シャドウガーデンによる教団施設同時襲撃が終わってしばらく、人間とは慣れるもので街に大きな穴が空いても人々の営みは滞りなく動き出していた。
魔剣士学園も例に漏れず、表上は何事もなかったように登校再開。もちろん外出禁止も解かれ、放課後に街へ下りていく学生の姿がチラホラと見える。そして、彼ら彼女らの行き先のほとんどはミツゴシ商会。
そう、ガンマが経営している百貨店モドキのことである。
かく言う私も目指す先はミツゴシ商会。ただし目的はガンマに会うことだ。
「さてどうやって会うか」
従業員の一部はシャドウガーデンの構成員だろうが、生憎と私は七陰以外との交流は少ないので見知った顔がいない。せめてナンバーズでもいればと思うのだが。
「お客様、失礼ですが少々お時間いただけますか?」
・・・なるほど、早いな。
ミツゴシ商会屋上に、作られた庭園。その中心の建造物。豪奢な赤の道に、先には同じく豪奢な椅子。王座と言っても差し支えないだろう。
そして、王座の傍に仕えるように佇む1人の美女。
「久しいな、ガンマ」
「お久しぶりです。先日はお疲れ様でした」
「たかだか雑魚の相手だ。しかも途中でシャドウがかっさらって行ったしな。疲れるも何もない」
どういう理屈か、ガンマは私の来客を察知し使いを向かわせたようだった。
「さて、ここに来た理由は分かるな?」
「我々シャドウガーデンを騙る愚者のことですね」
「その通りだ」
近頃王国を騒がせる人斬り。奴らは自らをシャドウガーデンと言いふらしている。
許すわけにはいかない。仮にも私の所属する組織。何より彼女達が作り上げた組織だ。穢すことなど、断じて許しはしない。
「教団の手のものか」
「間違いないかと。しかし、それ以上の情報は得られていません」
「構わない。・・・根絶やしにする。それは変わらん」
おっと、力みすぎて魔力が漏れたな。
おい目を輝かせるなガンマ。私は奴のようにかっこいいパフォーマンスはしないぞ。これはついうっかりだ。ついうっかりで尊敬の眼差しをされると本当に恥ずかしいんだ。
と、口に出せたらどれだけ楽だったかな。
「シャドウはどうした?」
「先程いらっしゃいました」
「なんと言っていた」
「心当たりがある、こちらでも探ってみる、と」
的はずれな心当たりだろうな。だが奴のことだ。何かしら成果を挙げてくるだろう。
「ところで、門限はどうなさいましたか?」
「王女様の友人だとなかなか顔がきくんだ。それに、普段が真面目なだけに信頼もある」
「あら、悪い信頼の使い方ですね」
「こうでもしないと満足に調べものもできんのでな」
それに、人斬りは夜に出ると聞く。もしかしたら私を狙って現れるかもしれない。
「そろそろ帰らなければな」
「またのお越しをお待ちしておりますね」
さて、寮母に許可は取ってあるからもう少しゆっくりしてもいいな。人斬り目的に歩き回ってもいいが、どうするか。
・・・剣戟の音。シャドウめ、手の早い奴だ。
現場はそう遠くはない、行くべきか。奴は基本皆殺しだ。攫って拷問なんて真似はしない。情報がない以上、人斬りの木っ端から搾り取るしかないのだが。
ん?
「珍しい、あいつが生かすとは」
「!?」
教団の下っ端と思われる者を抱える女。スライムボディスーツを着ているからシャドウガーデンの一員だろう。
「アンジェ様、ですか・・・?」
「そうだ」
「お会い、したかったです、ずっと・・・!」
感無量と言った様子で泣き出す女。何故だ、まさか組織内でそんな神聖視されているというわけでもあるまい。
「積もる話はありますが」
私にはない。
「急を要する事態ですので、失礼致します」
「ああ、頑張れよ」
綺麗な笑みを残して、女は去っていった。
・・・誰だったんだ一体。
翌朝、私はアレクシアの見舞いに来ていた。どうやら件の人斬りに襲われたようだ。なんとも不運な王女である。腕を斬られたらしく、しばらくは剣を振れないと言っていた。
奴らを殲滅する理由が増えた。私から楽しみを奪ったことを後悔させてやる。
「今、コーヒーを入れるわ」
「コーヒー、ですか?」
「ミツゴシで売り出してる飲み物よ」
すごいなガンマ。あのシャドウの雑な説明でコーヒーを作り上げるとは。そういえば、最近学園内でチョコレートなる菓子の名を聞くことが多くなったが、なるほどあれもガンマか。
頭か、やはり頭の出来か。
「砂糖やミルクもあるけど」
「いえ、まずはそのままで」
目の前に置かれた黒い飲み物。香りはそのままコーヒーだ。詳しくは知らないが、多分上等な豆を使っている。
一口、舌で転がす。なるほど、コーヒーだ。
「美味しい」
「ブラックがいける口だったのね」
まさかこの世界でコーヒーが飲めるとは。少し感激だ。
私はブラックコーヒーが好きだ。理由は単純。かっこいいからだ。かっこいい女性にはシンプルで洒落たカップにコーヒーと相場が決まっている。
私もコーヒーを買っておこうか。ルナとしてではなくアンジェとして飲みたい。
「それで、人斬りのこと、だったかしら」
「はい。彼らはシャドウガーデンと名乗っていたそうですが」
「ええ。でも奴らはシャドウガーデンとは違うわ。何せシャドウ自ら殺しに来ていたもの」
「シャドウ・・・。シャドウガーデンの盟主」
これでアレクシアとは2度の邂逅を果たしているわけだ。もう少し潜んだらどうだシャドウ。最近影から飛び出しすぎだろう。
「おそらくあの人斬りは、シャドウガーデンを貶めようとする何者かの細工」
「その何者かは、もしかして」
「教団でしょうね、根拠はないけれども」
ここまでは、裏側の状況を多少知っている彼女なら辿り着ける。それ以上はおそらく不可能だろうが。
「・・・一つ、手掛かりを確保しているわ」
「それは私が知っていいことですか?」
「知っておいてほしいの、私が」
コーヒーカップを置き、アレクシアが私の目を見つめる。場の緊張感が増した。
「それは、なぜ?」
「貴女なら、なにかできるかもしれないから」
これは、勘づかれている?私とアンジェが、彼女の中で繋がっているのか?
