SAN値がゼロの終末異世界   作:カクノ オソタロウ

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第3話 出来ること

 

 

 [ファンタジー異世界]

 アニメや漫画(サブカルチャー)の類いを腐るほど消費してきた俺にとって、その言葉は割と身近にあるものだった。

 心踊る異世界冒険記に、夢膨らむ異世界転生・転移譚。中二極まる魔剣神器に、ロマン溢れる魔法異能。

 

 明るく、爽快で、痛快。

 多少の例外はあれど、それが俺のファンタジー異世界に対する印象だった。

 

 

「私の友達は……スライムに溶かし殺されました」

 

「……溶かし殺されって…………マジか」

 

 

 でも、そのファンタジー異世界(パンゲティア)は違った。

 夢どころか希望もロマンも……なんなら人の命すらなかった。

 

 狂い咲く鮮血の花に、大地を彩る人の中身。

 ゴブリン達に占拠された農村の末路に、残り少ない食料を奪い合って滅びた王国の顛末。

 

 明るさなんて1カンデラもなかった。

 その話の中にあったのは真っ暗な絶望……深い闇。

 

 

「……終わってんなぁ」

 

 

 [地獄]

 その異世界をひと言で言い表すなら地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけなのでカミサマ……私を弟子にしてください!! お願いします!!」

 

「今情報整理中。ちょっと黙ってろハゲ」

 

「あっ、はい。すみま…………えっ!? ハゲ!?」

 

 

 三度目の深いため息を吐いてから早30分。

 全身に白い包帯を巻いた小人──ロクア・ネクステージの話を聞き終えた俺は、静かに本日四度目の深いため息を吐いた。

 

 悲報、小人の事情が想像以上に重かった件。

 どうしろってんだよこれ……もうどうしようもねぇだろこれ。

 

 天井に顔を向け、両目の目蓋を同時に下ろす。黒に染まった世界の中で、俺は思考を巡らせる。

 

 

「小人に別世界……魔物に神器……異変にカミサマ……ねぇ」

 

 

 ロクアはこの短時間で、俺に様々なことを話してくれた。

 魔物と呼ばれる怪物の生態に、神器という名の異能道具の存在。大厄災という異変の理不尽さに、この世界にやって来た理由。家の前に倒れることになった経緯に、俺をカミサマと呼ぶ理由……等々。

 

 事態は想像以上に凄惨……最悪だ。

 あまりにも可哀想すぎるから助けてやりたいが……俺に何が出来る。なんの技能も持たない平凡な男子高校生以下のカスである俺に何がやれる。

 

 こいつの世界に行って魔物を直に殲滅してやる? 

 無理だ。現実的に考えてそんなことが出来るわけがない。身の程をわきまえろ。

 

 願い通り弟子にしてやる? 

 アホか。何を教えてやれるんだっていう話になるぞ。ちゃんと考えろこのバーカ。

 

 ここにずっと住ませてやる? 

 論外。何の解決にもなってない。この偽善者め。

 

 ……駄目だ。

 解決案どころか折衷案すら思い付かない。

 マジでもうこれ……言っちゃ悪いがどうしようもねぇだろ。

 

 

「酷だがやっぱり……おい、小人。質問をいくつかしたいんだが……いいか?」

 

「えっ!? 弟子にしてくれるんですか!? ありがとうございます!! とっても嬉しいです!!」

 

「耳にゴミでも詰まってんのか? 俺の台詞の何をどう聞き間違えたらそんな返答が出来るんだよ」

 

「グッドコミュニケーションの賜物ですね!!」

 

「バッドコミュニケーションの弊害だ ボケ」

 

 

 そう吐き捨てるように言いながら、俺は目蓋をゆっくりと開いた。視界に映るは真っ白な天井、昼白色の光を放つ電球。

 顔と視線をベットの上に座るロクアへと向ける。

 

 今すぐ聞きたいことは大きく分けて3つ。

 原因と可否と理由だ。

 

 

「質問1、大厄災とやらが起こった原因は?」

 

 

 俺は人差し指を立てながら、ロクアにそう問いかけた。

 

 5年前の冬に起きた謎の魔物超強化異変 [大厄災の冬]

 それが起こってしまった原因を俺は知りたかった。

 

 

「大厄災の原因ですか?」

 

「ああ、分かっているなら教えてほしい」

 

 

 ロクアは大厄災が起きたことによる魔物の変化と世界への弊害については沢山話してくれた。でも、そもそもの問題であるそれが起こってしまった原因は一切説明してくれなかった。

 いやまぁ、説明しなかった理由はなんとなく察しているけど……一応、念のために聞いておこうと思った次第だ。

 

 

「原因は……その…………ごめんなさい わかりません!!」

 

 

 そう叫ぶように言いながら、ロクアは俺に対して勢いよく頭を下げる。

 

 

「……なるほどなぁ」

 

 

 やっぱりだ。

 ロクアは原因の説明をしなかったんじゃない、出来なかったんだ。魔物が急に強くなった原因を知らなかったから……出来なかった。

 知らないだけで、原因自体は判明している可能性もないわけではないが……まぁ、ロクア自身が知らないと言っている以上、この話はこれ以上続けても意味がない。

 というわけで次の質問だ。

 

