《これからどうなるかな?》
「ただいま~ドクター」
「お帰り、ミヅキ。お疲れ様」
あれから数日後、ロドスへと一人のオペレーターが帰還した。アロハシャツのような、南国風の衣装をまとう少年、ミヅキだ。
「ほんと、疲れたよ~。全部僕一人で片付けて来たんだよ? ハイモアの受け入れだって、アビサルハンターの人に説明するの大変だったんだから」
「ははは、そうか。報告書はまとめて来てくれたか?」
「うん。はいこれ」
ミヅキは数枚からなる報告書を手渡す。その内容にざっと目を通すと、ドクターは頷いた。
「うん、いつも通り、大丈夫そうだね。口頭で何か伝えたいことはあるかな?」
ミヅキの報告書はいつも完璧だ。その紙を読めば、直接口頭で聞かなくとも、任務の中身を完璧に知ることができる。そのためドクターは、ミヅキが自ら話したいことがあると言わない限り、口頭での報告を求めることはなかった。
「う~ん、特にないかな。ハイモアのことも書いたし、おじいちゃんのことも一応書いたし……」
少し考えて、何か思い出したように、ミヅキは口を開いた。
「報告じゃないんだけどさ、少しお喋りに付き合ってよ」
ミヅキの表情から、「お喋り」という言葉とは裏腹に、重要なものだと感じたドクターは、今週の秘書を務めて貰っているアーミヤに、お茶とジュースを持ってくるようメールでお願いした。
数分後、お盆に炭酸ジュースの瓶とコップ、紅茶の入ったティーポッドとカップ二つを乗せたアーミヤが部屋に入って来た。
「お疲れ様です、ミヅキさん。炭酸でよかったですよね?」
「うん、ありがとうアーミヤ」
アーミヤに差し出された炭酸の瓶を意気揚々とミヅキは受け取る。
ドクターもミヅキの座るソファーへと移動し、その隣にアーミヤがちょこんと座る。
「それで、何が話したいんだい?」
「うん、ハイモアがいる海底に向かうまで、結構深く海の洞窟に潜ったんだけどさ、そこで変なものを見つけたんだよね」
そう言って懐から取り出したのは、「あの」メモだった。
「これは……」
ドクターが言葉に詰まる。
「どうしたんですか、ドクター?」
アーミヤが不思議そうドクターの顔を覗き込む。アーミヤは、PRTSの話を聞いていなかったため、知らなかった。
「深海司教のメモ、私の推測に登場したアイテムです。これにより、私の推測した世界線が補完され、より精度の高い物へと昇華しました」
「推測できてたなら、中身の説明はいらないかな。アーミヤのために簡単に言うと、これはスカジたちをシーボーンに変えて、大地を滅ぼす計画が書いてあるんだ」
「え……はい?」
さらっと言われたその言葉を、アーミヤは理解できていなかった。さらっと、世界を亡ぼすための計画と言われても、反応に困るだろう。
「まあ、この計画自体は失敗に終わったから、別にそんなに気にしなくてもいいよ」
ミヅキがケラケラと笑いながら言う。アーミヤはドクターの方を見るが、ドクターも「とりあえず今は大丈夫」としか言わない。少し戸惑いながらも、アーミヤはドクターの言葉を信じることにした。
「それで、これの何が気になったんだ?」
ドクターの問に、ミヅキは答える。
「スカジがもしイシャームラになった時、ロドスはどうゆう対応を取るつもりなの?」
ドクターの表情が少し曇る。そんな問いには答えたくないと、表情がそう物語っていた。しかし、言わない訳にはいかなかった。ロドスの責任者として、それに答える義務が、ドクターにはあった。
「オペレータースカジに、身体及び精神状態に何らかの異常が見られ、ロドスでの対応が困難と思われた場合、ロドス本艦から追放する手立てになっている。また、最悪の場合、イシャームラへと変化する前に、殺害することも視野に入れている」
「これは、スカジさんが自ら提案したことも含まれていて、これを理解したうえで、ロドスはスカジさんと、オペレーター契約を結んでいます」
二人の言葉に、ミヅキは少し不服そうな表情を浮かべる。
「ふ~ん、僕は頼ってくれないんだね?」
「それは、どうゆうことだ?」
ミヅキはジュースの瓶を触手で遊びながら、続ける。
「僕はシーボンだよ? こうして人の形を保ってはいるけど、けして人間ではない。だからさ、正直人類がどうなろうと、僕はあんまり興味ないんだ」
ミヅキの言葉に、アーミヤは苦笑する。
「我々は、そうゆう訳にはいきませんから。テラに住む人々の希望となり、助ける存在がロドスですから」
「だからこそだよ」
ミヅキは目を細めて二人を見つめる。
「イシャームラは、そんな甘い相手じゃないよ? 存在そのものが神に等しいイシャームラ、そしてその血を持つスカジ。たかだか一製薬会社の戦力で、殺すことなんてできると思う?」
二人は押し黙ってしまう。ミヅキの言っていることは、ドクターも理解していた。
「僕は、人類には興味ないけど、ドクターには興味があるんだ。僕に居場所を与えてくれて、僕の行く先を示してくれるドクター、君のことは、大切に思ってるんだ」
するりと触手がドクターの顔を撫でる。
「だからさ、もしスカジ、いや、イシャームラで困ったことがあったら、僕にやらせてよ。僕が大切に思う君が、大切にするこの大地を、僕に守らせてよ」
ミヅキは妖艶に笑う。人ならざるものの笑みは、ドクターを魅了した。異変に気付いたのか、アーミヤがドクターの身体を揺する。
「ドクター? 大丈夫ですか?」
「あ、ああすまない」
「ふふ~ん。さてはドクター、僕の出したフェロモンに魅了されてたな」
いたずらな笑みを浮かべ、ミヅキは席を立った。
「ドクターは、どうして僕たちシーボーンのフェロモンを敏感に感じられるんだろうね? まあそんなだから、イシャームラにもスカジにも好かれるのかもしれないけど」
「流石に海神に好かれるのは、嬉しくないな……」
ミヅキはそのまま部屋の扉へと向かう。
「これから先、「海」がどうなって行くのかは、僕にも分からない。もしかしたら平和にいつの間にか解決するかもしれないし、『大いなる静謐』が、ふたたび訪れるかもしれない」
くるりと振り返り、ミヅキはさわやかな笑顔をドクターへ向けた。
「でも大丈夫。僕はドクターの、ロドスの味方だよ。バイバーイ、ドクター。また遊びに来るね~」
それだけ言って、ミヅキは部屋から出て行った。
残された二人は、あっけにとられた状態で、ポカーンと座っている。
「ミヅキさんって、本当に不思議な方ですよね」
「そうだね、つかみどころがないと言うか、ふわふわしてるよね」
我に返ったアーミヤは、机に出していた飲み物たちをお盆に乗せる。
「まあ一先ず、今後も「海」周りのことは注意して進めていこう、何かが起きてからじゃ遅いからね」
「分かりました、ドクター」
こうして、二人はまた執務に戻って行く。いつもの光景が、ロドスには広がっている。海に飲まれなかったこの世界。これから先、どのように変化していくのだろうか? それは、誰にも分らない。