大人の責任(ガチ)(notエロ)   作:教頭

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開演前の舞台裏

 

 

 体全体を柔らかい感触に包まれて、身体が泥の中に沈んで行く。

 

 感じたのは、そんな所感であった。

 

「おや、イドから意識が浮上したか」

 

 ぎぃぎぃ、とした音と共に何者かが近づいてくる。

 

 瞼に乗る鉛のような重たさを振り払って、私は目を開いた。

 

「直接会うのは2回目だな、『先生』。私のアトリエへようこそ」

 

「……マエストロか。という事は、上手く行ったのか」

 

 双頭の木偶人形、改めて間近で見ると不気味ではあるな。目が本能的に視線を逸らすと周りの状況が伝わってくる。豪奢な洋室、窓の外には灯りの無い観覧車やジェットコースターが立ち並んでいる。確かにここは廃遊園地UTOPIAで違いは無いようだ。

 

「あの兎は矜持にかけて『脚本』を演じ切った。尤も、貴方は最後に悪魔の力に縋っていたが、その位であれば許容範囲、いや寧ろいい風刺になるだろう」

 

「そうか。彼女らに大事は無いか?」

 

 相変わらず、難儀な言葉を捏ねくりまわすのが好きそうで結構だが、これでも協力相手で命の恩人だ。否定するような愚は犯さない。

 

「約定通り、貴方の庇護下にある『神秘』の受肉体は生理欲求を文化的手法で満たした状態にある」

 

「解釈の違いが無いか、確認させて貰う必要はあるが……そこはそれ。まずは約定の代価について改めて聞かせてくれ」

 

「私の探求、創作に一度だけ『題材』としてお付き合い頂く。ただし『神秘』を砕く、『恐怖』へと反転させるような試みは許容しない」

 

「うん、相違無いな。具体性が無いのが恐ろしい所ではあるが」

 

「『題材』の背景を知らずに、具を詰めるのは愚かが過ぎるのだ。ご容赦頂きたい」

 

「するとアレか、君は私の事を知りさえすれば具体性を提示できるのか」

 

 ならば早く言ってくれれば、と思うがそこは大人の世界。会話の中で勝手に勘違いに誘導された方が悪いのだ。

 

「確約は出来ないが、形象に近づくのは間違いない。……ではご厚意に預かり問おうではないか。貴方は『先生』になる前は如何なる形質を持っていたのか」

 

「……自分語りは余り好きじゃ無いんだがな。それで話が進むなら答えるさ」

 

 私は一息吐きつつ、青かった頃の記憶を呼び起こす。

 

「ここに来る前は、役者をしていたんだ。尤も、三流もいいところだがね」

 

「演じる者、別の自我を身にまとう存在、成る程興味深い。しかし何を持って己を下等と評すのだ?」

 

「収入、評価、才覚だ。……即物的で悪いな、ただそのような物差ししか持ち合わせていない事こそが私が三流たる所以なのだろう」

 

 志した道ではあったが、結局その道において何が肝要であったかは未だ分からない。まさしく、器じゃなかったのだろう。

 

「芸術において即物的な価値基準は非難されがちだが、私はそうでは無いと考える。数値の価値、大衆の意見、作者の特異性も物を見るための数ある視点の一つに過ぎない。特別忌避するような事は無いだろう。しかし、成る程、ともすれば貴方がここに来てからの行動、貴方の立ち位置に多くの解釈が考えられそうだ」

 

「好きに解釈してくれ」

 

 ここに来てからの私は『先生』の代役だ。が、これも結局務めきれていないから救いが無い。

 

「では解釈を定める為にまた一つ問おう。貴方の持ち合わせる技能、才覚、貴方自身が些細なことだと感じている能力でも迷わず発言してくれたまえ」

 

「君たちが観察した以上の事は無いと思うがな。まぁ、体力・持久力の類は唯一誇れるものか。他は雑多な技能だ。役者だけでは食べていけなかったが役者を諦める勇気も無かったが故に色々な職業・趣味に手を出した。万の経験が自身を成長させ、その先にいつか大成出来ると思っていたからな」

 

