濁る世界を「アレ」と見つめる   作:古魚

8 / 11
《「海」事件から一年後》

《アーミヤの手記》

 

 時の流れは、人々から海への恐怖を消し去ってしまいました。

 シーボーンが去るにつれ、エーギルは再び傲慢で排他的になっていき、陸の国々も疑惑と対立の中へと戻って行った。この大地に存在する脅威はシーボーンだけではなく、人々はこれまで同様源石や天災、そしてそのほか多くの道の苦難に立ち向かわなければいけません。

 

 ロドスはというと、相変わらず大地の上を駆け回っては、鉱石病抑制用の薬剤を開発するかたわら、人類の共存共栄の可能性を模索し続けています。

 ロドスの責任者として、ドクターの肩にのしかかる負担は並大抵のものではないでしょう。

 

 それでも、毎年とある日がくると、ドクターは車に乗ってロドスを離れ、Tulipさんの護送の下でイベリア国内へと向かいます。翌朝太陽が昇って来た頃に帰ってくると、また息つく間もない仕事の日々へと身を投じます。帰って来たドクターは、何事もなかったように仕事へと戻るのです。

 

 ある人たちから見れば、ドクターはただ貴重な時間を浪費しているにすぎないのかもしれません。本来なら、その一日を使っていつもにように外勤オペレーターを率いて難題を解決することも、各地の事務所に力を貸して、複雑な問題を処理することもできたはずなのかもしれません。

 

 でも、ドクターの中では、この行動にはある種の儀式性があり、メンタル面の調整のためには必要なことなんです。

 

 一年前、全てを終えてロドスへと帰って来たドクターは、酷く疲れて、悲しんでいました。それだと言うのに、いつもより仕事をこなし、夜寝ている所を見なくなるほど、働き続けていました。

 見かねた私は、ドクターに休むように言いましたが、受け入れてもらえず。せめて心理的負担を支えてあげたいと、ドクターの心の傷や恐怖心を吸収しようとしましたが、拒まれてしまいました。

 

「これは、自分で背負わなければならないことなんだ。心配してくれてありがとう、でも、大丈夫だ」

 

 ドクターのそんな言葉に、私は自身の無力さを嘆きました。涙も流れました。私には、ドクターを助けてあげられるだけの力も知恵もないのだと。

 ただ、そんな私の姿を見てなのか、その翌日、ドクターはようやく休息を取ってくれました。

 

 多くの人は、ドクターのことを全知全能の「神様」だとか、あるいは機械と肩を並べるような超人だと思っていますが、それは間違いです。ドクターも、結局はただの人間。普通ではないかもしれませんが、人であることに変わりはないのです。

 

 ゆえに、誰にも打ち明けられない多くの悩みや悲しみを抱えています。

 

 この大地は、そうした感情を受け入れることはできませんが、海になら、きっとそれができるのでしょう。何を打ち明けたところで、海は答えてくれる。

 

 だからドクターは、海へ向かう。

 

 私にできることは、ドクターが居ないことに不満を漏らす方々を説得し、その行動への文句を言わせないこと。ドクターがいなくとも、きちんとロドスを動かすこと。

 

 そして、帰って来たドクターに、笑顔で「おかえり」を言うこと。

 

 

 

《ドクターの手記》

 

 夜の帳が降りて来ると、海に紺碧の光が点々と浮かび上がる。

 私が波を踏みしめそこを歩いていくと、砂浜にはきらきらと光る足跡が残った。

 

 ぱしゃっ、ぱしゃっ……。

 

 海はいつからこんなにも温かくなったのだろう? 言葉にするのがはばかられるそんな問いを、私は心中に抱えていた。

 潮汐を沈めたのはたった一人のオペレーターであり……彼は、二度と帰っては来なかった。

 

 唯一残された形見は、こうして年に一度やってくる、紺碧の光を伴う潮流だけだ。だからこそ、私は毎年ここへ足を運んでいる。

 ただ何をするわけでもなく、海岸線を眺め、手で海に触れ、浜辺を歩き、一人瞑想して、悩みを、悲しみを打ち明ける。

 

 人間の思いがこもったその言葉と、絶え間なく響く自然の音……それらはいずれも意義がある。行きては帰り、問うては答え……。

 

「鉱石病の研究は、相変わらず難航している」「新たな薬品が完成した」「ケルシーに怒られた」「行動予備隊の子たちが成長した」「陸の上で、恐魚たちは見ていない」

 

 一年間何が起きて、どうなったのかを海へと伝える。

 

 そうした行動を通じて、心の底に、わずかばかりの慰めが生まれるものだ。

 それで、私の心に開いた穴が塞がることは無いが、その慰めを求めて、私はこうした行為に多くの時間を費やす。

 

 私の声は、ミヅキにも聞こえているだろうか? いや、ミヅキならきっと聞いてくれているだろう。私は固くそう信じ、そう望んでいた。

 

 そうして、私が砂浜を横切った時、波がそのくるぶしを浸した。

 海水は私の靴にそっと引っかかる。かと思えば次の潮と共に引いていく。濡れた靴に浮かび上がった紺碧の光は、きらきらと輝いていた。

 

 なんだ、やっぱりそこにいるんじゃないか、ミヅキ。

 

 

 

《ミヅキの思考の欠片、僕はまだここにいるよ》

 

 意識が浮かび上がるのを感じる。どれくらい時間が経ったのかな。僕は海面へと泳ぐように昇って行く。月明かりが眩しい。深海にいる僕には、月の光だって強すぎる。

 

 しばらくその光と格闘しているうちに目が慣れ、視界には浜辺が広がって行く。

 

 そんな浜辺には、一人の見慣れたフードを被った人物がいた。ドクターは波を踏みしめ歩いていくから、イタズラのつもりで、足元へと手を伸ばした。

 

 気づいてくれたかな?

 

 ドクターはしばらくふらふらと歩くと、その場に座り込んで、一人話始めた。

 

「鉱石病の研究は、相変わらず難航している」「新たな薬品が完成した」「ケルシーに怒られた」「行動予備隊の子たちが成長した」「陸の上で、恐魚たちは見ていない」

 

 そのどれもが、僕を楽しませるには丁度いいものだった。ドクターは一年間何が起きたのかを、僕に教えてくれているみたいだった。

 

 夜が明けて来る。ドクターとおしゃべりしている間に、月は沈み、日が昇り始めた。

 それと同時に、僕の意識も段々と薄れていく。ごめんドクター、僕もう眠くなってきちゃった。また、お別れの時間かな。

 

 ドクターは立ちあがり、ひざ下が海水につかる深さまで海へと入る。

 

「ミヅキ、また来るからな。また、何度でも来るから……」

 

 それだけ言って、ドクターは浜辺を後にしようと、海から上がり、陸へ陸へと上がって行く。

 

 ああ、ドクター。僕はまだ、ここにいるよ。僕が居るうちは、まだ大丈夫さ。

 

 それを伝えたくて、最後にもう一度、ドクターの足元へ手を伸ばす。陸に上がったドクターの靴に僕の手が触れると。ドクターは振り返り

 

「なんだ、やっぱりそこにいるんじゃないか。流石ミズキ、隠れるのが上手だな」

 

 そう零した。

 

 僕はロドスの、潜伏者の役目を持ったオペレーターだよ? 当たり前じゃないか。

 

 バイバイ、ドクター。また今度、話を聞かせてね。

                               【凪の代償END】

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。