大人の責任(ガチ)(notエロ) 作:教頭
阿慈谷ヒフミという人物は、皆と力を合わせ、奇跡を起こす光の主人公である。
私は知識として、そう知っていた。
しかし、ゲームの登場人物としての知識と実際に会ってみた所感というのは時に乖離するものだ。
阿慈谷さんは、本人の自称通り何処にでもいるちょっと可愛い物狂いの女の子だった。少なくとも、私の目にはそう映っていた。
迷いもするし、悩みもする。出来ることなら面倒な事には関わりたくないし、波風立てず、好きな事を追求して幸福に生きたい。
そんな、誰しもが持つような思考を持った女の子。
何故、これ程にまで印象が異なるのか。
私は少し思考し、その末に自分自身の事を思い出した。
私だって、元は大した人物ではなかった。
意思も脆弱で、やる気も無い。挙句の果てには現実逃避で異世界転生の妄想に浸るようなクソ野郎であった。
私が、今のように成れたのは、今のようにならざるを得なかったからだ。
そこに、私の意思は無い。……尤も素養は、阿慈谷さんも、私も最低限はあったのだろう。
即ち、彼女は、阿慈谷さんは、本編時空に於いて主人公にさせられてしまった人物である。
理由は私と同じ、そうしないと死ぬからだ。
主人公になる事を、成長だと余人は言うだろう。
しかし、実際に成った側から言わせてもらうと、碌な物じゃ無い。論外である。加えて、この変化は不可逆であり、たとえ主人公じゃなくなる事は出来たとしても、二度とその他大勢に戻る事は出来ない。
主人公になる事とならない事、どちらが彼女にとって幸せかを私が勝手に決めつけるべきでは無いが、環境によって勝手に決められるというのもまた違う。
自分がどうなるかは、自分自身が決められるべきであると、私はそう、身勝手に願ったのだ。
だからこそ、私は補習授業部をなるべく巻き込まないような策でエデン条約編を進行させたのだ。……補習授業部との出会い自体は普通に良縁なので部自体が作られない事態も同様に避けたが。
───そして、どうやら彼女は自分で選び取ったみたいだ。
「───お久しぶりです、『先生』。少し、お時間よろしいでしょうか?」
朝から続いていた曇天が自然と晴れていき、陽光が差し込む。
何処からともなく、一陣の風が吹き、濁った空気を洗い流していく。
思わず顔を上げると、瓦礫の上に、彼女は顔も隠さずに立っていた。
「久しぶりだな、阿慈谷さん。あと、もう私は補習授業部の顧問では無いのだから『先生』などと呼ばないでくれ」
手に付いている手錠を示し、そう返す。
「いえ、『先生』はやっぱり『先生』です。顧問だとかそういう事を抜きにしても、色々知った今、そう呼ばれるべき人だと、強く思います」
「……まぁ、呼び方位好きにしてくれ。済まない、変な拘りだったな。それで少し時間が欲しい、だったか。うん、本当に申し訳ないがそれは聞けない相談だ。私から話せる事、語るべき事は何も無いし、見ての通り死ぬ程忙しい」
「……それは承知してます。アビ、いえ水着団の子達から聞きました。『先生』の『時間が無い』のですよね。貴方が私達と過度に親しくなる事を避けているのも、死の喪失感を伝えないようにしているからという事も」
「……何故それを」
「うへ、ごめんね〜。前に『大人のカード』とやらの話をした時に、最後の使用回数の下りでピンと来ちゃってね。……その、本当はもっと早く気付いてあげたかったけど、ヒフミちゃんから話を聞くまでは、『先生』の事を誤解したままだったからさ」
「その、今からでも、何とかする手段を探しましょう!皆んなで力を合わせれば、何とか……」
彼女は、そう手を差し伸べる。
きっと、彼女の手をとれば、私も陽の元に戻る事が出来る。直感だが、決して間違いではないだろう。
───だが、それを選択できるような権利は、元より私には無い。