 俺は人差し指と中指をロクアに向けて立てる。

 

 

「質問2、お前をこの世界から今すぐ元の世界に帰すことは可能か?」

 

「あっ、はい!! それなら次元小門を通るだけなので簡単……はっ!! ……私は帰りませんからね!! 強くなるまでは……絶対に帰りませんから!!」

 

 

 両瞼をぎゅっと閉じながら、首を何度も左右に振るロクア。その無様な姿はまるでイヤイヤ期の幼子の様。

『なにこいつキッショめんどくさっ』と心の中で毒を吐きながら、俺は本日五度目の深いため息を吐く。

 

 

「分かった……分かったからちょっと静かに──」

 

「この話はここでおしまいです!! はい、終了!! もう次元小門が何なのかも話しませんし、場所も言いません!! ……絶対に言いませんから!!」

 

「なにこいつキッショめんどくさっ」

 

「何とでも言ってください!! ……私は絶対に帰りません!!」

 

 

 ベッドの上でギャーギャーと喧しく騒ぐロクア。

 ジタバタと手足を暴れさせるその姿は、まるで癇癪を起こした子供の様……クソガキがよぉ。

 

 うるさくてキレそう。でもまぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という1番欲しかった情報を手に入れることが出来たんだ。ここは俺が文字通り大人になってやろう。

 感謝しろよ、この騒音クソ小人。

 

 

「わ た し は 絶 対 に 帰 り ま せ ん か ら! !」

 

「あっそ、じゃあ最後の質問な」

 

「私の必死の訴えがあっさりと流された!?」

 

 

 こいつのペースに付き合ってたら、いつまで経っても話が進まないからね。仕方ないね。

 というわけで最後の質問だ。

 

 俺は人差し指と中指、薬指をロクアに向けて立てる。

 

 

「質問3……これが最後の質問だ」

 

「私は絶対に帰りませんよ!? 絶対の絶対ですからね!!」

 

「お前……なんで嘘をついている?」

 

「私は弟子に──はい?」

 

 

 止まる騒音。浮かぶクエスチョンマーク。

 ロクアは質問の意味が理解出来なかったのか、首を少しだけ傾けた。

 

 

「……嘘? …………ええと、何のことですか?」

 

 

 そう言うロクアの表情は困惑に染まり切っていた。

 本当に心当たりがないのだろう。

 

 かくいう俺も、この30分あまりの話のどこに嘘があったかを全く把握出来ていなかった。ただ漠然と、どこかの部分で嘘のような何かを感じただけ。

 

 これが故意か無自覚かも分からないが、絶対どこかに……。

 

 

「……確かに、私の話はカミサマからすれば荒唐無稽かもしれません。でも……誓って嘘なんてついていません!! 本当です!!」

 

「だよなぁ。でも確かにどこかで嘘みたいな何かを…………」

 

「信じてください!! カミサマ!!」

 

「気のせいか? いやでも確かに──」

 

「お願いします!!」

 

「嘘をついているようには見えな──」

 

「信じてください!!」

 

「そもそも真偽を確かめる方法が俺には無──」

 

「カミサマ!!」

 

「黙れ変態」

 

「だまっ……えっ!? 変態!?」

 

 

 叫ばれる度に途切れる思考。積もっていくイライラ。浮かびそうになるこめかみの青筋。

 今にも爆発しそうな怒りを落ち着ける為に、俺はゆっくりと深呼吸を1度行う。

 

 あー、もう考えるの終了。終わりだ終わり。

 こんなクソみたいな環境で考え事が出来るか ボケ。

 そもそもの話、ロクアが嘘をついていたとして俺はそれをどうやって証明するんだよ。

 俺の勘違いや気のせいという可能性も捨てきれないし……これこそまさに考えても仕方のないことだ。

 

 

「へ、変態って……私だって別にしたくてこんな格好をしているわけじゃ…………」

 

 

 落ち込む変態痴女ミイラもといロクアを横目に、俺は思考を加速させる。長考するなら、こいつがダウンしている今がチャンスだ。

 

 とりあえず、全体を軽く整理しよう。

 

 ①魔物とかいう怪物と、神器という名の異能道具が存在するファンタジー異世界 パンゲティア。

 

 ②騒音クソ小人もといロクアはその世界で平和に慎ましく生きていた。

 

 ③しかし、5年前の冬に魔物超絶強化異変 大厄災の冬が突如起こる。

 尚、大厄災が起こった原因は不明。ただ単にロクアが知らないだけの可能性もある。

 

 ④地獄と化した自分の世界を見て、ロクアは力を欲するように。

 補足として、ロクアはカミサマとやらの弟子になれば力を手に入れられると考えた。

 

 ⑤この世界に力を求めてやってくる。

 その際にロクアは次元小門とやらを使用。姿形は不明だが、場所は推測可能。通る為の条件も特に無いようだし……時間さえ掛ければロクアを元の世界に帰すことも出来る。

 

