大人の責任(ガチ)(notエロ) 作:教頭
「暗殺対象に律儀に挨拶するとは、飛んだお笑い種だ」
第一声は、そんな虚勢から。
相手がなんであれ、取り敢えずは会話で時間を稼ぐ。スケバンであれ、ミレニアムの最終兵器に搭乗したエージェントであれ、人である以上それは変わらない。 尤も、相手が乗ってくれればの話だが。まぁ、この手段は流石に使いす───
「いえ、隠密という観点で言うならばアビ・エシュフにここまでの接近を許した状況になった時点でどうあれ"先生"は詰んだのです。であれば、エージェントとしてより、メイドとしての作法に則るのが良いと判断いたしました」
……存外に乗ってきたな。何か策があるのか。
ご丁寧にバイザーまで上げて、丁重に挨拶をする飛鳥馬さんに私は心底困惑する。この瞬間にもエリドゥへのハッキングは進行しているというのに、外部から連絡を受ける素振りすらない。
「うん?分からないな。君らが散々苦汁を舐めさせられてきたシッテムの箱は未だ健在。絶対性という意味ならそれこそ何の保証も無いだろうし、君のご主人様がそれを気に掛けない筈も無いだろうに」
それとも命令、殺人に対する抵抗だろうか?いや、否だ。拒絶感はあれど、最後には為せと言われた事を成す。往々にしてエージェントとはそういうモノであるし、そうでなければC&Cはミレニアムにてあそこまでの地位と信用を得ていない筈だ。それが人としての一線を越えてしまう殺人であっても不変でなければならない。
いや、考えるのは後だ。まずはRabbit小隊を───
「───な」
一呼吸、一瞬き、その間際。
完璧としか言えないタイミングで飛鳥馬さんは、"アビ・エシュフをパージして"、自身の体一つでこちらに接近してきた。
手に握るはコンバットナイフ、狙うは喉元。
時間が減速、否、思考が加速する。
やられた、まさかアビ・エシュフを囮にするとは。
考えて見れば当然の話で、シッテム以上のハック能力を持ち合わせていないミレニアム側がどうやって私を倒すのか。それを理詰めで考えていけばある結論に達するのだ。
機械を介さず、人を使って戦う。
ありふれた結論ではあるが、相手がミレニアムであるという事実がその結論を遠ざけた。原作の印象が逆に仇となった形だ。
「───っあ」
エリドゥハックに空中歩行とリソースを使い過ぎて微弱になってしまったシッテムバリアはいとも容易く破られた。左腕に焼けたような熱が走る。幸運にも麻痺して感覚が鈍くなっていた人体の部位であった事で私はナイフを受けつつ意識を保つ事が出来た。
いつの間にか、支援銃撃によってワイヤーは切られていたようで我々はビル10階程の高さから落下していく。
腕を貫通した刃が文字通り目の前まで迫る。が、命まではやる訳には行かない。
落下中に身を捩り、最後の抵抗を試み───
「……合気道ですか。この不意打ちで命を取らせなかったのは見事としか言いようがありません。ですが、これでお終いです」
「……」
彼女のいう通り前世の付け焼き刃の技で命は繋いだが、それだけだ。
飛鳥馬さんの手にはシッテムの箱が。今の攻防の最中に、私の右手から抜き取ったようだ。加えてナイフをまともに食らってしまったな、落下の衝撃こそバリアの残滓と飛鳥馬さんを緩衝にする事で何とか緩和できたが、それでも彼女の突進を受け止めた衝撃と合わさって筋や骨を数箇所痛めている、手当しなければ長期の活動は叶わない。
彼我の距離は合気で稼いだ一間合い。
Rabbit小隊は、……まあ調月さんのことだ。このタイミングで来られないという事は完璧に抑えているのだろう。
アロナとの通信も完全に断絶……今の私では詰みか。あとは運頼みだ。
この世界で"最も頼るべき所"に頼ったんだ。これでダメだったら流石に諦めるしか無い。
「最期に、何か言い残す事はありますか」
飛鳥馬さんは、顔色一つ変えずに、しかしキチンと私の目を見てそう告げた。余所見をしないことはきっと彼女なりの誠意だろう。
