SAN値がゼロの終末異世界   作:カクノ オソタロウ

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第2話 〖終末世界の希望〗

 

 [魔剣と魔法と魔物の世界 パンゲティア]

 私の住んでいた世界には、[魔物]と呼ばれる異形の化け物が存在していました。

 無色透明の塊(スライム)緑の小鬼(ゴブリン)屍肉漁りの翼人(ハーピィ)醜悪なる鬼(オーガ)13首の毒蛇(ヒュドラ)不死の炎鳥(フェニックス)飛翔する罪人(デーモン)に、旧支配種(ドラゴン)

 

「取り敢えず、体の塵泥を落としたいから装備(ふく)を脱っ…………うるせぇ叫ぶな黙ってろ。恥ずかしがるな 医療行為だ」

 

 

 毎夜踊り狂う骸骨に、滅びた文明を守り続ける土人形。道具に取り憑く悪霊に、大海を統べる巨大鮫。深淵に住まう猛毒百足に、千刃の鱗を持つ黒蜥蜴。万物の補食を目論む呪人形に、月の光を喰らう虎。

 そんな怪物たちが蔓延る弱肉強食の世界で、私は生きていました。

 

 

「ほら、俺の手に乗れ。まずは1階にある洗面所へ体を洗いに…………んぁ? 着替え? ……小人サイズの服を俺が持ってるわけねぇだろ。悪いがハンカチとかで我慢してくれ」

 

 

 その世界の人々は、遥か昔から[神器]と呼ばれる不可思議な武器を……神の力を宿した奇跡の道具を使うことが出来ました。

 万物を切り裂ける剣に、瞬間移動を可能にする黒衣、水を無限に出せる壺に、時を巻き戻せる砂時計等々……私が背負っているこの2本の剣もそうです。

 私達人間はこれらの[神器]を使うことで、強大な力を持つ魔物達からその身を守ってきました。

 

 

「ここが洗面所だ。温水と冷水どっちで体を洗いた……は? 傷回復薬(ポーション)? …………なんだそれ、ローションの親戚か?」

 

 

 人と魔の力は拮抗していました。

 狩り、狩られ、狩り返し、狩られ返される。そんな対等な関係だったのです……そう、5年前のあの日までは。

 

 

「シャンプー、リンス、ボディーソープ、石鹸……大体の物は揃ってるから欲しくなったら俺に言え。取ってきてやる」

 

 

 あの日のことは今でも鮮明に覚えています。忘れられるはずがありません。

 

 [大厄災の冬]

 その日、人と魔の均衡が大きく崩れました。

 存在する全ての魔物が……急激な変化を遂げたのです。

 

 

「しっかり洗えよ……特に傷口。化膿したらマジで面倒だからな」

 

 

 最弱の魔物と呼ばれていたスライムは無限の増殖をするようになりましたし、知能が限りなくゼロに近いと言われていたスケルトンは凶悪な罠を作るようになりました。

 

 

「ほれ、タオル。拭いてやるからさっさと乗れ」

 

 

 新米冒険者の登竜門と言われていたゴブリンは怪しげな魔術を使うようになりましたし、世界三大珍味のひとつと呼ばれていたオークは空を飛ぶようになりました。

 

 

「よっしゃ、体も綺麗になったし……2階に戻って傷の手当てするぞ」

 

 

 悪意、恐怖、絶望──さまざまなものが世界に溢れ返りました。

 笑顔、未来、希望──いろいろなものが世界から消え去りました。

 

 

「誰もいないけどただいま パート2……あ? これ? …………自室に帰った時の口上みたいなもんだ、気にすんな」

 

 

 大厄災の冬から早5年。

 私たち人類は未だに──重く深い闇の底にいました。

 

 

「はい、それではこれより……傷口の手当てを行います」

 

 

 チカラが欲しかった。

 世界(すべて)を守れるチカラが、人類(みんな)を救えるチカラが、魔物(あいつら)を倒せるチカラが……私は欲しくて堪りませんでした。

 

 

「まずはこの消毒液を……ソイヤッ」

 

 

 毎日、剣を振るいました。

 ……両手が傷だらけの血まみれになるだけでした。

 

 

「次にこの医療用の布(ガーゼ)を……セイヤッ」

 

 

 毎日、魔物について学びました。

 ……進化した魔物にはあまり意味がありませんでした。

 

 

「最後にこの包帯を……ホイヤッサ」

 

 

 毎日、人を助けました。

 ……1週間後には物言わぬ肉塊になっていました。

 

 

「はい完成、ミイラおと……女」

 

 

