点でこうなるのはだいたいわかってたけどねー」

「…悪いが調べさせてもらったよ。一般人を意味もなくこの作戦に従事させるわけにはいかないからね」

「まぁいつかは分かるからいいけどねー」

 

 二人がそうやって話しているとカランカランというドアベルの音と「いらっしゃいませー」という店員の声が響く。

 

「ん?」

 

 琴里は飲みながらふとそちらの方へと視線を向けた。

 

「ぶふうぅぅぅぅっ!」

 

 その光景につい口に含んでいたそれを吹き出してしまう。

 士道と十香のカップルが来店してきたのだ。

 幸いにも二人にはバレなかったが、吹き出したそれは令音に直撃してしまう。

 

「…………」

「ご、ごめん…」

 

 令音は特に何も言わずに取り出したハンカチで顔を拭く。

 彼女は特に怒った様子もなく相手に問いかける。

 

「…どうしたんだい?」

「いや、信じられない光景が…」

「…どれ?」

 

 彼女も振り返ってそれを見る。

すると後ろ姿でも分かるくらいに肩をビクッと震わせて驚いている。

 

「…なまらびっくり」

 

 振り向きなおした彼女が発したのは北海道の方言だった。彼女なりに動揺しているのかもしれない。

 それもそのはずで、あのチェリーが十香を引き連れて店にやってきたのだから。

 

「ええ、何これぇ…」

 

 琴里は携帯電話を開く。だがラタトスクから通信は一切なかった。

 

「…そっくりさんの可能性は?」

 

 令音はありそうな可能性を提示する。

 だが相手はその可能性を一瞬で否定する。

 

「それだとあのお兄ちゃんが普通の女の子を連れてる事になるぞー」

「…なるほど…」

 

 とてもひどい会話だった。

 

「…だがそれだとシンが心配だ、一人で精霊に対応できるだろうか」

「うーん、士織おねーちゃんはいるけど…」

 

 そう話しながら近くの席に座る二人の会話にこっそりと耳を傾ける。

 

「ほう、このこの本の中から食べたいものを選べばいいのだな?」

「ああ、そうだよ」

「きなこパンは?きなこパンは無いのか?」

「…や、流石に無いだろ。てか、最初のパン屋で食いまくってたじゃねぇか」

「一体なんなのだあの粉は…あの強烈な習慣性、あれを求めて戦が起きるぞ…」

「ねぇよ」

「まぁいい、新たな味を開拓するか」

「金が無いから三千円までな」

「なんだそれは?」

「やたらめったら買い食いするからお金が無いんだよ」

「世知辛いな、仕方ないそこで待ってろ」

「何をする気だ!」

 

 色気どころか食い気しかない会話に琴里は溜息を吐く。会話の内容的に士織が何もしていないのは見てわかった。

 仲が良くなっているのは間違いないのだが、求めるそれとはかなりの乖離がある。

 カバンから黒いリボンを取り出して着ける。それはいつもの妹然としたそれから、ラタトスクの司令官へと変身するための彼女なりのマインドリセット。

 携帯電話を取り出して通話を始める。

 

「ああ、私よ。緊急事態が発生したわ」

「…やる気かい?」

 

 令音はその態度から察した。

 どうやらこの緊急事態を好機へと変えるつもりなのだ。

 

「指示が出せない状況だもの、仕方ないわ」

「…そうか、ならこの状況だとルートCというところか。早めに店と交渉をしてくるよ」

「お願い」

 

 こうして士道のあずかり知らぬところで作戦は始まってしまう。

 

 

『いっぱい食べたねぇ…』

「まったく…」

 

 士道は伝票と自分の財布の中身を見比べながら溜息を吐いた。

 何とか払いきれなくはないが彼の財布はすっかりは体力を失ってしまう。

 

「ほらもう出るぞ」

「ん、もうか?」

 

 十香は目を丸くしてそう言った。

 これ以上ここにいたらいよいよ食い逃げか皿洗いしか選択肢が無くなってしまう。

 彼女は士道に連れられて歩く、先ほどよりも周囲に刺々しい視線を送らなくなる。だいぶ人のいる空間にも慣れたようだった。

 

「お会計お願いします」

 

 彼は紙幣を三枚レジに置いた。ふと目の前にいた店員の顔を見る。

 

「…はい、お預かりします」

「…ッ!?」

 

 彼の目にいるのは見覚えのある、目もとに隈を携えた女性だった。というか村雨令音だった。

 

『あ、令音さんだ』

 

 士織だけは呑気そうだった。

 彼は何故この状況に対して驚かないだと思う。

 

(何でそんなに余裕そうなんだよっ)

『琴里と令音さんお店いたよ?』

(な、なんだって…)

『お店に入った時にチラッと見えたから、多分たまたまブッキングしたんだろうね。下手にそれ言っちゃうと士道変に肩に力が入っちゃうでしょ?』

 

 自分会議によって無言になってしまった士道を不審に思ったのか十香は話しかける。

 

「ん?どうしたシドー、敵か!?」

 

 彼女は素早く構える。

 

「いや、違う違う」

 

 彼はどうにか表情筋を動かしてぎこちない笑顔を作り誤魔化そうと画策する。

 士織と話す時にできる空白時間をすぐに察するあたり、本当にカンが鋭い。

 

「ありがとうございます」

 

 おつりとレシートを受け取ったのは士織だった。

 士道は突然どうしたんだろうと思う。

 

「そう言えば…」

 

 彼女は令音の耳元に口を近づけてボソリと言った。

 

「…琴里に朝から勝手に買い食いした事、後で話があると伝えておいてください」

「…分かった」

 

 どうやら琴里にとっては作戦後の方が難題のようだった。

 士道は可哀想に…と憐れんで、この状況を少し離れたところからモニタリングしている琴里は、この後自分の身に降りかかるであろう恐怖で震えていた。

 

「ん?」

 

 彼はもう一人の自分が受け取ったレシートを見た。

そこには「サポートする。自然にデートを続けたまえ」と書かれていた。

 そして追加で何やらチラシを渡してくる。

 

「…こちら商店街の福引券となっております。よろしければご利用ください。よろしければご利用ください」

「…………」

『…………』

 

 よろしければではなく、使えと言外に告げていた。

 

「シドー、なんだそれは?」

 

 十香は彼が受け取った紙に興味津々だった。

 

「行ってみるか?」

「シドーは行きたいのか?」

「…おう、行きたくてたまんねえ」

「では行くか」

 

 十香が元気よく大股で店を出て行く。

 士道は令音に軽く頭を下げて退店した。

 

 

「…………」

 

 出て行く二人の背中を見届けて令音は軽く息を吐いた。

このような状況になる事を想定してラタトスクのスタッフは皆演技指導を受けている。とはいえ慣れないもので。

 

「…琴里?どうしたんだい?」

 

 彼女は静かな相棒を見て問いかけた。

 後ろのダグアウトでやり取りを見守っていた相手だが、何故か軽く震えている。

 いつもなら強気であろうとする司令官モードだというのに、その化けの皮が剥がれてしまっている。

 

「令音ぇ…私生きて帰れるかなぁ…?」

「…………」

 

 仮に精霊攻略が完遂できたとして、その後無事に家に帰れるかは分からなかった。

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