大人の責任(ガチ)(notエロ)   作:教頭

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空中歩行

 

「書記長、目標を捉えました!如何なさいますか」

 

「うむ、全兵攻撃開始!奴を退治した者にはおいらの名の下に、プリンの配給個数を一つ増やすと約束する」

 

「……これでやっと枕を高くして眠れますね、チェリノ会長」

 

「? 何を言っているんだ、トモエ。枕を高くしたら首が痛くなるだろう」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 D.U.地区の大通りに大袈裟な程の大軍を構えたレッドウィンター事務局一同は、頭痛の種の解消を確信してホッとしていた。

 

 無論、頭痛の種は、例の亡霊の噂、"などではない"。

 

 その噂によって情緒不安定になった書記長による『大粛清』によるものだ。

 

 電気を消したら粛清、自身の周りに10人以上の人間の配置を一時でも途切らせたら部隊ごと粛清、何かが潜めそうな家具の配置をした者は粛清。

 

 皆、プリンを絶たれるという絶望を味わい、粛清者が送られるトイレは遂に底をついた。

 

 いい歳して、お化けに本気で怖がるようなレッドウィンター生など殆ど居ない為、彼らにしてみればパラノイアを患った書記長の方が余程恐ろしいのだ。

 

 そこで、佐城トモエ主導で立案されたのが『オペレーション・ハンティングスナーク』。

 

 古の童話に因んで名付けたこの作戦とも呼べぬ物は、例によって大量突撃をドクトリンとし、ひたすらに数でゴリ押すいつものレッドウィンターらしい代物だった。

 

 しかし彼女らの世界(レッドウィンター)ではそれで解決出来ない事は無いので特に誰もその事を気にしなかった。

 

 だが、相手はレッドウィンターはおろか、キヴォトスの外の存在なのだ。

 

 異変は少しずつ、少しずつ、彼らに迫っていた。

 

「しょ、書記長!その、追加のご報告が、いや、しかし……」

 

「何だ、早く言うが良い。偉大なるおいらの気はレッドウィンターの冬より長いが、それにも限度があるというものだ」

 

「……謹んで申し上げます。目標が部隊正面に現れました」

 

「何だ、いい知らせではないか。ええっと、とんで、ひにいる?……ええい、兎に角良い事だ。とっとと捕まえてしまえ!」

 

「いえ、その……」

 

「目標が空中に立っているのです。チェリノ会長」

 

 池蔵マリナが覚悟を決め、そうピシャリと言った。

 

「───」

 

 瞬間、空間が、否、書記長の発する空気が凍り付く。

 

 彼女は震える手で、落ちた髭を付け直し、

 

「……マリナとトモエだけ部屋に残れ」

 

 永劫にも感じる程の数瞬の末、何とか絞り出したのはそんな命令だった。

 

 

 ▲

 

 

 私は殊の外、漫画脳らしい。

 

 奇を衒ったこと、誰も想定していないようなこと、とどのつまり物事に対処する際、何か一捻りしてしまう性分なのではないかと我ながら思う。無論、生来の内向的な性格とは絶望的に噛み合わせが悪い。

 

 しかし、こういったどうしようもない状態では、荒唐無稽な発想とて役に立つ事はある。

 

 ───例えば、そう、ある漫画のなかのトリックを実際に使ってみたりだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 ───空中に立ち、大通りを俯瞰する。

 

 正面には、赤と白の制服に身を包んだ隊列が私に銃口を向けていた。

 

 隊列の乱れ具合からするに想定していた位の効果はありそうだ。

 

 そんな思考をしていると、ふと、両脇から爆発音が聞こえた。

 

 両脇からワイヤーで吊るされていると判断して、建物に榴弾が叩き込まれたのだろう。

 

 無論、建物が完全に倒壊しても尚、私は落下しない。

 

 敵部隊の混乱が一段と増していく。目的の達成まであと少しだ。

 

 遂に直接カラクリを暴こうとヘリが"私の上にやって来た"。

 

 ……ふむ、位置取りも完璧。流石プロだな。いい仕事ぶりである。

 

 私は予定通り、足場代わりのシッテムバリアを"切り"悠々と空中を歩行し始めた。

 

 

 ▲

 

 

「も、目標接近。ば、馬鹿な、空を歩いている?!」

 

「ひっ、う、撃てぇ!何が何でも、会長に近づけるな!」

 

「第一波攻撃、全く効果無し。……あの噂は会長の戯言じゃなかったのか」

 

 恐怖は瞬く間に部隊全体に広まった。隊列が乱れ、指揮系統が混乱する。

 

 無論、士気なんて最早無いも同然だ。彼女らは、本当に未知の怪物と戦うと覚悟していた訳ではないので当然の帰結である。

 

 そして士気が落ちると必ず発生するのが"この問題"だ。

 

 古今東西、部隊の士気を保たなければならない最大の理由は"この問題"しかない。

 

「じゅ、銃弾が効かないんじゃ、た、戦うも糞もないじゃない。に、逃げるしか」

 

 敵前逃亡

 

 多くの組織で重罪を課せられるこの行為は、それでも尚発生を阻止する事は出来ない。

 

「督戦隊、前へ。総員、第1種戦闘態勢!敗北主義者共は盾にして構わん!」

 

「ま、マリナさん!しかし、奴には弾が当たりません」

 

「馬鹿者、だからなんだと言うんだ!弾は当たらずともチェリノ会長の盾となる事は出来る!偉大なるチェリノ会長の聡明な頭脳なら、必ずこの状況を解決する手段を思い付かれる筈だ。だからそれまで時間を稼ぐんだ!」

 

