「以上が、今回の一件の報告よ。細かいことは、提出した資料にまとめてあるわ」
「ご苦労様、皆無事で何よりだ」
受け取った資料には、きちんとスカジの文字で、行動記録等が記されている。スカジが資料を提出するのはこれで4回目、さすがになれたのか、きちんと内容が整っている。ドクターはスカジの確かな成長を喜んでいた。
と言うのも、スカジの第一回目の報告書は、紙一枚に、「完了」備考欄に「特に問題なし」と書かれたものであり、中継したオペレーターが頭を抱えてしまうものだった。その後「ドクターになんて言おう」とそのオペレーターが零すと、手のひらを返したようにスカジはもう一枚紙を追加して、中身を増やした報告書を持ってきた。しかしそれも、報告書と言うより感想文のようになっており、ドクターが直々にスカジへ報告書の書き方をレクチャーするに至った。それと比べれば、この報告書は大層立派なものに仕上がっていた。
「PRTS、三人の証言と、スカジの報告書をスキャンして、アーカイブに保存しておいてくれ、後で回想を行う」
「了解しました、ドクター」
機械的な音声でPRTSから返事が返る。それを見て、グレイディーアが口を開く。
「それでは、私はこれで失礼します。一度イベリアに戻り、海岸線の監視と町の様子を確認しないといけませんから」
「あら、もう行っちゃうの?」
スペクター、本名ローレンティーナが、部屋を去ろうとするグレイディーアに声をかける。
「ええ、現地でウルピアヌスを待たせているし、私のロドスでの立ち位置は、『エーギル部門責任者』ですから」
「残念、連れないのね」
スペクターは大げさにため息をつく。
「それではドクター、私も、アイリーニさんを案内するので、ここで失礼しますね」
ドクターの横で報告を聞いていたアーミヤは、アビサルハンター達と共にロドスへやって来た元審問官、アイリーニの横へ移動する。
「分かった、よろしく頼むよ、アーミヤ。アイリーニも、ロドスと裁判所の協定については、後日話そう」
「分かりました。それでは、失礼します」
「皆行っちゃうなら、私も部屋に戻ろうかしら」
「そうね。私も、戻ることにするわ」
そうして一同が部屋から出ようとした時、PRTSがピピッと電子音を鳴らした。
「お待ちください」
その場にいた一同がPRTSの声に足を止める。
「現在の情報で、在りえたかもしれない、今後の行動次第ではありえる、危険な世界線が計測できました。アビサルハンターの皆様は特に、『イシャームラ』に関わる事項のため、聞くことを強く推奨します」
『イシャームラ』その言葉に、一同が凍り付く。しかし、グレイディーアはゆっくりと瞬きをし、扉を開ける。
「その世界線は、既に理解しています。最悪の世界線を回避するために私は動きますわ」
そしてそのまま、部屋を後にした。
「私も、そうゆうのは興味ないわね。失礼するわ」
続いてスペクターも。
「えっと、私はアビサルハンターではありませんので、失礼します」
「でしたら私も」
さらにはアーミヤとアイリーニも。
その状況に、PRTSは不満気な音を鳴らす。
「私のデータは信用成りませんでしょうか、ドクター」
ドクターは「ははっ……」と苦笑いし、それを否定する。
「そんなことは無いよ。いつも頼りにしているさ。それにほら、スカジは残ってくれているだろ」
ドクターの視界の先には、帽子を外し、ソファーに腰掛けるスカジの姿が合った。ドクターの視線に気づくと、スカジは目線を下に逸らす。
「イシャームラ、その名前は聞きたくないけど、きっと私が一番関係していることなのでしょうから、話を聞くわ」
「そうか、ありがとう、スカジ」
純粋なドクターからの感謝に、スカジは帽子を深く被り直す。
「別に、あなたのために聞く訳じゃないわ」
そんな二人の空間に、もう一人の参加者が現れる。
部屋の扉が開くと、マグカップを持ったケルシーの姿があった。
「PRTSに、ドクターの部屋に来るように言われたから来てみたが……」
冷たい目でドクターとスカジを交互に見る。
「邪魔だったか?」
「そんなことは無いよ、PRTSの予測世界線を聞くって話さ」
ドクターの言葉に、ケルシーは数秒沈黙し「分かった」とだけ言って、スカジと向かい合うようにソファーへ腰を下ろした。
「それじゃあ、聞かせて貰っていいかな」
「了解。シミュレーションを開始します」
♦
一方、ドクターの執務室を出たアイリーニとアーミヤは……。
「スカジって、ドクターと普段話すときもあんな感じなんですか? ええと……必要最低限しか喋らないというか……」
「いえ、そんなことはありませんよ」
アイリーニは、報告を行う淡々とした口調のスカジを見て、そのような疑問をアーミヤへぶつけた。しかし、アーミヤは知っている。スカジが実は、とても繊細な人物だと言うことを。
「あれはきっと、周りに人が多かったからであって、ドクターと話している時のスカジさんはとてもお喋りな方ですよ。少し冗談を言ってみたり、詩的な表現を使ってみたり」
「いや待ってください、本当に同じエーギル人の話をしていますか?」
アイリーニは驚きを隠せない。アビサルハンターとしてのスカジとしか話したことのないアイリーニにとって、アーミヤの言う一人の女性としてのスカジの姿を見たことがなかった。バケモノじみた力で大剣を振るい、恐魚たちを吹き飛ばしていくスカジの姿しか、見たことがなかったのだ。
「最初は『私からは少なくとも2メートル以上離れることね。勿論話しかけてくるのもなし……』なんて言って、距離を取ろうとしていましたけど、それが回りに災難を振りまかないためだと分かるや否や、ドクターが猛アピールをかけたんです。そしたら、ロドスの中でも、いつの間にか取っても親しみやすい人に代わっていました」
「ドクターが猛アピール」の所をやけに強く強調して話すアーミヤに、その心中を若干悟ったアイリーニは、続く形で質問を投げた。
「えっと、アーミヤさんは、ドクターのことがお好きなのでしょうか?」
「ふええぇ!? い、いえ好きだなんてそんな! 尊敬はしていますし、頼りにはしていますけど、好きだなんて……」
耳を右左にフルフルしながら顔を赤面させるアーミヤを見て、アイリーニは首を捻る。
「あれ、でも確かケルシー先生もかなりドクターと仲が良さそうでしたけど……」
その言葉に、アーミヤの耳はピタリと動きを止める。
「ケルシー先生が、何か言っていたんですか?」
「私がロドスに入る際、ケルシー先生からドクターに付いての情報をかなり教わりました。その口ぶりからは、かなり信頼していることが見て取れました。それこそ、まるで番いのよう――」
「ドクターとケルシー先生はそんな関係ではありませんよ」
アーミヤが笑顔でそう言い切る。
「そ、そうですか。それは失礼しました……」
アイリーニは本能的に、この話題はNGだなと自身の頭に刻んだ。それとは別に、スカジがドクターを気にかけている理由には興味があった。自身の知っているスカジから、どうやって話に聞くスカジになったのか、そこまでドクターという人物は、スカジが惹かれる何かがあったのだろうか? と。
これからの付き合いで、ドクターが如何に優れているのか見せてもらおうと、アイリーニは心に決めたのであった。