 ⑥やって来たは良いが、茶色い狼……多分、大月さん家の放し飼いダックスフント 伊右衛門くんに追いかけ回される。

 伊右衛門くんなぁ……気性が少し荒いから…………よく無事だったな こいつ。

 

 ⑦どうにか伊右衛門くんを振り切り、俺の家の前で力尽きる。

 よく逃げ切れたな こいつ。どうやって逃げ切ったか後で聞いとこ。

 

 ⑧俺に拾われ、治療される。

 特に言うべき事はない。ただロクアが変態痴女ミイラになった(尊厳破壊をされた)だけだからな。

 

 ⑨話し合い。

 クッソ暗くて、クッソ重い話をいきなり聞かされました……はい。

 

 俺は静かに、本日六度目の深いため息を吐く。

 

 

「大厄災……改めて考えなくても酷い話だな」

 

「そうですよね!! やっぱりカミサマもそう思いますよね!!」

 

「ああ……って、うっっっわ…………もう立ち直りやがったよ こいつ」

 

 

 キラキラと煌めく純黒色の双眸から放たれた視線が、若干嫌そうな表情をした俺の顔を貫く。いつの間にか立ち直っていたロクアは、俺に太陽のような輝く笑顔を向けていた。

 

 これがさっきまで『変態』の一言にダウンさせられていた者の姿か……? 

 立ち直り早すぎだろ。異性からの変態発言なんて俺なら一週間は寝込む自信があるぞ。

 

 

「そんな嫌そうな顔をしないでくださいよ、カミサ……いえ、師匠~」

 

「いつ俺がどこで、お前の師匠になることを承諾したよ。師匠って呼ぶな 気持ち悪い」

 

「説明をすることが出来ました。興味を引くことも出来ました。共感を得ることも出来ました。つまりこれって実質……弟子になったということですよね!?」

 

「ちょっと何言ってるかわかんない」

 

 

 嬉しそうにベッドの上ではしゃぐロクアを見て、俺は本日七度目の深いため息を吐いた。

 

 いやまぁ、ロクアがはしゃぐ気持ちも……本当に少しだけではあるが理解出来なくはない。

 故郷が絶対絶命。希望はカミサマの弟子になることだけ。そして運良く、そのカミサマに出会うことが出来た。

 そんな状況で考えられる最悪なパターンのひとつが……興味を持ってもらえないことだ。

『俺には関係のないこと』『面倒事は御免だ』『異世界なんて知ったことか』

 そう言われ放置される、追い出される、玩具にされる……実に最悪だ。

 

 だから良くも悪くも俺に興味を持ってもらえたことは、ロクアにとって…………ああ、クソッ。そうか、俺は……()()()()()()()()()()()()()

 

 

「他に聞きたいことはありませんか!? 私に答えられることなら何でも答えますよ!?」

 

 

 心底嬉しそうに瞳を輝かせるロクア。

 しかしそんなロクアとは対称的に、俺の心は罪悪感と後悔で沈みかけていた。

 

 何故なら、俺は今からこいつに──

 

 

「いや……もういい」

 

 

 ──残酷なことをしなければいけないからだ。

 

 質問なんてしなければよかった。話なんて聞かなければよかった。こんな不愉快な思いをすると知っていたなら……俺はこいつと会話なんてしなかった。

 多くの後悔が俺の脳内を埋め尽くす。

 

 こいつに言わなければならない。こいつに説明しなければならない。この残酷な世界の現実を……俺はこいつに教えなければならない。

 重い罪悪感が俺の心を支配する。

 

 

「お前の事情は分かった……想いも、考えも…………大体理解したよ」

 

 

 心底、凄い奴だと思う。

 もう大切なものを奪われない為に……今ある大切なものを守る為に…………未知の世界にその身を投じる。

 少なくとも、俺のような人間の屑には絶対出来ないことだ。

 

 

「大変だったな……同情もするけど、それ以上に俺はお前を尊敬する」

 

「そっ、そうですか? なんか照れますね……えへへ」

 

 

 そう言いながら、恥ずかしそうに自身の髪を触るロクア。太陽のような笑顔が僅かに赤くなる。

 

 しかし、光が強くなればなるほど影が濃くなるように……ロクアが笑えば笑うほど俺の心は沈んでいく。

 でも、言うしかないんだ。だってこれは変えようのない現実なんだから。

 

 

「……ぜんぶ、全部知った上で言わせてくれ」

 

「はい? ……何をですか?」

 

 

 事情、感情、想い、考え……俺はこいつの全てを分かった上で、理解した上であの言葉を口にしなければいけない。

 たったひとつの残酷な言葉を……送らなければならない。

 

 

「……帰れ。ここは──」

 

 

『お前が居て良い世界じゃない』

 そんな無慈悲な言葉を押し付けようとした、その瞬間だった。

 

 

「──は?」

 

 

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〔3〕大月さん家の伊右衛門くん

放し飼いダックスフント。近所のアイドル。この物語のヒロイン(大嘘)。
よく近所の小学生達とかけっこで遊んでいた。微笑ましいね。
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