勇者一行の旅で助けたエルフはヒンメルに恋をした。
あなたの最後が私なら残りすべてをフリーレンに奪われることを許容する。

でも、最後は奪えない

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最後を奪えない

 

 この世界に生まれたての私は無知でした。

 

 でも無邪気でした。空を舞う虫を追って太陽のもと走り回ったり、小さなトカゲを捕まえては手に残る尻尾になんだか妙なものを感じたり。

 興味がどこまでも尽きなくて、女の子というよりは男の子の遊びが大好きでした。

 子供の少ない村でしたから、遊び相手はいつも同じで、だからこそ毎日新しい遊びを見つけようと必死でした。

 私は村の皆が大好きでした。みんなみんな私の家族みたいなものでした。

 明日は何をしようってそればかりでした。

 

 でもね、根本的には今日も明日も変わらない同じ日が来ると信じてました。そりゃそうでしょう? 

 だって、長く生きれば生きるほど魔力が高まるこの世界で、寿命なんてないようなエルフの村に生まれ育ってたんですから。

 

「うぐっ、……うう……」

 

 大勢の魔族に襲われ、村は壊滅していた。

 今もすぐとなりで毎日一緒に遊んでいた男の子が足の先から食べられていた。

 

『にげっ……てえ……』

 

 小鳥のようなでも命を込めて口に出してくれたその言葉も体を動かしてくれなかった。

 見た目だけが人間みたいに見えるだけにより一層おぞましい化け物。

 魔族は私の友達を口にしながら目だけはこちらを向いていたから。

 

 より美味しそうなものを見て味を高めているのだと。必ずお前も食べるぞと目が言っていた。

 もしかしたらこの身を凍らせる恐怖で味付けをしていたのかもしれない。

 

 死ぬ。死ぬ。喰われて、死ぬ。

 

 恐ろしさは震えに繋がっていて、頭の中で何を言い聞かせても離れない。

 助けて。お父さん。助けて、お母さん。

 でも二人は確か他の魔族に食べられてはいなかったか。

 

 どこにもない助けをでも求めて天を見上げ……それは空から降ってきた。

 

「良かった。生きている子がいてくれて」

 

 白いマントを羽織った水色の紙の戦士。

 人の話に疎いエルフの村にも伝わってくる。

 勇者の剣を握った彼はきっと……

 

 いつの間に切ったのだろうか。友達を食べていた魔族は倒れていた。

 ろくに動かない体は目の前の命の危機が去って初めて動き出した。

 駆け寄っても友達はもう死んでいた。ああ、なんてことだろう。

 

「大丈夫かい? 怪我は? まだ魔族が残ってる。今は一緒に来てほしい」

 

 差し出された手を握り私は勇者についていく。

 村を襲った魔族が死に絶えるところを一緒に見続けた。

 

 **

 

「わたしもいっしょにいく!」

「いや、まいったな」

「ヒンメル。ちゃんと断りなよ。私達の旅に子供は連れていけない」

 

 生き残りは私だけで、彼らは付き合いのある村長のいる村に私をおいていくつもりだった。

 連れていけないと言ったのは勇者のパーティーの一人、エルフの魔法使いフリーレン。

 同じエルフの女性が一番に反対していた。反射的に睨みつけてしまうが全く同事もしない。

 感情の色が全く表に出ない女性。

 頭ではわかっている。

 彼らは魔王を倒しに旅をしているのだ。

 戦えもしない子供を連れて行くはずがない。

 そもそも誰一人賛成はしていない。

 

「ボクは必ず帰ってくる。魔王を倒してね。だから信じて待っていてくれ」

「はい、ヒンメル様……!」

 

 今まで一生生きていた家族が、友達が死に絶えたというのに、私の瞳には彼ばかりが映る。

 ヒンメル様……。

 誰よりも何よりも美しい彼の姿が焼き付いた。

 この思いはきっと永遠だ。

 

 **

 