「駄目だ。皆で力を合わせて立ち向かうべき事は差し迫っている世界の危機であり、いつ起こるかも分からない私の生死などでは断じてない。世界が滅んだら無論、私も死ぬのだから、選択肢は元より無いようなものだろう?」
「そんな、そんなのあんまりです。誰よりも頑張っている『先生』にそんな仕打ち、あまりにも……」
「……これは、私のミスだ。本来なら、君たちは知らない筈の事を、私の過失で知ってしまっているだけなんだ。だから、どうか、気にしないで欲しい」
……彼女の意思が揺らいでいる。アビドスの子達も多かれ少なかれ、動揺しているみたいだ。撤退するなら今しかないだろう。
脳内の理性的な部分がそう囁く。これは逃亡生活で育ってしまった悪癖であり、私がじわじわと人でなしに近づいているサインなのかもしれない。
「済まないが、時間みたいだ。……阿慈谷さん、補習授業部の皆と仲良くね。水着団の皆には、迷惑をかけてしまった事を最後にもう一度詫びておこう」
そう言って、私は日陰に入り全速力で走っていく。
追跡はあったが、緩慢と評せるレベルであり、あっさりと逃げ切れた。
後ろ髪を引かれる想いが無いと言えば嘘になるが、世界を危機に陥れておいて自分がまず助かろうとする程、私は面の皮を厚く出来ないのだ。
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「Rabbit1、合流します。……その、覆面水着団の方々は?」
「撒いたよ。色々あって暫くは動きが緩慢だと思うから、撤退方向の敵にだけ集中すればいい。問題は……」
「粛清、粛清だぁ!おいらの睡眠時間を削るだけでは飽き足らず、夜一人でトイレに行けなくした罪!粛清するしかない!親衛隊、進め!」
「公費を使っての無駄な外遊、断じて許す事は出来ん!チェリノ会長は最早権力を持つに値しない。抗議活動を開始する!補填として、プリンの配給個数を一つ増やすまで我々の闘争は終わらない!」
撤退方向に遅れて現れた
赤冬は動きや意思こそ緩慢だが、私が一番苦手とする数を率いている事が大問題だ。まぁ、工務部と潰しあって自滅するだろうがどうあれ物理的に道を塞がれてしまうだろう。
「Rabbit1。迂回路は……」
「ネガティヴ。少なくとも近辺に彼女らを確実に避けられるような道はありません。ヘリで行くというのはどうでしょう」
「最悪、それしか無いがあまりやりたくは無いな。調月さん……ええっとミレニアムの生徒会長が用意してる策がアヴァンギャルドだけとは思えない。下手したら巡航ミサイルでお陀仏だ」
ミサイルならまだマシで、アビ・エシュフが出てきた時にはヘリなんかに乗っていたら勝ち目は無い。
「……ここは、他の隊員の到着を待ちましょう。そうですね、四人いれば突破できると思います」
「いや、万が一、覆面水着団に追いつかれたら洒落にならない。……そうだな、狙われているのはあくまでも私、彼女らは私が何とかする。先にスランピア広場に向かってくれ」
「また、とんでもないことを言い始めましたね。……流石に貴方に任せきりにしてはSRTの名が廃ります。何か手伝える事は?」
「ふむ、じゃあ工務部側に加勢して争いの火種を作ってくれ。工務部が行っている事はあくまでも抗議、それ故に相手から撃ち込まれない限りは暴力は振るっていないようだ。無論、レッドウィンターの連中もその事は承知しているようで、わざと放置して不要な争いを避けている。そこで君に両陣営の不和を煽る工作をして欲しい。先にレッドウィンター側から、次に工務部側から銃弾を撃ち込んで争いを……いや、その手の手法に関しては君たちの方が専門家か。済まない、素人がつらつらと語り過ぎた。兎に角、工務部をパルチザン擬きにして隊列を乱してくれ。手法は任せる」
「工作の指示自体は、了解です。それで、貴方は?」
「───ちょっと、子供を脅かしてくる。どうやら私は幽霊らしいからな」