今までもそうであったが、友好関係を築くべき生徒と命を狙われるレベルで敵対してしまうのは、最早私がそういう星の元に生まれてきたからなのかもしれない。だからこそ、彼女、飛鳥馬さんにも押し付けがましい私の願望を込めて、こんな言葉を送ろう。
「……縁というものは奇妙なものでな、どんなに最悪の出会い方をしても出会った事には変わりない。君とも、君のご主人様ともいつかそうなれる事を祈っているよ」
飛鳥馬さんが顔色を変えるが、もう遅い。
一発の銃声と共にシッテムの箱が彼女の手から弾き飛ばされる。
そして、床を滑るシッテムの箱は上品な黒のヒールで受け止められた。
「───同業者のよしみよ。一度だけ、タダで助けてあげようじゃないの」
ワインレッドのコートをたなびかせ、堂々と彼女は歩み出る。カツカツとしたヒールの音が何とも頼もしい。
小豆色のロングヘアからゲヘナ生の特徴である真鍮の角が伺える。コードの下の白のブラウスには本人の根が真面目である事を示すようにあまり飾り気が無い。胸元には上品な赤リボンが愛らしく揺れていた。
安っぽい土産物の袋さえぶら下げていなければ完璧なのだが、それを差し引いても今の彼女は十分以上に格好良かった。
「こんな一文無しの胡散臭い依頼を受けてくれてありがとう。タダとは言わずこれは借りにしておくよ、陸八魔さん。尤も、返す前に死にそうなんだが」
「そう、それは困るわね。折角の美味しい話が無くなるのは御免だわ」
依頼をしたタイミングはお歳暮だかお中元だかを持った彼女をモニター越しに視認した時。転ばぬ先の杖としてモモトークでの簡素な依頼文を飛ばしておいたのだ。尤も、報酬の持ち合わせが無かったので受けてくれるかは五分五分だったがそこは陸八魔さん───厳密にはその性格と空気感を信頼する事にしたのだ。だからこその運頼みという訳である。
「っく、アビ・エシュフ!」
「折角、今格好付けているのに、話す暇も与えてくれないのね。ムツキ、ハルカ、あの子犬ちゃんの相手をしてあげなさい。カヨコは先生とここを離脱して」
飛鳥馬さんを動物に例えると何になるかはさておき、驚くべきは陸八魔さんだ。
話を遮られてさえ、そのロールが剥がれる事はなく、不敵な笑みを浮かべつづけている。
「待て、陸八魔さん。シッテムで支援を」
「冗談も休み休みにしなさい。というか今すぐ休みなさい、"先生"。その死にかけの重体で支援されても気が重くなるだけよ」
「……正論だな、これ以上ないくらいの。じゃあ、ここは任せるよ。Rabbit小隊に私の身柄一つ示せば、適切な支援を受けられる筈だ。尤も、今は全員C&Cと戦闘中だからプラマイの判断はそちらに任せる。セーフハウスの位置やアビ・エシュフに関する情報は今、アロナに送らせた」
「カヨコ」
「いけるよ、社長」
短く、何も意味を含まない言葉。
しかし、それで伝わるのは信頼故だろう。何とも眩しいものだ。
「じゃあ、縁があったらまた会いましょう、"先生"。その時は、便利屋68をよろしくね」
最後に名刺を一枚投げ渡し、彼女は仕事を始めた。
▲
「アルちゃん、良かったね。さっきのアルちゃん、すっごくアウトローでハードボイルドだったよ」
ガトリングが連射され、レーザーが地を焦がす鉄火事場にて何の気無しに浅黄ムツキがそう口にする。
「いえ、まだまだだわ。さっきのは"先生"の空気感を借りていただけ。あれを自分でも出せるようにならないと」
「しゃ、社長からあの人の空気感が出るのは……、いえ、私なんかが意見してすいません」
「うーん、ハルカの言ってる事、別に間違っていないと思うけどな。だってほら、結局あの人に差入れ渡せなかったじゃん」
未だに陸八魔アルの腕にぶら下がっているビニール袋を指して、浅黄ムツキはそう指摘した。
「確かにあの人……"先生"みたいになれればいっつもカッコはつくと思うよ。でもそれでアルちゃん本来のあったかい優しさが失われるのも違うなって。アウトロー風にいうなら仁義?ってやつ」
「……」
ふと、陸八魔アルは考え込むが、まもなく銃声が言葉と思考を飲み込んだ。
───まるで私の逆ね、"先生"
そんな消えゆく所感は、明るさと青さを望んでいる彼に向けての手向けであった。