 もう誰にも苦しんで欲しくなかった。

 もう誰にも傷ついて欲しくなかった。

 もう誰にも絶望して欲しくなかった。

 

 

「恐ろしく完璧な手当て……俺じゃなきゃ出来ないね」

 

 

 私は足りない頭で必死に考えました。チカラを手に入れる方法を……この世界を救う方法を。

 考えて、考えて考えて、考えて考えて考えて……考えた末に私は──

 

 

「包帯で全身をグルグル巻きにすることで、服の役目も果たっ……果たして…………果たしてねぇな。なんならこれ、裸よりも恥ずかしいことになってるわ」

 

 

 ──カミサマの世界に行くことにしました。

 全ては魔物に対抗するチカラを、世界を守るチカラを手に入れる為。カミサマの弟子になればチカラを手に入れられるかもしれない……私はそう考えたのです。

 とても浅はかで軽率な考えです。でも、私にはこれしかありませんでした。

 

 

「その無駄にデカイ胸のせいだな。それのせいでなんかこう……いろいろアウトな絵面になってる」

 

 

 少しの希望と不安を胸に、私はこの世界にやって来ました。

 

 いくつもの巨雲が浮かぶ雄大な青空に、多くの巨木が立ち並ぶ壮大な森林。何処までも続く岩石の大地(アスファルト道路)に、何処までも広がる緑草の沼地(田んぼ)

 この世界に来たばかりの私を出迎えてくれたのは、そんな美しい光景の数々……と、大きな胴長の茶狼(ダックスフント)でした。

 私は全速力で逃げました。

 

 

「やっぱりハンカチを羽織るしかねぇか。……あの汚れた装備(ふく)をまた着せるわけにもいかねぇし」

 

 

 何度も斜面を転がりました、何度も岩壁を登りました。何度も噛まれかけました、何度も喰われかけました。

 命がけの鬼ごっこを、私と狼は何時間も繰り広げました。

 

 

「このハンカチをマントみたいに羽織ったらまだマシに…………なったらよかったなぁと思う今この瞬間」

 

 

 狼の縄張りを抜けた頃にはもう……私は満身創痍でした。早鐘のように鼓動する心臓、疲労と痛みでガクガクと震える膝。

 本当に情けない話です……結局、私はこの世界でも逃げることしか出来ませんでした。

 

 茜色の空を最後に、私は意識を失いました。

 

 

「まぁ、無いよりはマシだろ。……多分、きっと、おそらく、メイビー」

 

 

 気づいたら知らない場所にいました。

 沢山の巨大な衣服や小物が床に散らかっている広大な部屋。茜色の空が、真っ白な天井に変わっていました。

 

 そこで私はようやく──

 

 

「悪いがちゃんとした替えの服は諦めろ。俺は全知全能の神様じゃないんだ。そんなお前サイズの服をすぐに用意出来るわけねぇだろ」

 

 

 ──カミサマに出会えました。

 

 そのカミサマは御伽噺通りの姿でした。

 一房だけ白くなっている黒髪に、綺麗な2つの黒い瞳。私の何十倍もある大きな体に、痛々しい傷痕だらけの両手。

 

 

装備(ふく)は今晩中に洗って干せば明日の朝までには乾くだろうし……まぁ、それまでの辛抱だ」

 

 

 そのカミサマは……えっと、なんというか…………不思議な御方でした。

 無表情で低抑揚。軽い暴力(デコピン)を容赦なく振るうくらいには乱暴で、嫌がる私の装備(ふく)を無理やり剥ぎ取るくらいには無慈悲。

 

 御伽噺に出てくるカミサマは、もっと……こう…………THE 善人と思える程の慈愛と配慮に満ちた御方でした。

 

 

「エアコンのドライ機能と除湿器をフル稼働させれば余裕で乾かせるだろ。大丈夫だって、いけるいける」

 

 

 そのカミサマは御伽噺通りの姿をしていましたが、御伽噺通りの性格ではありませんでした。

 

 

「はい、この話終わり。閉廷、解散かいさ~ん」

 

 

 本当に不思議な御方でした。

 無表情なのにどこか明るく、無造作なのにどこか丁寧。霧のように曖昧で、底無し沼のように不透明。掴み所のない、底の見えない御方。

 それが今の私の……カミサマに対する印象でした。

 

 人柄どころか雰囲気すら測れない……こんなことは初めてでした。

 

 

「この装備(ふく)は普通に洗っていいのか? なにか特定の洗い方があるとか……無いなら洗濯機にそのままぶち込むけど」

 

 