「具を詰めてくれたまえ、『色々』という表現はあまり好まない」

 

「接客、カウンティング、工作、合気道、尾行、雑学、特殊清掃、写真術、歌唱、……ああ後、変装だけは得意中の得意だったな。こちらに来てからは意味をなさないが」

 

「と言うと?」

 

「ヘイローはどうあっても偽装は出来ないからだよ。加えてヘイローの無い知性体は皆、人の形をしていないし」

 

 よしんばミレニアムかなにかの技術でヘイローを偽装出来たとしても、人型をしているのは全員女性であり、声、体格などからして余程研究しないと無理だろう。

 

 そもそも一言に変装と言っても、スパイ映画みたいにマスクを被って特定の人物になりきる、と言ったものでは無い。いや、一応そちらの心得もあるが、コストの関係で基本的には小道具で瞬時に姿の雰囲気を変えて、場に溶け込んだり、追手を撒いたりする技術だ。

 

 話が逸れてしまった、とマエストロの方に向き直るがかの木偶人形からの返答はぎいぎいとした音と妄言のように呟かれる男であった。

 

「『(ヘイロー)』、『複製(ミメシス)』、『総力戦(ラグナロク)』、『神秘(ミステリー)

『人の形』、『亡国(ゆうえんち)』、『役者(せいと)』、『人ならざる物』、『反転』、『舞台』、『夢の名残』

 

 ……あぁ、『先生』、今ここに探求の指針が決まったとも」

 

「今の小技談義に何を見出したのかは知らないが、まぁこちらに拒否権は無い。今すぐ死ね、とかで無ければ好きにしてくれたまえ」

 

「では、『先生』。───まずは、現状の戦況、敵対者、各校との情勢を詳しく教えてくれたまえ」

 

 どんな抽象的で観念的な事を要求されるか身構えていた私にかけられたのは、芸術家には似合わない酷く俗世的な問いからであった。

 

 

 ▲

 

 

「自治区代表各位の皆さん、今回はお忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」

 

 サンクトゥムタワー、その会議室の一つは現在最高レベルの緊張に包まれていた。

 

 ミレニアム、ゲヘナ、トリニティ、その三校の代表が一堂に会しているのだ。

 

 加えて、レッドウィンター、アビドス、百鬼夜行、カイザーの面々も互いを牽制しつつ、一先ずは大事の前に大人しく状況の推移を見守っている。

 

 それ程の問題、否、元は些細なモノであった筈のナニカだ。

 

「単刀直入に言いましょう。今回集まって頂いたのは各地で様々な影響を及ぼした『嚮導者』の鎮圧。その為の連合部隊の結成と各校の持ちうる情報の統合の為です」

 

 七神リンがそう告げても、会場に動揺は無い。皆、そこまでは前提条件としてこの場に集まっているのだ。

 

「キキッ、鎮圧なら、我が万魔殿だけで十分だ。貴様らが揃いも揃って無様に蹴散らされた『嚮導者』を討ち取って、ここにいる全員に万魔殿の威光を知らしめてみせようじゃないか。普段なら連邦生徒会のおつかいなど御免だが、今回は相手が相手だ。万魔殿が出るに相応しい相手などそう居ないから、貴様らは正しく幸運なのだ」

 

 最初に口を開くのは、何も知らないような物言いにみせて、ある程度は事を把握している羽沼マコト。目的は敢えて他者に突っかからせるような物言いをし、皆の立場を明確にする事である。

 

「おおっ、これはゲヘナの議長殿ではないか。そう水臭い事を言うでない。何かお祭りみたいで楽しそうではないか。オイラ達にも参加させるように」

 

 最初に反応を示したのは、意外にもトリニティでは無くレッドウィンターである。当のチェリノは単に特殊すぎる場の雰囲気に当てられて、何も分かっていないながら何だか楽しくなってきただけなのだが、他校の人間にそれを知る由は無い。

 

「羽沼さん。アイスブレイクはもう終わったでしょう?今回の件はETOの試運転の役割もあるのです。あまり高尚な冗談を仰られても皆様が困惑してしまいます」

 