 それから十年近くの生活は私を見た目は大人に変えた。

 次にあったときには一緒に行けるようにと魔術の腕を鍛えに鍛えた。

 といっても結局は生まれて大して立っていないエルフの腕だった。

 弱い魔獣は倒せても魔族を相手にしたらきっと同じように殺されるだけだろう。

 けれども何もせずにはいられなかった。

 村にも残されたヒンメルの銅像に祈りを捧げて……彼は帰ってきた。私の元へ。

 

 私は彼に飛びつこうとして……さっと避けられてしまう。

 転ばぬように支えてはくれたものの、思った反応とは違った。

 悲しい。

 

「あっと、ごめん。大きくなったね」

 

 ちらりと向けられた同族への視線が色んな彼の内心を語っていた。

 

(ああ、ヒンメル様は私なんかじゃなくて彼女が好きなんだ……)

 

 いつの間にか自分が物語のお姫様のように彼の帰りを待つ人間だと思いこんでいた。

 でも仕方がないじゃないか。信じて待っていてくれなんていうんだから。

 女の子だったら誰だって勘違いしてしまうだろう。

 

「ありがとうございます。ヒンメル様、魔王討伐おめでとうございます」

「ありがとう」

 

 そこからは村全体がお祝いの空気に変わる。

 誰も彼もが宴に喜び歌って踊った。

 私の心はずうっんとしずんだけれど、なにせ10年ではあるけれど、私にとってはエルフ人生半分をかけた恋なのだ。

 私は全く諦める気がなかった。胸には変わらず恋の炎が燃えている。

 

 翌日に王都へ向かう彼らを少し跡から後追いするように王都に向かった。

 勇者ヒンメルは王都中の有名人でいまどうしているかは誰に聞いてもわかる。

 彼らのパーティは王都の宴のあとに解散していた。

 そうだろうともと思った。

 

 あのエルフ女……フリーレンはヒンメル様に好かれているくせに全くそのことに気づいている感じがなかった。

 きっとあの表情と同じようにしれっと別れたに違いない。

 物語なら魔王討伐を終えた勇者は王女か貴族を娶るものだが、ヒンメル様は一人暮らしているらしい。これも予想通り。

 彼はフリーレンを好……ああ、思うだけで暗くなるが好きなのだからそこらの貴族女に惚れたりすまい。

 エルフ女性が好きなら自分にも勝ち目がある。でも違うんだろうな。

 ヒンメル様のフリーレンを見る目を思い出して胸がズキンと傷んだ。

 

 まあいい。長期戦と行こう。

 エルフにはそれが許されている。

 人間の物語にもこう記されている。

『最後に私の隣にいてくれればいい』

 名言だ。今この瞬間彼女に向いて立ってどうだって言うんだ。

 

「ヒンメル様。隣に越してきました。よろしくお願いします」

「あれ、君って……」

「昔助けてもらったマミです。魔法薬師をやることにしました。ご入用のときはお声掛けください」

 

 怪我をしたとき、風邪を引いたとき、年を取ったとき。

 様々な接点を持てる上に、自分の時間を作ることができるこの職業を選んだ。

 ただ……ヒンメル様に薬臭い女だと思われてしまわないかが心配だ……。

『マミはいい匂いだと思うよ』そう言われてこっそり悶えた。

 

 **

 

 ヒンメル様との日々はとても幸せな日々だ。

 シチューなどの一人では消費しきれない料理をおすそ分けと称してちょこちょこと差し入れをしたり、油虫がでたと退治をしてもらったり。

 私達は五年、十年と時を重ねた。

 ハイター様はよくヒンメル様のもとへとやってきたからその日はたくさんの料理を一緒に作って一緒にお酒を飲むようになった。

 

 もうきっと勇者パーティと並ぶ古い付き合いになっている。

 勇者の旅以上に私はヒンメル様と一緒にいた。

 

 ……でも、こんなに一緒にいたけれど、まだ全然フリーレンへの思いには勝ててなさそうだ。

 毎年誕生日にプレゼントを送ってはいるが、もらっているのは香水やマニキュア。

 使っていればなくなってしまうものだ。

 瓶なんかはこっそりとっているけれど、恋人を思わせるようなプレゼントをされたことはない。

 