 邂逅から約1時間。

 出会ったばかりなので当たり前のことなのですが、私はまだカミサマのことを何も知りません。どんなことが好きで、どんなものが嫌いなのか。私はまだほとんど理解出来ていません。

 でも、ひとつだけ……たったひとつだけ分かっていることがあります。

 

 それは──

 

 

「あ~、なるほど。なら洗濯機はやめといた方がいいかも……仕方ねぇ、手洗いでやるかぁ」

 

 

 ──[優しい]ということです。

 

 少なくとも、道端に倒れている見ず知らずの小汚ない小人を助けてくれるくらいには、興奮して何度も言葉を遮る失礼な私の治療をしてくれるくらいには……優しい御方です。

 

 

「ついでにこの筆箱も洗うか……あぁ、ちくしょう…………お気に入りだったのに」

 

 

 何もかもが未熟で足りない人間──それが私、ロクア・ネクステージです。

 無教養、無能力、無計画。世界に対する見聞も、全てを圧倒する才能も、未来を見通せる頭脳も……私は何も持っていない。

 そして何よりも今は──[時間]が圧倒的に足りていない。

 

 だから……本当に助かりました。

 

 

「部屋の片付けと……装備(ふく)と筆箱の手洗い……明日の学校の課題…………わぁ、やること沢山だ ウレシイナァ~」

 

 

 カミサマが話の通じる(やさしい)御方で……本当に助かりました。

 言語の壁、精神性の違い、冷酷非道……何かひとつでもあれば、私は詰んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……本当によかった」

 

「んぁ? なんか言ったか?」

 

 

 カミサマの黒瞳が、巨大な白いベッドの上に座る私の姿を捉えました。その瞳は相変わらずの純黒、感情は何ひとつ読み取れません。

 

 

「あっ、いえ! その……なんでもありません! …………なんでも……」

 

「……そうか」

 

 

 そう言うと、カミサマは再び散らかった部屋の片付けを始めました。

 

 

「…………っ……また………………」

 

 

 また……逃げてしまった。

 怖かったから、勝てないと思ったから、死ぬわけにはいかなかったから……いろんな理由をつけて醜く生き延びようとする私。

 私はそんな私が……大嫌いだ。

 

 逃げて、逃げて、逃げ延びて、ようやくたどり着いたこの場所。

 ここでも逃げてしまったら、きっと私は……っ!! 

 

 

「…………あのっ……カミサマ!!」

 

「今度はなんだよ……飯か? 腹が減ったのか? 作ってやるからちょっと待って──」

 

「私を……私を弟子にしてください!!」

 

 

 そう叫ぶように言いながら、私は土下座をしました。

 

 

「……はぁ」

 

 

 広大な部屋にカミサマの深いため息が響き渡りました。落胆、哀れみ、面倒くさい……そんな意味達を含んでいるような、いないような……深いため息。

 

 

「はぁ~」

 

 

 重いため息がまた部屋中に響き渡りました。

 

 土下座の体勢のせいでカミサマの顔が見えない……怖い。またあの中指パンチ(デコピン)をされそうで……。

 

 

「…………まぁ、言っちまったもんは守らなきゃなぁ」

 

「えっ?」

 

 

 私は予想外の言葉につい顔を上げてしまいます。

 

 視界に入ったカミサマの顔は相変わらずの無表情……やっぱり少し怖い。

 

 

「なに驚いてんだよ……さっき言っただろ。治療が終わったら話を聞いてやるって」

 

「……言いましたっけ?」

 

「別に言ってなかったことにしてやってもいいんだぞ」

 

「ありがとうございます!! 流石はカミサマ!! すっごく優しい!! 大好きです!!」

 

「手のひら返しがすげぇな。勢いが最早ドリル」

 

 

 そう言うとカミサマは近くに置いてあった椅子に座りました。腕を組み、何とも言えぬ雰囲気を放ちながらベッドの上に座る私を見つめるカミサマ。

 

 ……やっぱりまだちょっと怖い。

 

 

「経緯、目的、意味……まぁ、多少ごちゃごちゃになってもいいから喋りたいだけ喋れ」

 

「えっと、じゃあ……私の好きな食べ物を!!」

 

「ぶち転がすぞ バカ小人。誰がお前の好きな食べ物を知りたいって言ったよ」

 

「で、でも今喋りたいだけ喋れって……」

 

「違う、そうじゃない」

 

 

 カミサマは目頭を押さえ、本日三度目の重く深いため息を吐きました。

 

 





〔2〕タイトルについて

タイトルに何もついていなかったら主人公視点、〖〗がついていたら小人 ロクア視点です。
【】は……それ以外の人物の視点だったり、三人称視点だったりします。

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