 ワンテンポ遅れて、会場の流れを正そうとしたのは桐藤ナギサだ。現状、トリニティの『嚮導者』に対する姿勢は情報クリアランスという壁で、パックリと割れている。真相を全て知るものにとっては学校を救った恩人であり、知らないものにとっては学び舎を半壊させ激しい政治的混乱を引き起こした外患であるが故に。

 

 本日の参加者である、聖園ミカ、百合園セイア、歌住サクラコ、蒼森ミネ、そして"秤アツコ"は真相も含め、『嚮導者』、否、『先生』の目的をある程度把握しているが、護衛まではその限りでは無い。そもそも事の真相は紛れもなくトリニティの恥部そのものであり、全てを明かす事はそれこそ『先生』の努力を無に帰す事に等しい。既に彼が残した、アリウスとの和平シナリオを実行し終えているからこそ、全ての瑕疵を請け負ってくれた『先生』は対外的には仇敵なのである。

 

 即ちトリニティの目標は、『先生』の死亡偽装と秘密裏での捕縛。この二点を実行しなければ彼を縛っている濡れ衣の醜聞、悪評から解放する事は出来ない。

 

 それ故に、本会議では動き難いことこの上無いのだ。

 

「ETO、エデン条約機構。その役割は自治区間に跨る問題の共同対処だ。本件ほど題目に即した案件は無い。そうだろう、空崎さん」

 

 百合園セイアはすかさずゲヘナ側の穏健派かつ協調派である空崎ヒナへ話を振る。羽沼マコトの妨害虚しく、彼女もまた、キヴォトスの趨勢を決するこの会議に出席していた。

 

「ええ、その認識で構わないわ。調印式前の不穏分子の排除も兼ねているのだけれど」

 

「はん、人一人に大袈裟が過ぎるだろう。大体、今回の問題は主要施設を半壊させられたトリニティとD.U.地区の致命的な治安悪化、放逐したSRTとの合流を懸念した連邦生徒会間のものだ。我々に瑕疵が無いのにETOを使うのはゲヘナが損をするだけだろう」

 

 風紀委員の干渉はそもそも風紀委員の存在そのものを許容していないため、対外的には無いものとして、羽沼マコトは空崎ヒナにそう主張した。

 

「それは違うわ、羽沼マコト。この映像を見て頂戴」

 

 機を伺っていた調月リオは、このタイミングで場に参入する。セミナーの面々がカーテンを下ろし、プロジェクターを起動させ会議の流れを掴んだ。

 

 映し出されるのは、ある戦闘記録。

 

「……便利屋68、か。くっ、確かに彼女らはウチの生徒だ」

 

「これは、……先日のD.U.事変の映像ですね。彼が元SRTのRabbit小隊の手に落ちたという偽報に端を発する、犯罪者の一斉活性化。及びその混乱に乗じたレッドウィンターとミレニアムのD.U.地区への軍事介入。居住区にミサイルまで打ち込んだ恥部を自ら晒すとは……気は確かですか?」

 

 諜報機関シスターフッドの長である歌住サクラコはここでカウンターとしてミレニアムの瑕疵を責める。軍事介入、巡航ミサイルの使用、民間設備への電子攻撃と無断利用、超高高度からの落下物の投下。C&Cが封鎖した内部で『先生』へ何が行われていたかまでは把握出来ていないが、十分すぎるほど責任を問うことの出来る罪科である。

 

「無論、私のやった事、やっている事は絶対に赦される事の無い紛れも無い悪行。事が全て終わったら責任をとるつもりよ。ただ、それは今回の会議の目的とはそぐわないわ。この会議は善悪、利害を超越して彼を停止させる為のものである筈。足を引っ張りあっていてはそれこそ彼の思う壺よ」

 

 彼女のこの言葉にて、皆は当初の目的を思い出す。

 

 誰が彼を倒すのか、誰が彼を倒すべきなのか、といった次元の話をするフェイズでは無く、後処理で対立する事を差し引いても、誰でもいいから彼を倒し、動きを止めなければならないレベルまで脅威度は上がっているのだ。

 