(少し勇気を出すべきだろうか)

 

 最近、ヒンメル様と見た目の年齢差が出るようになった。

 自分は出会った頃のヒンメル様より若いのに、ヒンメル様は白髪が出始めてお父さんみたいになってしまった。

 そのうち40になるだろう。そして50、60と年を重ねる。

 いつまでもかっこいい人だが、それでも永遠ではないのだと告げていた。

 

(でも、まだ人生の半分だ……)

 

 まだ、半分だ。

 フリーレンは一度も会いに来なかった。きっと人生最後のエーラ流星を見に来る頃まで再会はないだろうとヒンメル様もハイター様も言っていた。

 まだ時間はある。

 

 本当に? 

 

 40歳になった日に初めて勇気をだして「形に残るものが欲しい」とねだった。

 十秒くらいじっくり考えてからヒンメル様は「君に似合うものを買いに行こうか」とブレスレットを買ってくれた。

 指輪ではない。当たり前だそんな関係ではない。

 売り場は隣なのにとても遠い。

 

 だからエーラ流星群ほどではなくてもきれいな星空の中呼び出した。

 

「好きです」

「ごめん。ボクはフリーレンが好きなんだ……」

「はい、私もヒンメル様が好きなんです。愛してくれとは言いません。好きでいて……ずっと一緒にいてもいいでしょうか」

「……それは、ボクが言えることじゃない」

「じゃあ一生好きでいますね」

 

 振られてしまった……。

 もしかしたらと思っていたが、ダメだった。だめだった。

 ああ、わかっているのに聞いてしまった。

 翌日化粧をしていた私にヒンメル様はやや気まずげだったが、次の10年もかわらずの態度で接していたら同じように時間が流れた。

 

 こうなっては計画を実行するしかない。

 

 薬師をしていたのは国に使える魔法使いになるとヒンメル様と接する時間が短くなってしまうというのもあるが、魔法を開発する時間を取りたかったのもある。

 魔法は不思議だ。

 何もないところから生きた花を咲かせる魔法もある。

 

 

 そこに私は希望を抱いた。

 

 

 その日はいつもより大きな宴会だった。

 エーラ彗星まであと10年ほどとなったある日。

 結局フリーレンは会いに来ませんでしたね、とハイター様とヒンメル様の三人での飲み会だ。

 最近は体の悪いこと議論がメインのネタだ。

 

 宴会でグースか眠りに落ちるほど大量に飲む。

 年々腕の上がる私の二日酔いの薬のおかげで二日酔いは怖くなくなったとハイター様には評判だ。

 それにこっそり酒の度数を上げている。いつもの感覚で飲めばそれはもう酔うだろう。

 

 グーグーいびきをかいている二人をそれぞれ部屋に眠らせる。

 ハイター様は次に会うのはエーラ彗星で、と言っていた。

 つまりもうチャンスはないのだ。

 

 準備は整った。

 後は実行に移すだけだ。

 

 私はこっそりヒンメル様の寝室に忍び込んだ。

 ヒンメル様は結局最後までフリーレンが好きだった。愛していた。

 私の気持ちにこたえると最後にフリーレンと会うときに純粋な気持ちでいられないからと断られた。

 だからこれは裏切りだ。

 

 でもひどいじゃないか。ヒンメル様のフリーレンへの気持ちはもうすぐ寿命で完結する。してしまう。

 私の気持ちは今までの人生の何倍も何十倍も続くのに。

 

 寝ているヒンメル様は幸せそうな顔で笑う。

 小さく名前をつぶやいた。

 

 ああ、もう止まれない。

 

 

 

 

 

 採取に成功した。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 エーラ流星群より少し前にフリーレンはやってくる。

 来なければいいのに。

 

 そうしたら最後まで一緒にいられたのに。

 膨れなかったおなかをさする。

 

 結局あの日は孕まなかった。うまくいかないものだ。

 いや、孕んでいたらバレないように身を隠す必要がある。

 今日までヒンメル様と一緒にいられなかっただろう。

 

