濁る世界を「アレ」と見つめる   作:古魚

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《ドクターの手記》

《一か月後》

 

 災厄が降臨した。イベリアを滅ぼした厄災『大いなる静謐』が。もう二度と、この厄災が去ることは無いだろう。

 災厄が降臨してから、ものの数日でイベリアの艦隊は一隻残らず壊滅し、海岸の町は瞬く間に飲み込まれた。恐魚たちは、イシャームラの下、陸地へと勢力圏を拡大したのだ。

 

 エーギルからの連絡が途絶える頃、各国の軍隊は連鎖的に瓦解していき、カジミエージュ大騎士団とリターニア法律守護団の連合陣形ですら、一日と保つことが出来なかった。

 辛うじて皇帝の利刃が「国土」の能力を駆使し、人類のための防波堤を築いたものの、それは単なる時間稼ぎにしかならなかった。1ヵ月もすれば「国土」に恐魚は順応し、中へ中へと浸透してきた。孤立した各国は、軍隊が団結し、国が総力を挙げ、人類最後の砦を築こうとしている。クルビアの先端技術とサーミの古代のアーツを用いて抵抗を試みる者達もいる。

 

 そんな中、ケルシーは巨獣たちに頭を下げて力を借り、大きな城塞都市を築き上げた。私が、イベリアから帰還できたことに、彼女は驚きを隠せていなかった。彼女は、私が帰還したと言う奇跡、人類を守らなければならないという責任に押され、この都市を創ったと私に語った。

 

 ロドスのオペレーターたちが防備を固め、アーミヤが都市内で起こるであろう問題を解決するための準備を進めている。しかし、これほどまでに大きな都市でも、大陸にいる全人類を収容することは出来ない。都市がいっぱいになれば、門を閉ざさなければならない。そんなことは、全員が知っている。そして、その責任を負うのは、ロドスCEOであるアーミヤの仕事だ。あのか細い体に人類最後となりえる都市の責任を背負わせるのは、酷という他ない酷い仕打ちではあると思う。だが、彼女がそれを望んだのだ。自らがすべてを背負い、向き合う覚悟があると。私とケルシーは、涙を流しながらも強い意志が宿った瞳に、ただ頷いて答えることしかできなかった。一度失敗してしまった私は、彼女の行いにとやかく言える資格はないのだ。この現状を導いてしまった私には。

 

 今後のことについて、都市の防壁の上で話し合っていた私たちは、雨に降られることになった。あまりに突然の雨に、私はまるで、大地が泣いているかのような感覚に陥った。雨に声をかき消されたケルシーは、私へ手招きして、防壁の中へと戻って行く。その背を追って行こうとした私は、背後から視線を感じ、耳元で囁かれるような歌声を聞いた。その声で、私は理解した。この雨は、大地が泣いているのではない。海が笑っているのだ。

 

 海神イシャームラはここを目指している。ここが海になるのも、そう遠くないだろう。

 

  ♦

 

《二か月》

 

 残っていた都市との通信も途絶え始めた。ウルサスはもはや瓦解し、龍門もすでに水浸しとなった。ケルシーの築いたこの都市の周りも、恐魚の攻撃が増していった。だと言うのに、都市内の治安は良好とは言い難い。来るこの都市が落ちるその日を嘆いて、感染者と隣り合わせで過ごすことを憂いて、住民たちの精神は荒んでいく。アーミヤは毎日のように業務に追われ、寝る時間も削り、調整に当たっている。ケルシーも、この都市の防衛強化、恐魚への対策を練り続けている。

 

 アーミヤは毎夜毎夜涙を流し、一人謝罪の言葉を口にし続けている。何かできることは無いかと問うと、アーミヤは必ず言う。「ドクターに、これ以上の仕事を押し付ける訳にはいきませんから」と。長い耳をへにゃりと曲げながら、アーミヤはそういつも笑うのだ。私はただ、その頭を撫で、感謝の言葉を告げることしかできなかった。

 

 私の仕事は、都市の防衛戦の指揮を取り、オペレーターの調子を整えることだ。この程度、二人の労働に比べたら楽なものだろう。だと言うのに、私はこの一ヵ月、二つの防衛線を突破させる失態を犯した。連日行われる終わりの見えない戦闘に、オペレーターの疲労は限界を迎えつつあり、私の指示を実行できなくなる者も多かった。私は、その見立てが甘かった、私が思っていた以上に、オペレーターの精神的苦痛は大きなものだった。

 

 私は、オペレーターたちが戦う背中を見つめながら、ふと考えてしまった。彼女なら、きっと「ダーっと行って、ドンッと倒して、パパッと片付ける。なるほどね、分かったわ」そんな風に言って、戦線を持ち上げるのだろう。

 大剣を振りかざし、尋常ではない力で敵を薙ぎ倒していく姿が用意に想像できる。無くなってから気づく大切なものなどと言うが、無くなる前から大切だと思っていた彼女の重要性は、一体どれほどのものなのか、私は思い知らされていた。

 

 ブレイズが私に言った「ドクター、波、収まったみたいだよ」その声は荒い呼吸と共に私の耳に届き、疲弊具合を伺わせる。私は、撤退の指示を出すと、戦いを繰り広げていたオペレーターたちは武器を下ろし、よたよたと下がり始める。私も戻ろうと思った時、また耳元で歌声が聞こえた、一ヵ月前よりもはっきりと。今度は、歌声だけでは無かった「ドクター、そこにいるの?」私を呼んでいる。私のよく知る彼女の声で、「アレ」は私を呼んでいる。

 

 また、歌声が私の頭を揺らす。気を抜けば取り込まれてしまうような、そんな甘い声が、私の頭の中を支配する。

 

……「アレ」が、来る。

 

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