 外から来たヘイローの無い人型。現れた人数の関係上、連邦生徒会長の置き土産とやらと何らかの手段で入れ替わった事だけは明白であるが未だ詳細は不明。加えて指揮や諜報の仕方が同時期に突如失踪した連邦生徒会長のソレと酷似している為、何らかの手段で彼女の超人的能力の一部を簒奪した可能性まで考えられている。また、サンクトゥムタワーの全権をいつでも奪える事がその恐ろしさを助長している正真正銘の怪物だ。

 

 加えて、底無しの二つのオーパーツ。

 

 極めて応用性の高い電子バリアと全ての演算機器を超えるハッキング能力を持つ『箱』

 

 即座に戦略級の戦力を召喚でき、上手く使いこなせなかった前任者二人でも一度も黒星を付けさせなかった『カード』

 

 これを以てして、連邦生徒会は彼を未曾有の脅威と認定し今回の召集に至ったのだ。

 

「ありがとうございます、調月さん。……では、現在の『嚮導者』の所在、状況などから情報を擦り合わせていきましょう」

 

 七神リンは、この機を逃さず話を進める。彼女にもまた、仕事として以上の目的が彼に対してはある。消えた連邦生徒会長、彼女にとってはとても良くしてもらった先輩であるその人の状況を知る為の唯一の手掛かりなのだ。それ故に、防衛室長、不知火カヤの暴走を渡りに船と考え、意図的に見逃し、法外な懸賞金をも黙認した。対外的には親シャーレ派閥の長であった彼女はそうして政治的弱体化を演出しつつ、連邦生徒会自体を目的の方向へ確実に誘導していたのだ。

 

「現在『嚮導者』はD.U.地区郊外の廃遊園地に逃亡後、滞在している事。それと同時に何らかの防衛措置を施し、外部からの干渉を拒んでいる事が明らかになっています」

 

「それに関してはこの私、明星ヒマリが補足説明しましょう。現在、遊園地外縁部にはあらゆる観測を拒む、事象の地平線、まぁ簡単に言えば黒塗りのバリアのようなモノが下ろされています。恐らく発生させているのは、ここに運び込まれたと思われる遺物『ウトナピシュテムの本船』かと。これに関しては、そちらのカイザーの方々がある程度の事情を把握してるでしょう」

 

「……プレジデント」

 

「……企業秘密であったのだが、流石にこの場で隠す訳にもいくまい。ああ、ミレニアムの『全知』が仰る通り、先日、"我が社が保有する"アビドスの採掘現場に大規模な襲撃があったのだ。『黒服』と我々が呼称している存在が操る神聖十文字の預言者、ケテル、ゲブラー、ビナーによる一斉襲撃により地下遺構の最深部で発見されたオーパーツを持ち去られたのだ」

 

 アビドスやヘルメット団相手には強く出る事の出来るカイザーといえど、井の中の蛙。この場ではどうする事も出来ず、アビドス占有の正当性を対外的に主張しつつ素直に協力するに止まった。

 

 しかし、その挑発を許容する事の出来ない立場の者もこの場にはいる。

 

「───ん、もう面倒臭いから、ここでカイザーを襲ってアビド───」

 

 砂狼シロコが銃に触れた瞬間、───会場に一陣の風が吹いた。

 

 各校の護衛、主戦力が一斉に向けるべき所へ銃を向けたのだ。

 

 トリニティからは、剣先ツルギ、聖園ミカ、錠前サオリがそれぞれカイザー、空崎ヒナ、小鳥遊ホシノへ。

 蒼森ミネは百合園セイアを盾の内に隠す判断を行ったため、直ちに暴れ出すような事態には幸い至らなかった。

 

 ゲヘナからは、空崎ヒナが誰よりも早く1人飛び退き銃を抜き、会場の全員を射程に収めている。遅れて銀鏡イオリが桐藤ナギサに銃を向けるが、その手は少し震えていた。

 対して万魔殿の羽沼マコトはただ動じる事なく座って不敵な笑みを浮かべる事で部下の層の薄さを補っている。

 