「ご信頼に背くかもしれません」
「飽くまでかもしれない、よ。そこまで気負う必要はないわ」
彼女が背もたれにだらりと倒れたのを契機に、緊張感は解れていった。
「それで、手掛かりとは・・・?」
「教団のものと見られる施設の跡から、アーティファクトが見つかったの」
「アーティファクト・・・」
「今はそのアーティファクトの調査をお願いしているところ」
「ミドガルでできることなんですか?」
「ええ、なんせあのシェリー・バーネットがいるもの」
「なるほど」
シェリー・バーネット。ミドガル魔剣士学園の学術部に在籍する一学生にしてアーティファクト研究の第一人者。国内最高の頭脳と謳われる正しく天才だ。副学園長、ルスラン・バーネットの養子だったか。
そのアーティファクトが教団のものともなれば、いずれ狙われる可能性もある。シャドウガーデンからも護衛を派遣しようか。
そこまで考えて、彼女との話が途切れる。何かを言いたげではあるが、それ以上は機密事項。本当はアーティファクトのことも隠さなければいけないのだろうが、ともあれこれ以上事件について聞くのは不可能だろう。
「そういえば、貴女は剣術大会には出るの?」
話が切り替わった。
「ええ、出場しようかと」
学園内で行われる剣術大会。出場できるのはもちろん生徒のみ。これに優勝すれば、本戦に残るだけで実力者として箔が付く世界最大規模の大会、ブシン祭への推薦枠が得られる。
ブシン祭か。ルナのままで、というのが少々気に入らないが、強者が集まるというのは魅力的だ。特にアイリス・ミドガルとクレア・カゲノー。一度戦ってみたい。他は、まあそのときになったら目を付けるか。
「もしかしたら優勝できるかもね」
「生徒会長やクレア先輩に勝てるとは思えませんが」
「貴女なら有り得るかもしれないわよ」
「ぜ、全力は尽くすつもりです・・・」
クレア・カゲノー。シドの姉。生徒会長も確かに強いが、クレアのあれは規格外だ。魔力の使い方も、シドとの模擬戦で学びつつある。
一筋縄ではいかない相手だ。
おっと、さすがに帰ろうか。定期報告の時間が近い。
「ごめんなさい、長居してしまいました」
「あ・・・」
「どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもないわ」
「そう、ですか。では、私はこれで。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
剣術大会。戦いだ。タイマンだ。力と力のぶつかり合い、強さ比べ。私の大好きな戦闘が合法的にできる。
尤も期待はしない。相手は所詮学生。しかも大半が魔力を最大限ぶっぱなして斬るという脳筋思考だ。楽しめるとは思ってない。
「つまらない、といった様子ですね」
観客席に座って試合を眺めていると、隣から声が掛かる。見るとそこには、制服に身を包んだいつかの女がいた。
「報告に参りました」
彼女、ニューは新入りのナンバーズだ。アレクシアの見舞いに行った日の夜に、七陰に代わって定期報告に来た際に自己紹介された。彼女の実力は確かで、拷問の腕は超一流。
で、なんでこんなに慕われているのか聞いてみたところ、どうやら私が助けた悪魔憑きだったらしい。
にしたってそんなになるかと思ったが、聞くことはしなかった。
「シャドウ様がシェリー・バーネットと接触しました」
「そうか」
絶対何も考えずに接触したなあいつ。
「シェリーの周りで不可解なことはあったか?」
「いえ、何も」
まだ動かんか教団。人斬りの件も気になる。何かしらの細工の最中か。時を待っているのか。或いはその両方か。
シェリーは研究を始めてから学園外へは出ていない。襲うなら学園内に忍び込んだ教団の者だろうが、護衛で固められている彼女の部屋に到達するのは難しいだろう。
暗殺は不可能。強盗もまた不可能。とするのなら奴らが狙っているのは一つ。
「・・・学園の襲撃、か?」
「魔剣士学園の襲撃、いくら教団でもそう強引な手段を選ぶでしょうか」
「奴らの保有しているアーティファクトが、回収されたものだけとは思えない。何かしら襲撃に適したアーティファクトを持っているはずだ」
「社会的な目はどう誤魔化すと?」
「カバーストーリーだ。人斬り共にわざわざシャドウガーデンを騙らせたのは全ての罪を我々に擦り付けるため。それ以外に理由が思い付かない」
「なるほど」
しかし、飽くまでこれは推測に過ぎない。確証がないから人員を動かすのは気が引ける。
「ガンマに聞いてみてくれ」
「承知しました」
ガンマ仕込みだろう丁寧な一礼を披露して、ニューは立ち去った。しかしすごい変装技術だ。違和感がなく学生として溶け込んでいる。
後で教えてもらおうかな。いや、まどろっこしいからいいか。私は突っ込んで破壊するほうが性に合っている。
本当なら頭を使うのはシャドウの役目なんだがな。考えるの疲れるから嫌なんだ。さっさと暴れて発散したい。だからさっさと来い教団。
・・・いや、まずは目先の戦闘か。
3回戦、クレア・カゲノー。
せいぜい楽しませろよ。
頭脳派(にならざるを得なかった)アンジェちゃん。