 上官と督戦隊が前線に出て、銃口と檄で兵を脅し士気を保たせる。

 

 しかし相手は埒外のナニカ。

 

 悠々と笑みを湛えながら穏やかに、しかしその瞳には想像を絶する意志を込めて、空中を闊歩してくる。

 

「目標、こちらまで残り200mを切りました!会長、指示を!」

 

「チェリノ会長!返事を!」

 

 最早、部隊の大半は最低限の射撃能力すら損失し、銃弾は全て明後日の方向に飛んでいく。

 

「───総員撤退!手段は問いません、自衛用の武器以外の全てを放棄し、今すぐここから離脱してください。その後、任意の手段で誰一人欠かさずレッドウィンターに帰投せよ!これはチェリノ会長の命令です!」

 

 その末に、ついに撤退命令が佐城トモエによって出された。

 

 加えて"幸運なことに"、緊急時に一時的に敵愾心を飲み干し、デモを取りやめて撤退支援を申し出た工務部により迅速な撤退が為されていく。

 

 かくして彼女らレッドウィンターはありもしない危機的状況から脱する事に成功したのだ。

 

「……少し、脅かし過ぎたかな。二人とも協力ありがとう。見事な操縦技術だったよ、空井さん。月雪さんも、不用意な争いを発生させず障害を排除する工作手腕は見事な物だった。私はもう大丈夫だからそのまま『UTOPIA』に───待て、何か来る!」

 

 本当に常に危機的状況にあるのは、亡霊当人であるという事を知るものはこのキヴォトスには殆ど居ない。

 

 

 

 ▲

 

 

 アヴァンギャルドだとかいう珍妙なロボットを撒いた私、空井サキは、『先生』の指示の元、次の作戦行動に移る。

 

「Rabbit3と協力してレッドウィンターのヘリを一機ジャックしてくれ。その後、あるタイミングまでは向こうの指示系統に従い、敵軍を装ってくれ」

 

「……潜入工作か、了解した。ああ、後、他のメンバーの状況を教えてくれ。遺物の効果でほんのりとどういった事をしているかは解るが、『先生』が何を指示したかまでは分からないからな」

 

「ふむ、Rabbit1はあるポイントにてサボタージュ(破壊工作)を実行中。これもレッドウィンター関係だ。Rabbit3は尾刃さん率いる公安部を一人で相手取って貰っている。私も支援しているが、兵器の質の関係でこちらがかなり優勢だ。Rabbit4にはある懸念事項から一つ探索の依頼をさせて貰った。無論、退路の確保が終わったらすぐに撤退させる」

 

 この男、相変わらず重度の秘密主義者である。必要な事以外は一切話さないし、訊ねても煙に巻かれてしまう。鼻持ちならないが、秘密にするだけの事はあるようで防衛線を破った覆面水着団を何らかの手段で退けたらしい。

 

 どう見ても電池切れのタブレットにしか見えない眉唾遺物『シッテムの箱』とやらの力も本物である事は、身を以て体感しているが、それだけだ。『先生』の底は未だ見える気配が無い。

 

 本当に何も考えず、直感的に見ればただの気のいい人なのだが、どんな能天気な奴でも『先生』に纏わりついている噂を知れば途端に全てが胡散臭い事が判るだろう。

 

 そんな噂が、また今日も一つ生まれる事を私は確信した。

 

「……私は疲れているのか?」

 

「大丈夫、本当に疲れているのはこんな手段しか思いつかなかった私だよ」

 

 人が、宙に浮ける訳が無い。

 

 そんな当たり前が、今、目の前で覆されていた。

 

「種も仕掛けもある。普通に両脇のビルから細い紐で吊るされているだけだ」

 

 そう言われて見てみると、確かにビルの屋上にワイヤーを張るのに使ったと見られる使用済みドローンが破棄されていた。

 

「成る程、そういう……待て、それじゃ動けないし、逃げられないじゃないか」

 

「そこで君の出番だ。彼女らレッドウィンターの目的は私を撃退する事ではなく、私が幽霊などの怪奇現象ではないと証明する事。必ずヘリで近づき観測する命令が出る。君は他のヘリに先んじて、私の真上にポジショニングして貰いたい」

 

 ワイヤーをヘリに移し替えて、そのままヘリと共に移動するという事だろうか。加えて、遺物ジャックによるモニター映像の視点調整をしてカラクリがバレないようにする事も、一応出来るだろう。だが……

 

「……言いたいことだけは、分かった。だが『先生』は控えめに言って頭がおかしいんじゃないか?」

 

「この職業はどうやら頭がおかしくないとやってられないみたいでね。現に私の教範には人の足をノータイムで舐めることが正解の状況もある」

 

「はぁ?『先生』の冗談はつまらないだとかを通り越して最早意味不明だぞ」

 

「……何も冗談は言っていないのだがね。まぁ、よろしい。ポジショニングした後の指示は追って飛ばす。先ずは今言った事に集中してくれ」

 

 『先生』がそう言い終わった瞬間、ワイヤーが張ってある両サイドのビルが倒壊させられた。

 

 ───あっ、終わった。

 

 ……悲しい程、味気ない遺言だったな。

 

 一応、教範に縛られていた私の頭をその狂った発想で無理矢理柔らかくしてくれた人だ。死を悼む事くらいはしておこう。加えて今の失態で奇を衒うのではなく基礎に則ることが大事だとその最期をして身を持って教えてくれた恩師でもあるからな。

 

 そう言い、無言で十字を切った私だったが、次こそ本当に訳の分からない光景がそこにあった。

 

 

 

「───やっぱり、『先生』は幽霊だな。間違い無い」

 

 

 

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