 ミレニアムからは美甘ネルが空崎ヒナへ、一度やってみたかったと言わんばかりに銃を向け、残りのC&Cのメンバーで羽沼マコト、小鳥遊ホシノ、カイザーを抑えている。加えて、光学迷彩で姿を隠していたアビ・エシュフ装着済みの飛鳥馬トキがトリニティの一陣全てを射程に収めていた。

 

 レッドウィンターでは池倉マリナが何故か連河チェリノに銃を向けて、当のチェリノは高まりすぎた部屋の殺気で気絶している。

 

 会長不在の百鬼夜行は統率に欠け、何とか自衛をする程度に止まっている。

 

 カイザー側も負けじと、全勢力へ銃を向けるが力不足なのは誰の目にも明らかであった。

 

 そして発端のアビドスは───

 

「……シロコちゃん。今回ばかりは、流石にオイタがすぎるよ。うちの後輩がご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ございませんでした」

 

 小鳥遊ホシノが素早く銃を放棄し、盾だけになって降伏の意思を示す。

 

 この賢明な判断より、緊張は一先ずの収束へと至った。

 

 殺気に当てられて気絶したり、体調が悪くなった者が数名運び出されていき一先ず安全という空気感が流れ出す。

 

 首の皮一枚でギリギリ会議の体裁を保ったまま、再び話は進行しはじめた。

 

「こっほん、兎に角、カイザーの方々が仰ったそのオーパーツの輸送方向がUTOPIA方面である可能性が高い為、何らかの手段で利用を企てている可能性が高いのです」

 

「加えて神聖十文字……、デカグラマトンとも何らかの接触を持っている事は確かだわ。彼がトリニティを出た後の指名手配中の一ヶ月、その第一週にミレニアムの『廃墟』を探索し何らかの発見に至ったという情報は掴んでいるけど、残念な事に『箱』によって電子的なログの一切を抹消済み。後発の調査もこれといった成果を挙げられていない状況よ」

 

 明星ヒマリと調月リオがなるべく具体的な話をするように努め、皆の思考をじわじわと本題へ戻す。

 

「『嚮導者』が何を使ったかなどどうでも良い。問題は遊園地を覆っている幕とやらを破る方法だ。キキッ、兵糧攻めは性に合わないからな、包囲して待ち続けるなどと言ってくれるなよ」

 

「それに関しては私も同感です。包囲するという事は開幕のタイミングを相手に委ねるという事。向こうから仕掛けられて勝てる相手ではありません」

 

 ゲヘナとトリニティが協調するという珍事が起こりながらも、妙に勿体ぶっているミレニアムを揺る。

 

「……手段は、ミレニアムが提供するわ。『アトラ・ハシースの方舟』、『ウトナピシュテムの本船』と対を為す特殊なオーパーツ。これが持つ虚数防壁と演算能力ならば事象の地平線に穴を穿つ事が出来る」

 

 明星ヒマリが、"彼女ら"を巻き込んだ事を責め立てるような視線を調月に向ける。調月リオ自身も罪悪感があるのか、目を閉じて感情をシャットアウトしていた。

 

「じゃあ、後は何があるか分からないし、生きて帰れるかも分からない伏魔殿に足を踏み入れる部隊を決定するだけね。……言い出しっぺの責任をもって、風紀委員からは、私が出る。皆、よろしく」

 

「い、委員長?!」

 

 一番恐ろしくて、様々な思惑が絡んでいる部分に最初に発言したのは空崎ヒナだ。余りにも単刀直入だが、彼女にはそれを押し通すだけの実力と名声がある。誰も否定する事は出来ない。

 

「はん、風紀委員は校舎の掃き掃除でもやっているといい。万魔殿の戦車部隊、その威光を知らしめるいい機会だ」

 

 一歩出遅れた事に歯軋りしながらも、大々的に参入する意思を示す羽沼マコト。ゲヘナからかなり大々的に出陣してくれる事に内心安堵するのは小規模な陣営達だ。皆、カナリアなんて真っ平御免なのだ。

 

「アリウスも一部隊出よう。一応、トリニティの部隊という事になるのか?」

 