 年を取ってからはあまり時間をかけなくなった身だしなみをじっくり行っているヒンメル様の背中に別れを告げることにした。

 

「ヒンメル様」

「マミ。どうかな。ボクのヒゲ決まってる?」

「ええ、過去一かっこいいですよ」

「それはそれでちょっとショック……」

「フリーレン……様と合流したら……あとはずっと皆で一緒にいるんでしょう?」

「そう……できるといいな」

「お邪魔はできません。だからお別れです」

 

 うきうきとしていたヒンメル様が萎れるのを見て、それほどには大事に思ってくれたのだと嬉しくなった。

 

「そっか……ボクらもずいぶん一緒だったね。マミはボクの人生で一番一緒にいた人になったな……」

「ええ、私の人生で最も一緒にいた人です。だからこれをどうか受け取ってください」

 

 指輪にチェーンを通したネックレスを渡す。

 

「それは……」

「身につけなくていいんです。ただ、最後に眠りにつくときに持ってさえいてくれれば」

 

 指輪だけれども指輪ではない。

 

「私の人生で一緒にいた人のままでどうかいてください。愛してくれとはいいませんので」

 

 押し付けるように握らせた。

 指輪をそのまま贈れば受け取ってくれないだろう浅知恵であったが、私は最後を見送ることができないのだ。

 であれば最後以降をくらい身の近くにおいてほしいのだ。

 

「……一緒に入れてもらうように書いておくよ。それでいいかい?」

「ええ、ヒンメル様。愛しています」

「ありがとう。マミ」

 

 さあ残りの生きたヒンメル様の時間はフリーレンのものだ。

 

 ……もうここを去ろう。

 

 

 **

 

 

 勇者ヒンメルの死から27年後。

 中央諸国。グレーセ森林。

 

 ヒンメルの死後、人を知りたくなったフリーレンはハイターの死を見届け、フェルンと旅をしている。

 初めての弟子との旅。どこかかつての仲間たちとの旅を思わせる。

 

 そして今から行くところはかつての旅のやり残しの一つ。

 

「防御魔法は強力だけど、魔力の消費がとても大きい。広範囲の展開を続けたら、数十秒で魔力切れになるよ」

「着弾の瞬間に部分的に展開させるのが正解というわけですね」

「そうだね」

 

 対クヴァールを見据えて訓練をしていると後ろから拍手が聞こえてくる。

 

「すごいな。さすが勇者様のパーティ。フリーレン様だ」

「え、ヒンメル……?」

「ええっ?」

 

 森の中からやってきたのはその場にふさわしくない美丈夫だ。

 空色の髪の毛、目元のほくろ。自身有りげな態度も瓜二つだった。

 フリーレンは幻影を疑った。

 死んだ。ヒンメルは死んだのだ。であれば彼はここにいていいはずがない。

 だが、幻影にしては生々しく、そして彼の反応は一秒ごとにヒンメルから乖離していく。

 

「いやあ、銅像の10倍は可愛いね。どう? 俺の子供を産んでみない?」

 

 ヒンメルなら言わない。

 

 そんな言葉にぎょっとしていると、両手をそっと握りしめられる。

 フリーレンがぽかんと口を明けているとフェルンが男の腕を払った。

 

「誰ですかあなた。フリーレン様に触らないでください」

「ごめんごめん。エルフがタイプ何だけど家族以外にあったことがなくてね。興奮しちゃったんだ。魔族倒しに来てくれたんだろ? 案内するよ」

「何がなんだか全くわからない」

 

 彼はそう、フリーレンとヒンメルが出会った頃くらいの年齢だった。

 まだ年若いヒンメル。銅像より若干若い。

 ナルシストの気は内容だったが、彼はフリーレンの手を握ると村へと歩き出した。

 なんだか手の握り方もやらしい。

 ヒンメルだったら絶対しない。

 

「俺の名前はシュメルツ。でも、母さんのこと知らないのかな? 勇者ヒンメルと仲が良かったって言ってたけど」

 

