「くっ………強い」
カステルモールは、敵の戦力を見誤ったと認めざるを得なかった。
ヴラド・ドラクロア伯爵は強かった。
ともすればエルフ以上に手強いかもしれない。
伯爵が吸血鬼であったことには驚いたが、先住魔法の威力はエルフほど強くはなかった。
実際にビダーシャルというエルフの先住魔法の方が猛威を振るっている。
あらゆる系統魔法が跳ね返されてしまうのだ。
それでも、ルイズのディスペルで一時的に無効化することが出来た。
だが、そうやって出来た隙も伯爵の的確な援護により潰されてしまう。
それならと、伯爵の先住魔法にディスペルを放つが何故か無効化することが出来なかった。
「なんで!?ディスペルで無効化できない!」
吸血鬼は、種族としてエルフほど強力な先住魔法を使えないはずなのにエルフにすら効いた魔法が通じないことに動揺してしまう。
「イザベラ様の妨害と似たような魔法か…だが、その程度では私の魔法は止められない」
「妨害?まさか、イザベラ王女は虚無の系統も使えるって言うの!?」
「そうではない。
イザベラ様は正真正銘、水のドットメイジだ。
妨害は念力の応用。
より繊細な魔法操作を追求する過程で魔法を構成する小さな粒の存在に気付いた。
系統魔法では、魔法の根源たる粒子に干渉することは出来なかったが、コモン・マジックなら可能だった。
念力によって小さな粒の流れを乱し、魔法の発動を阻害する。
それが、イザベラ様の妨害だ」
ルイズの頬を冷や汗が流れる。
魔法を構成する小さな粒。
それに干渉することが始祖の祈祷書で知った虚無の系統の本質。
イザベラは、水のメイジでありながら虚無の領域に踏み込んだことになる。
「妨害の中で魔法を発動できなければ、イザベラ様と魔法を競うというステージにすら立てない。
イザベラ様の訓練相手を務めるならば、これくらいは出来なければ話にならないのだよ」
その言葉でカステルモールは理解した。
この男はイザベラほどではないにしても、自分達では到底届かない高みにいる。
魔法の技量だけではない。
戦い方も洗練されていて、隙がない。
どれほど攻めても捌かれ、手痛い反撃をくらってしまう。
そして、伯爵に付き従う女も凄腕の剣士だった。
グール……いや、バンパイア・ブライドになったことで常人を遥かに超える怪力を得ているだけではない。
その剣技の冴えも達人の域に入っている。
ビビアンは、イザベラに仕えていた平民出身のメイドである。
普通、平民のメイドが王族のお世話を任されることなどない。
王族の身の回りの世話をするのは、貴族の身分を持つ侍女の役割だ。
しかし、侍女達は無能王子の娘である落ちこぼれ王女の世話を嫌がり、平民のメイドに仕事を押し付け、王宮を訪れる青年貴族との婚活に精を出していた。
上の立場である侍女がそんな態度なのだ。
仕事を押し付けられた平民のメイド達もそれに倣うもの。
表面上は恭しく振る舞うも、所作の端々にイザベラへの侮りが見えた。
そんな中でも少数ながらイザベラに真摯に仕える者達がいた。
その筆頭がビビアンだった。
「なぜ、お前はこんなにも私に尽くの?
落ちこぼれの王女に仕えたっていい事なんてないのに…」
「平民である私に王宮の難しいことは分かりません。
ですが、イザベラ様がお優しいのは分かります。
私達、平民をきちんと人間として扱っていただける。
だから、一生懸命お仕えしようと思うのです」
こうしてビビアンはイザベラに心から仕えるメイド達のリーダーとして侍女頭の地位に就いた。
平民が侍女頭に就いたことに貴族の侍女達が反発したが、イザベラの
「じゃあ、あんた達の誰かがやるかい?