「そうだね。部隊長はサッちゃん、……錠前さんに一任します」

 

 ゲヘナを意にも介さず、予定通り粛々と事を進めるアリウスの二人。先生を最も恐れる必要が無い故に、焦る必要も、場の流れを読む必要も無く淡々と言うべき事のみを言う。無論、目的は『先生』への複合的な支援である。

 

「では、支援部隊として救護騎士団も内部に入りましょう。必要な人、助けを求める人、全てを救護して見せましょう」

 

 それは『先生』と直に相対した事のある蒼森ミネも同様で、自身の為すべき事を淡々と表明するのみである。

  

「ま、待ってくれ。その、いくら強いとは言え、相手は一人なんだろ?この規模は、いくら何でも大袈裟過ぎないか?委員長が出る、それに対抗して万魔殿が過剰に動く。ここまではいつもの事だから私にも理解できるよ。でも、それに合わせて他校まで部隊規模で兵を出すのはその、何かおかしいと思うんだ。目標が1人しかいないから上手く動けないと思うし……、その、一緒にいるSRTの部隊はそこまで強いのか?」

 

「いい疑問です、銀鏡さん。確かに、SRTの小隊しか護衛のいない1人に対してここまでの規模の突入部隊は過剰でしょう。却って隙を晒してしまう可能性も高いですし、実例として先日のD.U.事変で『先生』に近づけた勢力はヘルメット団やレッドウィンターなどの大規模部隊ではなく、部活規模の少数精鋭でした。ですが───」

 

「それは『先生』の演出。そうでしょ、桐藤ナギサ」

 

「……ええ、仰る通りです。空崎さん。『先生』の対少数精鋭戦術は、既に神がかった領域で完成されています。ギリギリまで追い詰められる所まで含めての技術でしょう。その反面、対大多数となると技術がどうあれ、覆せない物量、リソースの差で必ず彼の方が先に限界が来ます」

 

「えー、ナギちゃんそんな単純な───」

 

「無論、そんな単純な話ではありません、ミカさん。この場合、彼は派手な奇策を以て集団の動揺を誘い、混沌を生み出します。伏せていた遺物の効果を使う、空中を歩いてみせるなど動揺しない事はほぼ不可能に近いことをするでしょう。では何故それでも集団戦の方が好ましいのか」

 

 ここで桐藤ナギサはミレニアム陣に目線を動かす。会議などにおける勢力別の会話、発言等のバランス感覚を考えたこの行為は幾つもの分派との折衝を日常的に行っている彼女の癖のようなものである。

 

「奇策は有限かつそれぞれ一回きり、だからですよね。簡単な算数です。実行条件がほぼ身1つであり体力の限り何回でもできる上、常に離脱を試みられる対少数戦術と違って、劇場型の奇策は用意や環境に依存し、奇策であるが故に破ってしまえば致命的な隙を晒すでしょう。遊園地というお誂え向きの立地にこそ不安はありますが、それを以ってしてもやはり集団戦術に天秤は傾きます。それに、"その為の会議"ですよね、これ」

 

 答えるのは、セミナーの会計・早瀬ユウカ。彼女は絶賛ミレニアムへの連日の被害の補填対応・臨時予算の編成中のデスマーチであり、会議どころでは無いのだが、それでも問いに答えてしまうのは彼女の性なのだろう。

 

「そういう事。あらかじめ、今回の作戦は利害の外にある事を徹底させて火事場泥棒やどさくさに紛れた政治的案件を持ち込まないようにと周知させる事が目的。多くの勢力を集めるだけなら、この前のD.U.事変と変わらない結果を辿るだろうから」 

 

 空崎ヒナはそう締めくくり部隊編成に話を戻す。

 

 長い会議もたけなわ、ここに来て漸く皆の意識が概ね統一され、具体的な話を出来る状況が完成する。

 

 その後20分程の話し合いの後、小競り合いはあれど大きな問題は発生せず、部隊は滞りなく編成された。

 

 そして、それぞれがそれぞれの思惑を秘めたまま、時は数日移ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 記録───8月31日 19:00

 

 UTOPIA入場門前

 

 

 

 

 

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