 一体誰だろうか。

 だが、これほどまでヒンメルに似ているということは……。

 結婚していたら必ず話してくれるはずだから、ヒンメルの親族なんだろうか。

 孤児院育ちだったはずだが、知らないだけで親族はいてもおかしくない。

 それにフリーレンはあくまで10年と45年飛んでちょっとしか付き合いはないのだ。

 45年の間にどんな人間関係を気づいていてもおかしくない。

 

 ヒンメルに手を握られているようで邪険にし難いと思っていると村に着く。

 だがそこでさらなる驚きに襲われた。

 ……エルフの子供が何人も村の広場で遊んでいるのだ。

 女の子、男の子、女の子、女の子。

 全体的に女の子が多めで……よく見ればエルフの子どもたちの間にはヒンメルを女の子にしたような子供や小さくしたような子供もいる。

 言葉も出ないとはこのことだった。

 

 一体何が起こってるんだ!? 助けてヒンメル! 

 

 **

 

 フリーレンが村にやってきた。

 あくまで隠したかったのはヒンメル様相手であって、別にフリーレンには知られようが問題ない。

 いやむしろ長寿のエルフとのつながりは家族のためにもなる。

 

 ヒンメルに似た人間の子どもたちやエルフの子どもたち。

 彼らはすべてマミの子供だった。

 相手は別にヒンメル様のそっくりさん……ではない。

 ヒンメル様以外の男を受け入れるなんて吐き気がする。

 

 だから考えたのだ。

 ヒントは花の魔法にあった。

 魔法はある意味万能であり、命を生み出すことすら可能であると。

 

 例えばだが、100年前の種を使って花を咲かせる事はできるだろうか。

 普通であれば種も劣化し生えることはないだろう。

 でも、『種保管の魔法』があればどうだろうか。

 保管のための魔法をかけ続ける必要があるが、生きた種のままになる。

 

 そして精子とは種だ。

 

 たくさん酔っていたあの日、私はヒンメル様から精子を勝手に貰い受けたのだ。

 後はお腹で保管し、月に一度の危険日に種一つを使って『妊娠の魔法』を使うだけ。

 そこまでしても最初はうまく行かなかった。

 何年もかかり、……一度死産だったときは心が折れそうだった。

 けれども研究とともに『妊娠の魔法』は精度を上げた。

 

 今ではこうやってエルフの子供も、人間の子供もたくさん生むことができるようになった。

 自分に似たエルフの子供とヒンメル様に似た人間の子供が仲良くしている。

 それだけで心は満たされた。

 

 フリーレンと手を繋いでやってきた魔王退治の旅をしていた頃のヒンメル様にそっくりなシュメルツはエルフが好みらしい。

 小さい頃はお母さんと結婚すると言ってくれて嬉しかったが今ではいずれ外へ旅に出ると言っている。

 旅は危険だし、世界は広い。

 もうあえないかもしれない。

 フリーレンと番ってくれるならちょっと嫉妬しそうだが、彼女からヒンメル様を奪えたようで嬉しいのだが。

 

「君がこの子たちのお母さん?」

「ええ。マミです」

 

 マミ、マミ……と何度か口ずさんでようやくでてきたらしい。

 

「ああ、ヒンメルが助けた男の子みたいな女の子。だいぶ変わったね」

「ええ、すっかり母親が板につきました」

 

 ぐっと旨をはる。エルフであるが、子供を生むたびに胸は大きくなるばかりで、人からすればそこまでではないだろうけども、目の前の彼女と比べるとすでにだいぶ大きくなっている。

 ぐっという声が聞こえて嬉しくなる。

 

「随分子沢山なんだね。エルフなのに珍しい」

「愛に溢れているからかしら」

 

 フリーレンは私の左手の小指を見た。

 

「夫は? 人間なのかな?」

「ええ。相手は人間です。エルフの男なんて村でしかあったことありません」

「それは私も同じようなものかな。でも良かった。そのうちエルフは滅びるんだろうなって思ってたから」

 

 まあ、ヒンメル様にあれ程わかりやすく思われていてなんにも気づかない彼女なのだから、仕方がないだろう。

 子作りどころか恋愛にすら興味がないに違いない。

 けれど、久しぶりに見た彼女は何かが違っていた。

 変えたのはヒンメル様なのか時間なのか。

 