もちろん、侍女頭として仕事はキチンとしてもらうよ」
の一言であっさりと引き下がった。
イザベラに尽くすより、将来の婿探しの方が重要だったようだ。
ヴラドとは、共にイザベラを支える盟友のような関係となり、やがて異性として惹かれ合うようになる。
吸血鬼であるヴラドと共に生きると決め、バンパイア・ブライドになり、彼と結婚。
伯爵夫人となった後も、変わらずイザベラに仕え続けた。
メイドであった頃からイザベラを凶刃から守るために剣の訓練を続けてきた。
パンパイア・ブライドとなって身体能力が向上したことでかなりの実力を誇るようになったが、訓練を止めることはなかった。
もちろん、侍女頭としての仕事にも手は抜かない。
伯爵夫人にして、戦うことも出来るスーパーメイドとして他のメイド達から憧れられる存在になっていた。
同じ主君に仕える盟友であり、愛し合う夫婦でもある二人の息の合った連携を前にカステルモール達は攻めあぐねる。
それでも、ここで諦めるわけにはいかない。
シャルロット様を担いだ以上、敗北は許されないのだから。
「全員で伯爵と女を足止めする。
サイト殿は、その隙にジョゼフを討っていただきたい」
全力で道をこじ開け、最も動きの速いサイトに切り込んでもらう作戦に出た。
カステルモールを先頭にヴラド達の注意を全力で引く。
その影からサイトが飛び出し、ジョゼフへと駆ける。
ヴラド達が阻止に動くが、カステルモール達もここが勝負所だと、捨て身の攻撃で喰らいつく。
サイトとジョゼフの間にはもう誰もいない。
このまま駆け抜けて、ジョゼフに剣が届くと思われた。
「相棒、右だ!
俺を盾にしろ!」
デルフリンガーの叫びに、サイトは本能的に従った。
その瞬間、強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされてしまう。
全員の視線が新たに玉座の間に入ってきた者達に向けられた。
「私がいる限り、陛下の命を奪うなど許さない!」
元素の兄弟を従えたイザベラが断罪の女神の如く立ち塞がっていた。
その気迫にたじろぐルイズ達。
「怯むな!あれだけの魔法を使った後だ。
そうとう疲弊しているはず」
オルレアン公派の貴族の一人が叫び、土のトライアングル・スペル『ストーンジャベリン』を撃つ。
3本の石の槍がイザベラに襲いかかるが、手前で止まり、サイコロステーキのようにバラバラになってしまった。
ガリア貴族は、その光景に覚えがある。
「まさか…グラントロワに潜む魔物の正体は……イザベラ王女だったのか」
「いったい何をした!?
目の前で見ても分からない」
正体不明の攻撃に動揺が広がる中…
「ウォーター・ウィップだ!」
その正体を看破する声が響く。
それは、デルフリンガーの声だった。
「デルフ……本当か?」
「ああ、間違いないぜ、相棒。
盾になった瞬間、あまりに密度が高かったからほとんど吸収できなかったが、確かにウォーター・ウィップだった。
目に見えないほどの細さに圧縮されてるんだ」
「なによ……それ。
そんなのもうウォーター・ウィップなんかじゃないわよ」
ルイズが辛うじて声を出す。
石の槍をバラバラに切り裂く、見えないウォーター・ウィップ。
そんな規格外の魔法をどうやって防げばいい?
最初の一撃をサイトが防げたのも偶然だ。
デルフリンガーが魔法の気配を感じ取って、咄嗟に反応できたから間に合っただけ。
ヴラドにも効かなかったディスペルでどうにかなるとは思えない。
状況は絶望的だった。
ヴラド達だけでも攻めあぐねていたのにイザベラとその部下4人も加わってしまった。
勝てない。
もう、ジョゼフの命に届くことはない。
そう理解させられてしまった。
全員が杖を下ろし、戦う意志を折られた中で、シャルロットがイザベラの前に進み出る。
「イザベラ…お願い、ここを通して。
仇を討てるなら、それ以外は望まない。
全てが終わったら、貴女の裁きを受けるから…」
シャルロットが最後の賭けに出た。