 **

 

 クヴァールを倒した彼女に聞いてみる。

 

「今は何のために旅をしているんです?」

「人を、知りたいと思ったんだ。オレオールでヒンメルに会いに行こうかと思ってる」

 

 また割り込むのか。

 ヒンメル様の最後には……棺には私の指輪が寄り添っている。

 死後最後まで一緒にいるのは私だ。

 そしてあの方の残した種で永遠に孤独を慰めるのだ。

 

 でも、オレオールなんて場所があるなんて。

 そこでフリーレンがヒンメル様に会ったとき、死後のヒンメル様にとって最後まで一緒にいたものは果たして誰になるのだろうか。

 

 ずるいな。

 

 ただ、いかに死者と再び会える場所であろうと、言葉をかわし合おうと、思いを重ねようと、体を重ねることは死者とはできまい。

 だから、ヒンメル様の子供を産めるのは私だけなのだ。

 抱かれてできる子供じゃなくても、愛の結晶なのだ。

 

 私もオレオールに行きたかった。ヒンメル様にまた会いたかった。

 フリーレンの後に会って上書きしたかった。

 

 でも、子供のことを否定されたらどうしよう。

 勝手に盗んだ子種で産み続けているのだ。本人に咎められたら私はやめないといけないだろう。

 私に似たエルフの子どもたちとはともかく、ヒンメル様に似た人間の子どもたちとはいずれ会えなくなるのだ。

 あの空のような水色の彼を見ることができなくなってしまうのだ。

 

 結局。

 

 私は負けるのがわかっている戦いに参加することができなかった。

 最初から最後まで負けるとわかっている私は戦いを避けることしか選べないのだ。

 

 フリーレンは旅立っていった。

 シュメルツもついていってしまったが、一体どうなるのだろうか。

 

 彼もヒンメル様のように一生では思いを伝えきれなくて、思い出の中で気持ちを育てる羽目になるのだろうか。

 それとも、心を撃ち抜けるのだろうか。

 そう言えばオレオールでフリーレンと並ぶ自分にそっくりの男を見たとき、ヒンメル様は何を思うのだろうか。

 エルフにも人間にも性交なしに子供を生むなんて発想はきっと生まれないだろう。

 だから私の所業はバレないに違いない。

 

『あの子の父親はだれ?』

 

 そう聞かれない限りは迷宮入りだ。

 ため息をついた。

 

 結局、私が何人子供を産もうとフリーレンとヒンメル様の心の距離は離れはしないし、私とヒンメル様の心の距離も近づいたりしないのだ。

 それどころかヒンメル様には『自分に似た男と番になった』と思われる。

 幸せになれたんだね、良かった。なんて柔らかく笑われたら心が砕け散ってしまうかも知れない。

 

 完璧な計画だったはずだが、本当にそうだろうか。

 結局、そばにおいてもらって、棺の中においてもらって、最後にいるのは自分であるという満足感を得るために動いてしまった。

 永遠に一緒にいられないヒンメル様の代わりにずっと生きてくれる子供を手にする計画を立ててしまった。

 

 まっすぐ思いを伝え続けていれば、ヒンメル様の死をきっかけに変わったのだろうか。

 同じ思いのままずっと生きられるエルフの性質が今始めて憎くなった。

 

「おかあさんどうしたの?」

「ううん? なんでもないわ」

 

 子供たちにギュッと抱きしめられる。

 お日様の匂いがした。

 

 そうだった。この子達がいた。

 愚かな計画ではあったが、その御蔭で出会えたものもあるのだ。

 真に恋にだけ生きていたらきっとこの子達に囲まれてはいなかった。

 

 胸に燃える恋の炎は永遠に変わらないものだと思っていた。

 けれど子どもたちとともに生きることで少女だった私は母親に変わっていたみたいだった。

 ヒンメル様以外の男性を愛することはないだろう。

 けれども子どもたちもまた大切なものになった。

 あるいは本当に欲しかったのは魔族によって奪われた家族だったのかも知れない。

 

 ごめんなさい。ヒンメル様。自分勝手で。

 

 マミは大切な家族が生まれ育っていく今を大切に生きることを決意した。

 

 

 **

 

 

 勇者ヒンメルの死からXX年後。

 

 オレオールにて。

 

 ヒンメルは最愛の人であるフリーレンに死後会える幸福を神に感謝した。

 そして、彼女の隣に馴れ馴れしく肩を抱く自分にそっくりな男がいて神を呪った。

 

 なんでだ! その距離羨ましすぎる。離れろ。

 

「初めまして。俺の名前はシュメルツ。母の最愛の人のアンタに会えて良かった」

「母?」

「あ、彼はマミの子供なんだ。なのに君にこんなに似てるんだよ。すごい偶然だよね」

「え、あ……ああ、そうだね?」

 

 ヒンメルの頭に雷が走った。

 

 あの日だ。

 

 三人で最後に飲んだあの夜。

 ヒンメルはフリーレンを抱く夢を見ていた。

 

 今までヒンメルは自慰をしたことはあったが、その対象にフリーレンを選んだことはなかった。

 純真で汚れない思いを抱いていたからだ。

 だからためすぎたときだってフリーレンは出てこなかった。

 

 だからこそ、身勝手な夢だが夢だからいいじゃんと心は揺れた。

 清いはずのヒンメルのヒンメルに生々しい快感があって、おお、神よ、これはご褒美かと受け入れてしまった。

 きっと目を開ければそこにはマミがいたに違いない。

 

 けど、すぐに終わってしまいそうな幸福な夢に目を瞑ったのだ。

 あるいは最後まで関係を壊したくないとか、このままでいたいとかそんな弱さが形になっていた。

 普通であれば死んだ後に生まれたことになる息子に否定しただろうが、人に似た感覚で寄り添い続けたマミの時間間隔から誰か他の男と添い遂げるならエルフ的な時間があくだろうという一生の殆どを一緒にいてくれたある意味でのマミへの信頼であったし、勇者としての勘が血の繋がりを訴えてきた。

 

(でも、フリーレンが一人じゃなくなるというなら……いい、のか?)

 

「ヒンメル。ヒンメルとの旅が私を変えたんだ。人を知りたいって思った」

「そうか。それはよかったよ」

「だから彼との気持ちにも応えられるようになった」

「(まって!?)」

「今度結婚するんだ」

「(ええっ!?)」

「子供ができたらまた見せに来るよ」

「(こども!?)」

「えと? ヒンメル疲れちゃった? まあおいたままだもんね」

「ひどすぎない?」

 

 しかし、彼女が何を言っていたかいまいち頭に残らなかった。

『お父さん娘さんをもらっていきます』とか含み笑いをしながら言った彼にぐわっと心がきたし、その後のヒンメルはパパじゃないよという言葉になんだか妙にしょんぼりしたり忙しかった。

 

「あーあ」

 

 自分が歩いていた場所に別人がいて、そうありたかった関係になっているのは羨ましくある。

 でもヒンメルも年をとった。たくさん生きたのだ。

 フリーレンにとって自分たちとの旅が意味があって、なにか満たされたのであればとても嬉しい。

 死者冥利に尽きるというものだ。

 

「でも良かった。君の最後を幸せにするのがボクじゃなくたって、君の幸せの助けになれたのなら」

 

 しょんぼりしながらハイターと彼らの話で盛り上がろうと腰を上げた。

 失恋になるんだろうか。

 長いようであっという間の恋だった。

 

 




フリーレンに恋をさせれるのはヒンメルしかいない。
でも、ヒンメルは原作に出ることはできない。
人のヒンメルはどうすればいい?
子供を作る? あのヒンメルが?

いや、花の魔法。

アレがあるなら……ということでできました。
最終的には誰も最後は奪えてないけど、まあ、ハッピーエンドなのでは?

フリーレンのキャラはドイツ語らしいです。
マミはマミーで母親。
シュメルツは英語でメルト。溶かしちゃうやつですね。フリーレンの対比に。


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